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36. 疑い
皆が私を、驚愕に満ちた目で見つめている。ノエリスが「ローズ……」と呟きながら、私の腕にそっと手を伸ばす。
王女は口元を両手で覆い、私を見つめながら震える声で呟いた。
「そんな……どうしてあなたが……こんなことを……?」
彼女の空色の瞳に、みるみる涙が溜まっていく。そばにいるクライヴ様が何か言おうと一歩前に出た。けれど、焦った私はそれより早く口を開いた。
「ち、違います……! 私はエメライン王女殿下のブローチを持ち去ったりしておりません……! あの時見せていただいてお返ししてからは、一切触れてはおりません! 本当です!」
「じゃあなぜ、君のロッカーの一番奥に、隠すように置いてあったんだ」
王女のそばにいた騎士科の男子生徒が間髪を容れずにそう言うと、鋭い目つきで私を睨みつけた。その剣幕に怯みつつも、私は疑いを晴らすため勇気を振り絞った。
「そ、それは、分かりません……。ですが、私はガーデンパーティーが始まってから一度も、淑女科の校舎には立ち入っておりませんし……」
「嘘をつけ!! よくも堂々と……! 一人でどこかに向かっているのを、俺はしっかり見ていたぞ! 王女殿下や他の皆が花園に移動を始めた時、君だけが別方向に小走りで去っていった。不審に思っていたんだ」
「っ! それは……っ、近くの校舎に入っただけで……」
「ロザリンドさん……。フラフィントン様のことで、そんなにもあたくしを恨んでいらっしゃったの……?」
(……え……?)
一粒の涙をこぼし、エメライン王女が私を見つめそう言った。意味が分からずあ然としていると、王女は両手で顔を覆い、肩を震わせた。
「彼にいつも聞かされていたから、よく知っているわ。あ、あなたは、フラフィントン様のことを心の底から愛していらっしゃったのよね。情熱的なお手紙が三日とあけずに届くと、彼は言っていたわ。それなのに、フラフィントン様がこのあたくしのことを大切にしてくださったばかりに、あなたは深く傷付いたのよね。ごめんなさい。だけど……こんな手段を使ってうさを晴らすのはいけないわ、ロザリンドさん……」
「そうだ……!! 君のやっていることは重大な犯罪行為だぞ! 分からないのか!?」
騎士科の生徒が王女を援護するかのように、またも口を開いてそう叫んだ。ルパート様に、そんなにも情熱的なお手紙を送ったことなどない。手紙のやり取りは定期的にあったけれど、せいぜい数週間に一度くらい。それも互いの近況報告などが主だった。「早くお会いしたいですね」と書くことくらいはもちろんあったけれど、それは向こうも同様だ。今の言い方では、まるで私の方が一方的にルパート様に情熱を寄せていて振られ、それを王女のせいにし恨んでいるようではないか。
反論しようと口を開いてみるも、すぐさま王女に言葉を被せられる。
「……事実無根です。私は……」
「けれどあたくしは、あなたと仲良くしたかった……! だからあなたにだけは声をかけて、二人きりでランチをしたこともあったわよね? いつも冷たい視線をあたくしに向けてくるあなたの怒りが怖かったけれど、それでもあたくしは、あ、あなたに許してもらいかったから……!」
「王女殿下がこの者に許しを請う必要などございません! あなた様は何も悪くないのですから」
(冷たい視線……? そんな目で王女を見たことなんて、私は一度もないわ)
またも男子生徒がすばやく王女を庇い、私は追い詰められていった。学園長もマナー教師も、成り行きを見守りつつも私に鋭い視線を向けている。王女の護衛たちも同様だ。涙が滲んだ、その時だった。
「結論を出すには、いささか早すぎるんじゃないか」
落ち着いたその低い声は、クライヴ様のものだった。皆の視線が一斉に彼に注がれる。
「クライヴ様……?」
