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44 一方通行って悪い事ばかりじゃない?

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「~~♪」

  鼻歌。

 キッチンから鼻歌が聞こえる。

 なんでだろう。

雛乃ひなのー?」

「……っ、なにー?」

 あ、鼻歌が止まった。

 そしてキッチンからこちらに向けて、ひょっこりと顔を出す雛乃。

 やはり、鼻歌を歌っていたのは雛乃だった。

「あ、もう大丈夫」

「?」

「もう用は済んだから」

「……そうなんだ?」

 若干、腑に落ちていない様子だったが雛乃は顔を引っ込める。

「~~♪」

 そして再び聞こえてくる鼻歌。

 やけに上機嫌だな、雛乃。

 なにかいい事でもあったのだろうか?

 いつもと様子が違う雛乃に違和感を感じながらも、私は部屋着に着替えて晩御飯を待つのだった。






「はい、どうぞ」

「……」

「どうしたの?」

「あ、いや……」

 今日の晩御飯は手作り餃子、その他にはサラダにスープと、いたって普通の献立だ。

 雛乃が作った料理なので美味しいことに間違いはない。

 ただ私が違和感を覚えるのは雛乃の態度である。

「ほら、お仕事終わりで疲れてるでしょ?たくさん食べてね」

 パアァーーーーッ

 なんて効果音と後光が差し込みそうなほど屈託のない笑み。

 元々、純粋な笑みを浮かべる子だったが、今日のそれは更にもう一段階も上を行っている。

 例えるなら白いゆで卵はそのままでも綺麗だが、殻を剥いたらさらにツルリとした光沢と、まばゆい輝きを放つような……分かりにくいか。

 とにかく、笑みが輝いているのだ。

「眩しいなッ」

「え、電気?」

 照明を調光しだす雛乃。

 察するのも動き出すのも早いなっ、相変わらず気が遣える子だねっ。

「ちがうよっ」

「じゃあ、なに?」

「……」

 “君の微笑みが眩しくてさ”

