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知らぬが仏
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「それで? ちょっと退いては貰えるのかな? 駄目なら他の席に座るよ。ガラガラだからね」
「そうだったね」
第一大講堂にいる全員の注目が集まる中、フィルフィン君は座っている椅子を前にズラしてくれた。
「ありがとう、悪いねえ」
「いやいや、友人の周りを占有してしまって、こちらこそ悪かったね」
俺もフィルフィン君も笑顔だが、フィルフィン君の笑顔は、表面だけ取り繕ったような、何とも信用には足らない笑顔だ。多分俺もそんな笑顔なのだろう。
フィルフィン君の後ろを通り、更にジュウベエ君の後ろを通り、その向こうにインシグニア嬢を座らせる。左からインシグニア嬢、俺、ジュウベエ君、フィルフィン君の並びだ。うん。せめてジュウベエ君をフィルフィン君相手の盾にしないと、ギガントシブリングス家に囲まれた中で落ち着けない。などと思いつつお茶の用意を始める。
「呑気にお茶かよ?」
「それって本気で言っているの?」
俺がグローブから水筒を取り出したところで、ジュウベエ君が半眼になる。対する俺も半眼だ。
「ああ、そう言えばグーシーが、何かヤバい事になったとか言っていたなあ。教会と女王に逆らって死に掛けたとか?」
「そうだね。謁見の間と言う名の斬首台から頭と胴がくっついたまま帰って来られた事は奇跡だったよ」
思わず遠くを見てしまう。
「いや何で音楽の話で? 何か入学式とかの? 話をしに行っただけなんだろ? それで普通死に掛けるか?」
それは権力者に逆らったからですよ。既得権益を持った人間と言うのは、それに対して反抗されるのをとても嫌うようになるんだよ。などとここで大っぴらに口にする訳にもいかない。
「そんなニドゥークにだって、チャガマとか言う釜を巡って、爆死した武将がいるとか何とか?」
「ああ、そう言う系の話か」
これにはジュウベエ君も遠い目となる。
「でも生きてここにいる。って事は、フェイルーラの事だ。どうにかしてきたって事だろ?」
「どうにか、か。まあ、運良く切り抜けられたってところだよ。こちらの要望、インシグニア嬢による歌奏も、今回の入学式と『契約召喚の儀』以外は全て白紙にして貰ったからね」
これに大講堂が揺れる。フィルフィン君を始め、周囲のギガントシブリングス家の者たち、それにグロブス殿下たちの方もこちらを驚きの眼で見ている。まあ、すぐに噂で伝わる事だ。ここで漏らしたところで、そんなの二、三日の誤差だ。
「何か凄い事をやってのけたみたいだな?」
流石のジュウベエ君も、周囲の視線の異様さに、事の重大さを理解したらしい。
「さあねえ。田舎者の私には、今回の事が王都で行動するうえでどれ程なのか、理解出来ないかな」
言いながら俺はコップを二つと、長方形の細い棒ラスクを十本取り出すと、棒ラスクを全て四つ折りにして二つのコップに入れ、その上から水筒のお茶を注いでいく。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
そのコップの一つと、グローブからスプーンを取り出してインシグニア嬢へ渡す。
「いや、お茶かと思ったら、食事かよ!」
ジュウベエ君のツッコミは最もだけれど、俺たちは今、物凄く腹が減っているのだ。勉強の場である講堂で食事するのは、あまり褒められたものではないが、食わないとこの後絶対フラフラになる。
「その重大事を終息させるのに必死で、ここに来るまで殆ど食事が出来なかったんだよ。それに今って、食堂開いているの?」
そう応えれば、ジュウベエ君も得心がいったようで、「ああ」と納得してくれた。そのうちにお茶に浸った棒ラスクをスプーンで崩しながら食べていく。うん。砂糖たっぷりであっまい。材料の一つのピーナッツの風味も鼻に抜け、そして何より腹が満たされる感覚が今は心地良い。
「変なの食べているな?」
「棒ラスクの事? 食べたいの?」
興味深そうにこちらの食事風景を見ているので、棒ラスクを一つジュウベエ君に渡す。それをそのまま齧るジュウベエ君。
「かった!? あっま!?」
ガリッと言う音とともに、ジュウベエ君は棒ラスクをその頑丈な歯で砕くと、そんな感想を口にする。
「まあ、軍事糧食にも採用されるものだからね」
「そうなのか?」
「うん。今みたいに疲れている時には、この甘さが染みるんだよ。お茶に漬ければ、ふやけて食べ易くなるしね」
