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2. 王女の事情
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父と兄が王宮に出仕し、母は他家のお茶会に顔を出していたその日。ルパート様の来訪を告げに私の部屋へと来た家令が言った。
「ロザリンド様にいろいろとお渡ししたいものがあるそうで、本日は私室に伺ってもよろしいかとの仰せですが」
「そうなの? 分かったわ。ではお通ししてくれる?」
「承知いたしました」
そう言って下がろうとする家令に、私は慌てて付け加える。
「あ、待って! ……もしかしたらルパート様と一緒に昼食をとるかもしれないわ。念のため準備をお願いね」
「かしこまりました、ロザリンド様」
心得たとばかりに微笑み、家令は階下へと向かった。
優しいな、ルパート様。私が寝込んでいたことを聞いて、きっとお見舞いの品々でも持ってきてくださったのだろう。もしくはこの二週間分の授業内容をまとめたノートだろうか。彼は騎士科に入ったはずだけれど、淑女科の私とも語学や歴史などの基礎教養の授業は被っているはずだから。
鏡の前で髪を整え、ドキドキしながら彼が現れるのを待つ。もともとダイエットをしていたところに二週間以上も寝込んでしまって、今の私はかなりやつれている。きっとびっくりされるだろうな。あまり心配をかけないように、とびきりの笑顔でお迎えしなきゃ……。
そんなことを考えていると、ついにルパート様が現れた。
「ルパート様……! お久しぶりです」
数ヶ月ぶりに見る彼は、相変わらずすらりとしていて素敵だった。濃紺色の髪は、以前より少し伸びただろうか。艶やかなその髪を靡かせやって来た彼は、私をちらりと一瞥すると振り返り、ついてきていた従者たちに淡々と指示を出す。
「その箱を全部ここに置け」
「……? あ、あの……ルパート様……?」
私と彼の間に、いくつかの大きな箱が次々と積まれていく。戸惑いながら彼を見つめていると、ようやくルパート様が私の方をしっかりと見てくださった。私は改めて笑顔で挨拶をする。
「わざわざお見舞いに来てくださってありがとうございます。とても嬉しいです。この通り、もう私は元気いっぱいですので! ようやく来週から登校できます」
「見舞い? ……ああ。休んでいたのは体調を崩したからだとか聞いたな、そういえば。今日来たのはそれとは別の、大切な理由のためだ」
「……あ、さ、さようでございますか……」
痩せてしまった私の変化には気付かないのか、ルパート様は特別な反応もなく、さっき運び込まれたばかりの箱を固い表情で開けはじめた。そして取り出した品物を、そばのローテーブルの上に次々と置いていく。その間、彼はにこりともしてくれない。
「……これらは、一体……?」
現れる品物たちを、私は不思議に思いながら見つめていた。装飾の極端に少ない、グレーとベージュのシンプルなワンピース二枚。同じくとても地味な茶色の靴と鞄に、太い黒縁の妙な眼鏡。そして……。
ルパート様が最後の箱から無造作に取り出した茶色の毛むくじゃらを見て、私は思わずひゃっと声を上げた。生き物か何かだと思い、驚いたのだ。けれど、彼がテーブルに投げるように置いたそれは、ぴくりとも動かなかった。しばらく呆然と眺め、ようやくそれがかつらであることに気付く。ぼさぼさの、三つ編みのかつらだ。
「座ってくれ、ローズ」
「……は、はい」
ルパート様は私にそう指示しながらソファーに腰かけ、ローテーブルを挟んだ向かいの椅子を指し示した。おそるおそる座ると、彼は足を組み、真面目な顔で私を見据えて言った。
「来週からの件だが、お前はこのかつらと眼鏡を着用して王立学園に登校するようにしてくれ。必ずだ。服装はもちろん制服だが、鞄や靴は自由だから、僕が今日持ってきたものを使ってくれ」
「……え……?」
愛想笑いさえ浮かべることなく告げられたその意味不明な指示に、私は不安と困惑でいっぱいになる。
「ど、どういうことでしょうか……ルパート様……。なぜ、かつらや眼鏡が必要で……?」
「心配しなくていい。伊達眼鏡だ。着けても視界に変化はない」
「いえ、そういうことではなくて……」
ズレた返答にますます戸惑っていると、ルパート様が目を伏せ、小さく息をついた。
「全てはエメライン王女殿下のためなんだ」
「……は? エメライン王女殿下、でございますか……?」
ますますもって意味が分からない。このベルミーア王国の第二王女であるエメライン様が、私やルパート様と同い年であることも、今年から私たちと同様王立学園に通われることも、もちろん知っていた。けれど、それとこのかつらや眼鏡に一体何の関係が……?
