その令嬢、隠密なり〜白薔薇の公爵は黒薔薇の令嬢へ求愛する〜

千代に咲く

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第21話

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 美味しいケーキを飲み込みながら、ルシアはレオナルドの問い掛けに答える内容を考える。

 流石に、自身の隠密としての訓練の詳細は、レオナルドに語る内容ではないだろう。

「……そうですね……乗馬や武術など、体を動かすことは大好きです。
 その、私が習得しているのは名前の有る武術と言うほどのものではありません。
 あえて言いますならば護身術……的な?
  あくまでも嗜む程度では有りますが……
(……幼い頃から石を背負ってガッツリ修練を積んでいますとは言いにくいし……。
 それは……ノワールの隠密としての訓練だもの。
 表世界に属する公爵には、ふんわりとした表現くらいがちょうどいい……のかな?)」

 ルシアは、自身の特殊な訓練については隠し、あくまで「嗜む程度」という表現を選んだ。
 あまりにも詳細な訓練内容を語っては、レオナルドが困惑すると判断したのだ。

「確かに……。
 思い出したくも有りませんが、街で貴女が破落戸を相手に立ち向かった際の体裁き。
 一朝一夕で身につくものでは有りません。
 並の騎士よりもよほど手慣れた動きでした。」 

 レオナルドはあの日の光景を思い出し、感心したように頷いた。
 もともとルシアの戦闘能力の高さはレオナルドも知っていた。
 
 ルシアの戦う姿は、何度見ても夜の女神が舞うように美しいとレオナルドは思っていた。
 最も、戦う姿は美しいと思うレオナルドだが、ルシアを危険に晒したくないため何度も見たいとは思わない。

「幼い頃より仕込まれていますから。
 母が護身術として教えてくれたんです。」 

「得意なことがあるのは素敵なことですね。」

 素敵ですね、と笑うレオナルドにルシアは首を傾げてしまった。

「いやではないのですか?」

「え?」

「婚約者が、いえ、女が武術を嗜んでいることが?」

 ルシアの問いかけにキョトンとした顔を披露するレオナルド。

「あ……(しまった……!)」

 思わず口から飛び出た問いかけにしまったと内心で舌打ちをするが、一度飛び出した言葉は取り消せない。

「すみません、私ったら……つい。
 レオナルド様、今の言葉はお忘れください。」

「武術を嗜んでいたことで嫌な思い出でも有るのですか? 
 ルシアが嫌でなければですが……もし宜しければ、私に教えて頂けないでしょうか?」

 慌てて訂正するルシアに対して、気遣わしげな眼差しを向けるレオナルド。
 その瞳には、ルシアを気遣うレオナルドの深い優しさが宿っていた。

「えーっと……レオナルド様が想像しているような事は私本人には無いと言いますか……。
 でも、男性の中には自分より武術に秀でている異性を毛嫌いしたり、下に見る方は一定数いると言いますか……」

 心底わからないといった表情のレオナルドに、ルシアは笑ってしまいそうになる。

「(そうね……少し、少しだけ家族の話をしてみようかしら……?)」

 ルシアはレオナルドの反応に微笑み、青空を見上げた。
 そして……少しだけ家族の昔話をすることにした。

 これは、ルシアにとって、レオナルドに自分の過去を打ち明ける初めてのことだった。

「……私の母は代々騎士の家系に生まれました。
 才能に満ち溢れていましたが、騎士になることは望まず一般的な貴族の令嬢として生きていました。
 ただ……ある日、結婚を控えた母の姉を襲撃者が襲いました。
 母は戦えない姉を守るために剣を取り、その身を盾として戦いました。」

「…………」

 レオナルドは真剣な表情でルシアの話を聞いている。
 その瞳は、ルシアの一言一句を逃すまいと、集中していた。

「襲撃者は駆け付けた騎士達にすぐに取り押さえられました。
 しかし、襲撃者の初めの一太刀から姉を庇った母の顔には大きな傷が出来ました。」

「それは……」

 レオナルドは言葉を詰まらせた。

 ルシアの母ということは二十年以上昔の話だ。
 当時の貴族社会において、女性の顔の傷は婚約や結婚に今よりも大きな影響を与えることを知っていたからだ。

「年若い令嬢の顔に傷です。
 どうなるかなんて火を見るよりも明らか。
 実際に母は当時の婚約者に、持参金を上乗せしなければ婚約破棄だと脅されました。
 婚約者やその両親からは多少武術を習っただけの小娘が馬鹿な真似をしたものだ、と嗤われたそうです。
 母が若い頃は今よりも女性の騎士は少なかった。
 その分、女性が武術に秀でている、嗜んでいることを軽んじる方々は多かった時代ですから。」

 沈痛な面持ちなレオナルドに、ルシアはここからが良い話なんだと笑顔を向ける。

「そんな当時の婚約者と婚約者の両親に対して、母は『傷如きでグズグズ言う下衆は好かん!失せろっっ!』と一喝したそうです。
 母の両親も、当時の婚約者の顔面に婚約破棄を了承する書類を叩きつけたと笑っていました。」

 虚を突かれたように目を瞬かせるレオナルドが可愛い。
 ルシアは、格好いい顔なのに可愛いって反則じゃないだろうか?

