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12. 皆の優しさ
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「……え……?」
(婚約を、破棄する……?)
大ホールで受けた以上の強い衝撃に、まるで頭を鈍器で殴られたような感覚がした。今度こそ本当に倒れ込みそうになった、その時。
「きゃあっ!! ローズ!! 大丈夫!?」
金切り声がしたかと思うと、誰かに腕を摑まれ抱き寄せられた。視界に艶やかな銀髪と、濃いブルーの瞳が飛び込んでくる。
「……ノエリス……」
「なんてひどいことを……! 暴力事件だわ! どなたか、先生方と衛兵を呼んできてちょうだい!」
ノエリスが大袈裟なくらいに顔を歪め、辺りを見回しながら大きな声でそう言った。するとちょうどそばを通りがかっていた男子生徒が顔を引きつらせ、慌てた様子で走りだす。驚いた表情でこちらを遠巻きに眺めている女子生徒のグループもいた。
「ルパート・フラフィントン侯爵令息、王家管轄のこの学園の中で、たとえ婚約者という立場であったとしても他家の令嬢に手を上げるなど……決して許される行為ではありませんわ! そこを動かないで!」
「なっ!! ぼ、暴力事件など……! そんな大仰な話ではありませんよ、オークレイン公爵令嬢! さ、騒ぎ立てないでいただきたい……! これは僕とローズ二人だけの問題で……」
「あなた方! 衛兵が来たら私と一緒に証言してくださるわね? 見ていたでしょう? 彼がハートリー伯爵令嬢に手を上げるところを」
ノエリスが女子生徒のグループにそう声をかけると、彼女たちは緊張した面持ちで「は、はい!」「もちろんでございます、ノエリス様」などと返事をしている。
(あ……、ノエリス、わざとやっているんだわ……)
今にも膝から力が抜け崩れ落ちそうだったけれど、そんな中でもルパート様を追い込もうとしているノエリスの意図には気付いた。
真っ青な顔のルパート様は、その後すぐに駆けつけた衛兵に両腕を摑まれ、どこかへと連れて行かれた。
それからのことは、あまりはっきりとは覚えていない。
先生方や衛兵に、いろいろと聞かれた気がする。ノエリスがずっと私の肩を抱き、隣にいてくれた。そして彼女は我が家の馬車に一緒に乗り、タウンハウスまで付き添ってくれたのだ。
走るような勢いで玄関ホールに飛び出してきた母の顔を見た途端、涙が堰を切って溢れた。
惨めさ、悲しさ、情けなさ、申し訳なさ……。いろいろな感情がごちゃ混ぜになって押し寄せ、母に縋りつき息もできないほどに泣いた。
気付けば私は、自室のベッドの上にいた。
その日は食事もとらずに眠り、翌日の昼頃になってようやく父と兄の顔を見た。居間に下り、母と一緒にいる二人の表情を見た瞬間、もう全てを聞いたのだということが分かった。
私の姿を見た兄がすぐさま立ち上がり、無言で私のもとへとやって来る。そしてそのまま、息もできないほど強く私を抱きしめた。
「……辛かったな、ローズ。もう全部忘れろ。何も心配しなくていいからな」
頭をがしがしと撫でながらそんなことを言う兄の優しさに、また新たな涙が込み上げる。昨晩泣き尽くしたと思っていたのに、涙って枯れることはないのかな。
「……ごめんなさい」
「お前は何も悪くない。もう謝るな」
しゃがれた声で絞り出した謝罪の言葉は、すぐさま兄にそう否定される。
そのまま手を引かれ、ソファーへと連れて行かれる。ゆっくりと腰かけると、向かいのソファーに座っていた父が口を開いた。
「昨夜、母様から聞いた。オークレイン公爵家のご令嬢が、学園で起こったことを全て母様に話してくださったそうだ。フラフィントン侯爵家には、即日こちらから婚約解消の申し入れをする。ハートリー伯爵家とお前の名誉を守るために、できることは全てするつもりだ。しばらく社交界が騒がしくなるだろうから、お前は外出を控え、ゆっくり休んでいるといい」