 とか言ったらキモ過ぎだよね。

 さすがに分かる。

「……なんでもないっ」

「ふふ、変なしおりさん」

 ニコニコと笑う雛乃。

 おかしいな、けっこう私が一方通行なこと言ったはずなのに楽しそうだ。

 その反応が意外すぎて、逆にこっちが面を喰らう。

「そんなに私は変か」

「うん、変」

 自覚はあるよ、あるけどさ。

 それをこじらせてアラサー独身になってるのも分かってるけどさ。

 でも、それにしても私の態度で笑いすぎじゃないかい。

「どうせ理解されない変人ですよ、私は」

「でもそうやってすぐに拗ねるの可愛いよ」

「……」

「そういう所は普通の人より分かりやすいから、バランス取れてるんじゃない?」

「……」

「ん、どしたの」

「……だっ、誰が餃子の皮みたいに薄皮一枚剥いたらすぐに本性が分かるって?!」

「言ってない言ってない」

 今日の晩御飯の餃子はそういう雛乃の暗喩だったのか。

 なんて遠回りのテクニックを使ってくる。小癪なやつめっ。

 それにしても、今日の雛乃は何なのだ。

 急に可愛いとか、言われ慣れなさ過ぎて反応に困るのよっ。

 思えば今日の朝から雛乃はおかしい。

 ちょっと雛乃が暴走している気がするから、少し距離を取ることにする。

「栞さん。味はどう?」

 そうして餃子を食べ進めると、雛乃が感想を求めてくる。

 今日の展開だと、素直に答えると何を言われるか分からない。

 無難な答えにしておこう。

「まあまあかな」

「なんか気に入らない所あった?」

「え……」

 あ、いや本当はとても美味しいですからね。

 具体的に聞かれると、感想に困るんですけど。

「なんていうのかな……この、味に深みがないというか。コクと酸味もないというか……」

 おおう。

 我ながらかなり抽象的。

 しかもこれじゃ何を言ってるのかさっぱり伝わらないだろう……。

 さすがにこれだと雛乃も困って――

「そっかぁ。買ってきたひき肉が良くなかったのかなぁ?タネももうちょっと寝かせても良かったのかな、今日急いでたし。具材も変えたら酸味も出せるのかなぁ……」

 ――なああああああああいっ。

 なんか本気で改善しようとしてるぅぅ。

 罪悪感がっ、良心の呵責がッ。

「次は栞さんに美味しいって言ってもらえるように、もっと頑張って作るねっ」

 がはっ。

 目、目がっ、目が溶けてしまうっ。

 いい子すぎて、汚れ切った私じゃ直視できんっ。

 あんたはこんな嫌な女相手にも、ちゃんと善処するのかいっ。

 どう転んでも雛乃が爆走していって、私は身動きがとれない。

「いや、雛乃……腹立たないの?」

「立たないよ、なんで?」

「ほら、私食べるだけなのに文句つけてさ。普通は腹立つでしょ」

 しかも、私は料理できない女だからね。

 それが深みとかコクとか。

 ビンタされてもおかしくないレベルで、どの口が言ってんだよっていう案件だ。

「あー。他の人ならね」

「他の人だと違うの?」

「まあ、軽く語り合うよね?」

 そう言いながら拳を突き出して、自分の反対の手で受け止める雛乃。

 ……話し合い、だよね?

「私にはそうはならないの?」

「そりゃ、栞さんにはお世話になってるからね。これくらいじゃ全然足りないくらいだし、素直に努力するよ」

 ……おおう。

 雛乃は思った以上に私に恩を感じている。

 でもちょっと大げさすぎる、そんな大したことはしていない。

 家に住まわせて、ちょっと過去のこと聞いただけだ。

 そんな笑顔全開、気配り全開をされるような人間ではない。

「だいたい雛乃だってアルバイトで仕事してるんだから。そんなに頑張らなくていいから、もっと気楽にやりな」

「いや、こればっかりは譲れない」

「なんでだ」

「栞さんの栄養管理はあたしがしてるんだよ?それって栞さんの体の責任はあたしにあるってことだよね」

「……言ってることは分かるけど。拡大解釈じゃないか?」

 ていうか、なんか若干怖い。

 そんなつもりでご飯を作らないで欲しい。

 もっと軽い気持ちで作ってよ。

「栞さんを活かすも殺すもあたし次第。そう思ったら中途半端なもの作れないよっ」

「……いやいや」

 ていうかご飯を与えるのに“殺す”って矛盾してるし。

 明らかに気負いすぎだ。

「そう言うけど、カップラーメンの時もあったじゃん」

 誤解を招くかもしれないが、私は決して嫌味が言いたいわけじゃない。

 これはあくまで、たまにはそれくらいお気軽なご飯でもいいよ、と。

 そういうメッセージを伝えたいだけだ。

「ああ……アレね。あれはガチ反省。もう二度としないから許して欲しい」

「ええ……」

 なんか急にトーンダウン。

 本当に後悔してるようなテンションに様変わり、情緒が不安定すぎないか。

「あの時のあたし、栞さんにご飯を食べてもらう意味をちゃんと分かってなかったよね。今のあたしが見たらぶん殴ってるよ」

「その時の雛乃にも優しくしてあげてっ!?」

 ていうか、今の雛乃の方が意味分かってないと思うんだけど。

 しかも、“殴る”って言ったよね。

 やっぱり先の語り合い、殴り合いの間違いだよね?

 とにかく、雛乃の私に対する反応は、他者とは全然違う事はよく分かった。

 親しい仲になったとは思っていたが、いつの間にここまで変化していたのか。

 ちょっと明後日の方向に行っている感も否めない。

「とにかく、料理は程々にっ」

「でも、栞さんに美味しくないって言われたくないしなぁ……」

 いい子ぉ……じゃなくて、それは私のせいだった。

「いや、本当は美味しいからっ。ほんとに私好みで文句とかないからっ」

「マ?」

「マだよ、まっ」

 伝われこの想い。

 必要以上にもう頑張らなくていいからね。

「えへへ。それなら良かったぁ。じゃあ次はもっと褒めてもらえるように頑張ろうっと」

 ……うーん、このっ!

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