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21 恋愛テクニック
しおりを挟む「うぅ……寒い寒い」
朝を氷乃と一緒に登校することになった。
変なイベントがあったことに目をつむれば、それなりに楽しい始まりである。
……はずだったのだが。
春のきまぐれか、それとも早朝の気温はいつもこれぐらいなのか。
いつも以上の寒さに、あたしは体を震わせていた。
「大袈裟ね」
しかし、隣の美少女はいつも通りのクールな姿勢を崩さない。
「氷乃は寒くないの?」
「寒いけれど、これ見よがしに体を震わせるほどのものではないわ」
言い方よ。
「ふつーに結構寒いと思うんだけどなぁ」
「そんな格好をしているからでしょ?」
「恰好?」
別にあたしの恰好がおかしいということはない。
制服を着ているだけで、変な部分は何一つないはずだ。
何のことを言っているのかと視線を起こし、氷乃を見る。
なるほど。
そこで彼女の言いたいことを理解した。
氷乃はブレザーの中にカーディガンを着込んでいる。
防寒対策の有無を言っていたのか。
「氷乃みたいにカーディガンを着ればよかったのか」
何か羽織っても良かったのかもしれない。
「そうじゃなくて、貴女の制服の着崩し方を言っているのよ」
「着崩し方?」
また、難しいことを言うなぁ。
才女はパッとと分からない表現を多用する。
「ブラウスのボタンを開けて、膝上のスカートに短いソックス。それだけ肌を露出してたら誰だって寒いわよ」
対して氷乃は、ブラウスのボタンを占め、スカート丈は膝下にハイソックス。
確かにあたしより肌の露出は少ない。
よって訝しげな視線を送られる。
なるほど、言わんとすることはそっちでしたか。
「これに関しては無意識だからね」
「裸同然の恰好で外に出て“寒い”と言われても反応に困るわ」
「裸同然は言いすぎだと思うんだけど……」
「痴女は黙りなさい」
「絶対言い過ぎだからなっ!」
さすがにこれくらいで痴女は言い過ぎだっ。
しかも、あたしと氷乃が対照的だから際立っているだけで他の生徒だってそれなりに着崩したりしている。
「何をどうしたらそういう恰好になるのか、はなはだ疑問ね」
「可愛いだろ?」
「……」
「あたしじゃなくて恰好の話だからな?」
訝しげだった氷乃の表情がさらに険しくなる。
なぜだ。
あたしは自意識過剰ではないことを伝え直しただけなのに。
「確かに私は貴女のことを“可愛い”と評したことはあったけれど。それでもこの会話の流れで貴女が自身の容姿について言及していると勘違いするほど倒錯してはいないわ。自意識過剰な配慮はやめてもらえないからしら?」
うん、すごい剣幕で言い返された。
しかも、結局は自意識過剰だったらしい。
会話が難しすぎる。
「ほら。普通に着るより、こうした方が可愛いだろって」
しかし、あたしも氷乃の言葉の鋭さには耐性がついている。
いちいち傷ついてばかりもいられないので、話を元に戻してみる。
「痴女」
なぜだ。
氷乃はあたしの全身を一瞥すると視線をすぐに戻して吐き捨てた。
しかし、ここで会話を終わらせるにはあたしにとって気になることが多い。
「えー? 氷乃的には普通に着た方が可愛いって思うこと?」
「そうだと言ったらどうするのよ」
「氷乃が良いと思う方にしようと思うかな?」
あたしにとっては今の方が可愛いと思うけれど。
学校で唯一と言えるほど親しく(?)している人が、好ましく思っていないのなら変えようかなとは思ったりもする。
あたしはそこまで頑固ではないからな。
「……そのままでいいわよ」
「え?」
なんだ、どういうことだ。
人を痴女呼ばわりしておいて、変えなくてもいいとは。
「……氷乃は痴女的ヒロインを求めていたのか?」
「私の作品に変な要素を加えるのやめてもらえないかしら? 不快なのだけれど」
「だとしたら朝のパンのくだりはどうかと思うぞ。アレは純真無垢な爽やかヒロインのイベントな気がする」
「貴女もたいがい人の言う事を聞かないわよね。違うと言っているでしょうに」
いや、そうなっちゃうでしょ。会話の流れ的に。
氷乃の言っていることがよく分からず首を傾げていると、見かねた氷乃が分かりやすく溜め息を吐いた。
「軽薄だけれど、貴女らしいと思うから。そのままで良いという事よ」
「うん? つまり、似合ってるってこと?」
「……そうとも言えるかしら」
なんだよ、素直じゃないなぁ。
最初からそう言ってくれればいいのに。
裸同然やら痴女やら言っておいて、本当は可愛いと思ってくれてたってことじゃん。
うへへ。
「急にだらしない笑顔を浮かべないでもらえないかしら?」
おっと、まずい。
どうやら表情に出ていたらしい。
あたしは褒められ慣れていないので、反応がダイレクトに漏れてしまうようだ。
「氷乃に似合ってると思われるのは嬉しいからな」
「……単純な人ね」
プイッと顔を反らす氷乃。
彼女も彼女で分かりづらいし、素直じゃない。
もっとストレートに言ってくれたら伝わるのに。
「あ、そうだ氷乃」
「なによ、これ以上貴女の事をどうこう言うつもりはないわよ」
あたしはいくらでも氷乃の評価を待っているけど。
それはどうやらお断りらしいので我慢しておく。
それにあたしが言いたかったことも、そんな内容ではない。
「展開のチャンスが来たぞ」
「どういうこと?」
今度は氷乃が首を傾げる番だった。
小説の展開を作るためのイベントは、日常生活に結構転がっているのかもしれない。
「ほら、寒そうに体を震わせているヒロインとその隣にいる主人公。この展開なら出来ることがあるんじゃないか?」
非常に分かりやすい展開だ。
寒さに凍えるヒロインをそっと暖める主人公。
手を差し伸べるその関係性は、恋愛において重要な展開だと言えるだろう。
「……? マッチなんて持っていないわよ」
「何の童話と勘違いしてる!?」
「他に何があるのよ」
この鈍感っ子め。
……まあ、いいや。
そういうのを教えるのがあたしの役割でもあるしな。
「ほら、寒そうにしているヒロインを暖めるのが主人公の優しさじゃん。それで距離がグッと近づくじゃん」
あたしが言いたいことは理解してくれたのか。
“なるほどね”と返した氷乃はしかし、特に動こうとはしない。
「……ここで暖めると言うのは、つまり服を貸したりすればいいということ?」
「まあ、そうなるかな」
「ブレザーの上から羽織らせるようなものは私持っていないわよ」
「その中に着てるカーディガン貸してくれるとか」
まあ、上着をそっと羽織らせてくれた方が画にはなるけど。
この際、贅沢は言ってられない。
大事なのは暖めてあげようという心遣いなのだ。
「それに自分のミスを他人に埋めてもらおうだなんて他力本願なヒロインは願い下げよ。私は主人公とヒロインはもっと対等な関係性を築くべきだと思うわ」
……ううん。
氷乃よ、これはそういうことではないのだ。
恋愛とは時に施し・施されるような、一方的な関係性も時に尊いのだ。
しかし、彼女はそれを否定する。
「氷乃にこの恋愛テクニックを理解するにはまだ早かったか」
「お互いに独り者なのに。虚しくならない?」
それは言うな。
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