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68. サイラスさんの秘密
「サイラスさん」
その後ろ姿に向かって声をかけ、私は彼のそばに近付いた。すると彼は穏やかな眼差しでこちらを振り返る。
「行っちゃいましたねー。お父さん」
「……ああ」
窓辺に寄り下を見下ろしてみると、父を乗せたと思われる王家の馬車が門を出ていくところだった。サイラスさんはここから父が連行されていくのを見届けていたようだ。
馬車よりもサイラスさんの方が気になって仕方のない私は、さっきから疑問に思っていたことを彼にぶつけてみた。
「サイラスさん……。あなたは一体、何をしたんですか? 義母が突然苦しみだして、この部屋を出て行く時……、あなたは少しも動揺していなかった。まるで全て分かっていたかのように落ち着いていました。あなたが、何かしたんですよね……?」
ドキドキしながらそう尋ねると、サイラスさんは「ん?」ととぼけるように小首を傾げてみせた。
「さあ? 何のことだか。まぁとにかく、あなたがご無事でよかったですよ、セシルの奥方。シアーズ男爵夫人はあなたを罠に嵌めるつもりが、なんか間違っちゃったんでしょうね。ドジな人だなぁ。ふふ」
「…………」
そう言って飄々とした態度で笑っている彼のことを、私は無言で見つめた。
絶対に何かある。あの時のサイラスさんは、明らかにこうなることを分かっている様子だった。
言いたくないのだろうか。でも知りたい。この人が私の命を救ってくれたことは間違いないのだから。
そんな願いを込めてサイラスさんのヘーゼルの瞳をジッと見つめていると、やがて彼は「困ったなぁ」といわんばかりに苦笑し、頭を掻いた。
「……絶対誰にも言わないでくれます?」
「っ! え、ええ」
「絶対ですよ?」
「わ、分かりました」
緊張しながらそう答えると、サイラスさんは一度扉の方に目をやり、誰もいないことを確認すると、私の耳元にそっと顔を寄せた。ドキッとして思わず肩が跳ねる。
サイラスさんが囁くように言った。
「実は俺の曾祖父は、セレネスティア王国の出身なんです」
「……え」
思いもかけないその言葉に、目が点になる。
それって……もしかして……。
「その曾祖父はかなり強力な転移魔法の使い手だったそうで。セレネスティア王国の軍隊に所属し、生涯こき使われたようなんですよ。その血を引く俺の祖父も父も、魔力はゼロなんですけどねー。俺はね、先祖返りなのかなぁ。なぜか物体を移動できるんですよ。……液体でもね」
「転移、魔法……?」
「少しの距離なら、自分の体も。だから周りの人間には“異様に身のこなしが速いヤツ”って思われてるんですよね。フフン」
液体でも、移動できる……?
その言葉の意味を理解した私は、思わず息を呑み、口を押さえた。
(サイラスさんは……あの時魔力を使ったの……?)
王太子宮で出会った時のことを思い出す。いつの間にか私の手首に着けられていた草花のブレスレット、ユーリの髪の花……。
様々なことが頭の中で繋がり、私は彼を見上げて声を上げた。
「じ、じゃあサイラスさんは、扉の近くに立ったままでティーカップの中の……」
「シーッ」
彼はすぐさま人差し指を自分の唇に当て私を制すると、いたずらっぽくニカッと笑う。私は慌てて口をつぐんだ。そしてめいっぱい頭を回転させる。
(ということは、この人はあの時、義母に急かされた私が本当に紅茶を飲んだように見せかけるために、私がカップを傾けたタイミングで中の紅茶を移動させてくれた……ってこと……? たとえば、ティーポットの中かどこかに。だとしたら、すごすぎるわ……!)
そしてさらに気付く。その要領でサイラスさんは、念のためにと義母と私のティーカップを入れ替えてくれていた?
メイドがティーカップを私たちの前に置いたタイミングかどこかで、サイラスさんは二つのティーカップを入れ替えたのだろうか。その転移魔法を使って……。それで毒物が入れられていた方が、義母の元に……?
