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24. 王女の誘い
(う……っ!!)
思わず体が強張った。
話しかけられてしまった。仕方なく私はエメライン王女に体を向け、丁寧に挨拶をする。
「さようでございます、エメライン王女殿下。ごきげんよう」
顔を上げると、王女の背後にずらりと控える騎士科の男子生徒たちが、私に厳しい視線を向けていた。……いや、何よ。
王女は少し眉尻を下げ、頼りなげに微笑む。
「驚いたわ。今日のあなた、とても素敵。ハートリー伯爵令嬢が、突然金髪の巻き毛と濃桃色の瞳という素の姿でいらして、とても美しいと皆が噂していたから気付いたけれど……聞いていなかったら分からなかったかもしれないわ」
「あ、あは。ありがとうございます……」
王女は饒舌だった。私の風貌が変わっていることが、午前中のうちに学園中に広まったのだろうか。噂話が広まるのはどこまでも速いな。
すると王女が突然、両手を祈るように口元で組み、顎を引いた。そして同じくらいの背丈の私に向かって、上目遣いで見つめてくる。さっきまでとは打って変わり、その空色の瞳は瞬時に潤んでいた。
「あなたとフラフィントン様のことを聞いたの。お、お許しになって……。まさか彼が、あたくしを想うあまりにあなたに婚約破棄を言い渡すだなんて……。あたくし、彼がそこまで考え、思い詰めていただなんて全然知らなかったのよ……」
トーンの高い声を震わせながら、王女は私にそんなことを言う。げっ! と思った直後、案の定背後の男子生徒たちが目を見開いて王女の顔を覗き込む。口々に、「王女殿下!」「どうぞ、お心を乱されませぬよう……!」「王女殿下には何一つ落ち度はございません!」などと声をかけはじめた。そして非難するように私を睨みつける。これじゃまるで、私が悪いみたいだ。
(……わざとやってるんじゃないかしら)
自分は悪くないと言われたくて。
あるいは、私を悪者にしたくて。
そんな思いが、一瞬脳裏をよぎった。けれど、午前中の女子生徒たちとのやり取りを、ふと思い出した。
(……ダメね。こんな風に卑屈に考えるのがいけないんだわ)
今日からは、新しい私で頑張るの。
過去を引きずるのも、暗い気持ちになるのももう嫌だ。……よし。
胸のうちでひそかに気合いを入れた私は、努めて穏やかな笑みを浮かべた。
「滅相もございません、王女殿下。私とフラフィントン侯爵令息との婚約解消は、二人と両家の問題でございます。どうぞ、そのようにお気になさらず」
エメライン王女とこんな風に口をきくのも初めてだというのに、なんだか嫌な雰囲気になってしまった。王女が気に病まずに済むよう、私は自分なりにフォローする。
すると王女は、しばらくの間その姿勢のままで私をじっと見つめ、ゆっくりと口角を上げた。
「……そう。そうよね。だってあなたは、サザーランド公爵家のクライヴ様とご婚約なさったのですものね。素敵なご縁があって、本当によかったわ。おめでとう」
「ええ。ありがとうございます、王女殿下」
王女がサザーランドの名を出した途端、彼女の周りにいる男子生徒たちの表情が変わった。皆睨みつけていた私から視線を逸らし、気まずそうな顔をする。「そうか。この女はもうサザーランド公爵令息の婚約者なんだよな」とでも言わんばかりだ。
そんなことを考えていると、突然王女が私の両手を取り、きゅっと力を込めて握った。
「っ!? あ、あの……」
「ねぇ、ロザリンドさん。よかったらこれからあたくしたちと昼食をご一緒しませんこと? なんとなく、以前からあなたとは仲良くなれそうな気がしていたの」
「……あ……。せっかくのお誘いですが……すみません、今日はクラスメイトたちと約束をしておりまして。もう食堂で待ってくれているんです。ですので、また別の機会に……」
申し訳なく思いつつもそう断ると、王女の瞳にまたもみるみる涙が溜まっていく。驚いた私は、思わず硬直した。
王女はそんな私の手をしっかりと握ったまま、目を伏せ声を震わせる。
