58 / 77
本編
58 思い出は薄れても
しおりを挟む放課後に明璃ちゃんと遊ぶことになった。
とは言っても、この学院で出来る事は限られている。
申請が通らなければ外出が出来ないのだから、自ずとやれる事は少ない。
誘われたのは良しとして、何をするのかなぁなんて漠然と思ってはいたのだけれど。
「はい、わたしのお部屋で遊びましょう」
笑顔で明璃ちゃんへのお部屋へと招待される。
「誰もいないから問題ないですよね?リアンがいませんので、リアンが」
同じ単語を二回言われた事に関しては、あたしの罪として受け入れるとして……。
この二人だけで他に誰もいない状況に、不安を覚えるようになっているのはなぜだろう。
……。
うん、羽金先輩も千冬さんとも二人きりの時に色々とあったからだね。
こんな短時間に起きるものだから、あたしの警戒心も自然と強まってしまっているらしい。
「ホールとかでもいいんじゃない?」
お部屋で何かすると言ってもゲーム等の持ち込みは禁止され、スマホの使用も制限されているため学院の敷地内で出来ることは談笑くらい。
なのでホールで和気あいあいと話している生徒も少なくない。
「え? なんで羽金さんや涼風さんとは二人になってるのに、わたしとは大勢いる場所なんですか?」
「……え、あ、いや」
恐ろしい程の間髪入れない返事の速さに、あたしは返す言葉を失ってしまう。
「リアンになるはずだった柚稀ちゃんがわたしの部屋を嫌がる理由はないですよね? リアンになるはずだったのですから」
……なぜリアンを連呼しているのかは、もはやは聞くまい。
本来は身構える必要もないお誘いのはずなのに、その明璃ちゃんのリアンアピールも相まって変に勘ぐってしまう。
「そ、そうだねぇ……行くヨ」
「ですよね、良かったです! それではさっそく行きましょう」
手を握られる。
しっかりと指を絡めていて、その握力も強かった。
な……なんだろ、こういうのにも意味を見出そうとしてしまうのは百合の見すぎだろうか?
いや、ここは百合ゲーの世界なのだから百合が標準とも言える。
脳がバグりそうです。
「あ、明璃ちゃん? 寄宿舎はあたしも分かるんだから手を繋がなくてもいいんだよ?」
暗がりでも、道を知らないわけでもないのに、手を繋ぐ理由は特にないと思う。
「繋いではいけない理由もありませんよね?」
ぎゅっと更に強く手を握られる。
目を細めて口元も微笑んでいるのに、なぜか怖い。
笑顔のはずなのに、真顔にも見えるという矛盾。
雰囲気が笑っていないのだ。
「……ダメって言う理由はないけどさ」
「じゃあ繋いでもいいですねっ」
そう言って明璃ちゃんはずんずんと寄宿舎に向かって歩いていく。
最初に会った時から、こうして強制的に連れ出されていたのを思い出す。
彼女はいつも全力で真っ直ぐだった。
「……こうでもしないと、柚稀ちゃんが飛んで行っちゃいそうですから」
あたしに対する信用があまりないのが原因らしい。
因果応報、という事か。
◇◇◇
「どうぞ、召し上がって下さい」
お部屋に上がると明璃ちゃんがお湯を沸かして、ココアを入れてくれた。
フルリスのヒロインは紅茶やコーヒーが多い中、珍しい選択肢だなんて思う。
「ありがとう」
「柚希ちゃんは昔はココアが好きでしたよねっ」
あれ、そうだったのだろうか?
