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トンネルRTA

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 田舎の夜は真っ暗だ。それが誰も通らない道路の突き当りともなれば更に暗い。夏だと言うのに田んぼの蛙も林の虫も鳴いていない。静かな夜だ。そんな中で俺は一人黙々とカメラの準備をしていた。


「み、皆さん。ここが地元で噂のトンネルです」


 奇麗に舗装された道路の先には、ガードレールで通行止めされたトンネルが大きな口を開けていた。トンネルが開通してから十年が経ったと言うのに、トンネルは封鎖されている。地元では様々な噂が上っていた。


 古い社を壊して強行したので、山神様がお怒りだ。


 トンネル工事で人が亡くなり、その幽霊が出る。


 トンネルは異界に繋がっていて、行ったら戻ってこられない。


 突貫工事だった為に崩落の危険があって国土交通省から許可が下りなかった。


 様々な噂が、駅前に一軒だけある食堂で酒の肴に上るが、そのどれも一貫性が無かった。では確かめよう。などと馬鹿な真似をする者は、自分以外にいない。


 俺は配信者をしている。「している」と偉そうに言えるだけのPV数を稼げていないけれど、配信している動画の質は高いと自負している。…………この間は、「クソつまんねえ、配信辞めろ」ってリプが来たけど。


 面白いんだよ。クソゲーやって☆1批評したり、いらない物注文して、難癖付けて返品したり、有名な商品買って、クソ不味いとか笑い飛ばすの。皆もやってみたら? 快感だよ。


 それで、リスナーから「お前発信で何もしてないだろ?」ってクソリプが来て、ああ、マジこいつ分かってないな。って思ってさあ。俺の実力を見せ付けてやろうと思った訳。それで今回地元で有名なトンネルに来たんだけど。


「い、いやあ、流石に夜のトンネルは雰囲気あるなあ」


 声が震えている? そんな訳ない。まあ、幽霊の一人? 一体? でも見付かれば、俺ってば益々有名になっちゃうなあ。


「では、行きましょう」


 俺はガードレールを乗り越えて、恐る恐るトンネルへと入っていく。月明かりのないトンネルは、外より更に暗くて、持ってきたライトでも全体を見通す事は出来なかった。


 俺は一步一步じりじりとトンネルを進む。怖がっている? そうじゃない。噂にあっただろう。崩落するかも知れないって。そうなった時の為に、いつでも逃げられる準備をしているだけだ。


 だけどそんなものは杞憂だった。結論から言えば、トンネルで幽霊に遭遇するなり、UMAに遭遇するなり、危険な目に遭う事は無かった。


 トンネルの向こうには田畑が広がっていた。向こうではまるで聴こえなかった蛙や虫の声も聴こえてくる。


「な、何だあ、残念だなあ。面白い画が撮れると思っていたんだけどなあ」


 全く、地元の奴らは何をあんなに怖がっていたのか。俺は、これでは撮れ高は知れたものだな。と思いながら来た道を引き返していったのだった。


「…………あれ?」


 おかしいと気付いたのは、トンネル内の道がうねっていたからだ。来た時はこんなに歪んでいなかったはずだ。右へカーブしていたり、かと思えば左へカーブしていたり、上りがあったり下りがあったり、何なら別れ道まである。来た時は一本道だったのに。


 明らかな変化に、俺のカメラを持つ手は興奮して震えていた。決して怖くて震えていた訳じゃない。本当の本当だ。だがそんな興奮も長くは続かなかった。カメラのバッテリーが切れかかったからだ。向こうに着いた時にはバッテリーは80%はあったはずだ。それがトンネルの途中でもう切れかけている。これだから某国製は駄目だな。と俺がカメラのバッテリーを交換しようとした時、ライトが切れた。


「うわっ!?!」


 いきなり世界が真っ暗になり、俺は思わずカメラとライトを落としてしまった。ガシャンと何かが壊れる音がした。


 最悪だ。俺は真っ暗なトンネルの中で光を全て失ってしまったのだ。せめてカメラの中のメモリーカードが無事である事を祈り、俺はカメラとライトをリュックにしまって先に進む事にした。え? 朝まで待てば光が差し込んでくるんじゃないかって? ここがトンネルの端に近いのならばともかく、もしも真ん中辺だったらどうだ。それにトンネルの構造は既に変化している。光は届かず、いつまでも真っ暗なままの可能性は十分ある。そんなの耐えられない。


 俺は両手をトンネルの壁に付け、それを頼りに先に進んだ。凄いだろう? 勇敢だろう? ああ、この姿を誰にも見せられないのが残念だ。そうやって自分を鼓舞しながら進んだ。


 進んで進んで足が痛くなったら休憩し、進んで進んで喉が渇いたらリュックから水を取り出し飲み、進んで進んで腹が減ったらエナジーバーで腹を満たし、進んで進んで眠気に襲われればリュックを腹に抱えて眠り込んだ。


 おかしいな? 俺はもう何日このトンネルを進んでいるのだろう? そこで俺は思い出した。噂の一つに、トンネルが異界に繋がっていて、帰ってこられない。と言うものがあった事を。もしもそれが本当だったとしたら。


 俺は来た道を振り返る。もしかしたら戻ればさっきの田畑に辿り着けるかも知れない。田畑もあったのだから、人がいるはずだ。そうするべきか? いや、もしかしたらもう戻る事も出来なくなっているかも知れない。それにここまで来たのだ。もう少しで出口に辿り着くかも知れないじゃないか。


 そうやって俺は俺を誤魔化し、もう少し、もう少しを続けて、更に数日、いや、数ヶ月、もしかしたら一年をトンネルの中で過ごしたかも知れない。不思議な事にエナジーバーと水は無くならなかったので、それで餓えと渇きは癒せていたが、精神は日に日に摩耗していった。


 もう死にたい。いつからかそう考えるようになっていた。それでも足は先に進もうとして止まらなかった。それはまるで誰かに操縦されているかのようで、腹が減ればエナジーバーを食し、喉が渇けば水を飲む。そして眠くなれば眠るのだ。


 そしてその時は来た。トンネルの先に光が見えたのだ。やった。帰れる。今まで死にたいと思っていたのが不思議な程に俺の心は高揚し、進む足取りは軽くなった。何なら本当に地に足が付いていないと感じる程だ。下を見たら、落とし穴が口を開けていた。


「うわああああああああああ!?」


 驚愕と恐怖がないまぜになった感情とともに俺はその声を聴いた。


『これやっぱりクソゲーだな』


 そして俺はいつの間にか田畑のあるトンネルの向こう側に立っていたのだ。

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