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6. 黒ずくめの大きな騎士様
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「おぉ! お帰り、ローズ。ちょうどいいタイミングだったな」
玄関ホールには、兄ナイジェルの姿があった。それと、もう一人。兄よりも背が高く肩幅も広い、黒ずくめの男性の姿が。
(クッ……、クライヴ様だわ……!)
入ったばかりの玄関で、思わず一歩後ずさる。兄は萎縮する私の様子に気付いているのかいないのか、爽やかな笑みを浮かべて言った。
「俺たちもちょうど今帰ってきたところだよ。今夜はクライヴも一緒に、我が家で食事をということになったんだ。ローズはかなり久しぶりだろう? クライヴと会うのは」
「は、はい……っ! ご、ご無沙汰しております、クライヴ様」
「……」
緊張でカチコチになりながら、上擦った声で挨拶をし、彼の顔を見上げる。
クライヴ・サザーランド公爵令息様は、漆黒の瞳で無言のまま私を見下ろしている。黒髪に、真っ黒な薄手のロングジャケット。記憶にある限り、この方は昔から黒い服ばかり着ている。
口角の少し下がった口元に、高く形の良い鼻梁。切れ長の黒い目。長身でがっしりとした体躯。その全てに威圧感がある彼は、さらにほとんど笑顔を見せることがない。
一言で言えば、私は兄の親友でもあるこの方のことが怖くて、なんとなく苦手だった。
今も挨拶をしたのに、何も言わずにじっと私のことを見つめ続けていて……。ん?
(な、なんでこんなにずっと見てるんだろう。……あ!! そうか!!)
彼の視線にしばらく戸惑い、ようやく気付いた。私のこのぼさぼさ三つ編みかつらと黒縁眼鏡姿を訝しんでいらっしゃるんだわ……! こっちはここ数週間、この姿に変装するのがすっかり当たり前になってしまっていたから、思い至らなかった……!
恥ずかしくなった私は慌ててかつらを外し、ついでに眼鏡ももぎ取った。かつらの下から現れた自分の髪を必死で撫でつけている私の姿を見て、兄が笑う。
「妙な格好をしているだろう? 決してふざけてるわけじゃないんだ、ローズは。これには事情があってだな」
「……どんな事情だ」
(あ、クライヴ様が喋った)
地を這うような低い声に、心臓が音を立てる。昔から寡黙な方なのだ。兄と一緒にいる時も大抵兄が話したり笑ったりしていて、クライヴ様は聞き役にまわっていることが多いように見える。
「まぁ、夕食の席でゆっくり話すさ。さぁ、両親に顔を見せてくれ、クライヴ。きっと喜ぶよ」
そう言うと、兄はクライヴ様を連れて玄関ホールを離れる。去り際にクライヴ様が振り返りまた私のことを見たので、慌ててもう一度礼をした。
無言のまま目を逸らした彼だけれど、小さく挨拶を返してくれたように見えた。
それから約二時間後。私と両親、兄とクライヴ様の五人が夕食の席に着いた。父は嬉しそうな顔で、クライヴ様に質問を重ねる。
「サザーランド領は、今年も小麦の出来がよろしいのでしょう?」
「ええ。天候に恵まれました。もっとも、今後は気候変動へのますますの備えも必要でしょうが」
クライヴ様は落ち着いた様子で答えている。私の前ではあまり話さない方だけれど、両親とは普通に会話をなさる。
「ほぉ……」
「領地北部では、異常乾燥の影響が出ています。灌漑設備の整備を進めているところです。王国全体の輸送網も、数年以内には見直しが必要になると考えています」
「なるほど。クライヴ殿はお若いのに先のことをよく見通しておられる。さすがはサザーランド公爵家のご子息だ」
父が感心したように頷く。母もやけにうきうきした様子で「お料理はいかがです? お口に合いますかしら」とか、「王国騎士団でのお勤めはいかが? 広大な領地の経営についてのお勉強もおありになるし、大変ですわね」などと、何度もクライヴ様に話しかける。両親はこのサザーランド公爵家の次男であるクライヴ様のことを、ことのほか気に入っているのだ。それもそのはず。大きな体躯に寡黙でいつも真顔な彼はちょっと怖いけれど、立ち居振る舞いは完璧で美しく、品性や抜きん出た知性が滲み出ている。そんな方が自分の息子と親しくしてくれているのだから、嫌なはずがない。
そもそもこのクライヴ様は、本来ならば私たち家族が気さくにお喋りできるような方ではない。サザーランド公爵家はこのベルミーア王国三大公爵家の中の一つで、王国創建期からある王家の忠臣家系だ。男性たちは代々、宰相や大臣職、近衛騎士団長などを歴任する、文武両道を極める名門中の名門。国防や国政を担う要なのだ。王家の血筋ではないけれどその発言力は強く、他家の貴族たちにとっては常に憧れと畏怖の対象だ。
(ノエリスの実家オークレイン公爵家は王族筋の公爵家だし。まさか兄妹でこんなにすごい人たちと友人になっちゃうとはね……)
まだほんの数週間の仲だけれど、私がノエリスと親しくなったのは、遅れて登校を始めた私を彼女が気遣い何かと話しかけてくれたから。
兄とクライヴ様が親しくなったのも、二人が私と同じ王立学園の同級生だったからだ。兄は入学当初は騎士科におり、そこで同じクラスのクライヴ様と仲良くなったらしい。
玄関ホールには、兄ナイジェルの姿があった。それと、もう一人。兄よりも背が高く肩幅も広い、黒ずくめの男性の姿が。
(クッ……、クライヴ様だわ……!)
