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24.平民の男(※sideミリー)
(まったく……一体何だって言うのよ!誰も彼もがこの私に説教ばかり!馬鹿どもが、偉そうに……。お父様も殿下も、私の価値が分からないわけ?!)
私は最高潮の苛立ちを覚えていた。夕食の席で父からも母からも説教され、挙げ句の果てには殿下までわざわざ私を呼び出して説教してきたのだ。しかも、……次に同じような報告を受けたら、婚約を、破棄する、ですって……?
ねぇ、馬鹿なんじゃないの?!
私との婚約を破棄したら、一体他に誰があんたに嫁ぐっていうのよ!私はフィールズ公爵家の優秀な方の娘なのよ!家柄、知性、教養、容姿の美しさ、全てを兼ね備えた理想の王族婚約者じゃないの。
そんなことも分からないのかしら。この国は貴族たちのみならず、王族まで馬鹿ばかりなの?!
(ああ、むしゃくしゃするわ…)
私が物心ついた時からこれまで、どれだけ必死で勉学に打ち込んできたと思っているの。やれることは何でもやったわ。座学はもちろん、ダンスのレッスンにテーブルマナー、そして諸外国独自のマナーまで諸々、全ては王太子妃になるためじゃないの!
それを……、この優秀さをもって王族に加わってやろうとしてるっていうのに……、感謝の気持ちを持ちなさいよね!私がこんなに賢く優秀でなければ、あんたはあの馬鹿な姉のアレイナを娶って苦労の連続だったはずよ!本当に馬鹿。馬鹿ばーっかり!
(今日は買い物デーよ。買い物しまくってストレスを発散してやるんだから)
私は休日の今日、ごく少数の護衛だけを連れて王都の中心地へ買い物に来ていた。今日は買いまくってやるんだから。ドレスにアクセサリーに、化粧品に靴に……、全部の店を回ってやるわよ。
そう思いながら颯爽と大通りを歩いていた、その時だった。
「うわっ!」
「きゃあっ!!……な、……何よこれっ!!」
突然みすぼらしいなりをした若い男が私にドンッとぶつかってきたかと思うと、そいつが持っていたコーヒーか何かの液体がドレスに思いっきりかかったのだ。熱くはないけれど、せっかくオシャレしてきたのに一瞬で台無しになってしまった。
「し、失礼いたしました、レディー」
「ちょっとぉぉ!謝って許されるものじゃないわよ!何なのよあなた!このドレスの価値が分からないの?!あなたなんかが一生働いたってねぇ……、……っ、」
私のドレスの裾の方をぼろきれのような布で拭いていた男がパッと顔を上げた。まるで舞台俳優のようなその端整な顔立ちに驚き、思わず声が詰まった。
「本当に……何と言ってお詫びしていいのか…。申し訳ない。全額弁償できるかは分かりませんが……俺にできる限りのことはしますので」
「……っ、」
立ち上がり、心底申し訳なさそうな顔で謝る男。背がスラリと高くて、肌は浅黒く、端整なその顔立ちは野性的だ。赤みがかった緩やかなウェーブの髪が、太陽の光を受けて輝いている。
同じ美男子とはいっても、殿下や貴族の男たちの気品ある風貌とはまるで違った。
「貴様……どこの者だ!名は何という。このお方はフィールズ公爵家のお嬢様なのだぞ!失礼な真似をしおって…」
「っ!ちょっと!いいから止めなさいよ!」
護衛がしゃしゃり出てきて男に文句を言い、暴力を振るおうとしたのを咄嗟に止める。
(……止める必要は……なかったかしら…)
「本当にすみません。俺はサミュエルといいます。しがないパン職人の男です。この辺りの店に納品が終わったので、休憩しようとそこの店でコーヒーを買って出たところで……こんな美しい方に、粗相をしてしまいました。……申し訳ない……」
「……っ、」
美しいと褒められて、思わずドキッとする。
(……ふん。見逃してもらおうと思っておべっか言ってるんだわ、どうせ。騙されないんだから……こんなみすぼらしい男に)
だけど…………
「…………別に、もういいわ。さっさと行きなさいよ」
「えっ、……い、いえ、ですが……」
「どうせあんたなんかには一生かかっても弁償できないって言ったでしょ?うちにとってはこんなドレス1枚ぐらい捨てても惜しくはないけどね。だからもういい」
「……っ!……ま、待って下さい!お願いです、せめて、何か俺にできる償いをさせてください。何か……そ、そこの店で、食事をご馳走する、とか…」
「は、…はぁっ?!」
男が近くにあったレストランを指差して言った。その言葉になぜだか私は頬が火照る。こいつ、何を言っているの?
「い、行かないわよ。あんな庶民向けの店なんか。もういいって言ってるでしょ!とっとと行って!邪魔なのよ。…行くわよ」
私は護衛たちに声をかけると、そそくさとその場を立ち去った。
「ミリーお嬢様、いかがいたしますか、お買い物は…」
「……もういい。今日は帰るわ。馬車に乗る」
どうせこんな格好じゃ長く歩けないもの。恥ずかしいわ。
帰りの馬車の中で、私はずっとさっき出会った無礼な男のことを考えていた。
一体何だったのかしら、あいつ。あんな人と話したの、生まれて初めてだったわ。
長身で、日に焼けたたくましい腕をしていて、ぼろきれみたいな服を着ていても何だかそれさえ様になっていた。
あんなに美丈夫で、もっと調子に乗っててもよさそうなものを……あんなに必死になって私のドレスを拭いて、あんな心配そうな顔で、私の目をじっと覗き込んで……。
(……おまけに、弁償できないと分かったら……食事を奢る?この私に?あんな庶民の古くさい店で?……ふふ、……馬鹿なんじゃないの)
変な男。もうきっと二度と会うこともないわね。
おめかしして家を出てきて、でもドレスが1枚台無しになった上に買い物三昧の予定までふいになったというのに。
なぜだか私は少しも不快ではなかった。
私は最高潮の苛立ちを覚えていた。夕食の席で父からも母からも説教され、挙げ句の果てには殿下までわざわざ私を呼び出して説教してきたのだ。しかも、……次に同じような報告を受けたら、婚約を、破棄する、ですって……?
ねぇ、馬鹿なんじゃないの?!
私との婚約を破棄したら、一体他に誰があんたに嫁ぐっていうのよ!私はフィールズ公爵家の優秀な方の娘なのよ!家柄、知性、教養、容姿の美しさ、全てを兼ね備えた理想の王族婚約者じゃないの。
そんなことも分からないのかしら。この国は貴族たちのみならず、王族まで馬鹿ばかりなの?!
(ああ、むしゃくしゃするわ…)
私が物心ついた時からこれまで、どれだけ必死で勉学に打ち込んできたと思っているの。やれることは何でもやったわ。座学はもちろん、ダンスのレッスンにテーブルマナー、そして諸外国独自のマナーまで諸々、全ては王太子妃になるためじゃないの!
それを……、この優秀さをもって王族に加わってやろうとしてるっていうのに……、感謝の気持ちを持ちなさいよね!私がこんなに賢く優秀でなければ、あんたはあの馬鹿な姉のアレイナを娶って苦労の連続だったはずよ!本当に馬鹿。馬鹿ばーっかり!
(今日は買い物デーよ。買い物しまくってストレスを発散してやるんだから)
私は休日の今日、ごく少数の護衛だけを連れて王都の中心地へ買い物に来ていた。今日は買いまくってやるんだから。ドレスにアクセサリーに、化粧品に靴に……、全部の店を回ってやるわよ。
そう思いながら颯爽と大通りを歩いていた、その時だった。
「うわっ!」
「きゃあっ!!……な、……何よこれっ!!」
突然みすぼらしいなりをした若い男が私にドンッとぶつかってきたかと思うと、そいつが持っていたコーヒーか何かの液体がドレスに思いっきりかかったのだ。熱くはないけれど、せっかくオシャレしてきたのに一瞬で台無しになってしまった。
「し、失礼いたしました、レディー」
「ちょっとぉぉ!謝って許されるものじゃないわよ!何なのよあなた!このドレスの価値が分からないの?!あなたなんかが一生働いたってねぇ……、……っ、」
私のドレスの裾の方をぼろきれのような布で拭いていた男がパッと顔を上げた。まるで舞台俳優のようなその端整な顔立ちに驚き、思わず声が詰まった。
「本当に……何と言ってお詫びしていいのか…。申し訳ない。全額弁償できるかは分かりませんが……俺にできる限りのことはしますので」
「……っ、」
立ち上がり、心底申し訳なさそうな顔で謝る男。背がスラリと高くて、肌は浅黒く、端整なその顔立ちは野性的だ。赤みがかった緩やかなウェーブの髪が、太陽の光を受けて輝いている。
同じ美男子とはいっても、殿下や貴族の男たちの気品ある風貌とはまるで違った。
「貴様……どこの者だ!名は何という。このお方はフィールズ公爵家のお嬢様なのだぞ!失礼な真似をしおって…」
「っ!ちょっと!いいから止めなさいよ!」
護衛がしゃしゃり出てきて男に文句を言い、暴力を振るおうとしたのを咄嗟に止める。
(……止める必要は……なかったかしら…)
「本当にすみません。俺はサミュエルといいます。しがないパン職人の男です。この辺りの店に納品が終わったので、休憩しようとそこの店でコーヒーを買って出たところで……こんな美しい方に、粗相をしてしまいました。……申し訳ない……」
「……っ、」
美しいと褒められて、思わずドキッとする。
(……ふん。見逃してもらおうと思っておべっか言ってるんだわ、どうせ。騙されないんだから……こんなみすぼらしい男に)
だけど…………
「…………別に、もういいわ。さっさと行きなさいよ」
「えっ、……い、いえ、ですが……」
「どうせあんたなんかには一生かかっても弁償できないって言ったでしょ?うちにとってはこんなドレス1枚ぐらい捨てても惜しくはないけどね。だからもういい」
「……っ!……ま、待って下さい!お願いです、せめて、何か俺にできる償いをさせてください。何か……そ、そこの店で、食事をご馳走する、とか…」
「は、…はぁっ?!」
男が近くにあったレストランを指差して言った。その言葉になぜだか私は頬が火照る。こいつ、何を言っているの?
「い、行かないわよ。あんな庶民向けの店なんか。もういいって言ってるでしょ!とっとと行って!邪魔なのよ。…行くわよ」
私は護衛たちに声をかけると、そそくさとその場を立ち去った。
「ミリーお嬢様、いかがいたしますか、お買い物は…」
「……もういい。今日は帰るわ。馬車に乗る」
どうせこんな格好じゃ長く歩けないもの。恥ずかしいわ。
帰りの馬車の中で、私はずっとさっき出会った無礼な男のことを考えていた。
一体何だったのかしら、あいつ。あんな人と話したの、生まれて初めてだったわ。
長身で、日に焼けたたくましい腕をしていて、ぼろきれみたいな服を着ていても何だかそれさえ様になっていた。
あんなに美丈夫で、もっと調子に乗っててもよさそうなものを……あんなに必死になって私のドレスを拭いて、あんな心配そうな顔で、私の目をじっと覗き込んで……。
(……おまけに、弁償できないと分かったら……食事を奢る?この私に?あんな庶民の古くさい店で?……ふふ、……馬鹿なんじゃないの)
変な男。もうきっと二度と会うこともないわね。
おめかしして家を出てきて、でもドレスが1枚台無しになった上に買い物三昧の予定までふいになったというのに。
なぜだか私は少しも不快ではなかった。
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