トラウマ持ち令嬢と潔癖王子の白い結婚契約は撤回されました 〜 白くない結婚を目指します! 〜

鳴宮野々花@書籍4作品発売中

文字の大きさ
5 / 51

5. クリストファー殿下との謁見

しおりを挟む
 人払いされた王宮のサロンの中。
 大きな窓からは午後の明るい日差しがキラキラと差し込み、目の前に座る美麗な王子様の輝きを一層まばゆくしていた。

(め……目が眩みそう……)

 テーブルを挟んで向かいに座るクリストファー第三王子殿下は、極めて優雅な所作でティーカップを手に取る。殿下の着けている真っ白な手袋に目がいった。
 紅茶を一口飲んだ後、殿下はそのカップを置き真っ直ぐに私を見据えた。緊張のあまり、背筋に力が入る。
 この方と会うとなった今日、私も自分なりに最大限身なりを整えてきた。柔らかな栗色の髪はハーフアップに結い、瞳の色と同じ翡翠色のリボンで飾った。ドレスはホワイトとグリーンを基調とした、爽やかな印象を与えるものを選んだ。アクセサリーはごく控えめに、小ぶりなエメラルドのものをいくつか。明るく清楚な雰囲気に仕上がっているはずだ。
 対する目の前の王子様は、相変わらず非の打ち所のない完璧な美貌。世の女性たちの視線を一身に集めるそのオーラと輝きは今日も健在だった。
 けれど。
 顔を合わせ、挨拶をし、椅子を指されて着座してから、早十分ほど。彼はまだ一言も口を開いていなかった。まずは声をかけられるのを待たねばと、ただ姿勢を正して座っていた私は、どうすればいいか分からずそわそわしはじめたところだった。そんな中、ずっと不機嫌そうに目を伏せていた王子がようやく紅茶に手を伸ばし、そして私の顔を初めてちゃんと見たのだ。

「……父が怒り狂っている」
「……あ」

 ジョゼフ王太子殿下から婚約破棄を言い渡された私に非があると、クリストファー王子殿下は私を責めているのだろうか。謝罪の言葉を口にしようとしたが、殿下はそれを制した。

「君に対してじゃない。ジョゼフにだ。あの馬鹿、後先考えずに大それたことをしでかしたものだ。あんな公の場で、王命で決まっていた婚約を独断で破棄するなど」

(あ、あの馬鹿……)

 私は思わず周囲を見渡す。けれど今、このサロンの中にいるのは、壁際の護衛騎士二人と殿下の側近と思われる男性、そして私の背後に控えているラーラだけだ。まともに聞こえているのはラーラくらいか。

「王族が皆の前で一度口に出した言葉を、やすやすと引っ込めることはできない。表向き、ジョゼフと君との婚約は、国王を中心とし、その継続の是非を審議していた最中だったと、後付けの理由を作るつもりのようだ。バークリー公爵ともそのように口裏を合わせ、奴と君との婚約破棄、及び俺との婚約締結についてや、公爵家への補償について話し合うことになりそうだ」
「……はい」
「本当に愚かな男だな。……まぁ、俺もありがたく、ジョゼフの言葉に乗ったわけだが」

 ボソリとそう付け加えると、殿下は私に問うた。

「君はなぜ、あの時奴の手を取らなかった」

 真っ直ぐに尋ねられ、私は思わず息を呑む。

「あんなことはこれまで一度もなかっただろう。建国祭や夜会……何度も君と奴が踊る姿を見てきた。内心どうあれ、君は自分の責務を果たしてきたはずだ。それがあの夜、君は強張った顔で奴の手を見つめたまま、動揺していた。……一体なぜだ」

 ……どうしよう。ここはやっぱり誤魔化すべきかしら。この方の婚約者となるのならば、正直に答えるのは得策じゃない。「男性が気持ち悪くて仕方なく、これまではどうにかギリギリ我慢して踊っていただけだ」なんて言ったら、「そうか、じゃあ夫婦となることはできないな。婚約の話はなかったことに」……となりかねない。

(……そういえば、この方がどなたかとダンスを踊っているのを見たことがないな……。パーティーではいつもご令嬢方の熱い視線を浴びているのに、この方は椅子に座ったまま面白くなさそうにフロアを見ているばかりだもの……)