「そんな苛烈な母に結婚を申し込んだのが父でした。
 格下の男爵家の当主ですし、決して見てくれもいいとは言えない研究バカです。」

「こ、酷評ですね。」

 レオナルドがルシアの父親への評価に思わず吹き出す。
 
「いいえ、父は人として格好いいのです。
 顔の傷の有無は関係なく、家族を守るために立ち向かえる優しさと強さを持った母に惚れました!だそうです。
(まあ、父の言葉を受けて顔の傷云々といって脅してきた伯爵家とはスッパリ縁を切ったそう。
 顔の傷程度で喧しい男などこちらから願い下げだと一家総出で追い立てて。)」

 冗談交じりに語ったルシアの家族の過去。
 それを興味を持って聞いてくれるレオナルドがルシアは嬉しかった。

「まあ、そんな事もあった苛烈な一面を持つ母ですので、老若男女関係なく自分の身は自分で守れと。
 シュバルツ家の家訓は一に自衛防衛、二に生存反撃、三に迎撃報復、四に手段を選ばず殺られる前に殺れ!です。」

「なかなか過激ですね……」

「(嘘は言ってない、嘘は。
 薔薇の家紋を持つ公爵家相手でも、代々の続く隠密としての特訓内容については詳しく言えませんし……。
 第一、何よりも説明が面倒くさい……。)」

 ルシアは困ったように返すレオナルドを見て、内心で付け加えた。

「(……今ならば……素直に答えてくれるかしら?)」

 そんなレオナルドに今なら聞けるかもしれない、とルシアは尋ねた。

「あの……もし宜しければなのですが、どうして私を結婚相手に選んだかを教えて頂けませんか? 
 失礼ですが、私以外にも適任の方は居たのではないかと思って……」

 そう、ルシア以上にあの騎士とレオナルド、二人の関係に理解を示す令嬢は居たはずだ。

 ルシアの利点はノワールのことを知らないならば、王女殿下と親しいこと、格下の伯爵家であることくらい。

 しかし、レオナルド本人より告げられてはいないが、薔薇の家紋を持つ公爵家の当主は代々ノワールについて申し送る習わしがある。

 それを利点ととるか、欠点ととるかはレオナルド次第だろう。

 だが、ルシアは思うのだ。

 第一王位継承権を持っている王女殿下と親しい隠密の女。
 王家の許可のもとで動くノワールの一人を手に入れて何になる?

 王の命でなければ動かないノワールなどよりも、公爵家のために命を尽くす配下の方が余程使い勝手がいい。

 そう考えれば……レオナルドがルシアをわざわざ選ぶ理由は無くなるのだ。

「(……いつ寝首をかくともしれない……血塗れの、傷物の女を手に入れて何になるの?
 公爵は知らない?知っている?
 ……知らないでしょうね。
 私の背中にある大きな傷痕なんて。)」

 ルシア本人も原因を覚えていない傷痕がズキリと痛んだ気がした。
 初めての任務の時に受けた傷がもとで高い熱を出したらしいルシア。
 やっと熱が下がったのは数日後のことで、初任務の内容はすっぽりと抜け落ち今に至る。

「(やっぱり恋人の盾にするには、頑丈な方が都合が良かったのかしら……?)」

「ルシア、何故かすごく不名誉な勘違いをされていると感じたのは気の所為でしょうか?」

 答えてもらえないことを全体に質問していたルシアは、レオナルドの声に目を瞬かせる。

「まずここが一番重要です。
 ルシア、よーく聞いてください!
 良いですか?
 私にはルシアにも、世間にも隠したい恋人はいません!
 そのため、必然的に貴女と偽装結婚して隠れ蓑とする必要は有りません。」

「え……? ええっ?! 
 私って隠れ蓑では無いのですかっっ?!」

「違いますっ! 
 私は貴女を隠れ蓑にしようと思ったことなど一度も有りません!」

 驚くルシアに畳み掛けるように必死な形相で否定するレオナルド。

「そして、私の女性関係についての噂の数々について釈明します!
 これも私が悪いのですが、公爵家としての社交辞令や父の友人関係などで会った女性達はいます。」

 ルシアの様子を伺いながらレオナルドは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。

「当時は婚約者もいませんでしたので、それを目的に近付いてくる女性達が多かったのです。
 これは決して自慢ではありません!
 私は彼女達に全く!
 小指の甘皮ほども興味がありません!
 ですが、一度は会わないと父が面倒極まりないため、適当に相手をしていたんです。
 誓って言いますが、噂のような真似は一切していません!
 誰かと褥を共にしたことも断じて!決して!有りません!」

「そ、そうなのですか……」

 必死に女性関係を否定するレオナルドに、ルシアは少し引いてしまう。

「適当に相手をした女性達に背ビレ尾ヒレを付けて噂を流され……。
 仕事には影響しませんでしたので、放置していた結果があのような噂に育ちました。」

「(でも……本当だったら余計になんで私?
 腕っぷし以外に自慢できるものは無いんだけど……)」

 レオナルドの釈明を聞けば聞くほどに分からなくなるルシアが選ばれた理由。

「ルシア、私が貴女を婚約したいと望んだ理由。
 私は貴女が……」

 真剣な眼差しを向けるレオナルドにルシアはドキリとする。

「私は貴女のことを愛……」

「……?」

 まっすぐにルシアを見詰め、意を決したレオナルドが言葉を続けようとしたその時。

 レオナルドの背後に人影が現れ、ルシアは首を傾げた。

「ご歓談のところを失礼致します、旦那様。」

 ルシアへと何かを告げようとした公爵の言葉を遮って…………まさかのアストルが現れたのだった。

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