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11. 婚約破棄
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「っ!? な、何を……」
ずっと黙っていたノエリスが突如反論したことで、ルパート様は明らかにたじろいでいた。唇の端を引きつらせ、彼女のことを凝視している。
ノエリスは一歩前へ出ると、真っ直ぐにルパート様を見据えた。
「先ほどからあなたが遠回しにハートリー伯爵令嬢を責めているのは、学期末試験の成績のことよね? 彼女の成績がエメライン王女殿下より優秀だった、そのことが気に入らないとおっしゃるのでしょう?」
「っ!! べ、別に……それだけじゃ……、いや、そ、そんなことを言っているんじゃない……!」
「嘘はお止しになって。学園での成績は公表された通りよ。王女殿下だって、私たち他の生徒と同じように試験を受け、その結果が出ただけ。あなたが勝手に侮辱と感じるのなら、それはあなたが王女殿下ご自身の努力をも否定しているということだわ。侮辱しているのはあなたよ」
「は……はぁっ!?」
淡々とそう説くノエリスの口調は、それでも凍てつくように鋭かった。ルパート様の顔は真っ青になっている。
「あなたは試験結果という、王立学園が定めた正当な評価を持ち出して、侮辱とおっしゃっているのよ。それはすなわち、学園そのものの権威を否定する行為。成績を恣意的に解釈して怒鳴り散らすなど、あまりにも浅慮ね」
(……すごいわ、ノエリス……)
場の空気はもう彼女が完全に支配していた。誰も息をしていないのではないかと思うほど完全に静まり返った空間の中で、全員がノエリスの言葉に聞き入っていた。さすがはオークレイン公爵家のご令嬢。大声で喚いたりしなくても、オーラも説得力もルパート様とは比べものにもならない。
「王女殿下の名を盾にご自分の婚約者を公衆の面前で罵倒することが、王女殿下の名誉を守ることになるのかしら? むしろ王女殿下は、そんな卑しい振る舞いをお望みではないと思うけれど。いかがです? エメライン王女殿下」
ゆったりとした微笑みを浮かべたノエリスが、突然王女の方へと向き直り、そう問いかけた。皆の視線が一斉に王女へと移動する。私も王女の顔をそっと窺った。
さっきはたっぷりと涙を湛えていたはずの目には、いつの間にかもうその影さえない。ほんの一瞬見えたのは、ノエリスを見ている王女の、表情のない顔。けれど、注目を集めた王女は急に困ったように眉尻を下げ、両手で頬を覆った。
「……あたくしは、ただ……もうこんな風に、あたくしのために揉めてほしくはないわ。それだけよ」
「……」
微妙にズレた返事に、私もノエリスも、そしてルパート様も黙り込む。けれど王女のそばに侍っていた男子生徒たちは「王女殿下……」と気遣わしげに声をかけ、顔を覗き込んだりしている。
ルパート様はこめかみに青筋を立て、唇を強く結んでいる。オークレイン公爵家の令嬢に逆らうことはさすがにできないらしい。しかも彼女はゆくゆく隣国の王子妃となる人でもある。そのことがルパート様の耳に入っているかどうかは知らないけれど。
気が付けば大勢の教師たちが大ホールに入ってきており、そのうちの一人が「全員所定の位置に並びなさい」と声を上げた。エメライン王女はそそくさと私たちのそばを離れ、取り巻き生徒たちもそれに従う。
ルパート様は最後にもう一度私を強く睨みつけると、自分のクラスの方へと行ってしまった。その目つきに、冷たい手で心臓を摑まれたような心地がした。
「……ありがとう、ノエリス。迷惑かけてごめんなさいね」