 ふとそんな関係ないことが頭をよぎり、慌てて振り払う。後ろめたさを隠し、私は口を開いた。

「……畏れながら、あの夜は体調が芳しくなく……」
「その頬はどうした」
「……えっ?」

 クリストファー殿下はその澄みきった青い瞳で、私のことをジッと見つめている。

「ぶたれたのか」
「……っ」
「父君か」

 次々言い当てられ、心臓が早鐘を打つ。濃いめの化粧で隠してきたつもりだけれど、あの夜父に強かにぶたれた頬は、まだ赤黒く腫れが残っていた。
 さらに誤魔化しの言い訳をするべきか。ほんのわずか逡巡していると、殿下はさらに言葉を重ねる。

「よければ君の事情を正直に打ち明けてほしいと、俺は思っている。その方が俺も本音で話がしやすい」

(……本音で……?)

 反射的にその目を見ると、クリストファー殿下は探るような視線で私のことをじっと見据えている。……私が自分の気持ちを正直に話せば、あの夜殿下が私を婚約者に指名した理由も教えてもらえるのだろうか。

(……まぁ、いいか。なんとなく、この方には全部話しても大丈夫だって気がするわ……)

 それは直感でしかなかったけれど、恐らくこの方は、私の事情を知った後に万が一婚約の話を白紙に戻したとしても、私を悪いように言いふらすことはなさらないと思えた。
 意を決し、私は彼に打ち明けた。幼少の頃父のふしだらな姿によって植え付けられたトラウマや、その後の父の度重なる不貞による、母の心痛と体調不良。加速していった私の男性不信。そして、あのジョゼフ王太子殿下の生誕祭の夜見てしまった、彼とオーデン男爵令嬢との密会の現場……。
 クリストファー殿下はむっつりと唇を引き結び、かすかに眉間に皺を寄せ、黙って私の話を聞いていた。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

この度、猛獣公爵の嫁になりまして~厄介払いされた令嬢は旦那様に溺愛されながら、もふもふ達と楽しくモノづくりライフを送っています~

柚木崎 史乃
ファンタジー
名門伯爵家の次女であるコーデリアは、魔力に恵まれなかったせいで双子の姉であるビクトリアと比較されて育った。 家族から疎まれ虐げられる日々に、コーデリアの心は疲弊し限界を迎えていた。 そんな時、どういうわけか縁談を持ちかけてきた貴族がいた。彼の名はジェイド。社交界では、「猛獣公爵」と呼ばれ恐れられている存在だ。 というのも、ある日を境に文字通り猛獣の姿へと変わってしまったらしいのだ。 けれど、いざ顔を合わせてみると全く怖くないどころか寧ろ優しく紳士で、その姿も動物が好きなコーデリアからすれば思わず触りたくなるほど毛並みの良い愛らしい白熊であった。 そんな彼は月に数回、人の姿に戻る。しかも、本来の姿は類まれな美青年なものだから、コーデリアはその度にたじたじになってしまう。 ジェイド曰くここ数年、公爵領では鉱山から流れてくる瘴気が原因で獣の姿になってしまう奇病が流行っているらしい。 それを知ったコーデリアは、瘴気の影響で不便な生活を強いられている領民たちのために鉱石を使って次々と便利な魔導具を発明していく。 そして、ジェイドからその才能を評価され知らず知らずのうちに溺愛されていくのであった。 一方、コーデリアを厄介払いした家族は悪事が白日のもとに晒された挙句、王家からも見放され窮地に追い込まれていくが……。 これは、虐げられていた才女が嫁ぎ先でその才能を発揮し、周囲の人々に無自覚に愛され幸せになるまでを描いた物語。 他サイトでも掲載中。

王国最強の天才魔導士は、追放された悪役令嬢の息子でした

由香
ファンタジー
追放された悪役令嬢が選んだのは復讐ではなく、母として息子を守ること。 無自覚天才に育った息子は、魔法を遊び感覚で扱い、王国を震撼させてしまう。 再び招かれたのは、かつて母を追放した国。 礼儀正しく圧倒する息子と、静かに完全勝利する母。 これは、親子が選ぶ“最も美しいざまぁ”。