「……そ……そうよね……。やっぱり嫌よね、フラフィントン様のお心を乱してしまったあたくしのことなんて……。あたくし、女の子のお友達があまりいないから、寂しくて。あ、あなたのような優しそうな方と仲良くなれたらって、ずっと思っていたのだけれど……」
「お、王女殿下……! そうではなくて、本当に今日だけは……」
ふと、「女子生徒と親しくなれないのは、いつもあなたの周りに男子生徒たちが侍っていて、声をかける機会さえ持てないからでは?」という疑問が頭をよぎったけれど、そんなこと当然口には出せない。
それよりも、王女が泣きそうだ。どうしよう。どうしよう……! これは不敬に当たるのかしら。だけど学園では生徒の誰もが対等の立場で接し、教育を受けることがこの学園のモットーで……。
けれど、王女と私を囲むように周囲に立っている男子生徒たちは今、全員が私を射殺すような視線で睨みつけてきている。
(皆が待ってくれているのに……約束を無視してでも、王女殿下と食事をするべき? ……ううん、やっぱりそんなの絶対に嫌だわ)
せっかくクラスメイトと仲良くなれるチャンスなのに。私はもう、誰かのために自分の学園生活を不当に犠牲にしたくはない。
私は勇気を出し、王女の手を握り返して言った。
「本当に、申し訳ございません、エメライン王女殿下。私にも大切な先約がございまして……! ですが、後日必ず! ご一緒させていただければと思います。せっかくのお声がけをお断りするのは、とても心苦しいのですが、どうか……」
必死でそう説得すると、王女の表情がまたころりと変わった。
「本当? じゃあ、明日こそいかがかしら? 中庭の一番奥のお席でお待ちしているわ! あたくし、あそこの席が好きなのよ。ね?」
(……ああ、以前上級生の女子生徒たちから替わってもらっていたあの席か)
あの時の光景を思い出し、なんとなく嫌な気持ちがよぎった。けれど、私は笑顔を作り王女に答える。
「承知いたしました。ありがとうございます。明日は必ず伺いますので」
すると王女は、大輪の白い花がふわりと開くように笑った。
「ええ。とても楽しみだわ」
思わず体が強張った。
話しかけられてしまった。仕方なく私はエメライン王女に体を向け、丁寧に挨拶をする。
「さようでございます、エメライン王女殿下。ごきげんよう」
顔を上げると、王女の背後にずらりと控える騎士科の男子生徒たちが、私に厳しい視線を向けていた。……いや、何よ。
王女は少し眉尻を下げ、頼りなげに微笑む。
「驚いたわ。今日のあなた、とても素敵。ハートリー伯爵令嬢が、突然金髪の巻き毛と濃桃色の瞳という素の姿でいらして、とても美しいと皆が噂していたから気付いたけれど……聞いていなかったら分からなかったかもしれないわ」
「あ、あは。ありがとうございます……」
王女は饒舌だった。私の風貌が変わっていることが、午前中のうちに学園中に広まったのだろうか。噂話が広まるのはどこまでも速いな。
すると王女が突然、両手を祈るように口元で組み、顎を引いた。そして同じくらいの背丈の私に向かって、上目遣いで見つめてくる。さっきまでとは打って変わり、その空色の瞳は瞬時に潤んでいた。
「あなたとフラフィントン様のことを聞いたの。お、お許しになって……。まさか彼が、あたくしを想うあまりにあなたに婚約破棄を言い渡すだなんて……。あたくし、彼がそこまで考え、思い詰めていただなんて全然知らなかったのよ……」
トーンの高い声を震わせながら、王女は私にそんなことを言う。げっ! と思った直後、案の定背後の男子生徒たちが目を見開いて王女の顔を覗き込む。口々に、「王女殿下!」「どうぞ、お心を乱されませぬよう……!」「王女殿下には何一つ落ち度はございません!」などと声をかけはじめた。そして非難するように私を睨みつける。これじゃまるで、私が悪いみたいだ。
(……わざとやってるんじゃないかしら)
自分は悪くないと言われたくて。
あるいは、私を悪者にしたくて。
そんな思いが、一瞬脳裏をよぎった。けれど、午前中の女子生徒たちとのやり取りを、ふと思い出した。
(……ダメね。こんな風に卑屈に考えるのがいけないんだわ)