「……はい。お父様、ありがとうございます」
頑張っていたつもりだったけれど、結局私はフラフィントン侯爵家との繋がりをダメにしてしまった。我が家にとってはかなりの痛手になるだろう。そのことを詫びたかったけれど、両親や兄を余計に悲しませるだけのような気がして、謝罪の言葉を口にするのは止めた。
しばらく家族との時間を過ごし自室へと戻った私は、ふと気付いた。
「そういえば……、あのかつら、どこへ行ったのかしら」
いつもは学園から帰るとこの部屋のローテーブルの上に置いているはずの、あのぼさぼさ三つ編みがない。私付きの侍女にそれを問うと、彼女は少し口角を上げ答えた。
「昨夜ナイジェル様が何度か踏み潰して、捨てていらっしゃいました。あの黒縁眼鏡の方は、オークレイン公爵家のお嬢様が学園で処分なさったとのことです」
「そ、そう」
それで両方ともないのか。たしかに、黒縁眼鏡は昨日ルパート様にぶたれた時に外れて飛んでいったわね。あれはノエリスが片付けてくれたのか。
あの鬱陶しくて野暮ったいかつらと眼鏡は、もう着けなくていいし、目につくこともないのね。そう思うと、暗く重い気持ちがほんの少しだけ軽くなった気がした。
(ありがとう。お兄様、ノエリス)
心の中で二人に感謝していると、侍女が思い出したように付け加えた。
「それと……、ロザリンド様の引き出しから、ナイジェル様が例の禁止事項一覧表をお持ちになりました。監察局に証拠品として提出するそうです」
「そうなのね。……分かったわ。ありがとう」
あんな一覧表はもうどうでもよかったので、私はそう返事をした。もしかしたら、ルパート様の罪状がさらに増えることになるのかしら……などと思いはしたけれど、あれが予想以上に厳しい結果をもたらしたと知るのは、まだ少し先のことだった。
(婚約を、破棄する……?)
大ホールで受けた以上の強い衝撃に、まるで頭を鈍器で殴られたような感覚がした。今度こそ本当に倒れ込みそうになった、その時。
「きゃあっ!! ローズ!! 大丈夫!?」
金切り声がしたかと思うと、誰かに腕を摑まれ抱き寄せられた。視界に艶やかな銀髪と、濃いブルーの瞳が飛び込んでくる。
「……ノエリス……」
「なんてひどいことを……! 暴力事件だわ! どなたか、先生方と衛兵を呼んできてちょうだい!」
ノエリスが大袈裟なくらいに顔を歪め、辺りを見回しながら大きな声でそう言った。するとちょうどそばを通りがかっていた男子生徒が顔を引きつらせ、慌てた様子で走りだす。驚いた表情でこちらを遠巻きに眺めている女子生徒のグループもいた。
「ルパート・フラフィントン侯爵令息、王家管轄のこの学園の中で、たとえ婚約者という立場であったとしても他家の令嬢に手を上げるなど……決して許される行為ではありませんわ! そこを動かないで!」
「なっ!! ぼ、暴力事件など……! そんな大仰な話ではありませんよ、オークレイン公爵令嬢! さ、騒ぎ立てないでいただきたい……! これは僕とローズ二人だけの問題で……」
「あなた方! 衛兵が来たら私と一緒に証言してくださるわね? 見ていたでしょう? 彼がハートリー伯爵令嬢に手を上げるところを」
ノエリスが女子生徒のグループにそう声をかけると、彼女たちは緊張した面持ちで「は、はい!」「もちろんでございます、ノエリス様」などと返事をしている。
(あ……、ノエリス、わざとやっているんだわ……)
今にも膝から力が抜け崩れ落ちそうだったけれど、そんな中でもルパート様を追い込もうとしているノエリスの意図には気付いた。
真っ青な顔のルパート様は、その後すぐに駆けつけた衛兵に両腕を摑まれ、どこかへと連れて行かれた。
