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4.溺愛
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ジェラルド様と肌を合わせる夜は、その日からほとんど毎晩のように続いた。私が月のものなどで体調が思わしくない時以外は、彼は毎夜片時も私のそばから離れなかった。
「可愛いな、アリア…。どれだけ見つめていても飽きることがない。…もっとそばに来い」
人目があろうとなかろうと、彼は昼夜を問わず私を自分の元に置きたがり、時には王妃教育を受けている真っ最中でも部屋に入ってきては私の髪を撫でたり励ましの言葉をかけたりした。
「欲しいものはないか?アリア。困っていることは?…あまり根を詰めるな。無理をすると体に障る」
四六時中こんな調子であったため、それを端から見守っている侍女たちにはよくこう言われるようになった。
「陛下はアリア様に首ったけですわね」
「まさかこれほどのご寵愛をお受けになるとは…。アリア様のお美しさ、お人柄が陛下のお心を捕えて離さないのですわ」
「この分ではきっと、すぐにお二人の愛の結晶も…」
「楽しみですわ。どちらに似ても美しいお子がお産まれになりますわね」
「…ふふ…。気が早いわね、あなたたち」
そう言って皆に合わせて笑いながらも、子どものことを持ち出されると何とも言えない焦燥感や罪悪感が胸にじわりと広がった。
子どもなど、出来るわけがない。
出来ないような薬を毎夜飲んでいるのだから。
本心では、避妊薬など飲みたくなかった。けれどジェラルド様からああも真剣に懇願されてしまえば、私の立場で意固地になって突っぱねることなどできなかった。
リネットにもカナルヴァーラの家族にも、誰にも相談するわけにはいかない。二人きりの秘密にと約束してしまっているから。
(…ほんの数ヶ月間だけのこと…。大丈夫よ。ジェラルド様はそう言っていたのだもの。焦る必要はないわ。子のことが後回しになっている今のうちに、王妃教育に集中すればいい)
日々自分にそう言い聞かせて胸の中のモヤモヤとした不安を振り切ろうとしていた。
けれど、不安に追い打ちをかけることは他にもあった。
王宮内の人全員が、私に好意的な視線を向けてくるわけではないということ。
特にジェラルド様の側近の一人、カイル・アドラム公爵令息の私を見る目はいつまで経っても冷ややかなものだった。
彼はジェラルド様が公務の最中にまでしょっちゅう私の元へ通うことが気に入らないようで、いつも遠回しにたしなめるようなことを言っていた。
「……陛下。そろそろ執務室へ戻りましょう。妃陛下の王妃教育の進み具合にも支障が出ますよ」
「なに、大丈夫だろう。アリアは非常に優秀だ。教師陣も皆口を揃えてそう褒めそやす。…な、そうだろう?」
「ええ、それはもう…!アリア妃陛下は本当に飲み込みが早くていらっしゃいます。本来でしたら何年も準備を重ね、もっと時間をかけて取り組む内容でございますが、やはりカナルヴァーラ王国の王女様だけのことはございますわ。基礎となる知識や教養がありますし、語学力も申し分ございません。予定していた期間よりもかなり早めに教育を終了できそうですわ」
教師がそう言ってジェラルド様に合わせて私を褒め称えると、ジェラルド様は満足げに頷いてまた私を抱き寄せるのだった。
「さすがだなアリア。お前を妃にと選んだ俺の目に狂いはなかったわけだ。鼻が高い」
「…こ、…光栄に存じます、ジェラルド様…」
ジェラルド様の腕の中で気まずい思いをしながら、そばに控えているアドラム公爵令息にチラリと視線を送る。
「…………。」
すると案の定、彼は冷ややかな目で私のことをじっと見ているのだった。私と目が合うとしばらくして不愉快そうにその綺麗なグレーの目を伏せる。
(…本当に嫌われてるな…)
一体私の何がそんなに気に入らないのだろう。隣の小国出身というのが引っかかるのか。それともジェラルド様がこんな調子だから、私が悪影響を与えていると思っているのだろうか。
(…仕方ない。ラドレイヴン国内に長年の婚約者がいらっしゃったのに、突然その座を奪うようにやって来た私だものね。分かっていたことじゃないの。ここから挽回するのよ!真面目に教育をこなし、実力をつける。そして、民のことを第一に考えた治世。それに私も貢献するの。そうすればそのうち周囲の信頼も得られるわ!うん)
どうしても周囲の目を気にしてビクビクしてしまう私だったけれど、慣れるまでの辛抱、皆に私の努力を認めてもらえるまでの辛抱と自分に言い聞かせながら日々勉強に打ち込んだ。
ジェラルド様はそんな私の不安や怯えに気付く様子もなく、毎日のようにたくさんの贈り物を持ってきてくださっていた。
頑張っているご褒美にと、高級そうな菓子やアクセサリー、新しいドレスや部屋に飾られた花々、美しい絵画…。数え上げたらキリがない。
(…いくらなんでも…、お金、遣いすぎじゃないかな…)
そして、ラドレイヴン王国に嫁いできてからおよそ3ヶ月後。
私とジェラルド様の結婚式がようやく執り行われた。
「可愛いな、アリア…。どれだけ見つめていても飽きることがない。…もっとそばに来い」
人目があろうとなかろうと、彼は昼夜を問わず私を自分の元に置きたがり、時には王妃教育を受けている真っ最中でも部屋に入ってきては私の髪を撫でたり励ましの言葉をかけたりした。
「欲しいものはないか?アリア。困っていることは?…あまり根を詰めるな。無理をすると体に障る」
四六時中こんな調子であったため、それを端から見守っている侍女たちにはよくこう言われるようになった。
「陛下はアリア様に首ったけですわね」
「まさかこれほどのご寵愛をお受けになるとは…。アリア様のお美しさ、お人柄が陛下のお心を捕えて離さないのですわ」
「この分ではきっと、すぐにお二人の愛の結晶も…」
「楽しみですわ。どちらに似ても美しいお子がお産まれになりますわね」
「…ふふ…。気が早いわね、あなたたち」
そう言って皆に合わせて笑いながらも、子どものことを持ち出されると何とも言えない焦燥感や罪悪感が胸にじわりと広がった。
子どもなど、出来るわけがない。
出来ないような薬を毎夜飲んでいるのだから。
本心では、避妊薬など飲みたくなかった。けれどジェラルド様からああも真剣に懇願されてしまえば、私の立場で意固地になって突っぱねることなどできなかった。
リネットにもカナルヴァーラの家族にも、誰にも相談するわけにはいかない。二人きりの秘密にと約束してしまっているから。
(…ほんの数ヶ月間だけのこと…。大丈夫よ。ジェラルド様はそう言っていたのだもの。焦る必要はないわ。子のことが後回しになっている今のうちに、王妃教育に集中すればいい)
日々自分にそう言い聞かせて胸の中のモヤモヤとした不安を振り切ろうとしていた。
けれど、不安に追い打ちをかけることは他にもあった。
王宮内の人全員が、私に好意的な視線を向けてくるわけではないということ。
特にジェラルド様の側近の一人、カイル・アドラム公爵令息の私を見る目はいつまで経っても冷ややかなものだった。
彼はジェラルド様が公務の最中にまでしょっちゅう私の元へ通うことが気に入らないようで、いつも遠回しにたしなめるようなことを言っていた。
「……陛下。そろそろ執務室へ戻りましょう。妃陛下の王妃教育の進み具合にも支障が出ますよ」
「なに、大丈夫だろう。アリアは非常に優秀だ。教師陣も皆口を揃えてそう褒めそやす。…な、そうだろう?」
「ええ、それはもう…!アリア妃陛下は本当に飲み込みが早くていらっしゃいます。本来でしたら何年も準備を重ね、もっと時間をかけて取り組む内容でございますが、やはりカナルヴァーラ王国の王女様だけのことはございますわ。基礎となる知識や教養がありますし、語学力も申し分ございません。予定していた期間よりもかなり早めに教育を終了できそうですわ」
教師がそう言ってジェラルド様に合わせて私を褒め称えると、ジェラルド様は満足げに頷いてまた私を抱き寄せるのだった。
「さすがだなアリア。お前を妃にと選んだ俺の目に狂いはなかったわけだ。鼻が高い」
「…こ、…光栄に存じます、ジェラルド様…」
ジェラルド様の腕の中で気まずい思いをしながら、そばに控えているアドラム公爵令息にチラリと視線を送る。
「…………。」
すると案の定、彼は冷ややかな目で私のことをじっと見ているのだった。私と目が合うとしばらくして不愉快そうにその綺麗なグレーの目を伏せる。
(…本当に嫌われてるな…)
一体私の何がそんなに気に入らないのだろう。隣の小国出身というのが引っかかるのか。それともジェラルド様がこんな調子だから、私が悪影響を与えていると思っているのだろうか。
(…仕方ない。ラドレイヴン国内に長年の婚約者がいらっしゃったのに、突然その座を奪うようにやって来た私だものね。分かっていたことじゃないの。ここから挽回するのよ!真面目に教育をこなし、実力をつける。そして、民のことを第一に考えた治世。それに私も貢献するの。そうすればそのうち周囲の信頼も得られるわ!うん)
どうしても周囲の目を気にしてビクビクしてしまう私だったけれど、慣れるまでの辛抱、皆に私の努力を認めてもらえるまでの辛抱と自分に言い聞かせながら日々勉強に打ち込んだ。
ジェラルド様はそんな私の不安や怯えに気付く様子もなく、毎日のようにたくさんの贈り物を持ってきてくださっていた。
頑張っているご褒美にと、高級そうな菓子やアクセサリー、新しいドレスや部屋に飾られた花々、美しい絵画…。数え上げたらキリがない。
(…いくらなんでも…、お金、遣いすぎじゃないかな…)
そして、ラドレイヴン王国に嫁いできてからおよそ3ヶ月後。
私とジェラルド様の結婚式がようやく執り行われた。
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