6 / 51
6. クリストファー殿下の事情
しおりを挟む
「……以上が、あの夜の私の失態に繋がるこちらの事情の全てでございます。ただでさえ、殿方と体が触れ合うことに対して激しく嫌悪感を覚える私が、さらにあの夜は、あのような現場を……。どうしても、体が動かなかったのです」
「……ふぅん」
私が話を終えると、右手で頬杖をついていたクリストファー殿下が、一言そう反応した。殿下の着けている白手袋に目が行く。……そういえばこの方、いつでも手袋を着用している気がするな。外しているのを見たことがない。
再び静寂が戻ってくる。
(……やっぱり、失敗だったかしら)
いくら何でも、正直に話しすぎただろうか。黙ったままのクリストファー殿下を前に、私の中で不安がもやもやと膨らみはじめる。
するとようやく、殿下がぼそりと呟いた。
「……やはり似たような事情か。安心した」
「……え……?」
(似たような事情……?)
どういうことだろう。
不思議に思い顔を上げると、殿下は腕組みをし、ゆっくりと話しはじめた。
「……あの場であの馬鹿から婚約破棄を叩きつけられた君に、俺が真っ先に声をかけたのは、何となく、君の方にそういった事情があるのではないかと察したからだ。差し出された奴の手を凝視し青ざめる君の様子を見て、それを感じた。そしてそんな君ならば、この俺の婚約者、そして妃という立場に相応しいのではないかと思った。俺のためだけではなく、君にとっても最良の選択になのではないかと」
「……?? あの……、それは、つまり……?」
今ひとつ理解できない私は、失礼かとは思いながらもより明確な言葉を欲し、問い返す。殿下は一呼吸置いてこうおっしゃった。
「俺も君と似たような性質だ。女性に触れるのも、触れられるのも極めて不快で、強い抵抗感がある。だから手を取り腰を抱いて踊るなどもってのほかだし、婚約者も持たずにこの歳まできた」
「……まぁ……。そ、そうだったのですね……」
驚きのあまり、ようやく返すことができた言葉はそれだけだった。まさかこの方が……私と同じように異性に対して嫌悪感を抱いていらっしゃるとは。しかもこんな、王国中から熱い視線を浴びる、言い方は悪いけれど、選び放題の立場の王子様が。なんだかものすごくもったいない気がする……。
(それでダンスパーティーでも踊らないし、おそばに寄ってご挨拶をしただけであんなに嫌な顔をなさっていたわけね)
これまでのクリストファー殿下の行動を思い返していると、彼が再び口を開く。
「あの馬鹿は、例の男爵令嬢をどこぞの侯爵家辺りに養子縁組させてから自分の妃にするのだと、いい家を見繕ってほしいと、父に直談判を続けている。ジョゼフに対して怒りを滾らせている父は、まともに取り合ってもいないがな。国王の意に沿わぬ縁組みなどしたがる高位貴族はいないだろう。難航するだろうな」
「……はぁ……」
「かろうじて養子先が見つかったとしても、あんな無教養な令嬢には王太子妃は務まらん。女が今から寝る間も惜しんで死にもの狂いで猛勉強すれば、少しはマシになるかもしれんが……。こちらも期待は薄い」
「はい……」
「さらにあいつが国王になったとて、正妃が男爵家出身の無教養な女であるのに、それより格式高い家柄の立派な令嬢が側妃に入ることなどあり得ない。どの家も嫌がるだろう。つまりジョゼフは、もうお先真っ暗だ。正妃は無教養、本人も馬鹿、支えてくれる側妃は見つからない。どう転んでもあいつの良いようには進まないだろう」
クリストファー殿下は淡々とご自分の考えを話し続ける。私は黙って耳を傾けた。
「おそらくあいつは近い将来父に見限られ、王太子の座を降ろされることになる」
「……そ……、そうなるでしょうか」
「ああ。あの場での宣言は今さら撤回できないのだから、おそらく奴は臣籍降下でもさせられるんじゃないか? そして男爵令嬢と共に、どこぞの地に送られるかもしれん。そうなると、次に王太子に据えられるのはルミロだが」
……ルミロ。それは国王陛下と王妃陛下との間に生まれた二番目のご子息、ルミロ第二王子殿下のことだ。やや暗めの金髪に、赤茶色の瞳。穏やかでおっとりとした方だ。いつも優しげな笑みを湛えている。
「こちらは問題ないだろう。向こう見ずで短絡的、自己中心的なジョゼフとは違い、勤勉で優秀だ。かつ、民の暮らしを向上させることに心を砕く公平な心も持っている。婚約者はフェンドリー侯爵家の娘。こちらも非の打ちどころがない令嬢だ。つまり、ジョゼフが失脚しても、第二王子のルミロが次に立太子させられるのはほぼ確実だ」
「……えっと……、はい。つ、つまり……?」
何となく、クリストファー殿下の仰りたいことが分かってきた……気がする。
ドキドキしながら、私は殿下の次の言葉を待った。
彼はティーカップを手に取り紅茶を一口飲むと、ゆっくりとカップを置き、私の目を見て言った。
「つまり、俺に順番が回ってくる心配はほぼない。俺は必ずしも子を成す必要もない。であれば、俺は同じ種類の苦痛を抱える君と結婚し、互いに安心安全な“白い結婚”をすればいいと思ったのだ。俺ももう、いい加減うんざりだった。断っても断っても、次から次へと持ちかけられる国内外の貴族令嬢や王女らとの縁談に、父上からの度重なる催促、圧力。……ここで君と二人、ひそかに白い結婚契約を交わせば、互いにそっち方面のストレスがない人生を送ることができる。そうは思わないか?」
「そ……っ、それは……っ!」
(何と……何と素晴らしいご提案でございますかっ、クリストファー殿下……!!)
