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25. 王女の過去
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結局その日は、ノエリスや他の女子生徒たちと楽しく昼食をとり、親睦を深めることができた。ほっとした反面、翌日のことを考えると少し憂鬱な気持ちにもなった。
そして次の日。「王女殿下と昼食? ……ふうん。それなら私は他の子と食べるから大丈夫よ。気を付けてね、ローズ」と、若干不服そうな表情で言うノエリスと別れ、私は約束通りに中庭の最奥の席へと向かった。前から察してはいたけれど、ノエリスはエメライン王女に対してまったく良い感情を持っていないようだ。
王女はすでにそこにいて、取り巻きの男子生徒から紅茶を注いでもらっていた。私が近付くと、彼らは一斉に私を睨みつけた。けれど私が彼らの方に視線を向けると、すっと目を逸らす。
(王女を待たせるなとでも言いたいのかしら。しょうがないんだけどな。淑女科の校舎が中庭から一番離れているんだから……)
サザーランド公爵家の後ろ盾を考え、私に強くは出られないのだろうけれど。
小さな不満をぐっと堪え、私は王女に挨拶をした。
「こんにちは、エメライン王女殿下。お待たせしてしまい申し訳ございません」
「ふふ。お待ちしていたわ。来てくれてありがとう、ロザリンドさん」
王女は可憐な笑みを浮かべ、私に着席を促した。
王女と私が食事をしている間、取り巻きの男子生徒たちは時折こちらを気にかけながら、近くのテーブルでそれぞれ昼食をとっていた。いつもは王女と一緒に食べているようだけれど、今日は私がいるから気を遣っているのだろうか。まぁ、私もこの集団の中に交じって食事をするよりは、王女と二人きりの方がまだ気が楽だ。
そして意外にも、王女との会話は弾んだ。彼女は常時ご機嫌で、学園生活や最近流行っている小説、詩集の話題などをこちらが振ると、目を輝かせて答えてくれた。女子生徒の友人があまりいないことを寂しく思っていたのは、本当なのかもしれない。
話は尽きることがなく、昼食が終わる頃には、互いの幼少期の話題にまでなった。
「ロザリンドさんは、子どもの頃はどんな風だったのかしら。なんとなく、活発だったのではないかと思うのだけれど」
「ふふ。正解です。小さい頃はよく兄と二人で、屋敷の庭や近くの草原を駆け回っておりましたわ」
「やっぱりそうなのね。いいわね。あたくしはずっとお勉強ばかりで……。休憩時間も、お部屋の中で大人しく過ごしていたわ。絵本が大好きな子どもだったの」
王女のその言葉に、私も何気なく答える。
「さようでございますか。私も絵本は大好きでした。小さい頃はお姫様が出てくる本を、たくさん読んでいたんですよ」
「あら、あたくしもよ! そういう絵本が大好きだったの」
王女が嬉しそうな顔でそう言った。お姫様もお姫様の出てくる絵本を楽しんでいたのか。そんなことを考えて、私は小さく笑った。
「ふふ、そうなのですね。私が今でもストーリーをよく覚えているのは『ひとりぼっちの王女と陽だまりの竜』や、『春色のお城と魔法のドレス』、あとは『白薔薇王女と誓いの騎士』ですね。この三冊は特に大好きで……」
「……え? あなた、『白薔薇王女と誓いの騎士』を読んでいたの?」
紅茶を口に運ぼうとしていた王女がぴたりと動きを止め、目を丸くして私を見つめる。
「はい。もう何十回読んだか分かりません。エメライン王女殿下もご存じなのですね」
そう答えると、王女がカップを置き、両手を胸の前で組んだ。頬がほんのりと赤く染まっている。
「もちろんよ……! あたくしも、『白薔薇王女と誓いの騎士』が一番好きだったの……! 趣味が合ってとても嬉しいわ」
「まぁ。私もです。ふふ、あの絵本に出てくる騎士様、とっても格好良かったですものね」
「ええ……! ずっと憧れていたわ。あたくしも、こんな素敵な騎士様から一途に愛されてみたいって……」
そう言ってうっとりとした表情を浮かべる王女を、近くの席の男子生徒たちが食い入るように見つめている。「なんて可愛らしいんだ、王女殿下……!」とでも思っているのか、それとも、「自分こそがあなた様を一途に愛する騎士になってみせる……!」とでも思っているのか。あ、そうか。この人たちは全員騎士科の生徒だものね。
私は彼らから目を逸らし、王女に微笑みかけた。
「そうなのですね」
「ええ。……あたくしが子どもの頃、ずっとそばについていてくれた護衛騎士の一人が、『白薔薇王女と誓いの騎士』に出てくる騎士様にそっくりだったのよ」
「まぁ。それは素敵ですね」
