近頃よくある異世界紀行

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「ハアッ!」
 筋肉男の右ストレートを椿さんが木刀で受け止めると、ガキンッという金属音が響く。この音は、
鉄拳アイアンフィストか!」
「ほう? 少しは勉強してきたみたいだな」
 椿さんの言に不敵な笑みを浮かべる筋肉男。
「だが残念ながらオレのはそんな生易しいものじゃない。全身を鉄の硬度に変える、鉄躰アイアンボディーだ!」
 何故そこでボディービルダーみたいなポーズをとるのか分からないが、この男筋肉だけかと思ったら、ちゃんと魔法で土台固めをしていやがる。前回椿さんの木刀が折れたのも、まぐれじゃなさそうだ。
「オレに刃物は効かん。ましてや木刀なんぞ藁で叩かれるようなものだ」
 いや、オレ鉄拳使えるけど痛いよ。
「そして、こいつを片付けた後はお前だ!」
 いえ、けっこうです。指差して宣戦布告されても、こっちは闘うつもりないから。
「はっ、効かぬかどうか、その身で味わってみるがいい」
 お前らどこの時代劇だよ。時代掛かった台詞回しは置いとくとして、両者の打ち合い殴り合いは今のところほぼ互角、いや、筋肉男が優勢に進めている。
 その証拠に段々とコーナーに押し込まれていく椿さん。コーナーに追い込まれ、誰もが椿さんが一撃食らうと思った瞬間、フッとコーナーから椿さんの姿がかき消える。風身だ。
 上手く風身を使ってコーナーから脱出した椿さんが、今度は筋肉男の裏を取ってきっつい一撃を食らわす。逆にコーナーに追い詰められる筋肉男。
 ここで身体を丸くして防御に徹した筋肉男に、椿さんの攻撃が通らない。攻め疲れして息を吐いたところを見計らって、強引にコーナーから脱出する筋肉男。リングの中央で両者がまた睨み合う。
 その間も筋肉男はチラチラ仲間三人の方を見ているのだが、三人とも首を横に振っている。きっとバフやデバフを使っていないんじゃないかと疑ってるのかもしれないが、そうじゃない。椿さんのレベルアップが想像以上なのだ。
 おそらく早々に椿さんを倒して、オレと闘うつもりだったみたいだが、そうは問屋が卸さなかったようだ。ってこれも時代掛かっているか。
 結果、両者相当な打ち合い殴り合いをしたが、決着が着かず引き分けドローになった。
「くそったれ! お前ら覚えとけよ!」
 と捨て台詞まで時代掛かっていた筋肉男とその仲間達は、勝てぬと分かると早々にその場を立ち去っていったとさ。
 そして椿さんはというと、
「仁、帰ったら修行再開だ。残り三つのバフ教えてもらうからな」
 どうやら引き分けに終わったことが、相当気にくわなかったらしい。
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