婚約破棄された人たらし悪役令嬢ですが、 最強で過保護な兄たちと義姉に溺愛されています

由香
ファンタジー
婚約破棄のその日、 悪役令嬢リリアーナは――弁明すら、しなかった。 王太子と“聖女”に断罪され、すべてを失った彼女。 だがその裏で、王国最強と名高い三人の兄と、 冷静沈着な義姉が、静かに動き始めていた。 再検証によって暴かれる“聖女の嘘”。 広場で語られる真実。 そして、無自覚に人を惹きつけてしまう リリアーナの優しさが、次々と味方を増やしていく――。 これは、 悪役令嬢として断罪された少女が、 「誰かの物語の脇役」ではなく、 自分自身の人生を取り戻す物語。 過保護すぎる兄たちと義姉に溺愛されながら、 彼女は静かに、そして確実に幸せへ向かっていく。

【完結】後宮の片隅にいた王女を拾いましたが、才女すぎて妃にしたくなりました

藤原遊
恋愛
【溺愛・成長・政略・糖度高め】 ※ヒーロー目線で進んでいきます。 王位継承権を放棄し、外交を司る第六王子ユーリ・サファイア・アレスト。 ある日、後宮の片隅でひっそりと暮らす少女――カティア・アゲート・アレストに出会う。 不遇の生まれながらも聡明で健気な少女を、ユーリは自らの正妃候補として引き取る決断を下す。 才能を開花させ成長していくカティア。 そして、次第に彼女を「妹」としてではなく「たった一人の妃」として深く愛していくユーリ。 立場も政略も超えた二人の絆が、やがて王宮の静かな波紋を生んでいく──。 「私はもう一人ではありませんわ、ユーリ」 「これからも、私の隣には君がいる」 甘く静かな後宮成長溺愛物語、ここに開幕。

【完結】奇跡のおくすり~追放された薬師、実は王家の隠し子でした~

いっぺいちゃん
ファンタジー
薬草と静かな生活をこよなく愛する少女、レイナ=リーフィア。 地味で目立たぬ薬師だった彼女は、ある日貴族の陰謀で“冤罪”を着せられ、王都の冒険者ギルドを追放されてしまう。 「――もう、草とだけ暮らせればいい」 絶望の果てにたどり着いた辺境の村で、レイナはひっそりと薬を作り始める。だが、彼女の薬はどんな難病さえ癒す“奇跡の薬”だった。 やがて重病の王子を治したことで、彼女の正体が王家の“隠し子”だと判明し、王都からの使者が訪れる―― 「あなたの薬に、国を救ってほしい」 導かれるように再び王都へと向かうレイナ。 医療改革を志し、“薬師局”を創設して仲間たちと共に奔走する日々が始まる。 薬草にしか心を開けなかった少女が、やがて王国の未来を変える―― これは、一人の“草オタク”薬師が紡ぐ、やさしくてまっすぐな奇跡の物語。 ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

悪役令嬢発溺愛幼女着

みおな
ファンタジー
「違います!わたくしは、フローラさんをいじめてなどいません!」  わたくしの声がホールに響いたけれど、誰もわたくしに手を差し伸べて下さることはなかった。  響いたのは、婚約者である王太子殿下の冷たい声。  わたくしに差し伸べられたのは、騎士団長のご子息がわたくしを強く床に押し付ける腕。  冷ややかな周囲のご令嬢ご令息の冷笑。  どうして。  誰もわたくしを信じてくれないまま、わたくしは冷たい牢の中で命を落とした。

四の五の言わず離婚届にサインをしてくれません?

白雲八鈴
恋愛
アルディーラ公爵夫人であるミレーネは、他の人からみれば羨ましいと思える立場にいた。 王妹の母譲りの美人の顔立ち、公爵夫人として注目を集める立場、そして領地の運営は革命と言えるほど領地に潤いを与えていた。 だが、そんなミレーネの心の中にあるのは『早く離婚したい』だった。 順風満帆と言えるミレーネは何が不満なのか。その原因は何か。何故離婚できないのか。 そこから始まる物語である。

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

処理中です...