「……ふぅん」
私が話を終えると、右手で頬杖をついていたクリストファー殿下が、一言そう反応した。殿下の着けている白手袋に目が行く。……そういえばこの方、いつでも手袋を着用している気がするな。外しているのを見たことがない。
再び静寂が戻ってくる。
(……やっぱり、失敗だったかしら)
いくら何でも、正直に話しすぎただろうか。黙ったままのクリストファー殿下を前に、私の中で不安がもやもやと膨らみはじめる。
するとようやく、殿下がぼそりと呟いた。
「……やはり似たような事情か。安心した」
「……え……?」
(似たような事情……?)
どういうことだろう。
不思議に思い顔を上げると、殿下は腕組みをし、ゆっくりと話しはじめた。
「……あの場であの馬鹿から婚約破棄を叩きつけられた君に、俺が真っ先に声をかけたのは、何となく、君の方にそういった事情があるのではないかと察したからだ。差し出された奴の手を凝視し青ざめる君の様子を見て、それを感じた。そしてそんな君ならば、この俺の婚約者、そして妃という立場に相応しいのではないかと思った。俺のためだけではなく、君にとっても最良の選択になのではないかと」
「……?? あの……、それは、つまり……?」
今ひとつ理解できない私は、失礼かとは思いながらもより明確な言葉を欲し、問い返す。殿下は一呼吸置いてこうおっしゃった。
「俺も君と似たような性質だ。女性に触れるのも、触れられるのも極めて不快で、強い抵抗感がある。だから手を取り腰を抱いて踊るなどもってのほかだし、婚約者も持たずにこの歳まできた」
「……まぁ……。そ、そうだったのですね……」
驚きのあまり、ようやく返すことができた言葉はそれだけだった。まさかこの方が……私と同じように異性に対して嫌悪感を抱いていらっしゃるとは。しかもこんな、王国中から熱い視線を浴びる、言い方は悪いけれど、選び放題の立場の王子様が。なんだかものすごくもったいない気がする……。
(それでダンスパーティーでも踊らないし、おそばに寄ってご挨拶をしただけであんなに嫌な顔をなさっていたわけね)
これまでのクリストファー殿下の行動を思い返していると、彼が再び口を開く。
「あの馬鹿は、例の男爵令嬢をどこぞの侯爵家辺りに養子縁組させてから自分の妃にするのだと、いい家を見繕ってほしいと、父に直談判を続けている。ジョゼフに対して怒りを滾らせている父は、まともに取り合ってもいないがな。国王の意に沿わぬ縁組みなどしたがる高位貴族はいないだろう。難航するだろうな」
「……はぁ……」
「かろうじて養子先が見つかったとしても、あんな無教養な令嬢には王太子妃は務まらん。女が今から寝る間も惜しんで死にもの狂いで猛勉強すれば、少しはマシになるかもしれんが……。こちらも期待は薄い」
「はい……」
「さらにあいつが国王になったとて、正妃が男爵家出身の無教養な女であるのに、それより格式高い家柄の立派な令嬢が側妃に入ることなどあり得ない。どの家も嫌がるだろう。つまりジョゼフは、もうお先真っ暗だ。正妃は無教養、本人も馬鹿、支えてくれる側妃は見つからない。どう転んでもあいつの良いようには進まないだろう」
クリストファー殿下は淡々とご自分の考えを話し続ける。私は黙って耳を傾けた。
「おそらくあいつは近い将来父に見限られ、王太子の座を降ろされることになる」
「……そ……、そうなるでしょうか」
「ああ。あの場での宣言は今さら撤回できないのだから、おそらく奴は臣籍降下でもさせられるんじゃないか? そして男爵令嬢と共に、どこぞの地に送られるかもしれん。そうなると、次に王太子に据えられるのはルミロだが」
……ルミロ。それは国王陛下と王妃陛下との間に生まれた二番目のご子息、ルミロ第二王子殿下のことだ。やや暗めの金髪に、赤茶色の瞳。穏やかでおっとりとした方だ。いつも優しげな笑みを湛えている。
「こちらは問題ないだろう。向こう見ずで短絡的、自己中心的なジョゼフとは違い、勤勉で優秀だ。かつ、民の暮らしを向上させることに心を砕く公平な心も持っている。婚約者はフェンドリー侯爵家の娘。こちらも非の打ちどころがない令嬢だ。つまり、ジョゼフが失脚しても、第二王子のルミロが次に立太子させられるのはほぼ確実だ」
