【完結済】王女に夢中な婚約者様、さようなら 〜自分を取り戻したあとの学園生活は幸せです! 〜

鳴宮野々花@書籍4作品発売中

文字の大きさ
20 / 56

20. ラプルのカフェ

しおりを挟む
 この大通りには、何度か家族と来たことがある。クライヴ様は私の手を引いたまま歩きはじめた。男性と手を繋ぐなんて、初めてだ。体中が火照り、めまいがするほどドキドキしていた。
 そのうちに、一軒の見慣れないカフェの前に辿り着いた。……最近オープンしたのだろうか。白い大理石の外壁と深い葡萄色の庇を構えたそのおしゃれな建物を何気なく見上げ、私は息を呑んだ。
『ラプル菓子専門店 ラ・ローズ・ド・ラプル』という看板の文字が、目に飛び込んできたからだ。

「ク……クライヴ様、ここは……?」
「見ての通りだ。君のために作った」
「き……、え、えぇっ!?」

 驚いた私は、思わず素っ頓狂な声をあげ、あんぐりと口を開けた。今、なんだかとんでもないことをさらりと言われた気がするのだけど……。

「中に入ろう」

 クライヴ様はそう言うと、扉に手をかけた。けれど、その扉には『準備中』の札がかかっている。

「あの……、クライヴ様……」

 私がそれを指摘する前に、クライヴ様は扉を開け、私を店内へといざなった。
 カフェの中へと足を踏み入れると、甘酸っぱく爽やかな香りが頬を撫でた。
 白を基調としながらも冷たさのない、柔らかな光の射す内装。窓辺には濃桃色や蜂蜜色の生花がさりげなく並べられ、壁には柔らかなタッチの美しい絵が飾られている。
 品の良い店内は、まるで貴族家のサロンとカフェの中間のような雰囲気だった。
 視線を巡らせ、整列して私たちを出迎える店員や菓子職人たちを見て、ふと気付いた。

「クライヴ様……、私たちの他に、お客さんが誰もいませんが……。準備中の札がかかっているからでしょうか」

 そう尋ねると、彼はまたもさらりと答えた。

「今日は貸し切りにしてある。本開業はまだ少し先だ。君が最初の客でなければ意味がない」
「か、貸し切り……?」

 さっきから一体、どれほど驚かされていることか。ここはクライヴ様が私のために作ったカフェで……しかも今日は、貸し切り……?
 彼は私を、一番奥の席へとエスコートしてくれた。そこはレース越しに穏やかな日差しの差し込むテーブル席だった。
 ミルクティーベージュ色のテーブルクロス。その中央に置かれた小さなガラスドームには、宝石のような濃桃色のラプルが一つだけ飾られていた。

(……私の髪や瞳と同じ色の花々。私の愛称が入った、お店の名前……)

 店内のいたるところに感じられるクライヴ様の優しい気遣いに気付き、私の頬がさらに熱を持った。心臓の鼓動は激しくなるばかりだ。

「お待ち申し上げておりました、サザーランド様」

 中年の女性がやって来て、メニュー表を差し出す。店主だろうか。クライヴ様はそれを受け取り開くと、私の方に向け渡してくれた。

「気に入るものがあるといいのだが」
「……ありがとうございます」

 私はおずおずとメニュー表を受け取り、視線を落とす。その瞬間、思わず感嘆の声が漏れ、笑顔を抑えきれなかった。
 タルトにケーキ、パフェやジュレ、ミルフィーユにコンフィチュール添えのスコーン……。全てのメニューにラプルが使われているようだ。どんなスイーツなのかが一目で分かるようそれぞれのイラストが添えられたそれらは、どれも胸が高鳴るほど可愛らしく、美味しそうだった。頬が緩むのを我慢できずに、思わず片手でその頬を押さえる。

「すごいですね……! どれも美味しそうで決められません。全部食べたくなってしまいます」
「分かった」
「……えっ?」

 クライヴ様はさらりとそう答え、壁際に控えていた店主を呼ぶ。私は慌てて彼を止めた。

「い、いえ! 違いますクライヴ様! も、ものの例えです! ちゃんと選びますので!」

 そう言うと私は再びメニュー表に目を向け、必死に選ぶ。店主が席まで来てしまい焦っていると、クライヴ様が静かな声で私に言う。

「特に気になっているものはいくつある? 俺が一緒に食べれば、いくつか選んでも食べきれるだろう」
「え……、よ、よろしいのですか? ですがクライヴ様は、甘いものは……」
「別にかまわない。大の苦手というわけではないのだから、これくらいなら食べられる」

