29 / 154
トンネルRTA
しおりを挟む
田舎の夜は真っ暗だ。それが誰も通らない道路の突き当りともなれば更に暗い。夏だと言うのに田んぼの蛙も林の虫も鳴いていない。静かな夜だ。そんな中で俺は一人黙々とカメラの準備をしていた。
「み、皆さん。ここが地元で噂のトンネルです」
奇麗に舗装された道路の先には、ガードレールで通行止めされたトンネルが大きな口を開けていた。トンネルが開通してから十年が経ったと言うのに、トンネルは封鎖されている。地元では様々な噂が上っていた。
古い社を壊して強行したので、山神様がお怒りだ。
トンネル工事で人が亡くなり、その幽霊が出る。
トンネルは異界に繋がっていて、行ったら戻ってこられない。
突貫工事だった為に崩落の危険があって国土交通省から許可が下りなかった。
様々な噂が、駅前に一軒だけある食堂で酒の肴に上るが、そのどれも一貫性が無かった。では確かめよう。などと馬鹿な真似をする者は、自分以外にいない。
俺は配信者をしている。「している」と偉そうに言えるだけのPV数を稼げていないけれど、配信している動画の質は高いと自負している。…………この間は、「クソつまんねえ、配信辞めろ」ってリプが来たけど。
面白いんだよ。クソゲーやって☆1批評したり、いらない物注文して、難癖付けて返品したり、有名な商品買って、クソ不味いとか笑い飛ばすの。皆もやってみたら? 快感だよ。
それで、リスナーから「お前発信で何もしてないだろ?」ってクソリプが来て、ああ、マジこいつ分かってないな。って思ってさあ。俺の実力を見せ付けてやろうと思った訳。それで今回地元で有名なトンネルに来たんだけど。
「い、いやあ、流石に夜のトンネルは雰囲気あるなあ」
声が震えている? そんな訳ない。まあ、幽霊の一人? 一体? でも見付かれば、俺ってば益々有名になっちゃうなあ。
「では、行きましょう」
俺はガードレールを乗り越えて、恐る恐るトンネルへと入っていく。月明かりのないトンネルは、外より更に暗くて、持ってきたライトでも全体を見通す事は出来なかった。
俺は一步一步じりじりとトンネルを進む。怖がっている? そうじゃない。噂にあっただろう。崩落するかも知れないって。そうなった時の為に、いつでも逃げられる準備をしているだけだ。
だけどそんなものは杞憂だった。結論から言えば、トンネルで幽霊に遭遇するなり、UMAに遭遇するなり、危険な目に遭う事は無かった。
トンネルの向こうには田畑が広がっていた。向こうではまるで聴こえなかった蛙や虫の声も聴こえてくる。
「な、何だあ、残念だなあ。面白い画が撮れると思っていたんだけどなあ」
全く、地元の奴らは何をあんなに怖がっていたのか。俺は、これでは撮れ高は知れたものだな。と思いながら来た道を引き返していったのだった。
「…………あれ?」
おかしいと気付いたのは、トンネル内の道がうねっていたからだ。来た時はこんなに歪んでいなかったはずだ。右へカーブしていたり、かと思えば左へカーブしていたり、上りがあったり下りがあったり、何なら別れ道まである。来た時は一本道だったのに。
明らかな変化に、俺のカメラを持つ手は興奮して震えていた。決して怖くて震えていた訳じゃない。本当の本当だ。だがそんな興奮も長くは続かなかった。カメラのバッテリーが切れかかったからだ。向こうに着いた時にはバッテリーは80%はあったはずだ。それがトンネルの途中でもう切れかけている。これだから某国製は駄目だな。と俺がカメラのバッテリーを交換しようとした時、ライトが切れた。
「うわっ!?!」
いきなり世界が真っ暗になり、俺は思わずカメラとライトを落としてしまった。ガシャンと何かが壊れる音がした。
最悪だ。俺は真っ暗なトンネルの中で光を全て失ってしまったのだ。せめてカメラの中のメモリーカードが無事である事を祈り、俺はカメラとライトをリュックにしまって先に進む事にした。え? 朝まで待てば光が差し込んでくるんじゃないかって? ここがトンネルの端に近いのならばともかく、もしも真ん中辺だったらどうだ。それにトンネルの構造は既に変化している。光は届かず、いつまでも真っ暗なままの可能性は十分ある。そんなの耐えられない。
俺は両手をトンネルの壁に付け、それを頼りに先に進んだ。凄いだろう? 勇敢だろう? ああ、この姿を誰にも見せられないのが残念だ。そうやって自分を鼓舞しながら進んだ。
進んで進んで足が痛くなったら休憩し、進んで進んで喉が渇いたらリュックから水を取り出し飲み、進んで進んで腹が減ったらエナジーバーで腹を満たし、進んで進んで眠気に襲われればリュックを腹に抱えて眠り込んだ。
おかしいな? 俺はもう何日このトンネルを進んでいるのだろう? そこで俺は思い出した。噂の一つに、トンネルが異界に繋がっていて、帰ってこられない。と言うものがあった事を。もしもそれが本当だったとしたら。