気力を振り絞り、彼女に小声でそう言うと、ノエリスはいたずらっぽい表情で片目をつぶった。
「当たり前のことを言っただけよ。あんな意味の分からない主張、聞いていられないわよね」
気遣ってくれるノエリスに頑張って笑みを返し、私は話しはじめた教師の方へと向き直った。
心はどんよりと重く曇っていた。
教室に戻り皆と最後の挨拶を交わした後、私はノエリスとともに校舎を出て、馬車寄せへと向かう。その途中、ノエリスが小さく息を呑んで立ち止まった。
「……嫌ね、私ったら。さっき渡された成績表を鞄に入れ忘れているわ」
「ふふ、珍しいわね。あなたがそんなミスをするなんて」
滅多に見ることのないノエリスの焦った顔に、思わず少し笑ってしまう。彼女は肩を竦めると、申し訳なさそうな顔をして言った。
「ごめんなさい、先に行ってて、ローズ。すぐ戻るから」
「ええ。ゆっくり行ってるわね」
そんな会話を交わしノエリスと別れ、私は馬車寄せへの道を一人で歩きはじめた。辺りには同じ方向に歩いていく生徒たちの姿がぽつぽつと見える。
大ホールでのことを思い出し落ち込みながら、俯き加減でぼんやりと歩く。……やっぱり、ここでノエリスを待っていよう。最終日なのだから、最後にもう少しゆっくり話してから帰りたいし。ここではノエリスと話している時だけ、気持ちが晴れやかになる。
私は立ち止まり、彼女が追いつくのを待つことにした。
しばらくぼうっとしていると、ふいにすぐ目の前に誰かが立った。
驚いて顔を上げた、その瞬間。
突然左の頬に強い衝撃が走り、視界が大きく揺らいだ。黒縁眼鏡が音を立てて、地面に放り出される。
(──え……っ……?)
一瞬ふらついたけれど、倒れ込むことなくどうにか踏ん張った。
見上げた先にいたのがルパート様であったことと、そして頬に残る熱を持った痛みで、自分が今彼にぶたれたのだと理解した。
ルパート様は充血した目で私を睨みつける。
「よくもこの僕に大恥をかかせてくれたな……! ロザリンド・ハートリー、お前との婚約は今日をもって破棄する!!」
ずっと黙っていたノエリスが突如反論したことで、ルパート様は明らかにたじろいでいた。唇の端を引きつらせ、彼女のことを凝視している。
ノエリスは一歩前へ出ると、真っ直ぐにルパート様を見据えた。
「先ほどからあなたが遠回しにハートリー伯爵令嬢を責めているのは、学期末試験の成績のことよね? 彼女の成績がエメライン王女殿下より優秀だった、そのことが気に入らないとおっしゃるのでしょう?」
「っ!! べ、別に……それだけじゃ……、いや、そ、そんなことを言っているんじゃない……!」
「嘘はお止しになって。学園での成績は公表された通りよ。王女殿下だって、私たち他の生徒と同じように試験を受け、その結果が出ただけ。あなたが勝手に侮辱と感じるのなら、それはあなたが王女殿下ご自身の努力をも否定しているということだわ。侮辱しているのはあなたよ」
「は……はぁっ!?」
淡々とそう説くノエリスの口調は、それでも凍てつくように鋭かった。ルパート様の顔は真っ青になっている。
「あなたは試験結果という、王立学園が定めた正当な評価を持ち出して、侮辱とおっしゃっているのよ。それはすなわち、学園そのものの権威を否定する行為。成績を恣意的に解釈して怒鳴り散らすなど、あまりにも浅慮ね」
(……すごいわ、ノエリス……)
場の空気はもう彼女が完全に支配していた。誰も息をしていないのではないかと思うほど完全に静まり返った空間の中で、全員がノエリスの言葉に聞き入っていた。さすがはオークレイン公爵家のご令嬢。大声で喚いたりしなくても、オーラも説得力もルパート様とは比べものにもならない。