「……えっと……、はい。つ、つまり……?」
何となく、クリストファー殿下の仰りたいことが分かってきた……気がする。
ドキドキしながら、私は殿下の次の言葉を待った。
彼はティーカップを手に取り紅茶を一口飲むと、ゆっくりとカップを置き、私の目を見て言った。
「つまり、俺に順番が回ってくる心配はほぼない。俺は必ずしも子を成す必要もない。であれば、俺は同じ種類の苦痛を抱える君と結婚し、互いに安心安全な“白い結婚”をすればいいと思ったのだ。俺ももう、いい加減うんざりだった。断っても断っても、次から次へと持ちかけられる国内外の貴族令嬢や王女らとの縁談に、父上からの度重なる催促、圧力。……ここで君と二人、ひそかに白い結婚契約を交わせば、互いにそっち方面のストレスがない人生を送ることができる。そうは思わないか?」
「そ……っ、それは……っ!」
(何と……何と素晴らしいご提案でございますかっ、クリストファー殿下……!!)
523
あなたにおすすめの小説
婚約破棄された人たらし悪役令嬢ですが、 最強で過保護な兄たちと義姉に溺愛されています
由香
ファンタジー
婚約破棄のその日、
悪役令嬢リリアーナは――弁明すら、しなかった。
王太子と“聖女”に断罪され、すべてを失った彼女。
だがその裏で、王国最強と名高い三人の兄と、
冷静沈着な義姉が、静かに動き始めていた。
再検証によって暴かれる“聖女の嘘”。
広場で語られる真実。
そして、無自覚に人を惹きつけてしまう
リリアーナの優しさが、次々と味方を増やしていく――。
これは、
悪役令嬢として断罪された少女が、
「誰かの物語の脇役」ではなく、
自分自身の人生を取り戻す物語。
過保護すぎる兄たちと義姉に溺愛されながら、
彼女は静かに、そして確実に幸せへ向かっていく。
《完結》金貨5000枚で売られた王太子妃
ぜらちん黒糖
恋愛
「愛している。必ず迎えに行くから待っていてくれ」
甘い言葉を信じて、隣国へ「人質」となった王太子妃イザベラ。
旅立ちの前の晩、二人は愛し合い、イザベラのお腹には新しい命が宿った。すぐに夫に知らせた イザベラだったが、夫から届いた返信は、信じられない内容だった。
「それは本当に私の子供なのか?」
王国最強の天才魔導士は、追放された悪役令嬢の息子でした
由香
ファンタジー
追放された悪役令嬢が選んだのは復讐ではなく、母として息子を守ること。
無自覚天才に育った息子は、魔法を遊び感覚で扱い、王国を震撼させてしまう。
再び招かれたのは、かつて母を追放した国。
礼儀正しく圧倒する息子と、静かに完全勝利する母。
これは、親子が選ぶ“最も美しいざまぁ”。
この度、猛獣公爵の嫁になりまして~厄介払いされた令嬢は旦那様に溺愛されながら、もふもふ達と楽しくモノづくりライフを送っています~
柚木崎 史乃
ファンタジー
名門伯爵家の次女であるコーデリアは、魔力に恵まれなかったせいで双子の姉であるビクトリアと比較されて育った。
家族から疎まれ虐げられる日々に、コーデリアの心は疲弊し限界を迎えていた。
そんな時、どういうわけか縁談を持ちかけてきた貴族がいた。彼の名はジェイド。社交界では、「猛獣公爵」と呼ばれ恐れられている存在だ。
というのも、ある日を境に文字通り猛獣の姿へと変わってしまったらしいのだ。
けれど、いざ顔を合わせてみると全く怖くないどころか寧ろ優しく紳士で、その姿も動物が好きなコーデリアからすれば思わず触りたくなるほど毛並みの良い愛らしい白熊であった。
そんな彼は月に数回、人の姿に戻る。しかも、本来の姿は類まれな美青年なものだから、コーデリアはその度にたじたじになってしまう。
ジェイド曰くここ数年、公爵領では鉱山から流れてくる瘴気が原因で獣の姿になってしまう奇病が流行っているらしい。
それを知ったコーデリアは、瘴気の影響で不便な生活を強いられている領民たちのために鉱石を使って次々と便利な魔導具を発明していく。
