トラウマ持ち令嬢と潔癖王子の白い結婚契約は撤回されました 〜 白くない結婚を目指します! 〜

鳴宮野々花@書籍4作品発売中

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6. クリストファー殿下の事情

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「……以上が、あの夜の私の失態に繋がるこちらの事情の全てでございます。ただでさえ、殿方と体が触れ合うことに対して激しく嫌悪感を覚える私が、さらにあの夜は、あのような現場を……。どうしても、体が動かなかったのです」
「……ふぅん」

 私が話を終えると、右手で頬杖をついていたクリストファー殿下が、一言そう反応した。殿下の着けている白手袋に目が行く。……そういえばこの方、いつでも手袋を着用している気がするな。外しているのを見たことがない。
 再び静寂が戻ってくる。

(……やっぱり、失敗だったかしら)

 いくら何でも、正直に話しすぎただろうか。黙ったままのクリストファー殿下を前に、私の中で不安がもやもやと膨らみはじめる。
 するとようやく、殿下がぼそりと呟いた。

「……やはり似たような事情か。安心した」
「……え……?」

(似たような事情……?)

 どういうことだろう。
 不思議に思い顔を上げると、殿下は腕組みをし、ゆっくりと話しはじめた。

「……あの場であの馬鹿から婚約破棄を叩きつけられた君に、俺が真っ先に声をかけたのは、何となく、君の方にそういった事情があるのではないかと察したからだ。差し出された奴の手を凝視し青ざめる君の様子を見て、それを感じた。そしてそんな君ならば、この俺の婚約者、そして妃という立場に相応しいのではないかと思った。俺のためだけではなく、君にとっても最良の選択になのではないかと」
「……?? あの……、それは、つまり……?」

 今ひとつ理解できない私は、失礼かとは思いながらもより明確な言葉を欲し、問い返す。殿下は一呼吸置いてこうおっしゃった。

「俺も君と似たような性質だ。女性に触れるのも、触れられるのも極めて不快で、強い抵抗感がある。だから手を取り腰を抱いて踊るなどもってのほかだし、婚約者も持たずにこの歳まできた」
「……まぁ……。そ、そうだったのですね……」

 驚きのあまり、ようやく返すことができた言葉はそれだけだった。まさかこの方が……私と同じように異性に対して嫌悪感を抱いていらっしゃるとは。しかもこんな、王国中から熱い視線を浴びる、言い方は悪いけれど、選び放題の立場の王子様が。なんだかものすごくもったいない気がする……。

(それでダンスパーティーでも踊らないし、おそばに寄ってご挨拶をしただけであんなに嫌な顔をなさっていたわけね)

 これまでのクリストファー殿下の行動を思い返していると、彼が再び口を開く。

「あの馬鹿は、例の男爵令嬢をどこぞの侯爵家辺りに養子縁組させてから自分の妃にするのだと、いい家を見繕ってほしいと、父に直談判を続けている。ジョゼフに対して怒りを滾らせている父は、まともに取り合ってもいないがな。国王の意に沿わぬ縁組みなどしたがる高位貴族はいないだろう。難航するだろうな」
「……はぁ……」
「かろうじて養子先が見つかったとしても、あんな無教養な令嬢には王太子妃は務まらん。女が今から寝る間も惜しんで死にもの狂いで猛勉強すれば、少しはマシになるかもしれんが……。こちらも期待は薄い」
「はい……」
「さらにあいつが国王になったとて、正妃が男爵家出身の無教養な女であるのに、それより格式高い家柄の立派な令嬢が側妃に入ることなどあり得ない。どの家も嫌がるだろう。つまりジョゼフは、もうお先真っ暗だ。正妃は無教養、本人も馬鹿、支えてくれる側妃は見つからない。どう転んでもあいつの良いようには進まないだろう」

 クリストファー殿下は淡々とご自分の考えを話し続ける。私は黙って耳を傾けた。

「おそらくあいつは近い将来父に見限られ、王太子の座を降ろされることになる」
「……そ……、そうなるでしょうか」
「ああ。あの場での宣言は今さら撤回できないのだから、おそらく奴は臣籍降下でもさせられるんじゃないか? そして男爵令嬢と共に、どこぞの地に送られるかもしれん。そうなると、次に王太子に据えられるのはルミロだが」

 ……ルミロ。それは国王陛下と王妃陛下との間に生まれた二番目のご子息、ルミロ第二王子殿下のことだ。やや暗めの金髪に、赤茶色の瞳。穏やかでおっとりとした方だ。いつも優しげな笑みを湛えている。

「こちらは問題ないだろう。向こう見ずで短絡的、自己中心的なジョゼフとは違い、勤勉で優秀だ。かつ、民の暮らしを向上させることに心を砕く公平な心も持っている。婚約者はフェンドリー侯爵家の娘。こちらも非の打ちどころがない令嬢だ。つまり、ジョゼフが失脚しても、第二王子のルミロが次に立太子させられるのはほぼ確実だ」
「……えっと……、はい。つ、つまり……?」

 何となく、クリストファー殿下の仰りたいことが分かってきた……気がする。
 ドキドキしながら、私は殿下の次の言葉を待った。
 彼はティーカップを手に取り紅茶を一口飲むと、ゆっくりとカップを置き、私の目を見て言った。

「つまり、俺に順番が回ってくる心配はほぼない。俺は必ずしも子を成す必要もない。であれば、俺は同じ種類の苦痛を抱える君と結婚し、互いに安心安全な“白い結婚”をすればいいと思ったのだ。俺ももう、いい加減うんざりだった。断っても断っても、次から次へと持ちかけられる国内外の貴族令嬢や王女らとの縁談に、父上からの度重なる催促、圧力。……ここで君と二人、ひそかに白い結婚契約を交わせば、互いにのストレスがない人生を送ることができる。そうは思わないか?」
「そ……っ、それは……っ!」

(何と……何と素晴らしいご提案でございますかっ、クリストファー殿下……!!)

 



 
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