正解を確認するように彼のヘーゼルの瞳を見つめてしまう私に、サイラスさんは苦笑しながら言った。
「祖父の代で移住してきてから、俺はこのレドーラ王国で生まれ育ちました。家族が好きだし、ここには仲間もいる。今の仕事も、ここでの生活も気に入ってるんです。だから俺は、これからもこのレドーラ王国で自由に生きていたい。そう思ってます。……セシルの奥方、よければ今俺が呟いたことは、あなたの胸の中だけにしまっておいてくださるとめちゃくちゃありがたいんですが」
……魔力を持つ人自体が激減していると言われるこの時代に、転移魔法なんて貴重な魔術を使えるサイラスさんのことをあちらの王国が知れば、きっとサイラスさんは放っておいてはもらえない。
命の恩人がここで自由に生きていたいと望んでいるのだ。秘密を打ち明けてくれた彼を、私が裏切ることなんてできるはずがない。
「……ええ。セシルにも誰にも話しません。ありがとうございました、サイラスさん。助けてくださったこと、一生忘れません」
心からそう告げるとサイラスさんは「いやぁ照れるなー」
なんて言いながら、少年のように笑っていた。
その後ろ姿に向かって声をかけ、私は彼のそばに近付いた。すると彼は穏やかな眼差しでこちらを振り返る。
「行っちゃいましたねー。お父さん」
「……ああ」
窓辺に寄り下を見下ろしてみると、父を乗せたと思われる王家の馬車が門を出ていくところだった。サイラスさんはここから父が連行されていくのを見届けていたようだ。
馬車よりもサイラスさんの方が気になって仕方のない私は、さっきから疑問に思っていたことを彼にぶつけてみた。
「サイラスさん……。あなたは一体、何をしたんですか? 義母が突然苦しみだして、この部屋を出て行く時……、あなたは少しも動揺していなかった。まるで全て分かっていたかのように落ち着いていました。あなたが、何かしたんですよね……?」
ドキドキしながらそう尋ねると、サイラスさんは「ん?」ととぼけるように小首を傾げてみせた。
「さあ? 何のことだか。まぁとにかく、あなたがご無事でよかったですよ、セシルの奥方。シアーズ男爵夫人はあなたを罠に嵌めるつもりが、なんか間違っちゃったんでしょうね。ドジな人だなぁ。ふふ」
「…………」
そう言って飄々とした態度で笑っている彼のことを、私は無言で見つめた。
絶対に何かある。あの時のサイラスさんは、明らかにこうなることを分かっている様子だった。
言いたくないのだろうか。でも知りたい。この人が私の命を救ってくれたことは間違いないのだから。
そんな願いを込めてサイラスさんのヘーゼルの瞳をジッと見つめていると、やがて彼は「困ったなぁ」といわんばかりに苦笑し、頭を掻いた。
「……絶対誰にも言わないでくれます?」
「っ! え、ええ」
「絶対ですよ?」
「わ、分かりました」
緊張しながらそう答えると、サイラスさんは一度扉の方に目をやり、誰もいないことを確認すると、私の耳元にそっと顔を寄せた。ドキッとして思わず肩が跳ねる。
サイラスさんが囁くように言った。
「実は俺の曾祖父は、セレネスティア王国の出身なんです」
「……え」
思いもかけないその言葉に、目が点になる。
それって……もしかして……。
「その曾祖父はかなり強力な転移魔法の使い手だったそうで。セレネスティア王国の軍隊に所属し、生涯こき使われたようなんですよ。その血を引く俺の祖父も父も、魔力はゼロなんですけどねー。俺はね、先祖返りなのかなぁ。なぜか物体を移動できるんですよ。……液体でもね」
「転移、魔法……?」
「少しの距離なら、自分の体も。だから周りの人間には“異様に身のこなしが速いヤツ”って思われてるんですよね。フフン」
液体でも、移動できる……?
その言葉の意味を理解した私は、思わず息を呑み、口を押さえた。
(サイラスさんは……あの時魔力を使ったの……?)
王太子宮で出会った時のことを思い出す。いつの間にか私の手首に着けられていた草花のブレスレット、ユーリの髪の花……。
様々なことが頭の中で繋がり、私は彼を見上げて声を上げた。
「じ、じゃあサイラスさんは、扉の近くに立ったままでティーカップの中の……」
「シーッ」
彼はすぐさま人差し指を自分の唇に当て私を制すると、いたずらっぽくニカッと笑う。私は慌てて口をつぐんだ。そしてめいっぱい頭を回転させる。
(ということは、この人はあの時、義母に急かされた私が本当に紅茶を飲んだように見せかけるために、私がカップを傾けたタイミングで中の紅茶を移動させてくれた……ってこと……? たとえば、ティーポットの中かどこかに。だとしたら、すごすぎるわ……!)
そしてさらに気付く。その要領でサイラスさんは、念のためにと義母と私のティーカップを入れ替えてくれていた?
メイドがティーカップを私たちの前に置いたタイミングかどこかで、サイラスさんは二つのティーカップを入れ替えたのだろうか。その転移魔法を使って……。それで毒物が入れられていた方が、義母の元に……?
正解を確認するように彼のヘーゼルの瞳を見つめてしまう私に、サイラスさんは苦笑しながら言った。
「祖父の代で移住してきてから、俺はこのレドーラ王国で生まれ育ちました。家族が好きだし、ここには仲間もいる。今の仕事も、ここでの生活も気に入ってるんです。だから俺は、これからもこのレドーラ王国で自由に生きていたい。そう思ってます。……セシルの奥方、よければ今俺が呟いたことは、あなたの胸の中だけにしまっておいてくださるとめちゃくちゃありがたいんですが」
……魔力を持つ人自体が激減していると言われるこの時代に、転移魔法なんて貴重な魔術を使えるサイラスさんのことをあちらの王国が知れば、きっとサイラスさんは放っておいてはもらえない。
命の恩人がここで自由に生きていたいと望んでいるのだ。秘密を打ち明けてくれた彼を、私が裏切ることなんてできるはずがない。
「……ええ。セシルにも誰にも話しません。ありがとうございました、サイラスさん。助けてくださったこと、一生忘れません」
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なんて言いながら、少年のように笑っていた。
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