 彼の厚意を断固拒否する気にはなれず、私はタルトと小さなパフェを頼んだ。するとクライヴ様はさらにケーキとジュレもオーダーした。

「紅茶も二つ頼む」
「承知いたしました、サザーランド様」

 店主は恭しく頭を下げ、下がっていった。
 再び二人きりになると、私は向かいに座る彼を見つめた。聞きたいことがたくさんある。一体この数週間で、なぜこんな大通りの一等地に、我が国ではほとんど流通していないラプル菓子の専門店を作ることができたのだろう。
 私と目が合うと、クライヴ様は小さく笑った。滅多に見ることのない彼の笑顔。これだけのことで、私の心臓がまた跳ねる。

「急ごしらえだが、なかなかいい店に仕上がっているだろう。君の感想が聞きたかった」
「も、もちろん、とても素敵なお店ですが……、ベルミーア王国では、きっとここが初めてですよね、ラプルのスイーツを扱うカフェなんて。国内でラプルを見かけること自体があまりありませんし……」
「ああ。正式な許可を得て、俺がラシェール王国から輸入した。もとよりサザーランド家は、王都内に商用用途の邸地を複数所有している。ここも先々代公爵が迎賓用に使っていた建物の一つだ。今は別の迎賓館を使うことばかりでここは空いていたから、カフェに改装した」
「そ、そんな由緒ある場所を……カフェに……? 大丈夫なのですか?」

 話を聞けば聞くほど、ますます驚きは大きくなる。動揺する私とは真逆に、クライヴ様は静かに説明を続ける。

「正式には公爵家の私邸扱いだが、改装にあたっては王家にも届け出はし、許可を得ている。格式を損なわぬ形ならば、用途の自由はある程度認められているんだ」
「なるほど……」

 そうは言っても、この短期間で隣国からラプルの供給先を確保し、運び入れ、お店まで作って……。

(すごいわ……。これがサザーランド公爵家のご令息の力なんだ……)

 クライヴ様の決断力と行動力、そして交渉力に、私は心底感動していた。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

『婚約破棄されたので北の港を発展させたら

ふわふわ
恋愛
王立学園の卒業舞踏会。 公爵令嬢アリアベルは、王太子カルディオンから突然の婚約破棄を告げられる。 「真実の愛を見つけた」 そう言って王太子が選んだのは、涙を流す義妹ヴィオレッタだった。 王都から追い出され、すべてを失った―― はずだった。 アリアベルが向かったのは、王国の北にある小さな港町。 しかし彼女の手腕によって港は急速に発展し、やがて王国最大の交易港へと変わっていく。 一方その頃、王太子と義妹は王都で好き勝手に振る舞っていたが―― やがてすべてが崩れ始める。 王太子は国外追放。 義妹は社交界から追放され修道院送り。 そして気づいた頃には、北の港こそが王国の中心になっていた。 「私はもう誰のものでもありません」 これは、婚約破棄された令嬢が自分の人生を取り戻し、 王国の未来を変えていく物語。 そして―― 彼女の隣には、いつしか新しい王太子の姿があった。 婚約破棄から始まる、逆転ざまぁロマンス。✨

お好きになさって下さい、私は一切気にしませんわ

Kouei
恋愛
婚約者のクレマンド様は、いつも私との約束を破ってばかり。 理由は決まって『従妹ライラ様との用事』 誕生日会にすら来なかった彼に、私はついに告げた。 「どうぞ、私以外のご令嬢をエスコートするなり、お出かけするなり、関係を持つなり、お好きになさって下さい。私は一切気にしませんわ」 二人の想いは、重なり合えるのだろうか …… ※他のサイトにも公開しています。

七年目の裏切り 〜赴任先の夫から届く愛の手紙は、愛人の代筆でした〜

恋せよ恋
恋愛
「君は僕の最愛だ。もう二度と、君を危険に晒したくない」 命懸けの出産後、涙を流して私を抱きしめた夫ジュリアン。 その言葉通り、彼は「私を大切にするため」に夜の営みを断った。 私は、女としての寂しさを「愛されている誇り」に変え、 隣国へ赴任した夫を信じて二人の子供と家を守り続けていた。 毎週届く、情熱的な愛の手紙。タイプライターで綴られた その愛の言葉を、私は宝物のように抱きしめていた。 ……しかし、その手紙は「裏切り」だった。 夫が異国の地で、愛人と肌を重ねながら綴らせていた「偽りの愛」。 身分を隠して夫の赴任先の隣国へと向かった私が見たのは……。 果たして、貞淑な妻・メラニアが選んだ結論は……。 子供たちのため結婚生活の継続か、それとも……。 🔶登場人物・設定は筆者の創作によるものです。 🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。 🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。 🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。 🔶 『エール📣』『いいね❤️』励みになります!