と言うよりも、棒ラスクはレーションとして生み出された経緯がある。穀類に砂糖にナッツで作られた棒ラスクは、三大栄養素である糖質、脂質、タンパク質を手早く摂取出来るので、重宝されるレーションだ。ナッツによって味も変えられるし。
「ふむ」
お茶に漬ければふやける。と聞き、ジュウベエ君が俺のコップに先程渡した食べ掛けの棒ラスクを突っ込んでくる。行儀が悪いなあ。いや、この場で堂々と食事している俺たちが言えた義理じゃないけど。
「落花生風味か」
「だね。コップ用意しようか?」
「いや、要らん。こっちの茶はどうにも俺様向きじゃないし、今はそれ程喉も渇いていないしな」
それが面白くないのか、仏頂面になるジュウベエ君。
「お茶が合わないの? 水が合わないの?」
「何だよ? 水が合わないって?」
「土地が違えば、水の性質も違うからね」
「そうなのか?」
ジュウベエ君は仏頂面のままこちらに視線だけ向けてくる。
「うん。ここアダマンティアでも東のヴァストドラゴン領と、西のグリフォンデン領では水の性質がまるで違うよ」
「そうなのですか?」
これに反応したのは意外にもインシグニア嬢だった。
「何か、あったのですか?」
「いえ、私ではなく、母上がお茶好きなのですが、お茶によって水を変えていたので、本当に違いがあったのかと」
エルサ殿はお茶好きだったのか。
「ええ。土地の性質で水の性質も変わります。グリフォンデン領は峻険な山々に囲まれており、その土壌も鉱物を多く含んでいるので、硬水と呼ばれる部類になりますね。逆にヴァストドラゴン領は平地で、地下にもそれ程鉱物資源がないのが分かっているので、軟水となります」
俺の説明にこくこく頷くインシグニア嬢。
「へえ。水の違いなんて考えた事なかったな」
対してジュウベエ君は首を傾げている。
「そう? 確か、逸話か何かで、ニドゥークの文豪が、アダマンティアの水が合わなくて早々に帰国した。なんてのを目にした記憶があるけど?」
「俺様は知らんなあ」
まあ、逸話だろうしね。
「俺様が合わないのは茶の方だな。日道国では、茶と言えば緑茶、抹茶の類だったからな。こちらの茶は紅茶と呼ばれている」
マッチャ? は分からないけれど、リョクチャはグリーンティーだよな?
「確かに、グリーンティーは手に入り難いかな? この国だと殆どのお茶の葉を敢えてコウチャ? 発酵茶にしてしまうから、不発酵茶は出回っていないんだよねえ」
「え? この国はわざとお茶を紅くさせているのか?」
これに驚くジュウベエ君。これには横のフィルフィン君や、俺の隣りのインシグニア嬢も困り顔だ。
「まあ、ジュウベエ君は異国人だから仕方ないけど、ここら辺、歴史の授業で絶対出てくるんだよ?」
「そうなのか?」
また俺のカップに棒ラスクを突っ込みながら、ジュウベエ君が尋ねてくる。ここでする話でもないが、まあ、良いか。
「昔、ギガントシブリングス領の属していた国と、アダマンティア王国が戦争をしていたのは知っているだろう? あれは俗に遷茶戦争と言われていてね。理由はそれこそ、不発酵茶であるグリーンティーが、発酵茶であるコウチャに変わるまで長い戦争が続けられた事に由来するんだ」
「ああ……。何か、悪い」
自分の周りがギガントシブリングス家に囲まれているのは理解しているらしく、ジュウベエ君が詫びを入れれば、
「昔の話さ」
とフィルフィン君が笑顔でこれを流す。
「昔はこの国でもお茶といえばグリーンティーだったんだけど、何せ昔の戦争だ。今程食料保存に優れていた訳じゃないから、グリーンティーはコウチャとなってしまったんだけれど、これをギガントシブリングス領を併合させた、時のアダマンティアの王様が気に入ってね。それ以来、アダマンティア王国では、お茶と言えばコウチャ、紅いそのお茶は、茶の王様と呼ばれるようになったんだよ」
「成程なあ」
分かっているやらいないやら。少し残った棒ラスクをガリガリ齧るジュウベエ君。
「グリーンティーが欲しいなら、ブルブルに頼めば、すぐに手に入るよ。あそこはシルキーティーリーヴス領に近いからね。シルキーティーリーヴス領では、今でもグリーンティーが常飲されているって話だし。ブルブル自身もグリーンティーが好きだったはずだ」
これにジュウベエ君が渋面となる。何で?
「あいつ、怖くね? 今日なんて何か目の敵みたいに俺様を睨んで来たんだが?」
「彼女に何をしたんだい?」
「何もしてねえよ」
いや、ここでギガントシブリングス家の面々に囲まれている時点で、既にやらかしている自覚を持って欲しいんだが?