王女が不安そうに彼の名を呼んだ。
「ブローチがハートリー伯爵令嬢のロッカーから見つかったというだけで、彼女が盗んだと断定するのは乱暴だ。彼女以外にも、校内を自由に動いていた者は何人もいるじゃないか。そのように仕組む機会は、大勢の者にあった。そうだろう?」
お腹に響くような威厳に満ちた低い声が、中庭に響く。
彼が一言話すたびに、周囲の空気が凍るようだった。
「彼女を疑うのならば、他にも調べる必要がある者はいくらでもいる。たとえば──淑女科棟に足を踏み入れた者、ブローチを発見した者などな」
クライヴ様はそう言って、王女の後ろにいる男子生徒に氷のような冷たい視線を向けた。すると、彼の顔が露骨に引きつる。
その時、黙って見ていた学園長がようやく進み出て口を開いた。
「いずれにせよ、我々に断罪の権限はございません。できることは、あくまで事実確認までです。調査は王宮監察局に委ねるべきでしょう。感情に任せて一人の生徒をこの場で吊るし上げれば、王立学園の名に傷がつきます」
すると、王女の護衛の一人が皆を見回して声を上げた。
「大変申し訳ないが、このような事態になってしまった以上、ガーデンパーティーの参加者全員に事情聴取をする必要があります。監察局にも急ぎ連絡しますゆえ、皆様は一度大ホールへ移動願います」
その言葉を合図に、全員が戸惑った表情で移動を始めた。するとその時、クライヴ様が私の肩を抱き寄せるように手を添え、身をかがめた。彼の顔を見ると、その距離の近さに驚き、体温が上がる。
「何も心配しなくていい、ロザリンド嬢。君じゃないことは、ちゃんと分かっている」
「……クライヴ様……」
信じてくださっているんだ。そう思えた瞬間、張り詰めていたものが壊れるように、思わずぽろりと涙をこぼしてしまった。
彼はその手に一層力を込め、私の肩を強く抱いた。
「大丈夫だ。冤罪など決してかけさせはしない。しばらくの間、辛抱していてくれ。必ず君の無罪を証明してみせるから」
「……ありがとうございます、クライヴ様……」
その頼もしさと、私に対する絶対的な信頼が嬉しくて、心が震えた。皆の猜疑心に満ちた目に傷付いていた私の心に、クライヴ様の低く力強い声が沁みていく。
「……彼女を頼みます、オークレイン公爵令嬢」
「もちろん。お任せくださいませ」
そばで見守ってくれていたノエリスは、クライヴ様の言葉にそう返事をすると、そっと離れた彼の代わりのように、私の手を握ってくれた。
私はそのままノエリスとともに、大ホールへと移動したのだった。
王女は口元を両手で覆い、私を見つめながら震える声で呟いた。
「そんな……どうしてあなたが……こんなことを……?」
彼女の空色の瞳に、みるみる涙が溜まっていく。そばにいるクライヴ様が何か言おうと一歩前に出た。けれど、焦った私はそれより早く口を開いた。
「ち、違います……! 私はエメライン王女殿下のブローチを持ち去ったりしておりません……! あの時見せていただいてお返ししてからは、一切触れてはおりません! 本当です!」
「じゃあなぜ、君のロッカーの一番奥に、隠すように置いてあったんだ」
王女のそばにいた騎士科の男子生徒が間髪を容れずにそう言うと、鋭い目つきで私を睨みつけた。その剣幕に怯みつつも、私は疑いを晴らすため勇気を振り絞った。
「そ、それは、分かりません……。ですが、私はガーデンパーティーが始まってから一度も、淑女科の校舎には立ち入っておりませんし……」
「嘘をつけ!! よくも堂々と……! 一人でどこかに向かっているのを、俺はしっかり見ていたぞ! 王女殿下や他の皆が花園に移動を始めた時、君だけが別方向に小走りで去っていった。不審に思っていたんだ」
「っ! それは……っ、近くの校舎に入っただけで……」
「ロザリンドさん……。フラフィントン様のことで、そんなにもあたくしを恨んでいらっしゃったの……?」
(……え……?)
一粒の涙をこぼし、エメライン王女が私を見つめそう言った。意味が分からずあ然としていると、王女は両手で顔を覆い、肩を震わせた。
「彼にいつも聞かされていたから、よく知っているわ。あ、あなたは、フラフィントン様のことを心の底から愛していらっしゃったのよね。情熱的なお手紙が三日とあけずに届くと、彼は言っていたわ。それなのに、フラフィントン様がこのあたくしのことを大切にしてくださったばかりに、あなたは深く傷付いたのよね。ごめんなさい。だけど……こんな手段を使ってうさを晴らすのはいけないわ、ロザリンドさん……」
「そうだ……!! 君のやっていることは重大な犯罪行為だぞ! 分からないのか!?」
騎士科の生徒が王女を援護するかのように、またも口を開いてそう叫んだ。ルパート様に、そんなにも情熱的なお手紙を送ったことなどない。手紙のやり取りは定期的にあったけれど、せいぜい数週間に一度くらい。それも互いの近況報告などが主だった。「早くお会いしたいですね」と書くことくらいはもちろんあったけれど、それは向こうも同様だ。今の言い方では、まるで私の方が一方的にルパート様に情熱を寄せていて振られ、それを王女のせいにし恨んでいるようではないか。
反論しようと口を開いてみるも、すぐさま王女に言葉を被せられる。
「……事実無根です。私は……」
「けれどあたくしは、あなたと仲良くしたかった……! だからあなたにだけは声をかけて、二人きりでランチをしたこともあったわよね? いつも冷たい視線をあたくしに向けてくるあなたの怒りが怖かったけれど、それでもあたくしは、あ、あなたに許してもらいかったから……!」
「王女殿下がこの者に許しを請う必要などございません! あなた様は何も悪くないのですから」
(冷たい視線……? そんな目で王女を見たことなんて、私は一度もないわ)
またも男子生徒がすばやく王女を庇い、私は追い詰められていった。学園長もマナー教師も、成り行きを見守りつつも私に鋭い視線を向けている。王女の護衛たちも同様だ。涙が滲んだ、その時だった。
「結論を出すには、いささか早すぎるんじゃないか」
落ち着いたその低い声は、クライヴ様のものだった。皆の視線が一斉に彼に注がれる。
「クライヴ様……?」
王女が不安そうに彼の名を呼んだ。
「ブローチがハートリー伯爵令嬢のロッカーから見つかったというだけで、彼女が盗んだと断定するのは乱暴だ。彼女以外にも、校内を自由に動いていた者は何人もいるじゃないか。そのように仕組む機会は、大勢の者にあった。そうだろう?」
お腹に響くような威厳に満ちた低い声が、中庭に響く。
彼が一言話すたびに、周囲の空気が凍るようだった。
「彼女を疑うのならば、他にも調べる必要がある者はいくらでもいる。たとえば──淑女科棟に足を踏み入れた者、ブローチを発見した者などな」
クライヴ様はそう言って、王女の後ろにいる男子生徒に氷のような冷たい視線を向けた。すると、彼の顔が露骨に引きつる。
その時、黙って見ていた学園長がようやく進み出て口を開いた。
「いずれにせよ、我々に断罪の権限はございません。できることは、あくまで事実確認までです。調査は王宮監察局に委ねるべきでしょう。感情に任せて一人の生徒をこの場で吊るし上げれば、王立学園の名に傷がつきます」
すると、王女の護衛の一人が皆を見回して声を上げた。
「大変申し訳ないが、このような事態になってしまった以上、ガーデンパーティーの参加者全員に事情聴取をする必要があります。監察局にも急ぎ連絡しますゆえ、皆様は一度大ホールへ移動願います」
その言葉を合図に、全員が戸惑った表情で移動を始めた。するとその時、クライヴ様が私の肩を抱き寄せるように手を添え、身をかがめた。彼の顔を見ると、その距離の近さに驚き、体温が上がる。
「何も心配しなくていい、ロザリンド嬢。君じゃないことは、ちゃんと分かっている」
「……クライヴ様……」
信じてくださっているんだ。そう思えた瞬間、張り詰めていたものが壊れるように、思わずぽろりと涙をこぼしてしまった。
彼はその手に一層力を込め、私の肩を強く抱いた。
「大丈夫だ。冤罪など決してかけさせはしない。しばらくの間、辛抱していてくれ。必ず君の無罪を証明してみせるから」
「……ありがとうございます、クライヴ様……」
その頼もしさと、私に対する絶対的な信頼が嬉しくて、心が震えた。皆の猜疑心に満ちた目に傷付いていた私の心に、クライヴ様の低く力強い声が沁みていく。
「……彼女を頼みます、オークレイン公爵令嬢」
「もちろん。お任せくださいませ」
そばで見守ってくれていたノエリスは、クライヴ様の言葉にそう返事をすると、そっと離れた彼の代わりのように、私の手を握ってくれた。
私はそのままノエリスとともに、大ホールへと移動したのだった。
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