俺は来た道を振り返る。もしかしたら戻ればさっきの田畑に辿り着けるかも知れない。田畑もあったのだから、人がいるはずだ。そうするべきか? いや、もしかしたらもう戻る事も出来なくなっているかも知れない。それにここまで来たのだ。もう少しで出口に辿り着くかも知れないじゃないか。
そうやって俺は俺を誤魔化し、もう少し、もう少しを続けて、更に数日、いや、数ヶ月、もしかしたら一年をトンネルの中で過ごしたかも知れない。不思議な事にエナジーバーと水は無くならなかったので、それで餓えと渇きは癒せていたが、精神は日に日に摩耗していった。
もう死にたい。いつからかそう考えるようになっていた。それでも足は先に進もうとして止まらなかった。それはまるで誰かに操縦されているかのようで、腹が減ればエナジーバーを食し、喉が渇けば水を飲む。そして眠くなれば眠るのだ。
そしてその時は来た。トンネルの先に光が見えたのだ。やった。帰れる。今まで死にたいと思っていたのが不思議な程に俺の心は高揚し、進む足取りは軽くなった。何なら本当に地に足が付いていないと感じる程だ。下を見たら、落とし穴が口を開けていた。
「うわああああああああああ!?」
驚愕と恐怖がないまぜになった感情とともに俺はその声を聴いた。
『これやっぱりクソゲーだな』
そして俺はいつの間にか田畑のあるトンネルの向こう側に立っていたのだ。
「み、皆さん。ここが地元で噂のトンネルです」
奇麗に舗装された道路の先には、ガードレールで通行止めされたトンネルが大きな口を開けていた。トンネルが開通してから十年が経ったと言うのに、トンネルは封鎖されている。地元では様々な噂が上っていた。
古い社を壊して強行したので、山神様がお怒りだ。
トンネル工事で人が亡くなり、その幽霊が出る。
トンネルは異界に繋がっていて、行ったら戻ってこられない。
突貫工事だった為に崩落の危険があって国土交通省から許可が下りなかった。
様々な噂が、駅前に一軒だけある食堂で酒の肴に上るが、そのどれも一貫性が無かった。では確かめよう。などと馬鹿な真似をする者は、自分以外にいない。
俺は配信者をしている。「している」と偉そうに言えるだけのPV数を稼げていないけれど、配信している動画の質は高いと自負している。…………この間は、「クソつまんねえ、配信辞めろ」ってリプが来たけど。
面白いんだよ。クソゲーやって☆1批評したり、いらない物注文して、難癖付けて返品したり、有名な商品買って、クソ不味いとか笑い飛ばすの。皆もやってみたら? 快感だよ。
それで、リスナーから「お前発信で何もしてないだろ?」ってクソリプが来て、ああ、マジこいつ分かってないな。って思ってさあ。俺の実力を見せ付けてやろうと思った訳。それで今回地元で有名なトンネルに来たんだけど。
「い、いやあ、流石に夜のトンネルは雰囲気あるなあ」
声が震えている? そんな訳ない。まあ、幽霊の一人? 一体? でも見付かれば、俺ってば益々有名になっちゃうなあ。
「では、行きましょう」
俺はガードレールを乗り越えて、恐る恐るトンネルへと入っていく。月明かりのないトンネルは、外より更に暗くて、持ってきたライトでも全体を見通す事は出来なかった。
俺は一步一步じりじりとトンネルを進む。怖がっている? そうじゃない。噂にあっただろう。崩落するかも知れないって。そうなった時の為に、いつでも逃げられる準備をしているだけだ。
だけどそんなものは杞憂だった。結論から言えば、トンネルで幽霊に遭遇するなり、UMAに遭遇するなり、危険な目に遭う事は無かった。
トンネルの向こうには田畑が広がっていた。向こうではまるで聴こえなかった蛙や虫の声も聴こえてくる。
「な、何だあ、残念だなあ。面白い画が撮れると思っていたんだけどなあ」
全く、地元の奴らは何をあんなに怖がっていたのか。俺は、これでは撮れ高は知れたものだな。と思いながら来た道を引き返していったのだった。
「…………あれ?」
おかしいと気付いたのは、トンネル内の道がうねっていたからだ。来た時はこんなに歪んでいなかったはずだ。右へカーブしていたり、かと思えば左へカーブしていたり、上りがあったり下りがあったり、何なら別れ道まである。来た時は一本道だったのに。
明らかな変化に、俺のカメラを持つ手は興奮して震えていた。決して怖くて震えていた訳じゃない。本当の本当だ。だがそんな興奮も長くは続かなかった。カメラのバッテリーが切れかかったからだ。向こうに着いた時にはバッテリーは80%はあったはずだ。それがトンネルの途中でもう切れかけている。これだから某国製は駄目だな。と俺がカメラのバッテリーを交換しようとした時、ライトが切れた。
「うわっ!?!」
いきなり世界が真っ暗になり、俺は思わずカメラとライトを落としてしまった。ガシャンと何かが壊れる音がした。
