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本編
34 お嬢様ですからね
しおりを挟む「初めまして楪様、本日運転手を務めさせて頂きます ココリネ・リプトンと申します」
学院の外を出ると黒塗りの高級車が駐車してあり、スーツ姿の女性がお辞儀をしていた。
「こ、こちらこそ、よろしくお願い致しますっ」
送迎付きとは聞いていたけど、直々に挨拶されるとは思わず不意打ちで焦ったあたしは勢い任せにお辞儀で返す。
顔を上げたココリネさんは根元から毛先まで綺麗な真っ白の髪を一本に束ね、アイスブルーの瞳を持つ女性だった。
ルナに負けず劣らずの高身長とスタイル、街でお見掛けしたらモデルさんかな?と思う人がほとんどだろう。
「あら、挨拶を返して頂けるんですね」
「え?」
そりゃあたしも挨拶くらいしますわよ。
そんなココリネさんは、穏やかな微笑みの口元に手を当てる。
「いえ、学院内での素行を伺っていましたから、てっきり私のような従者は無視されるものとばかり……」
「あ、あはは……いやだなぁココリネさん、噂を真に受けないで下さいよぉ」
「申し訳ありません、主様に伺っていましたので」
ルナの従者の主→アンナ・マリーローズ様
そんな方のお話を否定する女学生がいるそうですねっ!
「すす、すみません……改心したんです。どうかこの事は主様には内密に……」
「あらあら、そんなつもりでは……」
あたしの深い謝罪に慌て始めるココリネさん。
てっきり怒られるものとばかり思っていたのだけど……違うのか?
「ユズキ、なんか一人でおかしな事になってるから落ち着いて。それにココ、ユズキはもう大丈夫だって何度も言った」
「ええ、本当にそのようですね。アンナ様から伺っていた印象と正反対で驚きです」
「そう、もういい子なの」
「ええ、いい子ですね」
あ、あれ……?
今度はあたしを認めてくれる優しい世界が広がっている。
あたしはこんなにオドオドしなくてもいいのかな……?
「お嬢様もお元気そうで安心致しました」
「ありがとう、ココも元気そうでよかった」
「お嬢様の姿を拝見出来たので、明日からより一層健やかに過ごす事が出来そうです」
「相変わらず大袈裟だね」
おお……何と美しき主従関係。
二人のビジュの高さも相まってこれも百合だな、とか思ってしまう。
「さ、行くよユズキ、こんな所で時間を費やすの勿体ないよ」
「あ、う、うんっ」
「足元にお気をつけて」
ココリネさんに車の扉を開けて頂いて、ルナに手を引かれ車に乗り込んだ。
……何だかあたしまで、お嬢様気分になっちゃうなぁ。
◇◇◇
「おおう……」
車のソファはふかふかで、乗り心地は揺れを全然感じない快適そのものだった。
遠く離れて行くヴェリテ女学院と、木々の中を通り抜けていく光景が新鮮だった。
「ユズキ、どうかしたの?」
「あ、いや、わざわざ車で送ってもらってありがたいなぁと」
学生らしくバスとかを利用するのかと思っていたけど、やはりお嬢様になるとそうもいかないのか。
原作にはここまでの描写はないから予想がつかなかった。
「ママが危ないって言うからね」
困ったように肩をすくめるルナ。
「愛されてるねぇ」
可愛い愛娘を心配しているのだろう。
確かにこんな美人さんを放っておいたらどんな危険な目に遭うか分からないもんね。
それも異国の地ともなれば余計に心配になる気がする。
「だからユズキと出掛ける話をしたら、送迎を用意するってなってね」
「ほう……あの、ちなみになんだけど、ルナママにはあたしの話をしてるの?」
「うん、学校での出来事とか話してるよ?」
そっかぁ……。
あたしの行動はルナを通して、英国の大物に届いてるのかぁ……。
こえぇ……絶対悪女には戻れないなぁ……。
「ぜひ、お話する時はとても素敵な人だという事をアピールしておいてね」
間違っても悪い話を聞かせて、命を狙われる……なんて事にはなりたくない。
ないとは思うけど。
「それは難しいかな」
「えっ」
あたしもうエンディングのお知らせ?