婚約破棄されたので頑張るのをやめました 〜昼寝と紅茶だけの公爵令嬢なのに、なぜか全部うまくいきます〜あ

鍛高譚
恋愛
王太子から婚約破棄された衝撃で階段から落ちた公爵令嬢シャル・ド・ネ・アルベール。 目覚めた彼女は、なんと前世の記憶——ブラック企業で働き詰めだったOL・佐伯ゆかりとしての人生を思い出してしまう。 無理して働いた末に過労死した前世の反省から、シャルは決意する。 「もう頑張らない。今度の人生は“好き”と“昼寝”だけで満たしますわ!」 貴族としての特権をフル活用し、ワイン造りやスイーツ作りなど“趣味”の延長でゆるゆる領地改革。 気づけば国王にも称賛され、周囲の評価はうなぎのぼり!? 一方、彼女を見下していた王太子と“真実の愛()”の令嬢は社交界で大炎上。 誰もざまぁされろなんて言ってないのに……勝手に転がり落ちていく元関係者たち。 本人はただ紅茶とスコーンを楽しんでいるだけなのに―― そんな“努力しない系”令嬢が、理想の白い結婚相手と出会い、 甘くてふわふわ、そしてちょっぴり痛快な自由ライフを満喫する ざまぁ(他力本願)×スローライフ×ちょっと恋愛な物語です♪

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

「君は完璧だから、放っておいても大丈夫」と笑った夫。~王宮から私が去ったあと「愛していた」と泣きついても、もう手遅れです~

水上
恋愛
「君は完璧だから、放っておいても大丈夫だ」 夫である王太子はそう笑い、泣き真似が得意な見習い令嬢ばかりを優先した。 王太子妃セシリアは、怒り狂うこともなく、静かに心を閉ざす。 「左様でございますか」 彼女は夫への期待というノイズを遮断し、離縁の準備を始めた。

白い結婚で結構ですわ。愛人持ちの夫に興味はありません

鍛高譚
恋愛
公爵令嬢ルチアーナは、王太子アルベルトとの政略結婚を命じられた。だが彼にはすでに愛する女性がいた。そこでルチアーナは、夫婦の義務を果たさない“白い結婚”を提案し、お互いに干渉しない関係を築くことに成功する。 「夫婦としての役目を求めないでくださいませ。その代わり、わたくしも自由にさせていただきますわ」 そうして始まった王太子妃としての優雅な生活。社交界では完璧な妃を演じつつ、裏では趣味の読書やお茶会を存分に楽しみ、面倒ごととは距離を置くつもりだった。 ——だが、夫は次第にルチアーナを気にし始める。 「最近、おまえが気になるんだ」 「もっと夫婦としての時間を持たないか?」 今さらそんなことを言われても、もう遅いのですわ。 愛人を優先しておいて、後になって本妻に興味を持つなんて、そんな都合の良い話はお断り。 わたくしは、自由を守るために、今日も紅茶を嗜みながら優雅に過ごしますわ——。 政略結婚から始まる痛快ざまぁ! 夫の後悔なんて知りませんわ “白い結婚”を謳歌する令嬢の、自由気ままなラブ&ざまぁストーリー!

婚約を奪った義妹は王太子妃になりましたが、王子が廃嫡され“廃嫡王子の妻”になりました

鷹 綾
恋愛
「お姉様には、こちらの方がお似合いですわ」 そう言って私の婚約者を奪ったのは、可憐で愛らしい義妹でした。 王子に見初められ、王太子妃となり、誰もが彼女の勝利を疑わなかった――あの日までは。 私は“代わり”の婚約者を押し付けられ、笑いものにされ、社交界の端に追いやられました。 けれど、選ばれなかったことは、終わりではありませんでした。 華やかな王宮。 厳しい王妃許育。 揺らぐ王家の威信。 そして――王子の重大な過ち。 王太子の座は失われ、運命は静かに反転していく。 離縁を望んでも叶わない義妹。 肩書きを失ってなお歩き直す王子。 そして、奪われたはずの私が最後に選び取った人生。 ざまあは、怒鳴り声ではなく、選択の積み重ねで訪れる。 婚約を奪われた姉が、静かに価値を積み上げていく王宮逆転劇。

処理中です...