「そうだったね」
第一大講堂にいる全員の注目が集まる中、フィルフィン君は座っている椅子を前にズラしてくれた。
「ありがとう、悪いねえ」
「いやいや、友人の周りを占有してしまって、こちらこそ悪かったね」
俺もフィルフィン君も笑顔だが、フィルフィン君の笑顔は、表面だけ取り繕ったような、何とも信用には足らない笑顔だ。多分俺もそんな笑顔なのだろう。
フィルフィン君の後ろを通り、更にジュウベエ君の後ろを通り、その向こうにインシグニア嬢を座らせる。左からインシグニア嬢、俺、ジュウベエ君、フィルフィン君の並びだ。うん。せめてジュウベエ君をフィルフィン君相手の盾にしないと、ギガントシブリングス家に囲まれた中で落ち着けない。などと思いつつお茶の用意を始める。
「呑気にお茶かよ?」
「それって本気で言っているの?」
俺がグローブから水筒を取り出したところで、ジュウベエ君が半眼になる。対する俺も半眼だ。
「ああ、そう言えばグーシーが、何かヤバい事になったとか言っていたなあ。教会と女王に逆らって死に掛けたとか?」
「そうだね。謁見の間と言う名の斬首台から頭と胴がくっついたまま帰って来られた事は奇跡だったよ」
思わず遠くを見てしまう。
「いや何で音楽の話で? 何か入学式とかの? 話をしに行っただけなんだろ? それで普通死に掛けるか?」
それは権力者に逆らったからですよ。既得権益を持った人間と言うのは、それに対して反抗されるのをとても嫌うようになるんだよ。などとここで大っぴらに口にする訳にもいかない。
「そんなニドゥークにだって、チャガマとか言う釜を巡って、爆死した武将がいるとか何とか?」
「ああ、そう言う系の話か」
これにはジュウベエ君も遠い目となる。
「でも生きてここにいる。って事は、フェイルーラの事だ。どうにかしてきたって事だろ?」
「どうにか、か。まあ、運良く切り抜けられたってところだよ。こちらの要望、インシグニア嬢による歌奏も、今回の入学式と『契約召喚の儀』以外は全て白紙にして貰ったからね」
これに大講堂が揺れる。フィルフィン君を始め、周囲のギガントシブリングス家の者たち、それにグロブス殿下たちの方もこちらを驚きの眼で見ている。まあ、すぐに噂で伝わる事だ。ここで漏らしたところで、そんなの二、三日の誤差だ。
「何か凄い事をやってのけたみたいだな?」
流石のジュウベエ君も、周囲の視線の異様さに、事の重大さを理解したらしい。
「さあねえ。田舎者の私には、今回の事が王都で行動するうえでどれ程なのか、理解出来ないかな」
言いながら俺はコップを二つと、長方形の細い棒ラスクを十本取り出すと、棒ラスクを全て四つ折りにして二つのコップに入れ、その上から水筒のお茶を注いでいく。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
そのコップの一つと、グローブからスプーンを取り出してインシグニア嬢へ渡す。
「いや、お茶かと思ったら、食事かよ!」
ジュウベエ君のツッコミは最もだけれど、俺たちは今、物凄く腹が減っているのだ。勉強の場である講堂で食事するのは、あまり褒められたものではないが、食わないとこの後絶対フラフラになる。
「その重大事を終息させるのに必死で、ここに来るまで殆ど食事が出来なかったんだよ。それに今って、食堂開いているの?」
そう応えれば、ジュウベエ君も得心がいったようで、「ああ」と納得してくれた。そのうちにお茶に浸った棒ラスクをスプーンで崩しながら食べていく。うん。砂糖たっぷりであっまい。材料の一つのピーナッツの風味も鼻に抜け、そして何より腹が満たされる感覚が今は心地良い。
「変なの食べているな?」
「棒ラスクの事? 食べたいの?」
興味深そうにこちらの食事風景を見ているので、棒ラスクを一つジュウベエ君に渡す。それをそのまま齧るジュウベエ君。
「かった!? あっま!?」
ガリッと言う音とともに、ジュウベエ君は棒ラスクをその頑丈な歯で砕くと、そんな感想を口にする。
「まあ、軍事糧食にも採用されるものだからね」
「そうなのか?」
「うん。今みたいに疲れている時には、この甘さが染みるんだよ。お茶に漬ければ、ふやけて食べ易くなるしね」
と言うよりも、棒ラスクはレーションとして生み出された経緯がある。穀類に砂糖にナッツで作られた棒ラスクは、三大栄養素である糖質、脂質、タンパク質を手早く摂取出来るので、重宝されるレーションだ。ナッツによって味も変えられるし。