ひたすら戸惑う私の前で、ルパート様が静かに語りはじめた。
「エメライン王女殿下は学園を卒業後、隣国ラシェール王国の第三王子のもとへ嫁ぐことが決まっていただろう。……だがその王子がセリュナ帝国への外交留学中に、帝国の令嬢と恋に落ちたらしいんだ。相手の女の家は、帝国きっての有力貴族……。結局ラシェール王国はそちらとの繋がりを重視し、エメライン王女殿下と自国の王子との婚約を解消したんだ」
「はぁ……」
その話も知っている。まだほんの数ヶ月前の騒動だ。夕食の席で母が私に話してくれた。社交界のご婦人方はとにかく情報伝達が早い。眉間に皺を寄せ、『ラシェールからベルミーア王家への賠償の話などがないみたいなのよ。どういうことなのかしらね。こちらの方が小国だからと侮っているのかしら』と、不思議そうに言っていた母の様子を思い出す。たしかに、話を聞く限りラシェール王国王子の身勝手な恋が、両国王家の長年の婚約を破綻させてしまっただけに思えるのだけれど。
そんなことをぼんやりと考えている間にも、ルパート様の話は続く。
「……けれどエメライン王女殿下にしてみれば、たとえどれほど名門であったとしても、王族の血を持たぬ貴族家の女にご婚約者を奪われたということになる。……それがどれほど屈辱的なことか分かるか? ローズ」
「……はぁ……」
分からないわけではない。エメライン王女は絹糸のように美しいホワイトブロンドの髪と空色の瞳を持つ、それは儚げで麗しい王女様なのだ。田舎の領地育ちの私だけれど、建国記念祭の時に招かれた王宮で一度、王女の姿を遠目に見たことはあった。その王宮で大切に大切に育てられてきたであろう彼女は、このまま隣国の王子様のもとへと嫁ぎ、何不自由のない穏やかな日々をお過ごしになる予定だったのだろう。
でも……。
「その……エメライン王女殿下の婚約解消と私の登校時の格好に、一体何の関係が……?」
分からないのはそこだ。おずおずと尋ねると、ルパート様が神妙な面持ちで言った。
「それは……この僕がエメライン王女殿下の専属護衛騎士候補に抜擢されたからだ」
「ロザリンド様にいろいろとお渡ししたいものがあるそうで、本日は私室に伺ってもよろしいかとの仰せですが」
「そうなの? 分かったわ。ではお通ししてくれる?」
「承知いたしました」
そう言って下がろうとする家令に、私は慌てて付け加える。
「あ、待って! ……もしかしたらルパート様と一緒に昼食をとるかもしれないわ。念のため準備をお願いね」
「かしこまりました、ロザリンド様」
心得たとばかりに微笑み、家令は階下へと向かった。
優しいな、ルパート様。私が寝込んでいたことを聞いて、きっとお見舞いの品々でも持ってきてくださったのだろう。もしくはこの二週間分の授業内容をまとめたノートだろうか。彼は騎士科に入ったはずだけれど、淑女科の私とも語学や歴史などの基礎教養の授業は被っているはずだから。
鏡の前で髪を整え、ドキドキしながら彼が現れるのを待つ。もともとダイエットをしていたところに二週間以上も寝込んでしまって、今の私はかなりやつれている。きっとびっくりされるだろうな。あまり心配をかけないように、とびきりの笑顔でお迎えしなきゃ……。
そんなことを考えていると、ついにルパート様が現れた。
「ルパート様……! お久しぶりです」
数ヶ月ぶりに見る彼は、相変わらずすらりとしていて素敵だった。濃紺色の髪は、以前より少し伸びただろうか。艶やかなその髪を靡かせやって来た彼は、私をちらりと一瞥すると振り返り、ついてきていた従者たちに淡々と指示を出す。
「その箱を全部ここに置け」
「……? あ、あの……ルパート様……?」
私と彼の間に、いくつかの大きな箱が次々と積まれていく。戸惑いながら彼を見つめていると、ようやくルパート様が私の方をしっかりと見てくださった。私は改めて笑顔で挨拶をする。
「わざわざお見舞いに来てくださってありがとうございます。とても嬉しいです。この通り、もう私は元気いっぱいですので! ようやく来週から登校できます」
「見舞い? ……ああ。休んでいたのは体調を崩したからだとか聞いたな、そういえば。今日来たのはそれとは別の、大切な理由のためだ」
「……あ、さ、さようでございますか……」