飲食物の好みは楪柚稀ではなく、あたし本人がベースになっている。
過去の記憶を思い返そうとしても作中に描かれていない事は曖昧になってる事も多く、特に飲食の好みはその傾向が強かった。
「もしかして、今は好きじゃなかったですか?」
過去の記憶を思い返そうとしているあたしを見て、明璃ちゃんが不安そうな表情を浮かべていた。
「あ、いや、あたしは好きだよココア、うん」
楪柚希の好みは分からないが、あたしは好きだ。
だから素直にそう答えておく。
「そうですか、良かったです」
ほっとしたように息をつく明璃ちゃん。
楪柚希の好みでこれだけ一喜一憂するのだから、何と言うか……まあ、そういう事なのかなぁ。
そうとは限らないけど、最近は好意を伝えてくれる人がたくさんいて感覚がおかしくなっているかもしれない。
「この学院に来て、柚稀ちゃんとまたこうして会えて嬉しいです」
明璃ちゃんもマグカップに注いだココアに口をつけると、過去を懐かしんでいるようだった。
「そうだね、あたしも会えてよかったと思ってるよ」
小日向明璃と楪柚希の過去。
歪んで語られなかったその物語が、こうして繋がった事は良かったと素直に思える。
「実は幼い頃に転校した後も、柚稀ちゃんの事はずっと気になっていたんです」
「……あ、そうなの?」
「はい、わたしとの別れをあんなに悲しがってくれたのは柚稀ちゃんだけでしたから」
そうだったんだ。
楪柚稀も、ずっと小日向明璃に憧れを抱いて彼女に見合う女になろうと努力をしてきた過去がある。
それを数年ぶりの再会で裏切られたと勘違いし、しかも他のヒロインになびこうとするものだから悪女ムーブをしてしまうという……ある意味で可哀想な子ではある。
だからと言って、彼女の悪行が許されるとは思わないが。
その根底にある気持ちだけは、同情の余地があるとあたしは思っている。
「あたしも、そうだったよ」
「……え?」
「明璃ちゃんのようにはなれなくても、せめて隣に立っても恥ずかしくない人になろうと思って努力してきたんだ。ある意味、人に嫌われて平気だったのもその目標があったからなんだろうね」
楪柚稀には小日向明璃しか見えていなかった。
だから他人の評価など気にならなかった。
そうして彼女を突き動かしてきたものが崩れてしまったから、暴挙に出てしまったのだろうけど。
「……それを聞いてしまうと、わたしは恥ずかしいですね」
「ん、なんで?」
「ええ、だってわたしはこの学院に来るまで何の努力もしていません。ただ周りに馴染むように、邪魔にならないように、空気のように過ごしてきただけなんです。努力をして見違えた柚稀ちゃんとは違います」
確かに楪柚稀はヒロインのような可憐さはないが、悪女としての華がある。
それは小日向明璃に対する執着が生み出したもの。
だが、それを明璃ちゃんが引け目を感じる必要はない。
「いや、それは違うよ明璃ちゃん」
「はい?」
「明璃ちゃんはそのままでいいんだよ」
彼女は自己否定はするが、他全てのものを肯定する。
その在り方がヒロインの琴線に触れるのだから。
むしろ、それが最も大事な長所なのだ。
「……柚稀ちゃんは素敵ですね」
「へ?」
「そんな素敵な女の子になったのに、わたしの事も認めてくれるなんて懐が大きすぎますっ」
あたしは楪柚稀とフルリスヒロインとしての観点で、小日向明璃という人物を評したに過ぎないのだけど……。
ん、あれ、まずいな。
これってあたしが明璃ちゃんをベタ褒めしてるってことだよね?
「やっぱり、わたしには柚稀ちゃんしかいませんっ。羽金さんからリアンを奪い返す覚悟が決まりましたっ!」
……ああ、主人公がヒロイン打倒の覚悟を決めちゃいましたねぇ。
11
あなたにおすすめの小説
学園の美人三姉妹に告白して断られたけど、わたしが義妹になったら溺愛してくるようになった
白藍まこと
恋愛
主人公の花野明莉は、学園のアイドル 月森三姉妹を崇拝していた。
クールな長女の月森千夜、おっとり系な二女の月森日和、ポジティブ三女の月森華凛。
明莉は遠くからその姿を見守ることが出来れば満足だった。
しかし、その情熱を恋愛感情と捉えられたクラスメイトによって、明莉は月森三姉妹に告白を強いられてしまう。結果フラれて、クラスの居場所すらも失うことに。
そんな絶望に拍車をかけるように、親の再婚により明莉は月森三姉妹と一つ屋根の下で暮らす事になってしまう。義妹としてスタートした新生活は最悪な展開になると思われたが、徐々に明莉は三姉妹との距離を縮めていく。
三姉妹に溺愛されていく共同生活が始まろうとしていた。
※他サイトでも掲載中です。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
イケボすぎる兄が、『義妹の中の人』をやったらバズった件について
のびすけ。
恋愛
春から一人暮らしを始めた大学一年生、天城コウは――ただの一般人だった。
だが、再会した義妹・ひよりのひと言で、そんな日常は吹き飛ぶ。
「お兄ちゃんにしか頼めないの、私の“中の人”になって!」
ひよりはフォロワー20万人超えの人気Vtuber《ひよこまる♪》。
だが突然の喉の不調で、配信ができなくなったらしい。
その代役に選ばれたのが、イケボだけが取り柄のコウ――つまり俺!?
