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33. 庭園でのひととき
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お披露目舞踏会が終わってから数週間。公務や勉強で忙しい私たちの日々は、それでも穏やかに過ぎていった。別々に過ごした日も、夜はできるだけ二人で語り合う時間を持ち、一緒にベッドに入る。触れ合う指先以上に私たちの距離が近付くことはなかったけれど、薄闇の中、時折私をじっと見つめるクリス様の視線に色っぽい熱が灯っているように感じられることがあって、そんな時はたまらなくドキドキした。
けれど、そのもどかしく微妙な距離を慎重に保ったまま、私たちは変わらぬ日々を過ごした。
あの舞踏会が終わった後、ジョゼフ様はそそくさと辺境の地へと帰っていったけれど、なぜかエヴァナ嬢が王宮に残ったらしい。どういうことかと思ったら、ラーラがいろいろなところから情報を仕入れてきた。
「何だか分かりませんが、王妃陛下の元でエヴァナ様の教育を受け直させることになったそうですよ!? 教養や王宮での作法を学ばせるとか……。しかも! 今後はそのために毎月王宮においでになるみたいなんです! 一体なぜでしょうか?? ジョゼフ様と共に王宮を離れた奥方が、なぜいきなり王妃陛下直々に教育を受けることに……? そもそもエヴァナ様はギルフォード伯爵家の養女になられましたよね? 教育なら伯爵家で受けるべきだと思いませんか?」
頭の上に疑問符をたくさん浮かべているラーラの話を聞き、私も不思議でならなかった。ジョゼフ様の妻として立派に育て上げたい……なんて、王妃陛下が今さら思うだろうか。もうあの二人が表舞台に出てくる日なんて来ないだろうに。
王妃陛下の何らかの思惑がある気がしてならなかった。
(まさかそれも私絡みじゃないでしょうね……)
悪いように考えすぎだろうか。王妃陛下のやることなすこと全てが、私への悪意に思えてしまう。
わざわざエヴァナ嬢をご自分のそばに置いてまで、王妃陛下が手ずから教育し直すことの意味が、どうしても分からなかった。
そして案の定、それから数日後。事件は起こった。
その日、午前の公務や書類仕事を休みなくこなした私は、お昼になる頃ようやく一息つくことができた。……肩が凝っているし、腰も痛い。私が顔を上げ深い息をつくと、ラーラが声をかけてくれる。
「お疲れ様でございました、フローリア様。いかがなさいますか? 昼食のご準備はもう整っているようですが。このまま食堂へ?」
「んー……そうね。でもその前に、少し外に出てもいいかしら。何だか頭がクラクラするし、外の空気が吸いたいの。庭園を歩きたいわ」
「ええ! そういたしましょう。今日はお天気がいいから、きっと気持ちいいですよ」
賛同してくれたラーラを連れて、私は執務室を後にし庭園へと向かった。
(はぁ……。来てよかった。気持ちが解れていくわ……)
暖かな日差しに照らされ、庭園に咲く花々が風で優しく揺れている。甘やかな香りが心地良い。中央にある大理石の大きな噴水は、水面に虹を浮かべながら静かに水音を立てていた。小鳥たちの可愛らしい囀りも相まって、なんだか頭がぼんやりとしてくる。一気に気が緩んでしまったらしい。
見張りの衛兵たちが、あちこちに立っている。共に庭園に来た私の二人の護衛は、くつろぐ私に気を遣い、距離をとって後方からゆっくりと歩いてくる。すっかり穏やかな気持ちになった私は、しばしラーラとのお喋りを楽しんだ。
「……ね、見て、ラーラ。白薔薇がとても綺麗ね。あんなにたくさん咲いて」
「まことでございますね。バークリー公爵家のお庭を思い出しますわ。奥様が白薔薇をお好きで、いつも見事に咲き誇っておりましたものね」
「ええ、私も今同じことを考えていたわ。ふふ」
「奥様はお元気でしょうか。お披露目舞踏会では深夜までお過ごしになり、きっとお疲れだったでしょうから……」
「私も心配になって手紙を出したんだけど、すぐに返事が来たわ。特に体調を崩すこともなく、元気に過ごしているようよ」
私がそう答えると、ラーラはぱっと明るい笑顔になる。
「そうでございますか! よかったです。奥様は大がかりなパーティーにご出席なさった後は、たびたび寝込まれる時期もあったので……」
「そうね。あの頃に比べれば、最近は本当に安定してきているみたい。……ね、いつもありがとう、ラーラ」
「……へっ?」
突然お礼を言った私に、ラーラが目を丸くする。
バークリー公爵家にいた頃からずっと、私の一番近くにいてくれたラーラ。私の父への嫌悪感や関係の悪さも知っていて、これまで何度もひそかに励ましてもらってきた。こうして王宮に嫁いできた後も、クリス様と私とのこのもどかしい関係を、静かに見守り続けてくれている。離れて暮らすようになった母のことまで、こうしていまだに気にかけてくれて……。
「……あなたがいてくれるから、本当に心強いの。私、頑張るからね」
「……フローリア様……」
こんなところで夫婦の事情をペラペラ話すわけにはいかないけれど、この言葉だけで、ラーラは私の思いを察してくれたようだ。
「……全て大丈夫でございます。どうぞ、このままの調子でゆっくりと」
「ええ」
互いの気持ちを伝えるように、私たちは微笑み合う。
「そろそろ行きましょうか」
「はいっ」