「王女殿下の名を盾にご自分の婚約者を公衆の面前で罵倒することが、王女殿下の名誉を守ることになるのかしら? むしろ王女殿下は、そんな卑しい振る舞いをお望みではないと思うけれど。いかがです? エメライン王女殿下」
ゆったりとした微笑みを浮かべたノエリスが、突然王女の方へと向き直り、そう問いかけた。皆の視線が一斉に王女へと移動する。私も王女の顔をそっと窺った。
さっきはたっぷりと涙を湛えていたはずの目には、いつの間にかもうその影さえない。ほんの一瞬見えたのは、ノエリスを見ている王女の、表情のない顔。けれど、注目を集めた王女は急に困ったように眉尻を下げ、両手で頬を覆った。
「……あたくしは、ただ……もうこんな風に、あたくしのために揉めてほしくはないわ。それだけよ」
「……」
微妙にズレた返事に、私もノエリスも、そしてルパート様も黙り込む。けれど王女のそばに侍っていた男子生徒たちは「王女殿下……」と気遣わしげに声をかけ、顔を覗き込んだりしている。
ルパート様はこめかみに青筋を立て、唇を強く結んでいる。オークレイン公爵家の令嬢に逆らうことはさすがにできないらしい。しかも彼女はゆくゆく隣国の王子妃となる人でもある。そのことがルパート様の耳に入っているかどうかは知らないけれど。
気が付けば大勢の教師たちが大ホールに入ってきており、そのうちの一人が「全員所定の位置に並びなさい」と声を上げた。エメライン王女はそそくさと私たちのそばを離れ、取り巻き生徒たちもそれに従う。
ルパート様は最後にもう一度私を強く睨みつけると、自分のクラスの方へと行ってしまった。その目つきに、冷たい手で心臓を摑まれたような心地がした。
「……ありがとう、ノエリス。迷惑かけてごめんなさいね」
気力を振り絞り、彼女に小声でそう言うと、ノエリスはいたずらっぽい表情で片目をつぶった。
「当たり前のことを言っただけよ。あんな意味の分からない主張、聞いていられないわよね」
気遣ってくれるノエリスに頑張って笑みを返し、私は話しはじめた教師の方へと向き直った。
心はどんよりと重く曇っていた。
教室に戻り皆と最後の挨拶を交わした後、私はノエリスとともに校舎を出て、馬車寄せへと向かう。その途中、ノエリスが小さく息を呑んで立ち止まった。
「……嫌ね、私ったら。さっき渡された成績表を鞄に入れ忘れているわ」
「ふふ、珍しいわね。あなたがそんなミスをするなんて」
滅多に見ることのないノエリスの焦った顔に、思わず少し笑ってしまう。彼女は肩を竦めると、申し訳なさそうな顔をして言った。
「ごめんなさい、先に行ってて、ローズ。すぐ戻るから」
「ええ。ゆっくり行ってるわね」
そんな会話を交わしノエリスと別れ、私は馬車寄せへの道を一人で歩きはじめた。辺りには同じ方向に歩いていく生徒たちの姿がぽつぽつと見える。
大ホールでのことを思い出し落ち込みながら、俯き加減でぼんやりと歩く。……やっぱり、ここでノエリスを待っていよう。最終日なのだから、最後にもう少しゆっくり話してから帰りたいし。ここではノエリスと話している時だけ、気持ちが晴れやかになる。
私は立ち止まり、彼女が追いつくのを待つことにした。
しばらくぼうっとしていると、ふいにすぐ目の前に誰かが立った。
驚いて顔を上げた、その瞬間。
突然左の頬に強い衝撃が走り、視界が大きく揺らいだ。黒縁眼鏡が音を立てて、地面に放り出される。
(──え……っ……?)
一瞬ふらついたけれど、倒れ込むことなくどうにか踏ん張った。
見上げた先にいたのがルパート様であったことと、そして頬に残る熱を持った痛みで、自分が今彼にぶたれたのだと理解した。
ルパート様は充血した目で私を睨みつける。
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