「そうでしょう? あの絵本の騎士様みたいだなぁって気付いてからは、彼をとても意識するようになったのよ。ふふ。背が高くてたくましくて、いつでもあたくしのことを大切そうに見つめていて……」
うっとりと目を閉じて回想に浸りはじめた王女を、周りの男子生徒たちがすごい目力で見つめている。
すると、ふいに目を開いた王女が悲しげな表情を浮かべ、俯いた。
「……だけどね、彼はあたくしを庇って、死んでしまったの」
「……え……っ」
突然そんなことを聞かされ、私は慌てて笑顔を引っ込めた。王女は小さく息をつき、辛い思い出を辿るように話しはじめた。
「あたくしが十歳の時だったわ。避暑のために、別荘で過ごしていたの。その時にね、滞在していた別荘が、誘拐目的の集団に襲われたのよ。犯人たちはその場ですぐに捕縛されたわ。だけど、その時彼らに立ち向かったその騎士様が、あたくしを守って……」
「……まぁ、それは……。幼い身で、恐ろしい思いをなさったのですね。それに、その騎士様……」
「……ええ。彼があたくしのそばからいなくなってしまったことが、とても……辛かった」
「王女殿下……」
華奢な王女が悲しげに目を伏せる様子はとても痛ましくて、思わず背中を抱き寄せ擦ってあげたくなる。男子生徒たちも皆そう思っているのだろう。全員が王女に釘付けだった。
しばらくして、王女は顔を上げると、私を見て寂しそうに微笑んだ。
「あの時のことが、心の奥に残っているからかしら。一人でいると、とても不安になるの。そばでずっと、誰かに守っていてほしい。それに……もう誰にも死んでほしくないの。ずっとずっと隣にいてくれる騎士様を、あたくしは探し続けているのよ。決してあたくしのそばを離れていかない人をね」
(……王女殿下……)
黙って話を聞きながら、王女がいつも騎士科の男子生徒たちをおそばに置いている理由が理解できる気がした。護衛騎士など、すでに何人もいるはずなのに。彼女の心の奥にある深い傷が、幼き日々に憧れていたその騎士の代わりを求め続けているのだろうか。
だとしたら、この方も前に進めずに辛いのかもしれない。
ラシェール王国第三王子との婚約解消も、きっととてもお辛かったはずなのに。まだ他にも大きな痛みを抱えていらっしゃったとは……。
そよ風にさらりと揺れる王女のホワイトブロンドをぼんやりと見つめながら、私はそんなことを思った。
ふいに王女が私の顔を見つめ、美しく微笑んだ。
「サザーランド公爵令息は、あの絵本の騎士様にとてもよく似ているわね」
そして次の日。「王女殿下と昼食? ……ふうん。それなら私は他の子と食べるから大丈夫よ。気を付けてね、ローズ」と、若干不服そうな表情で言うノエリスと別れ、私は約束通りに中庭の最奥の席へと向かった。前から察してはいたけれど、ノエリスはエメライン王女に対してまったく良い感情を持っていないようだ。
王女はすでにそこにいて、取り巻きの男子生徒から紅茶を注いでもらっていた。私が近付くと、彼らは一斉に私を睨みつけた。けれど私が彼らの方に視線を向けると、すっと目を逸らす。
(王女を待たせるなとでも言いたいのかしら。しょうがないんだけどな。淑女科の校舎が中庭から一番離れているんだから……)
サザーランド公爵家の後ろ盾を考え、私に強くは出られないのだろうけれど。
小さな不満をぐっと堪え、私は王女に挨拶をした。
「こんにちは、エメライン王女殿下。お待たせしてしまい申し訳ございません」
「ふふ。お待ちしていたわ。来てくれてありがとう、ロザリンドさん」
王女は可憐な笑みを浮かべ、私に着席を促した。
王女と私が食事をしている間、取り巻きの男子生徒たちは時折こちらを気にかけながら、近くのテーブルでそれぞれ昼食をとっていた。いつもは王女と一緒に食べているようだけれど、今日は私がいるから気を遣っているのだろうか。まぁ、私もこの集団の中に交じって食事をするよりは、王女と二人きりの方がまだ気が楽だ。
そして意外にも、王女との会話は弾んだ。彼女は常時ご機嫌で、学園生活や最近流行っている小説、詩集の話題などをこちらが振ると、目を輝かせて答えてくれた。女子生徒の友人があまりいないことを寂しく思っていたのは、本当なのかもしれない。
話は尽きることがなく、昼食が終わる頃には、互いの幼少期の話題にまでなった。
「ロザリンドさんは、子どもの頃はどんな風だったのかしら。なんとなく、活発だったのではないかと思うのだけれど」
「ふふ。正解です。小さい頃はよく兄と二人で、屋敷の庭や近くの草原を駆け回っておりましたわ」
「やっぱりそうなのね。いいわね。あたくしはずっとお勉強ばかりで……。休憩時間も、お部屋の中で大人しく過ごしていたわ。絵本が大好きな子どもだったの」