今日からは、新しい私で頑張るの。
過去を引きずるのも、暗い気持ちになるのももう嫌だ。……よし。
胸のうちでひそかに気合いを入れた私は、努めて穏やかな笑みを浮かべた。
「滅相もございません、王女殿下。私とフラフィントン侯爵令息との婚約解消は、二人と両家の問題でございます。どうぞ、そのようにお気になさらず」
エメライン王女とこんな風に口をきくのも初めてだというのに、なんだか嫌な雰囲気になってしまった。王女が気に病まずに済むよう、私は自分なりにフォローする。
すると王女は、しばらくの間その姿勢のままで私をじっと見つめ、ゆっくりと口角を上げた。
「……そう。そうよね。だってあなたは、サザーランド公爵家のクライヴ様とご婚約なさったのですものね。素敵なご縁があって、本当によかったわ。おめでとう」
「ええ。ありがとうございます、王女殿下」
王女がサザーランドの名を出した途端、彼女の周りにいる男子生徒たちの表情が変わった。皆睨みつけていた私から視線を逸らし、気まずそうな顔をする。「そうか。この女はもうサザーランド公爵令息の婚約者なんだよな」とでも言わんばかりだ。
そんなことを考えていると、突然王女が私の両手を取り、きゅっと力を込めて握った。
「っ!? あ、あの……」
「ねぇ、ロザリンドさん。よかったらこれからあたくしたちと昼食をご一緒しませんこと? なんとなく、以前からあなたとは仲良くなれそうな気がしていたの」
「……あ……。せっかくのお誘いですが……すみません、今日はクラスメイトたちと約束をしておりまして。もう食堂で待ってくれているんです。ですので、また別の機会に……」
申し訳なく思いつつもそう断ると、王女の瞳にまたもみるみる涙が溜まっていく。驚いた私は、思わず硬直した。
王女はそんな私の手をしっかりと握ったまま、目を伏せ声を震わせる。
「……そ……そうよね……。やっぱり嫌よね、フラフィントン様のお心を乱してしまったあたくしのことなんて……。あたくし、女の子のお友達があまりいないから、寂しくて。あ、あなたのような優しそうな方と仲良くなれたらって、ずっと思っていたのだけれど……」
「お、王女殿下……! そうではなくて、本当に今日だけは……」
ふと、「女子生徒と親しくなれないのは、いつもあなたの周りに男子生徒たちが侍っていて、声をかける機会さえ持てないからでは?」という疑問が頭をよぎったけれど、そんなこと当然口には出せない。
それよりも、王女が泣きそうだ。どうしよう。どうしよう……! これは不敬に当たるのかしら。だけど学園では生徒の誰もが対等の立場で接し、教育を受けることがこの学園のモットーで……。
けれど、王女と私を囲むように周囲に立っている男子生徒たちは今、全員が私を射殺すような視線で睨みつけてきている。
(皆が待ってくれているのに……約束を無視してでも、王女殿下と食事をするべき? ……ううん、やっぱりそんなの絶対に嫌だわ)
せっかくクラスメイトと仲良くなれるチャンスなのに。私はもう、誰かのために自分の学園生活を不当に犠牲にしたくはない。
私は勇気を出し、王女の手を握り返して言った。
「本当に、申し訳ございません、エメライン王女殿下。私にも大切な先約がございまして……! ですが、後日必ず! ご一緒させていただければと思います。せっかくのお声がけをお断りするのは、とても心苦しいのですが、どうか……」
必死でそう説得すると、王女の表情がまたころりと変わった。
「本当? じゃあ、明日こそいかがかしら? 中庭の一番奥のお席でお待ちしているわ! あたくし、あそこの席が好きなのよ。ね?」
(……ああ、以前上級生の女子生徒たちから替わってもらっていたあの席か)
あの時の光景を思い出し、なんとなく嫌な気持ちがよぎった。けれど、私は笑顔を作り王女に答える。
「承知いたしました。ありがとうございます。明日は必ず伺いますので」
すると王女は、大輪の白い花がふわりと開くように笑った。
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