そして、ジェイドからその才能を評価され知らず知らずのうちに溺愛されていくのであった。
一方、コーデリアを厄介払いした家族は悪事が白日のもとに晒された挙句、王家からも見放され窮地に追い込まれていくが……。
これは、虐げられていた才女が嫁ぎ先でその才能を発揮し、周囲の人々に無自覚に愛され幸せになるまでを描いた物語。
他サイトでも掲載中。
【完結】後宮の片隅にいた王女を拾いましたが、才女すぎて妃にしたくなりました
藤原遊
恋愛
【溺愛・成長・政略・糖度高め】
※ヒーロー目線で進んでいきます。
王位継承権を放棄し、外交を司る第六王子ユーリ・サファイア・アレスト。
ある日、後宮の片隅でひっそりと暮らす少女――カティア・アゲート・アレストに出会う。
不遇の生まれながらも聡明で健気な少女を、ユーリは自らの正妃候補として引き取る決断を下す。
才能を開花させ成長していくカティア。
そして、次第に彼女を「妹」としてではなく「たった一人の妃」として深く愛していくユーリ。
立場も政略も超えた二人の絆が、やがて王宮の静かな波紋を生んでいく──。
「私はもう一人ではありませんわ、ユーリ」
「これからも、私の隣には君がいる」
甘く静かな後宮成長溺愛物語、ここに開幕。
「可愛げがない」と婚約破棄された公爵令嬢ですが、領地経営をしていたのは私です
希羽
恋愛
「お前のような可愛げのない女との婚約は破棄する!」
卒業パーティの会場で、婚約者である第二王子デリックはそう宣言し、私の義妹ミナを抱き寄せました。 誰もが私が泣き崩れると思いましたが――正直、せいせいしました。 だって、王子の領地経営、借金返済、結界維持、それら全ての激務を一人でこなしていたのは「可愛げのない」私だったのですから。
「承知しました。では、あとはミナと二人で頑張ってください」
私は手切れ金代わりに面倒な仕事を全て置いて国を出ました。 すると、国境で待っていたのは、隣国ガルガディア帝国の冷徹皇太子ことクライド様。なぜか彼は私を溺愛し、帝国で最高の地位と環境を与えてくれて……。
十年間虐げられたお針子令嬢、冷徹侯爵に狂おしいほど愛される。
er
恋愛
十年前に両親を亡くしたセレスティーナは、後見人の叔父に財産を奪われ、物置部屋で使用人同然の扱いを受けていた。義妹ミレイユのために毎日ドレスを縫わされる日々——でも彼女には『星霜の記憶』という、物の過去と未来を視る特別な力があった。隠されていた舞踏会の招待状を見つけて決死の潜入を果たすと、冷徹で美しいヴィルフォール侯爵と運命の再会! 義妹のドレスが破れて大恥、叔父も悪事を暴かれて追放されるはめに。失われた伝説の刺繍技術を復活させたセレスティーナは宮廷筆頭職人に抜擢され、「ずっと君を探していた」と侯爵に溺愛される——
私を虐げた人には絶望を ~貧乏令嬢は悪魔と呼ばれる侯爵様と契約結婚する~
香木陽灯
恋愛
「あなた達の絶望を侯爵様に捧げる契約なの。だから……悪く思わないでね?」
貧乏な子爵家に生まれたカレン・リドリーは、家族から虐げられ、使用人のように働かされていた。
カレンはリドリー家から脱出して平民として生きるため、就職先を探し始めるが、令嬢である彼女の就職活動は難航してしまう。
ある時、不思議な少年ティルからモルザン侯爵家で働くようにスカウトされ、モルザン家に連れていかれるが……
「変わった人間だな。悪魔を前にして驚きもしないとは」
クラウス・モルザンは「悪魔の侯爵」と呼ばれていたが、本当に悪魔だったのだ。
負の感情を糧として生きているクラウスは、社交界での負の感情を摂取するために優秀な侯爵を演じていた。
カレンと契約結婚することになったクラウスは、彼女の家族に目をつける。
そしてクラウスはカレンの家族を絶望させて糧とするため、動き出すのだった。
「お前を虐げていた者たちに絶望を」
※念のためのR-15です
※他サイトでも掲載中
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる