その令嬢、隠密なり〜白薔薇の公爵は黒薔薇の令嬢へ求愛する〜

千代に咲く

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第11話

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 破落戸達が捕縛され、警邏隊へと無事に引き渡されたあと。
 事態が収拾されてるや否や、すでに到着していた公爵家の馬車で帰宅の途についたルシアとレオナルド。

 馬車の中という、ある意味では普段よりも距離の近い上に狭い空間。
 
 ルシアは今回の一件でレオナルドへ心配を掛けたという申し訳なさが勝り落ち込んでいた。

 逆にレオナルドはルシアが自分を嫌いになったから出ていったのでは?!など、大騒ぎした自分が恥ずかしかった。
 冷静に考えれば、嫌われるほどの関わりも無かったのである。

「「…………」」

 ルシアも、レオナルドも、お互いに自分の行動に落ち込み、言葉を交わすことが出来ず沈黙を保っていた。


 結局、沈黙が続いただけの馬車は公爵家へと速やかに到着した。
 
 マリーナとサリィは既に別行動で先に帰っていた。
 そのため、何故か広間にはレオナルドとルシアの二人きりとなった。

 先ほどの広場での騒動が嘘のように、二人の間に重苦しい沈黙が続く。
 ルシアは、自分の軽率な行動でレオナルドに心配をかけたことが心底申し訳なかった。
 しかも、王城内で勤務中だったにも関わらず探し回り、駆け付けてくれたことをマリーナから聞いたのだ。
 ルシアは、レオナルドが自分をどれほど心配していたか、その暗い表情から痛いほど感じ取っていた。

「……怪我は有りませんか?」

 ルシアが先に改めて謝罪しようと口を開く前に、レオナルドが静かに尋ねた。

 レオナルドの静かな声音からルシアは自分に対する深い心配の色を感じ取った。

「私は大丈夫です、公爵閣下。
 怪我一つしておりません。
 その、今回は私の軽率な行動のせいで、本当に申し訳ありませんでした!」

 ルシアは深々と頭を下げた。
 レオナルドは、ルシアの心から反省している気持ちを感じ取った。
 許されることならば、ルシアを抱き締め、その無事を確認したかった。
 しかし、そんな自分の気持ちよりも、まずはルシアを安心させることが先決だと感じていた。

「よかった……。
 シュバルツ嬢が無事で本当に良かった。」

 安堵の気持ちがこもったレオナルドの一言。

「公爵閣下……」

 ルシアから見てレオナルドの顔色はまだ青白く感じた。
 そんなレオナルドの様子にルシアは不安を募らせる。

「あの……やはり私のせいでどこか怪我をされたのでは……?
 本当にすみません……私が投げ飛ばしたりしたから……公爵閣下のすぐそばに……」

 ルシアは、自分がレオナルドのすぐ近くに破落戸を投げ飛ばしてしまったことを後悔していた。
 まさかレオナルドがそんな間近にいるとは思いもしなかったのだ。

 しかし、そんなことは言い訳だと自分をルシアは戒める。

「そんな事はどうでもいいのです。」

 レオナルドはルシアの言葉を遮り、初めてルシアを真っ直ぐに見つめた。
 その瞳には、切迫した真剣な光が宿っていた。
 レオナルドの心の中には、ルシアを失うかもしれないという恐怖が、まだ生々しく残っていた。

「シュバルツ嬢、お願いします。
 出かける時は必ず護衛を連れて行ってください。
 いえ、護衛ではなく、私が付き添います。
 だから決して一人で出歩かないでほしい。
 貴女に何かあったら、私は……私はどうすればいいのか……」

 レオナルドの言葉は、普段の彼からは想像できないほど感情的だった。

「公爵閣下……」

 レオナルドの声は、微かに震えていた。
 ルシアはレオナルドの真剣な言葉に、どう返すべきか迷った。
 彼の言葉には、以前の「形式上の婚約者」に対するものとは違う、深い感情が込められているように感じたからだ。

「でも……多忙な公爵のお時間を奪うわけにはいきませんし……それに、その……閣下の想い人に誤解されてしまっては……」

 ルシアの言葉に、公爵の顔に焦りがにじむ。
 レオナルドは、自分の真意が全く伝わっていないことに焦りと微かな苛立ちを覚えた。

「誤解なんてされません!
 私はっ……私は貴女が一人で屋敷を出た、破落戸に絡まれていると聞いた時、生きた心地がしなかった……!
 貴女に何かあったらと考えると、気が狂いそうだった!」

 レオナルドはさらに言葉を続ける。
 それはレオナルドの心からの叫びだった。

「私が公爵である以上、恨みを買うこともあります。
 そんな輩に貴女が狙われたり、人質に取られたり……。
 言いたくはありませんが、命を失う可能性だってある。
 だから……どうか、お願いです。
 私に貴女を守らせてください。
 貴女の隣にいることを許してくれませんか……?」

 真摯な瞳で、縋るように訴えかけてくるレオナルドに、ルシアは不思議で仕方なかった。

 なぜ、ここまで自分に言ってくれるのだろう……?

 まるで……これでは自分が、公爵の想い人のようではないか、と。
 ルシアの頭の中で、疑問符がいくつも飛び交う。

「どうして……そのように仰ってくださるのですか?
 私はあくまでも公爵閣下の恋人の隠れ蓑ですし……」

 ルシアの言葉に、レオナルドはカッと目を見開いた。
 まだ「隠れ蓑」という誤解が解けていなかったことに、絶望的な気持ちになる。

「私は決して貴女の、ルシアの事を隠れ蓑などと思っていません!
 わ、私は……貴女の事を……あっ……あい……」

 レオナルドは、言葉を紡ごうとしてモゴモゴと口ごもる。
 頬だけでなく、耳まで赤く染まっていた。
 レオナルドは、今ここで「愛している」と告白しようとしていたのだ。

 ……しかし、その言葉は彼の喉元で詰まってしまった。

 そのレオナルドの様子にルシアは首をかしげる。

 レオナルドの言葉に詰まった様子が、何だか焦っているように見えたのだ。

「あっ……あい……?
 (……?
 公爵閣下は何を言い淀んでいるのかしら……?
 何かとても言い辛いこと……?
 公爵という身分が関係している?
 隠れ蓑という言葉に反応して顔を赤くするほどに焦っている……?)」

 その「言いづらそう」な態度が、ルシアの「迷推理」をさらに加速させることになった。

「(公爵は隠れ蓑ではないと言った……?
  しかし、何故かしら?
 何だかとっても言いづらそうだし……もしかして……公爵家として外聞が悪いことでもあるのかしら?
 私との婚約は、あくまでも公爵が自身の恋愛を隠すためだったはず……それが、もし、相手が男性だとしたら……?)」

 そこまで考えて、ルシアはふと、先ほど広場で一緒に現れた一人の護衛騎士のことを思い出した。

 レオナルドに駆け寄った時、側にいた護衛騎士の一人が何だか公爵と距離が近くて、気安そうに見えた気がする……?
 他の護衛騎士達よりも抜きん出て気安く、信頼し合っていたような印象が……?

 しかも、その騎士は公爵を見る目が、妙に熱っぽかったような……?

「(……まさかっっ?!)」

 ルシアの頭に、キュピーンッ!と閃きが走り、背後には稲妻のような衝撃が走った。

 これだ!!とばかりに、ルシアはガシッと公爵の手を握った。

「わかりましたわ!」

「はっ?!
 えっ……な、何がっ……!?」

 その突然の熱い感触に、公爵は驚きに目を見開いた。

「わ、わかったとは何を……?
 まさか私の気持ちが……」

 ルシアの突然の行動に、レオナルドは驚いて目を丸くする。

 レオナルドはルシアがやっと自分の気持ちを察してくれたのでは、と思ったのだ。
 レオナルドの心は、ルシアへ心が通じた!と奇跡が起こったかのように躍り上がった。

「公爵閣下!
 公爵家としては世継ぎの問題もありますから、外聞が悪いかもしれません!
 でも、そんなものは親戚筋から養子に来てくれる子を探せば万事解決ですわ!
 同性が恋愛対象の方は少なくないと聞きます!
 お二人の間に愛があり、貴族としての責務を果たしているならば何の問題があるのでしょう!
 私は、お二人の愛を心から応援いたします!」

「は……?」

 レオナルドは呆然とした顔でルシアを見る。

 レオナルドの期待は、あっという間に粉々に砕け散った。
 その脳裏には、ルシアの言葉が「同性……恋人……応援……」という単語で繰り返されるばかりだった。

「安心してください!
 私が公爵閣下の偽装婚約者として、精一杯お二人の愛の隠れ蓑になりますから!
 この度は騒がせてしまい申し訳ありませんでした!
 私も、これからは堂々とお二人の仲を公にできるように、精一杯努力します!」

 ルシアは満面の笑顔で言い放ち、そのままくるりと身を翻して部屋へと入っていく。

「え……?
 ちょ、ちょっと待って……え?」

 目の前でパタリと閉まるドア。

 レオナルドは、その場で打ちのめされたように立ち尽くした。

「旦那様……」

「…………」

 影から現れたセバスチャン、マリーナとサリィは気の毒そうな表情を浮かべていた。
 三人は、公爵のあまりに不憫な姿に、かける言葉も見つからなかった。

「え……?
 今のはどういう……?
 アストル、マリーナ…、誰か私に説明してくれないか……?」

 レオナルドは、一番ルシアの性格を把握しているであろうサリィへと目を向けた。

 ……その目は、縋るような色をしていた。

 そんなレオナルドの様子にマリーナとサリィは顔を見合わせる。
 トドメを刺すべきか否か……。

「おそらくルシア様は勘違いされているかと存じます。
 その……旦那様と……あの騎士様、ハロルド様が恋人同士だと。」

「は………!?」

 トドメの一撃を放ったのはサリィだった。
 
 サリィの告げた真実にレオナルドの声にならない悲鳴が、公爵邸にこだました。

「旦那様……強く生きてくださいませ。」

「あの場で躊躇うべきでは有りませんでしたな、旦那様。」

 アストルとマリーナは、主人の前途多難さを改めて痛感し、深々とため息をつくのだった。

 ルシアの誤解が解ける日は、一体いつ来るのだろうか……?

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