王女のその言葉に、私も何気なく答える。
「さようでございますか。私も絵本は大好きでした。小さい頃はお姫様が出てくる本を、たくさん読んでいたんですよ」
「あら、あたくしもよ! そういう絵本が大好きだったの」
王女が嬉しそうな顔でそう言った。お姫様もお姫様の出てくる絵本を楽しんでいたのか。そんなことを考えて、私は小さく笑った。
「ふふ、そうなのですね。私が今でもストーリーをよく覚えているのは『ひとりぼっちの王女と陽だまりの竜』や、『春色のお城と魔法のドレス』、あとは『白薔薇王女と誓いの騎士』ですね。この三冊は特に大好きで……」
「……え? あなた、『白薔薇王女と誓いの騎士』を読んでいたの?」
紅茶を口に運ぼうとしていた王女がぴたりと動きを止め、目を丸くして私を見つめる。
「はい。もう何十回読んだか分かりません。エメライン王女殿下もご存じなのですね」
そう答えると、王女がカップを置き、両手を胸の前で組んだ。頬がほんのりと赤く染まっている。
「もちろんよ……! あたくしも、『白薔薇王女と誓いの騎士』が一番好きだったの……! 趣味が合ってとても嬉しいわ」
「まぁ。私もです。ふふ、あの絵本に出てくる騎士様、とっても格好良かったですものね」
「ええ……! ずっと憧れていたわ。あたくしも、こんな素敵な騎士様から一途に愛されてみたいって……」
そう言ってうっとりとした表情を浮かべる王女を、近くの席の男子生徒たちが食い入るように見つめている。「なんて可愛らしいんだ、王女殿下……!」とでも思っているのか、それとも、「自分こそがあなた様を一途に愛する騎士になってみせる……!」とでも思っているのか。あ、そうか。この人たちは全員騎士科の生徒だものね。
私は彼らから目を逸らし、王女に微笑みかけた。
「そうなのですね」
「ええ。……あたくしが子どもの頃、ずっとそばについていてくれた護衛騎士の一人が、『白薔薇王女と誓いの騎士』に出てくる騎士様にそっくりだったのよ」
「まぁ。それは素敵ですね」
「そうでしょう? あの絵本の騎士様みたいだなぁって気付いてからは、彼をとても意識するようになったのよ。ふふ。背が高くてたくましくて、いつでもあたくしのことを大切そうに見つめていて……」
うっとりと目を閉じて回想に浸りはじめた王女を、周りの男子生徒たちがすごい目力で見つめている。
すると、ふいに目を開いた王女が悲しげな表情を浮かべ、俯いた。
「……だけどね、彼はあたくしを庇って、死んでしまったの」
「……え……っ」
突然そんなことを聞かされ、私は慌てて笑顔を引っ込めた。王女は小さく息をつき、辛い思い出を辿るように話しはじめた。
「あたくしが十歳の時だったわ。避暑のために、別荘で過ごしていたの。その時にね、滞在していた別荘が、誘拐目的の集団に襲われたのよ。犯人たちはその場ですぐに捕縛されたわ。だけど、その時彼らに立ち向かったその騎士様が、あたくしを守って……」
「……まぁ、それは……。幼い身で、恐ろしい思いをなさったのですね。それに、その騎士様……」
「……ええ。彼があたくしのそばからいなくなってしまったことが、とても……辛かった」
「王女殿下……」
華奢な王女が悲しげに目を伏せる様子はとても痛ましくて、思わず背中を抱き寄せ擦ってあげたくなる。男子生徒たちも皆そう思っているのだろう。全員が王女に釘付けだった。
しばらくして、王女は顔を上げると、私を見て寂しそうに微笑んだ。
「あの時のことが、心の奥に残っているからかしら。一人でいると、とても不安になるの。そばでずっと、誰かに守っていてほしい。それに……もう誰にも死んでほしくないの。ずっとずっと隣にいてくれる騎士様を、あたくしは探し続けているのよ。決してあたくしのそばを離れていかない人をね」
(……王女殿下……)
黙って話を聞きながら、王女がいつも騎士科の男子生徒たちをおそばに置いている理由が理解できる気がした。護衛騎士など、すでに何人もいるはずなのに。彼女の心の奥にある深い傷が、幼き日々に憧れていたその騎士の代わりを求め続けているのだろうか。
だとしたら、この方も前に進めずに辛いのかもしれない。
ラシェール王国第三王子との婚約解消も、きっととてもお辛かったはずなのに。まだ他にも大きな痛みを抱えていらっしゃったとは……。
そよ風にさらりと揺れる王女のホワイトブロンドをぼんやりと見つめながら、私はそんなことを思った。
ふいに王女が私の顔を見つめ、美しく微笑んだ。
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