最悪だ。俺は真っ暗なトンネルの中で光を全て失ってしまったのだ。せめてカメラの中のメモリーカードが無事である事を祈り、俺はカメラとライトをリュックにしまって先に進む事にした。え? 朝まで待てば光が差し込んでくるんじゃないかって? ここがトンネルの端に近いのならばともかく、もしも真ん中辺だったらどうだ。それにトンネルの構造は既に変化している。光は届かず、いつまでも真っ暗なままの可能性は十分ある。そんなの耐えられない。
俺は両手をトンネルの壁に付け、それを頼りに先に進んだ。凄いだろう? 勇敢だろう? ああ、この姿を誰にも見せられないのが残念だ。そうやって自分を鼓舞しながら進んだ。
進んで進んで足が痛くなったら休憩し、進んで進んで喉が渇いたらリュックから水を取り出し飲み、進んで進んで腹が減ったらエナジーバーで腹を満たし、進んで進んで眠気に襲われればリュックを腹に抱えて眠り込んだ。
おかしいな? 俺はもう何日このトンネルを進んでいるのだろう? そこで俺は思い出した。噂の一つに、トンネルが異界に繋がっていて、帰ってこられない。と言うものがあった事を。もしもそれが本当だったとしたら。
俺は来た道を振り返る。もしかしたら戻ればさっきの田畑に辿り着けるかも知れない。田畑もあったのだから、人がいるはずだ。そうするべきか? いや、もしかしたらもう戻る事も出来なくなっているかも知れない。それにここまで来たのだ。もう少しで出口に辿り着くかも知れないじゃないか。
そうやって俺は俺を誤魔化し、もう少し、もう少しを続けて、更に数日、いや、数ヶ月、もしかしたら一年をトンネルの中で過ごしたかも知れない。不思議な事にエナジーバーと水は無くならなかったので、それで餓えと渇きは癒せていたが、精神は日に日に摩耗していった。
もう死にたい。いつからかそう考えるようになっていた。それでも足は先に進もうとして止まらなかった。それはまるで誰かに操縦されているかのようで、腹が減ればエナジーバーを食し、喉が渇けば水を飲む。そして眠くなれば眠るのだ。
そしてその時は来た。トンネルの先に光が見えたのだ。やった。帰れる。今まで死にたいと思っていたのが不思議な程に俺の心は高揚し、進む足取りは軽くなった。何なら本当に地に足が付いていないと感じる程だ。下を見たら、落とし穴が口を開けていた。
「うわああああああああああ!?」
驚愕と恐怖がないまぜになった感情とともに俺はその声を聴いた。
『これやっぱりクソゲーだな』
そして俺はいつの間にか田畑のあるトンネルの向こう側に立っていたのだ。
0
あなたにおすすめの小説
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語
jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ
★作品はマリーの語り、一人称で進行します。
身体だけの関係です‐原田巴について‐
みのりすい
恋愛
原田巴は高校一年生。(ボクっ子)
彼女には昔から尊敬している10歳年上の従姉がいた。
ある日巴は酒に酔ったお姉ちゃんに身体を奪われる。
その日から、仲の良かった二人の秒針は狂っていく。
毎日19時ごろ更新予定
「身体だけの関係です 三崎早月について」と同一世界観です。また、1~2話はそちらにも投稿しています。今回分けることにしましたため重複しています。ご迷惑をおかけします。
良ければそちらもお読みください。
身体だけの関係です‐三崎早月について‐
https://www.alphapolis.co.jp/novel/711270795/500699060
麗しき未亡人
石田空
現代文学
地方都市の市議の秘書の仕事は慌ただしい。市議の秘書を務めている康隆は、市民の冠婚葬祭をチェックしてはいつも市議代行として出かけている。
そんな中、葬式に参加していて光恵と毎回出会うことに気付く……。
他サイトにも掲載しております。
日本新世紀ー日本の変革から星間連合の中の地球へー
黄昏人
SF
現在の日本、ある地方大学の大学院生のPCが化けた!
あらゆる質問に出してくるとんでもなくスマートで完璧な答え。この化けたPC“マドンナ”を使って、彼、誠司は核融合発電、超バッテリーとモーターによるあらゆるエンジンの電動化への変換、重力エンジン・レールガンの開発・実用化などを通じて日本の経済・政治状況及び国際的な立場を変革していく。
さらに、こうしたさまざまな変革を通じて、日本が主導する地球防衛軍は、巨大な星間帝国の侵略を跳ね返すことに成功する。その結果、地球人類はその星間帝国の圧政にあえいでいた多数の歴史ある星間国家の指導的立場になっていくことになる。
この中で、自らの進化の必要性を悟った人類は、地球連邦を成立させ、知能の向上、他星系への植民を含む地球人類全体の経済の底上げと格差の是正を進める。
さらには、マドンナと誠司を擁する地球連邦は、銀河全体の生物に迫る危機の解明、撃退法の構築、撃退を主導し、銀河のなかに確固たる地位を築いていくことになる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる