【完結済】隣国でひっそりと子育てしている私のことを、執着心むき出しの初恋が追いかけてきます

鳴宮野々花@書籍4作品発売中

文字の大きさ
53 / 77

53. それからの日常

しおりを挟む
 コレット先生のご厚意に甘える機会は、その後何度も訪れた。
 私は相変わらず平日は仕事、夜はユーリやセシルと過ごし、休日は可能な限りノエル先生のお宅へと通い詰めた。セシルはセシルで本格的に職探しを始め、週末にだけ時間のとれる友人や知人に会いに行ったりする機会が増えたからだ。
 休日の保育園に、初めてセシルと共に挨拶に訪れた時、コレット先生は目を丸くしていた。

「いつも妻子がお世話になっております。お言葉に甘えて息子を預かっていただき、恐縮です」
「まぁ、いいえ。お気になさらず。こちらのことは何も心配いりませんから、どうぞゆっくり用事を済ませてきてくださいね」

 セシルがこちらに背を向け、ユーリに「いい子にしているんだぞ」を声をかけている時、コレット先生はすばやく私に耳打ちしたのだった。

「なんて美男子なの、旦那様! ビックリしちゃったわ」



 セシルが私のことを「ティナ」と呼ぶので、治療院の同僚たちは当初戸惑っていた。私が「実は私の本名はティナレインで、ティナもレイニーもどちらも私の愛称なんです」と説明することで、どうにか皆を納得させることができた。
 ちなみに、セシルがどこでも私のことを「妻」と呼び、ユーリとまとめて「妻子が」などというので、私も面倒な事情は割愛し、皆の前では彼を「夫」と呼ぶことにした。実際はまだ夫婦としての手続きも何も終わっていないのだけど。
 初めてセシルが治療院に顔を出して以降、同僚たちの様子が一変した。私の退勤時間が迫ってくると、女性陣がソワソワしながら私のそばにやって来るのだ。

「レ、レイニーさん。その、今日は旦那様は、お迎えにいらっしゃるのかしら?」
「やだ、何よあんた。何を期待してるわけ? 人様の旦那様をいやらしい目で見るんじゃないわよ。んもうっ」
「な、何てこと言うのよ! あたしはただ、レイニーさんの同僚として、丁寧にご挨拶しなきゃなーって思ってるだけよ。別に、一日のご褒美タイムだわぁ~とか、あの尊い顔面をしっかりと目に焼き付けなくちゃ~だなんて、微塵も考えてないわよ! あ、あんたこそ、最近いつもより化粧が濃いんじゃないの? 何期待してんだか、まったく」
「は、はぁ!? バカ言わないでよ! ちょっとその……たまには新しいメイク用品でも使ってみようかなって、試しに買ってみただけよ」
「それよりあなたたち最近香水つけてきてるでしょ? ここ治療院なのよ。止めなさいよもう。浮かれちゃって」
「う、浮かれてなんかないわよ!」

 そばでわちゃわちゃと言い合っている同僚たちの様子に苦笑していると、ちょうど入り口の扉が開き、セシルが中へと入ってきた。

「迎えに来た、ティナ。……こんにちは皆さん。お疲れ様です」
「ゔ……っ!!」
「くぅ……っ!!」

 スラリとした長身に、服の上からでも分かるたくましい体。その上眩しいほどの金髪に、このアメジスト色のキラキラと輝く瞳。完璧に整った顔立ち。
 この容姿でこの社交用の満面の笑みを向けられれば、免疫のない女性たちは妙な呻き声も出てしまうだろう。瞬時に気を取り直したらしい彼女らは、やけに体をくねらせながら普段より二オクターブほど高い声で挨拶を返しはじめた。

「こんにちはぁ~」
「こちらこそ、お世話になっておりますぅ~」
「今日もいいお天気でしたわねぇ~」
「お気を付けて帰ってね、レイニーさぁん。うふん」

 セシルが私と共に治療院を後にするその瞬間まで、彼女たちの視線はセシルに釘付けなのだった。
 時間がある時は、こうしてセシルが私を治療院まで迎えに来てくれて、その後二人でユーリのお迎えに行く。それからアパートに帰り、家族三人の時間をゆっくりと過ごす。これが最近の私たちのルーティーンだった。

 その夜、私たちは三人でお風呂に入った。セシルと一緒にお風呂なんて冗談じゃない、恥ずかしすぎて死んでしまうと思い、最初はどんなに誘われても頑なに断っていた。そしてユーリに「今日はパパとママ、どっちとお風呂に入りたい?」と尋ね、ユーリのご指名が入った方が可愛い息子との入浴権を獲得する。そのパターンで落ち着いていたのだが、ある日ユーリが寂しそうな上目遣いをして私に言ったのだ。

『ゆーり、ぱぱとままとしゃんにんでおふろ、はいりたいよぅ』

 その一言で、私は恥じらいを捨てたのだった。

「上手くいけば、こちらでも王国騎士団に登用されるかもしれない」
「……えっ? そうなの?」

 浴槽の外で髪を洗いながら、私はチラリと薄目を開けてセシルの方を振り返る。セシルとユーリは二人で浴槽に浸かっており、ちょうどユーリがセシルの頭の上に、楽しそうに石けんの泡を乗せているところだった。こんもりと真っ白な泡で頭を包んだセシルが言った。

「ああ。知り合いの高位貴族の令息が、ツテを辿って紹介状を準備してくれそうな人に話を通してくれた。今度その人物と会ってくるよ」
「そう。すごいわ。上手くいくといいわね」
「ああ。王国騎士になれれば給金も破格だからな」
「ふふ。あなたならきっと大丈夫よ、セシル」
「だといいが」

 目を閉じて髪を流しながらそんな話をしていると、ユーリが大きな声を出した。

「まま! みて! みて! そふとくりーむ!!」
「え……? ……ふっ」

 セシルの頭の上に、本当にソフトクリームのような形の泡が盛られていた。先端がピョンと尖ったそのたまねぎ型の泡が、類稀なる美男子の頭に乗っかっている。それがもう、何だか可笑しくてたまらなくて、私は笑い転げたのだった。



 それから数週間後、セシルは一度レドーラ王国に帰国することとなった。知人のツテで会えた人物から本当に王国騎士団への紹介状を書いてもらえることとなり、レドーラの王国騎士団退団の手続きと、ビクトール王太子殿下への挨拶を済ませることになったからだった。

「その紹介状があれば、セレネスティア王国騎士団に採用してもらえるの?」
「いや、実技試験もある。まぁそちらは何も心配していないが。……ティナ、本当にユーリとここに残って待っているつもりか?」
「ええ。仕事も訓練もあるし、あなたがいない間は一人でやっていけるわ。コレット先生やソフィアさんたちもいるしね。心配しないで」

 セシルがレドーラに帰っている間、私は一緒には帰らずにここで待っているつもりだった。セシルのそばにいれば何があっても大丈夫だとは思っていても、やはりあの国に足を踏み入れることは躊躇してしまう。シアーズ男爵一家やハーマン・ダルテリオと、万が一にも会いたくはないから。

 けれど。

 セシルが帰国の準備を始めたタイミングで、私宛に一通の手紙が届いたのだ。

 それは母国の父、シアーズ男爵からの手紙だった。







しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない

くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、 軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。 言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。 ――そして初めて、夫は気づく。 自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。 一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、 「必要とされる存在」として歩き始めていた。 去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。 これは、失ってから愛に気づいた男と、 二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。 ――今さら、遅いのです。

置き去りにされた転生シンママはご落胤を秘かに育てるも、モトサヤはご容赦のほどを 

青の雀
恋愛
シンママから玉の輿婚へ 学生時代から付き合っていた王太子のレオンハルト・バルセロナ殿下に、ある日突然、旅先で置き去りにされてしまう。 お忍び旅行で来ていたので、誰も二人の居場所を知らなく、両親のどちらかが亡くなった時にしか発動しないはずの「血の呪縛」魔法を使われた。 お腹には、殿下との子供を宿しているというのに、政略結婚をするため、バレンシア・セレナーデ公爵令嬢が邪魔になったという理由だけで、あっけなく捨てられてしまったのだ。 レオンハルトは当初、バレンシアを置き去りにする意図はなく、すぐに戻ってくるつもりでいた。 でも、王都に戻ったレオンハルトは、そのまま結婚式を挙げさせられることになる。 お相手は隣国の王女アレキサンドラ。 アレキサンドラとレオンハルトは、形式の上だけの夫婦となるが、レオンハルトには心の妻であるバレンシアがいるので、指1本アレキサンドラに触れることはない。 バレンシアガ置き去りにされて、2年が経った頃、白い結婚に不満をあらわにしたアレキサンドラは、ついに、バレンシアとその王子の存在に気付き、ご落胤である王子を手に入れようと画策するが、どれも失敗に終わってしまう。 バレンシアは、前世、京都の餅菓子屋の一人娘として、シンママをしながら子供を育てた経験があり、今世もパティシエとしての腕を生かし、パンに製菓を売り歩く行商になり、王子を育てていく。 せっかくなので、家庭でできる餅菓子レシピを載せることにしました

氷の騎士と契約結婚したのですが、愛することはないと言われたので契約通り離縁します!

柚屋志宇
恋愛
「お前を愛することはない」 『氷の騎士』侯爵令息ライナスは、伯爵令嬢セルマに白い結婚を宣言した。 セルマは家同士の政略による契約結婚と割り切ってライナスの妻となり、二年後の離縁の日を待つ。 しかし結婚すると、最初は冷たかったライナスだが次第にセルマに好意的になる。 だがセルマは離縁の日が待ち遠しい。 ※小説家になろう、カクヨムにも掲載しています。

婚約者に値踏みされ続けた文官、堪忍袋の緒が切れたのでお別れしました。私は、私を尊重してくれる人を大切にします!

ささい
恋愛
王城で文官として働くリディア・フィアモントは、冷たい婚約者に評価されず疲弊していた。三度目の「婚約解消してもいい」の言葉に、ついに決断する。自由を得た彼女は、日々の書類仕事に誇りを取り戻し、誰かに頼られることの喜びを実感する。王城の仕事を支えつつ、自分らしい生活と自立を歩み始める物語。 ざまあは後悔する系( ^^) _旦~~ 小説家になろうにも投稿しております。

地味で器量の悪い公爵令嬢は政略結婚を拒んでいたのだが

克全
恋愛
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」に同時投稿しています。 心優しいエヴァンズ公爵家の長女アマーリエは自ら王太子との婚約を辞退した。幼馴染でもある王太子の「ブスの癖に図々しく何時までも婚約者の座にいるんじゃない、絶世の美女である妹に婚約者の座を譲れ」という雄弁な視線に耐えられなかったのだ。それにアマーリエにも自覚があった。自分が社交界で悪口陰口を言われるほどブスであることを。だから王太子との婚約を辞退してからは、壁の花に徹していた。エヴァンズ公爵家てもつながりが欲しい貴族家からの政略結婚の申し込みも断り続けていた。このまま静かに領地に籠って暮らしていこうと思っていた。それなのに、常勝無敗、騎士の中の騎士と称えられる王弟で大将軍でもあるアラステアから結婚を申し込まれたのだ。

結婚十年目の夫から「結婚契約更新書」なるものが届いた。彼は「送り間違えた」というけれど、それはそれで問題なのでは?

ぽんた
恋愛
レミ・マカリスター侯爵夫人は、夫と政略結婚をして十年目。侯爵夫人として、義父母の介護や領地経営その他もろもろを完ぺきにこなしている。そんなある日、王都に住む夫から「結婚契約更新書」なるものが届いた。義弟を通じ、夫を追求するも夫は「送り間違えた。ほんとうは金を送れというメモを送りたかった」という。レミは、心から思った。「それはそれで問題なのでは?」、と。そして、彼女の夫にたいするざまぁがはじまる。 ※ハッピーエンド確約。ざまぁあり。ご都合主義のゆるゆる設定はご容赦願います。

神託の聖女様~偽義妹を置き去りにすることにしました

青の雀
恋愛
半年前に両親を亡くした公爵令嬢のバレンシアは、相続権を王位から認められ、晴れて公爵位を叙勲されることになった。 それから半年後、突如現れた義妹と称する女に王太子殿下との婚約まで奪われることになったため、怒りに任せて家出をするはずが、公爵家の使用人もろとも家を出ることに……。

処理中です...