それからのことは、あまりはっきりとは覚えていない。
先生方や衛兵に、いろいろと聞かれた気がする。ノエリスがずっと私の肩を抱き、隣にいてくれた。そして彼女は我が家の馬車に一緒に乗り、タウンハウスまで付き添ってくれたのだ。
走るような勢いで玄関ホールに飛び出してきた母の顔を見た途端、涙が堰を切って溢れた。
惨めさ、悲しさ、情けなさ、申し訳なさ……。いろいろな感情がごちゃ混ぜになって押し寄せ、母に縋りつき息もできないほどに泣いた。
気付けば私は、自室のベッドの上にいた。
その日は食事もとらずに眠り、翌日の昼頃になってようやく父と兄の顔を見た。居間に下り、母と一緒にいる二人の表情を見た瞬間、もう全てを聞いたのだということが分かった。
私の姿を見た兄がすぐさま立ち上がり、無言で私のもとへとやって来る。そしてそのまま、息もできないほど強く私を抱きしめた。
「……辛かったな、ローズ。もう全部忘れろ。何も心配しなくていいからな」
頭をがしがしと撫でながらそんなことを言う兄の優しさに、また新たな涙が込み上げる。昨晩泣き尽くしたと思っていたのに、涙って枯れることはないのかな。
「……ごめんなさい」
「お前は何も悪くない。もう謝るな」
しゃがれた声で絞り出した謝罪の言葉は、すぐさま兄にそう否定される。
そのまま手を引かれ、ソファーへと連れて行かれる。ゆっくりと腰かけると、向かいのソファーに座っていた父が口を開いた。
「昨夜、母様から聞いた。オークレイン公爵家のご令嬢が、学園で起こったことを全て母様に話してくださったそうだ。フラフィントン侯爵家には、即日こちらから婚約解消の申し入れをする。ハートリー伯爵家とお前の名誉を守るために、できることは全てするつもりだ。しばらく社交界が騒がしくなるだろうから、お前は外出を控え、ゆっくり休んでいるといい」
「……はい。お父様、ありがとうございます」
頑張っていたつもりだったけれど、結局私はフラフィントン侯爵家との繋がりをダメにしてしまった。我が家にとってはかなりの痛手になるだろう。そのことを詫びたかったけれど、両親や兄を余計に悲しませるだけのような気がして、謝罪の言葉を口にするのは止めた。
しばらく家族との時間を過ごし自室へと戻った私は、ふと気付いた。
「そういえば……、あのかつら、どこへ行ったのかしら」
いつもは学園から帰るとこの部屋のローテーブルの上に置いているはずの、あのぼさぼさ三つ編みがない。私付きの侍女にそれを問うと、彼女は少し口角を上げ答えた。
「昨夜ナイジェル様が何度か踏み潰して、捨てていらっしゃいました。あの黒縁眼鏡の方は、オークレイン公爵家のお嬢様が学園で処分なさったとのことです」
「そ、そう」
それで両方ともないのか。たしかに、黒縁眼鏡は昨日ルパート様にぶたれた時に外れて飛んでいったわね。あれはノエリスが片付けてくれたのか。
あの鬱陶しくて野暮ったいかつらと眼鏡は、もう着けなくていいし、目につくこともないのね。そう思うと、暗く重い気持ちがほんの少しだけ軽くなった気がした。
(ありがとう。お兄様、ノエリス)
心の中で二人に感謝していると、侍女が思い出したように付け加えた。
「それと……、ロザリンド様の引き出しから、ナイジェル様が例の禁止事項一覧表をお持ちになりました。監察局に証拠品として提出するそうです」
「そうなのね。……分かったわ。ありがとう」
あんな一覧表はもうどうでもよかったので、私はそう返事をした。もしかしたら、ルパート様の罪状がさらに増えることになるのかしら……などと思いはしたけれど、あれが予想以上に厳しい結果をもたらしたと知るのは、まだ少し先のことだった。
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