痩せてしまった私の変化には気付かないのか、ルパート様は特別な反応もなく、さっき運び込まれたばかりの箱を固い表情で開けはじめた。そして取り出した品物を、そばのローテーブルの上に次々と置いていく。その間、彼はにこりともしてくれない。
「……これらは、一体……?」
現れる品物たちを、私は不思議に思いながら見つめていた。装飾の極端に少ない、グレーとベージュのシンプルなワンピース二枚。同じくとても地味な茶色の靴と鞄に、太い黒縁の妙な眼鏡。そして……。
ルパート様が最後の箱から無造作に取り出した茶色の毛むくじゃらを見て、私は思わずひゃっと声を上げた。生き物か何かだと思い、驚いたのだ。けれど、彼がテーブルに投げるように置いたそれは、ぴくりとも動かなかった。しばらく呆然と眺め、ようやくそれがかつらであることに気付く。ぼさぼさの、三つ編みのかつらだ。
「座ってくれ、ローズ」
「……は、はい」
ルパート様は私にそう指示しながらソファーに腰かけ、ローテーブルを挟んだ向かいの椅子を指し示した。おそるおそる座ると、彼は足を組み、真面目な顔で私を見据えて言った。
「来週からの件だが、お前はこのかつらと眼鏡を着用して王立学園に登校するようにしてくれ。必ずだ。服装はもちろん制服だが、鞄や靴は自由だから、僕が今日持ってきたものを使ってくれ」
「……え……?」
愛想笑いさえ浮かべることなく告げられたその意味不明な指示に、私は不安と困惑でいっぱいになる。
「ど、どういうことでしょうか……ルパート様……。なぜ、かつらや眼鏡が必要で……?」
「心配しなくていい。伊達眼鏡だ。着けても視界に変化はない」
「いえ、そういうことではなくて……」
ズレた返答にますます戸惑っていると、ルパート様が目を伏せ、小さく息をついた。
「全てはエメライン王女殿下のためなんだ」
「……は? エメライン王女殿下、でございますか……?」
ますますもって意味が分からない。このベルミーア王国の第二王女であるエメライン様が、私やルパート様と同い年であることも、今年から私たちと同様王立学園に通われることも、もちろん知っていた。けれど、それとこのかつらや眼鏡に一体何の関係が……?
ひたすら戸惑う私の前で、ルパート様が静かに語りはじめた。
「エメライン王女殿下は学園を卒業後、隣国ラシェール王国の第三王子のもとへ嫁ぐことが決まっていただろう。……だがその王子がセリュナ帝国への外交留学中に、帝国の令嬢と恋に落ちたらしいんだ。相手の女の家は、帝国きっての有力貴族……。結局ラシェール王国はそちらとの繋がりを重視し、エメライン王女殿下と自国の王子との婚約を解消したんだ」
「はぁ……」
その話も知っている。まだほんの数ヶ月前の騒動だ。夕食の席で母が私に話してくれた。社交界のご婦人方はとにかく情報伝達が早い。眉間に皺を寄せ、『ラシェールからベルミーア王家への賠償の話などがないみたいなのよ。どういうことなのかしらね。こちらの方が小国だからと侮っているのかしら』と、不思議そうに言っていた母の様子を思い出す。たしかに、話を聞く限りラシェール王国王子の身勝手な恋が、両国王家の長年の婚約を破綻させてしまっただけに思えるのだけれど。
そんなことをぼんやりと考えている間にも、ルパート様の話は続く。
「……けれどエメライン王女殿下にしてみれば、たとえどれほど名門であったとしても、王族の血を持たぬ貴族家の女にご婚約者を奪われたということになる。……それがどれほど屈辱的なことか分かるか? ローズ」
「……はぁ……」
分からないわけではない。エメライン王女は絹糸のように美しいホワイトブロンドの髪と空色の瞳を持つ、それは儚げで麗しい王女様なのだ。田舎の領地育ちの私だけれど、建国記念祭の時に招かれた王宮で一度、王女の姿を遠目に見たことはあった。その王宮で大切に大切に育てられてきたであろう彼女は、このまま隣国の王子様のもとへと嫁ぎ、何不自由のない穏やかな日々をお過ごしになる予定だったのだろう。
でも……。
「その……エメライン王女殿下の婚約解消と私の登校時の格好に、一体何の関係が……?」
分からないのはそこだ。おずおずと尋ねると、ルパート様が神妙な面持ちで言った。
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