日差しを浴びて気分転換できた私は、食堂へ移動しようとした。クリス様は、午前中は文官たちとの会議があっていたはずだ。終わっていれば食堂でお会いできるかもしれない。
そう思い踵を返そうとした、その時だった。
噴水の向こう側から、ひときわ豪奢なドレスの一団が姿を現した。
けれど、そのもどかしく微妙な距離を慎重に保ったまま、私たちは変わらぬ日々を過ごした。
あの舞踏会が終わった後、ジョゼフ様はそそくさと辺境の地へと帰っていったけれど、なぜかエヴァナ嬢が王宮に残ったらしい。どういうことかと思ったら、ラーラがいろいろなところから情報を仕入れてきた。
「何だか分かりませんが、王妃陛下の元でエヴァナ様の教育を受け直させることになったそうですよ!? 教養や王宮での作法を学ばせるとか……。しかも! 今後はそのために毎月王宮においでになるみたいなんです! 一体なぜでしょうか?? ジョゼフ様と共に王宮を離れた奥方が、なぜいきなり王妃陛下直々に教育を受けることに……? そもそもエヴァナ様はギルフォード伯爵家の養女になられましたよね? 教育なら伯爵家で受けるべきだと思いませんか?」
頭の上に疑問符をたくさん浮かべているラーラの話を聞き、私も不思議でならなかった。ジョゼフ様の妻として立派に育て上げたい……なんて、王妃陛下が今さら思うだろうか。もうあの二人が表舞台に出てくる日なんて来ないだろうに。
王妃陛下の何らかの思惑がある気がしてならなかった。
(まさかそれも私絡みじゃないでしょうね……)
悪いように考えすぎだろうか。王妃陛下のやることなすこと全てが、私への悪意に思えてしまう。
わざわざエヴァナ嬢をご自分のそばに置いてまで、王妃陛下が手ずから教育し直すことの意味が、どうしても分からなかった。
そして案の定、それから数日後。事件は起こった。
その日、午前の公務や書類仕事を休みなくこなした私は、お昼になる頃ようやく一息つくことができた。……肩が凝っているし、腰も痛い。私が顔を上げ深い息をつくと、ラーラが声をかけてくれる。
「お疲れ様でございました、フローリア様。いかがなさいますか? 昼食のご準備はもう整っているようですが。このまま食堂へ?」
「んー……そうね。でもその前に、少し外に出てもいいかしら。何だか頭がクラクラするし、外の空気が吸いたいの。庭園を歩きたいわ」
「ええ! そういたしましょう。今日はお天気がいいから、きっと気持ちいいですよ」
賛同してくれたラーラを連れて、私は執務室を後にし庭園へと向かった。
(はぁ……。来てよかった。気持ちが解れていくわ……)
暖かな日差しに照らされ、庭園に咲く花々が風で優しく揺れている。甘やかな香りが心地良い。中央にある大理石の大きな噴水は、水面に虹を浮かべながら静かに水音を立てていた。小鳥たちの可愛らしい囀りも相まって、なんだか頭がぼんやりとしてくる。一気に気が緩んでしまったらしい。
見張りの衛兵たちが、あちこちに立っている。共に庭園に来た私の二人の護衛は、くつろぐ私に気を遣い、距離をとって後方からゆっくりと歩いてくる。すっかり穏やかな気持ちになった私は、しばしラーラとのお喋りを楽しんだ。
「……ね、見て、ラーラ。白薔薇がとても綺麗ね。あんなにたくさん咲いて」
「まことでございますね。バークリー公爵家のお庭を思い出しますわ。奥様が白薔薇をお好きで、いつも見事に咲き誇っておりましたものね」
「ええ、私も今同じことを考えていたわ。ふふ」
「奥様はお元気でしょうか。お披露目舞踏会では深夜までお過ごしになり、きっとお疲れだったでしょうから……」
「私も心配になって手紙を出したんだけど、すぐに返事が来たわ。特に体調を崩すこともなく、元気に過ごしているようよ」
私がそう答えると、ラーラはぱっと明るい笑顔になる。
「そうでございますか! よかったです。奥様は大がかりなパーティーにご出席なさった後は、たびたび寝込まれる時期もあったので……」
「そうね。あの頃に比べれば、最近は本当に安定してきているみたい。……ね、いつもありがとう、ラーラ」
「……へっ?」
突然お礼を言った私に、ラーラが目を丸くする。
バークリー公爵家にいた頃からずっと、私の一番近くにいてくれたラーラ。私の父への嫌悪感や関係の悪さも知っていて、これまで何度もひそかに励ましてもらってきた。こうして王宮に嫁いできた後も、クリス様と私とのこのもどかしい関係を、静かに見守り続けてくれている。離れて暮らすようになった母のことまで、こうしていまだに気にかけてくれて……。
「……あなたがいてくれるから、本当に心強いの。私、頑張るからね」
「……フローリア様……」
こんなところで夫婦の事情をペラペラ話すわけにはいかないけれど、この言葉だけで、ラーラは私の思いを察してくれたようだ。
「……全て大丈夫でございます。どうぞ、このままの調子でゆっくりと」
「ええ」
互いの気持ちを伝えるように、私たちは微笑み合う。
「そろそろ行きましょうか」
「はいっ」
日差しを浴びて気分転換できた私は、食堂へ移動しようとした。クリス様は、午前中は文官たちとの会議があっていたはずだ。終わっていれば食堂でお会いできるかもしれない。
そう思い踵を返そうとした、その時だった。
噴水の向こう側から、ひときわ豪奢なドレスの一団が姿を現した。
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