仕方なく始めた“妹の中の人”としての活動だったが、
「え、ひよこまるの声、なんか色っぽくない!?」
「中の人、彼氏か?」
視聴者の反応は想定外。まさかのバズり現象が発生!?
しかも、ひよりはそのまま「兄妹ユニット結成♡」を言い出して――
同居、配信、秘密の関係……って、これほぼ恋人同棲じゃん!?
「お兄ちゃんの声、独り占めしたいのに……他の女と絡まないでよっ!」
代役から始まる、妹と秘密の“中の人”Vライフ×甘々ハーレムラブコメ、ここに開幕!
俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。
true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。
それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。
これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。
日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。
彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。
※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。
※内部進行完結済みです。毎日連載です。
美人四天王の妹とシテいるけど、僕は学校を卒業するまでモブに徹する、はずだった
ぐうのすけ
恋愛
【カクヨムでラブコメ週間2位】ありがとうございます!
僕【山田集】は高校3年生のモブとして何事もなく高校を卒業するはずだった。でも、義理の妹である【山田芽以】とシテいる現場をお母さんに目撃され、家族会議が開かれた。家族会議の結果隠蔽し、何事も無く高校を卒業する事が決まる。ある時学校の美人四天王の一角である【夏空日葵】に僕と芽以がベッドでシテいる所を目撃されたところからドタバタが始まる。僕の完璧なモブメッキは剥がれ、ヒマリに観察され、他の美人四天王にもメッキを剥され、何かを嗅ぎつけられていく。僕は、平穏無事に学校を卒業できるのだろうか?
『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
クラスのマドンナがなぜか俺のメイドになっていた件について
沢田美
恋愛
名家の御曹司として何不自由ない生活を送りながらも、内気で陰気な性格のせいで孤独に生きてきた裕貴真一郎(ゆうき しんいちろう)。
かつてのいじめが原因で、彼は1年間も学校から遠ざかっていた。
しかし、久しぶりに登校したその日――彼は運命の出会いを果たす。
現れたのは、まるで絵から飛び出してきたかのような美少女。
その瞳にはどこかミステリアスな輝きが宿り、真一郎の心をかき乱していく。
「今日から私、あなたのメイドになります!」
なんと彼女は、突然メイドとして彼の家で働くことに!?
謎めいた美少女と陰キャ御曹司の、予測不能な主従ラブコメが幕を開ける!
カクヨム、小説家になろうの方でも連載しています!
キャバ嬢(ハイスペック)との同棲が、僕の高校生活を色々と変えていく。
たかなしポン太
青春
僕のアパートの前で、巨乳美人のお姉さんが倒れていた。
助けたそのお姉さんは一流大卒だが内定取り消しとなり、就職浪人中のキャバ嬢だった。
でもまさかそのお姉さんと、同棲することになるとは…。
「今日のパンツってどんなんだっけ? ああ、これか。」
「ちょっと、確認しなくていいですから!」
「これ、可愛いでしょ? 色違いでピンクもあるんだけどね。綿なんだけど生地がサラサラで、この上の部分のリボンが」
「もういいです! いいですから、パンツの説明は!」
天然高学歴キャバ嬢と、心優しいDT高校生。
異色の2人が繰り広げる、水色パンツから始まる日常系ラブコメディー!
※小説家になろうとカクヨムにも同時掲載中です。
※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる