【完結済】隣国でひっそりと子育てしている私のことを、執着心むき出しの初恋が追いかけてきます

鳴宮野々花@書籍4作品発売中

文字の大きさ
9 / 77

9. 全部解決

しおりを挟む
「あの、す、すみません……今からお昼ご飯だったんですよね。こんなタイミングで、私……」
「いえいえ。大丈夫だから、気にしないで」

 後ろからオロオロと声をかける私に、ノエル・エイマー先生は軽く振り返ると静かに微笑み、そう言ってくださった。そして治療院の廊下を、足音もほとんど立てずにスーッと歩いていく。私はさり気なく周囲を見回しながら、ユーリの手を引いてその後をついて行った。
 受付らしき場所には数人の女性。院の中はやはり広く清潔で、明るい印象だ。午前中に訪れた人がまだ残っているのか、患者さんらしき人たちも何人かいる。もしかしたら入院患者かもしれない。廊下を歩いていると、エイマー先生と同じような白いローブを着た人たちに何人かすれ違った。

「こんにちあ!」

 ご丁寧に、ユーリはすれ違う一人一人に大きな声で挨拶をする。すると誰もがニッコリと微笑んで「こんにちは」と返事をしてくれる。
 エイマー先生がこちらを振り返り、クスリと笑った。

「元気で可愛いですね。お名前はなんて言うんですか?」
「ゆーりでしゅっ!」

 私が答えるより先に、ユーリが答えてしまった。先生は目を細めている。

「ユーリ君、ですか。素敵なお名前ですね。……ここです。どうぞ」

 そう言うと先生は廊下の突き当たりのドアを開け、私たちを中へと誘った。



「───レイニーさん。隣国のレドーラ王国から移住して、お子さんと二人で暮らしていたのですね。母君が元々この王国の出身の方だった、と」
「は、はい。その母親とは、事情がありまして疎遠なんです。これまで治癒術の腕を磨こうとしたことはなくて、自分の実力については未知数なのですが……」
「なるほど。仕事をかけ持ちしながら一人で子育て、大変でしたね」

 ここに来るまでの事情や、ここを知った経緯について私がかいつまんで説明するのを、先生は小さく頷きながら聞いてくださった。私の目の前には先生が淹れてくださった紅茶があり、ユーリは向かい合って座る私たちの近くで、積み木で遊んでいる。エイマー先生が持ってきてくださったものだ。
 先生が紅茶を飲むのを見ながら、私はおずおずと口を開く。

「本当にすみません……。まさかこんなに大きな治療院だとも思わずに、突然押しかけてしまいまして」

 恐縮しながらそう謝罪すると、エイマー先生は水色の瞳を細めて私を見つめる。……よく見ると先生は、すごく整った顔立ちをしていらっしゃる。ひょろりとしたその体軀は、強さたくましさとは無縁な印象だけれど、柔らかで優しいその雰囲気は安心感を与えてくれた。
 年齢的にはきっともう中年といったところだろうけど、この先生、絶対女性や患者さんにファンが多いだろうなぁ……。
 頭の片隅で私がそんなことを考えていると、先生が耳を疑うようなことを仰った。
 
「いいえ。僕の治療院は去年ここに移転してからというもの、慢性的に人手不足なんですよ。もちろん、資格を有していないあなたに治癒術師として勤めてもらうことはまだできないけれど、あなたさえよければ下働きから始めてみますか? 診療後や休日は、僕が治癒術の訓練を見てあげられる日もあるし。ここに移転してから、従業員寮や保育園も併設したんです。きっとあなたのような方にとっては働きやすい環境だと思いますよ」
「…………へっ?」

 今の私にとってあまりにもありがたすぎるその言葉に、思わず変な声が出てしまった。じ、従業員寮? 保育園? 下働きから、始めてみますか……? 聞き間違いじゃないよね??

 この先生、仕事、住居、そしてユーリの預け先問題を、全部まとめて解決してくださると仰っているの……っ!?

 あんぐりと口を開けて見つめてしまった私に、エイマー先生は、ん? といった具合に小首をかしげている。

「何か問題がありますか?」
「……ハッ! い、いいえっ! まさかっ! ほ、本当に、よろしいんですか? 私のような、得体の知れない田舎者を……こんな立派な治療院で……」

 半信半疑で私がそう尋ねると、エイマー先生はくしゃりと表情を崩して笑う。

「こんな愛らしい坊やを連れてやって来たあなたが悪事を働くようにはとても見えませんし、まずは互いにお試しです。レイニーさんの方で合わない職場だと感じられるかもしれませんし、今後頑張っても治癒術師としての能力が開花しそうになければ、また別の道を考えることになるかもしれませんしね」
「は、はい……。ではその、お言葉に甘えて……お世話になっても、よろしいでしょうか」 

 エイマー先生の言葉を聞いて私がそう言うと、先生はゆっくりと頷いた。

「はい。よろしくお願いしますね」
「ままぁ、みて? おうちできたの!」

 ふと見ると、ユーリが満面の笑みでこちらを見ていた。彼の前には四角い積み木が三つほど重なり、その上に三角の積み木が上手に積んであった。

「わぁ、すごいな。ユーリ君は手先が器用ですね」

 エイマー先生が私の代わりに、ユーリを褒めてくださった。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない

くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、 軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。 言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。 ――そして初めて、夫は気づく。 自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。 一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、 「必要とされる存在」として歩き始めていた。 去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。 これは、失ってから愛に気づいた男と、 二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。 ――今さら、遅いのです。

置き去りにされた転生シンママはご落胤を秘かに育てるも、モトサヤはご容赦のほどを 

青の雀
恋愛
シンママから玉の輿婚へ 学生時代から付き合っていた王太子のレオンハルト・バルセロナ殿下に、ある日突然、旅先で置き去りにされてしまう。 お忍び旅行で来ていたので、誰も二人の居場所を知らなく、両親のどちらかが亡くなった時にしか発動しないはずの「血の呪縛」魔法を使われた。 お腹には、殿下との子供を宿しているというのに、政略結婚をするため、バレンシア・セレナーデ公爵令嬢が邪魔になったという理由だけで、あっけなく捨てられてしまったのだ。 レオンハルトは当初、バレンシアを置き去りにする意図はなく、すぐに戻ってくるつもりでいた。 でも、王都に戻ったレオンハルトは、そのまま結婚式を挙げさせられることになる。 お相手は隣国の王女アレキサンドラ。 アレキサンドラとレオンハルトは、形式の上だけの夫婦となるが、レオンハルトには心の妻であるバレンシアがいるので、指1本アレキサンドラに触れることはない。 バレンシアガ置き去りにされて、2年が経った頃、白い結婚に不満をあらわにしたアレキサンドラは、ついに、バレンシアとその王子の存在に気付き、ご落胤である王子を手に入れようと画策するが、どれも失敗に終わってしまう。 バレンシアは、前世、京都の餅菓子屋の一人娘として、シンママをしながら子供を育てた経験があり、今世もパティシエとしての腕を生かし、パンに製菓を売り歩く行商になり、王子を育てていく。 せっかくなので、家庭でできる餅菓子レシピを載せることにしました

氷の騎士と契約結婚したのですが、愛することはないと言われたので契約通り離縁します!

柚屋志宇
恋愛
「お前を愛することはない」 『氷の騎士』侯爵令息ライナスは、伯爵令嬢セルマに白い結婚を宣言した。 セルマは家同士の政略による契約結婚と割り切ってライナスの妻となり、二年後の離縁の日を待つ。 しかし結婚すると、最初は冷たかったライナスだが次第にセルマに好意的になる。 だがセルマは離縁の日が待ち遠しい。 ※小説家になろう、カクヨムにも掲載しています。

婚約者に値踏みされ続けた文官、堪忍袋の緒が切れたのでお別れしました。私は、私を尊重してくれる人を大切にします!

ささい
恋愛
王城で文官として働くリディア・フィアモントは、冷たい婚約者に評価されず疲弊していた。三度目の「婚約解消してもいい」の言葉に、ついに決断する。自由を得た彼女は、日々の書類仕事に誇りを取り戻し、誰かに頼られることの喜びを実感する。王城の仕事を支えつつ、自分らしい生活と自立を歩み始める物語。 ざまあは後悔する系( ^^) _旦~~ 小説家になろうにも投稿しております。

地味で器量の悪い公爵令嬢は政略結婚を拒んでいたのだが

克全
恋愛
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」に同時投稿しています。 心優しいエヴァンズ公爵家の長女アマーリエは自ら王太子との婚約を辞退した。幼馴染でもある王太子の「ブスの癖に図々しく何時までも婚約者の座にいるんじゃない、絶世の美女である妹に婚約者の座を譲れ」という雄弁な視線に耐えられなかったのだ。それにアマーリエにも自覚があった。自分が社交界で悪口陰口を言われるほどブスであることを。だから王太子との婚約を辞退してからは、壁の花に徹していた。エヴァンズ公爵家てもつながりが欲しい貴族家からの政略結婚の申し込みも断り続けていた。このまま静かに領地に籠って暮らしていこうと思っていた。それなのに、常勝無敗、騎士の中の騎士と称えられる王弟で大将軍でもあるアラステアから結婚を申し込まれたのだ。

神託の聖女様~偽義妹を置き去りにすることにしました

青の雀
恋愛
半年前に両親を亡くした公爵令嬢のバレンシアは、相続権を王位から認められ、晴れて公爵位を叙勲されることになった。 それから半年後、突如現れた義妹と称する女に王太子殿下との婚約まで奪われることになったため、怒りに任せて家出をするはずが、公爵家の使用人もろとも家を出ることに……。

結婚十年目の夫から「結婚契約更新書」なるものが届いた。彼は「送り間違えた」というけれど、それはそれで問題なのでは?

ぽんた
恋愛
レミ・マカリスター侯爵夫人は、夫と政略結婚をして十年目。侯爵夫人として、義父母の介護や領地経営その他もろもろを完ぺきにこなしている。そんなある日、王都に住む夫から「結婚契約更新書」なるものが届いた。義弟を通じ、夫を追求するも夫は「送り間違えた。ほんとうは金を送れというメモを送りたかった」という。レミは、心から思った。「それはそれで問題なのでは?」、と。そして、彼女の夫にたいするざまぁがはじまる。 ※ハッピーエンド確約。ざまぁあり。ご都合主義のゆるゆる設定はご容赦願います。

処理中です...