入ったばかりの玄関で、思わず一歩後ずさる。兄は萎縮する私の様子に気付いているのかいないのか、爽やかな笑みを浮かべて言った。
「俺たちもちょうど今帰ってきたところだよ。今夜はクライヴも一緒に、我が家で食事をということになったんだ。ローズはかなり久しぶりだろう? クライヴと会うのは」
「は、はい……っ! ご、ご無沙汰しております、クライヴ様」
「……」
緊張でカチコチになりながら、上擦った声で挨拶をし、彼の顔を見上げる。
クライヴ・サザーランド公爵令息様は、漆黒の瞳で無言のまま私を見下ろしている。黒髪に、真っ黒な薄手のロングジャケット。記憶にある限り、この方は昔から黒い服ばかり着ている。
口角の少し下がった口元に、高く形の良い鼻梁。切れ長の黒い目。長身でがっしりとした体躯。その全てに威圧感がある彼は、さらにほとんど笑顔を見せることがない。
一言で言えば、私は兄の親友でもあるこの方のことが怖くて、なんとなく苦手だった。
今も挨拶をしたのに、何も言わずにじっと私のことを見つめ続けていて……。ん?
(な、なんでこんなにずっと見てるんだろう。……あ!! そうか!!)
彼の視線にしばらく戸惑い、ようやく気付いた。私のこのぼさぼさ三つ編みかつらと黒縁眼鏡姿を訝しんでいらっしゃるんだわ……! こっちはここ数週間、この姿に変装するのがすっかり当たり前になってしまっていたから、思い至らなかった……!
恥ずかしくなった私は慌ててかつらを外し、ついでに眼鏡ももぎ取った。かつらの下から現れた自分の髪を必死で撫でつけている私の姿を見て、兄が笑う。
「妙な格好をしているだろう? 決してふざけてるわけじゃないんだ、ローズは。これには事情があってだな」
「……どんな事情だ」
(あ、クライヴ様が喋った)
地を這うような低い声に、心臓が音を立てる。昔から寡黙な方なのだ。兄と一緒にいる時も大抵兄が話したり笑ったりしていて、クライヴ様は聞き役にまわっていることが多いように見える。
「まぁ、夕食の席でゆっくり話すさ。さぁ、両親に顔を見せてくれ、クライヴ。きっと喜ぶよ」
そう言うと、兄はクライヴ様を連れて玄関ホールを離れる。去り際にクライヴ様が振り返りまた私のことを見たので、慌ててもう一度礼をした。
無言のまま目を逸らした彼だけれど、小さく挨拶を返してくれたように見えた。
それから約二時間後。私と両親、兄とクライヴ様の五人が夕食の席に着いた。父は嬉しそうな顔で、クライヴ様に質問を重ねる。
「サザーランド領は、今年も小麦の出来がよろしいのでしょう?」
「ええ。天候に恵まれました。もっとも、今後は気候変動へのますますの備えも必要でしょうが」
クライヴ様は落ち着いた様子で答えている。私の前ではあまり話さない方だけれど、両親とは普通に会話をなさる。
「ほぉ……」
「領地北部では、異常乾燥の影響が出ています。灌漑設備の整備を進めているところです。王国全体の輸送網も、数年以内には見直しが必要になると考えています」
「なるほど。クライヴ殿はお若いのに先のことをよく見通しておられる。さすがはサザーランド公爵家のご子息だ」
父が感心したように頷く。母もやけにうきうきした様子で「お料理はいかがです? お口に合いますかしら」とか、「王国騎士団でのお勤めはいかが? 広大な領地の経営についてのお勉強もおありになるし、大変ですわね」などと、何度もクライヴ様に話しかける。両親はこのサザーランド公爵家の次男であるクライヴ様のことを、ことのほか気に入っているのだ。それもそのはず。大きな体躯に寡黙でいつも真顔な彼はちょっと怖いけれど、立ち居振る舞いは完璧で美しく、品性や抜きん出た知性が滲み出ている。そんな方が自分の息子と親しくしてくれているのだから、嫌なはずがない。
そもそもこのクライヴ様は、本来ならば私たち家族が気さくにお喋りできるような方ではない。サザーランド公爵家はこのベルミーア王国三大公爵家の中の一つで、王国創建期からある王家の忠臣家系だ。男性たちは代々、宰相や大臣職、近衛騎士団長などを歴任する、文武両道を極める名門中の名門。国防や国政を担う要なのだ。王家の血筋ではないけれどその発言力は強く、他家の貴族たちにとっては常に憧れと畏怖の対象だ。
(ノエリスの実家オークレイン公爵家は王族筋の公爵家だし。まさか兄妹でこんなにすごい人たちと友人になっちゃうとはね……)
まだほんの数週間の仲だけれど、私がノエリスと親しくなったのは、遅れて登校を始めた私を彼女が気遣い何かと話しかけてくれたから。
兄とクライヴ様が親しくなったのも、二人が私と同じ王立学園の同級生だったからだ。兄は入学当初は騎士科におり、そこで同じクラスのクライヴ様と仲良くなったらしい。
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