「これ以上どう素敵なのかを伝えればいいのか、ルナには分からないから」
「……ふむ」
普段、どんな風にあたしの事を伝えているのか。
気にはなるけど、恥ずかしくなりそうなのでやめておこう。
繁華街に着く。
久しぶりに見るビルの街並みと、車通りの多さ、それに伴う喧騒に変な懐かしさを感じてしまう。
「それではお嬢様方、楽しんでいらっしゃって下さい。私は指定の時間になりましたらこちらで待機しておりますので」
ぺこりとココリネさんがお辞儀をする。
「うん、ありがとうココ。行ってくるね」
「はい、お気をつけて」
華麗な挨拶を交わす二人だが、ココリネさんはあたしにも言ってくれたんだから返事しないと失礼だよね。
「い、行ってきます……」
「はい、ルナお嬢様をどうかよろしくお願い致します」
うひゃぁ……すっかりお嬢様気分だなぁ……。
こんな扱いされるのは当然だけど慣れていない。
何だかむずむずしてしまう。
「ふぅ、良かった、ココがちゃんと言う事を聞いてくれて」
街の中心部に向かって歩き、ココリネさんの姿が見えなくなるとルナがほっと一息をついた。
「言う事を聞いてくれないの?」
絵に描いたような従者で、言う事なんて全て聞いてくれそうなんだけど。
「うん、外出して買い物する話をココにしたら“危ないので付き添います”って」
「あー……」
なるほど。
それはそれで正しい従者の姿にも思える。
「“一緒にいると落ち着かないから二人にさせて”って何度もお願いしたの。でも全然聞き入れてくれないの」
はぁ、と溜め息混じりになるルナ。
この状況を作るのに、かなり苦労をしていたらしい。
「でもココリネさんの気持ちも分かるよ」
「え、ユズキも? ルナ達はもう子供じゃないんだから、大人の付き添いなんていらないでしょ?」
「子供じゃないからこそ危ないんだよ。ルナみたいな可憐な人が外を出歩いていたら野獣さんたちが近寄ってくるかもしれないんだよ」
それもこんな上質な服やブランドのバッグ、恐らく見る人が見ればすぐに彼女の生活水準が高い事に気付いてしまうだろう。
彼女がマリーローズ家の子女だというだけでもリスクは大きい。
「……んふふ」
「ん、ルナ?」
さっきまでの溜め息はどこへやら。
ルナは口元に笑みを浮かべながら、あたしを覗き込んでくる。
「ユズキはいきなり褒めてくれるからドキドキするね」
「……ああ、いや、周知の事実だから」
あなたヒロインだからね?
あたしは当然の事を言っているに過ぎませんことよ。
「それなら野獣が近寄って来ないように守ってね、ユズキ?」
「お、おわわ……ちょっとルナ」
するりと腕を組んでくるルナ。
半身が密着して、ルナの体温が伝わってくる。
「恥ずかしがってるのユズキ?」
「いや、だってこれは……変でしょ」
「女の子同士なら、これくらいは普通」
「いや、そうじゃなくてさぁ……」
普通ならそれで済む話なのかもしれないけど。
これ百合ゲーなんだよねぇ……。
あたしが変に意識しすぎなのかなぁ?
「あれ、ユズキ意識してるの?」
「してないしてないっ」
「じゃあ、いいよね」
「……まあ、ルナを守るという大義名分で良しとしよう」
あたしでボディガードが務まるとは思えないけど。
御守くらいにはなれるかもしれないからね。
「やったね」
妙に上機嫌なルナの声は綺麗に弾んだ。
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