「ふむ」
お茶に漬ければふやける。と聞き、ジュウベエ君が俺のコップに先程渡した食べ掛けの棒ラスクを突っ込んでくる。行儀が悪いなあ。いや、この場で堂々と食事している俺たちが言えた義理じゃないけど。
「落花生風味か」
「だね。コップ用意しようか?」
「いや、要らん。こっちの茶はどうにも俺様向きじゃないし、今はそれ程喉も渇いていないしな」
それが面白くないのか、仏頂面になるジュウベエ君。
「お茶が合わないの? 水が合わないの?」
「何だよ? 水が合わないって?」
「土地が違えば、水の性質も違うからね」
「そうなのか?」
ジュウベエ君は仏頂面のままこちらに視線だけ向けてくる。
「うん。ここアダマンティアでも東のヴァストドラゴン領と、西のグリフォンデン領では水の性質がまるで違うよ」
「そうなのですか?」
これに反応したのは意外にもインシグニア嬢だった。
「何か、あったのですか?」
「いえ、私ではなく、母上がお茶好きなのですが、お茶によって水を変えていたので、本当に違いがあったのかと」
エルサ殿はお茶好きだったのか。
「ええ。土地の性質で水の性質も変わります。グリフォンデン領は峻険な山々に囲まれており、その土壌も鉱物を多く含んでいるので、硬水と呼ばれる部類になりますね。逆にヴァストドラゴン領は平地で、地下にもそれ程鉱物資源がないのが分かっているので、軟水となります」
俺の説明にこくこく頷くインシグニア嬢。
「へえ。水の違いなんて考えた事なかったな」
対してジュウベエ君は首を傾げている。
「そう? 確か、逸話か何かで、ニドゥークの文豪が、アダマンティアの水が合わなくて早々に帰国した。なんてのを目にした記憶があるけど?」
「俺様は知らんなあ」
まあ、逸話だろうしね。
「俺様が合わないのは茶の方だな。日道国では、茶と言えば緑茶、抹茶の類だったからな。こちらの茶は紅茶と呼ばれている」
マッチャ? は分からないけれど、リョクチャはグリーンティーだよな?
「確かに、グリーンティーは手に入り難いかな? この国だと殆どのお茶の葉を敢えてコウチャ? 発酵茶にしてしまうから、不発酵茶は出回っていないんだよねえ」
「え? この国はわざとお茶を紅くさせているのか?」
これに驚くジュウベエ君。これには横のフィルフィン君や、俺の隣りのインシグニア嬢も困り顔だ。
「まあ、ジュウベエ君は異国人だから仕方ないけど、ここら辺、歴史の授業で絶対出てくるんだよ?」
「そうなのか?」
また俺のカップに棒ラスクを突っ込みながら、ジュウベエ君が尋ねてくる。ここでする話でもないが、まあ、良いか。
「昔、ギガントシブリングス領の属していた国と、アダマンティア王国が戦争をしていたのは知っているだろう? あれは俗に遷茶戦争と言われていてね。理由はそれこそ、不発酵茶であるグリーンティーが、発酵茶であるコウチャに変わるまで長い戦争が続けられた事に由来するんだ」
「ああ……。何か、悪い」
自分の周りがギガントシブリングス家に囲まれているのは理解しているらしく、ジュウベエ君が詫びを入れれば、
「昔の話さ」
とフィルフィン君が笑顔でこれを流す。
「昔はこの国でもお茶といえばグリーンティーだったんだけど、何せ昔の戦争だ。今程食料保存に優れていた訳じゃないから、グリーンティーはコウチャとなってしまったんだけれど、これをギガントシブリングス領を併合させた、時のアダマンティアの王様が気に入ってね。それ以来、アダマンティア王国では、お茶と言えばコウチャ、紅いそのお茶は、茶の王様と呼ばれるようになったんだよ」
「成程なあ」
分かっているやらいないやら。少し残った棒ラスクをガリガリ齧るジュウベエ君。
「グリーンティーが欲しいなら、ブルブルに頼めば、すぐに手に入るよ。あそこはシルキーティーリーヴス領に近いからね。シルキーティーリーヴス領では、今でもグリーンティーが常飲されているって話だし。ブルブル自身もグリーンティーが好きだったはずだ」
これにジュウベエ君が渋面となる。何で?
「あいつ、怖くね? 今日なんて何か目の敵みたいに俺様を睨んで来たんだが?」
「彼女に何をしたんだい?」
「何もしてねえよ」
いや、ここでギガントシブリングス家の面々に囲まれている時点で、既にやらかしている自覚を持って欲しいんだが?
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