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第弐章
KEY DAY -ある男の物語-
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ザー…ザー…
寄せては返す波の音は日々の疲れを洗い流してくれる…そんな気持ちにさせてくれる。
「ねー!兄ちゃんもこっちきて遊ぼーよー!!水気持ちーよ??」
「俺は海を眺める方が好きなんだ。見ててやるから思う存分遊べ。」
「連れないやつー。」
そう言った後、妹は海水を手に取るように操り水平線に向かって思いっきり飛ばして遊んでいた。
あいつは海に来ると必ずあれをするな。昔より随分と遠くに飛ばせるようになったものだ。…もう15歳か。…気づけば大人になって、彼氏でも連れて来るんだろうか。俺も今年で18。2年後からは学院を卒業して仕事を始められる。国の補助だけで送ってきた生活は決して裕福なものではない。今まで何もしてやれなかった分、たくさん外の世界に連れ出してやろう。たくさん美味いものを食べさせてやろう。他にもたくさんたくさん………だが………
妹は死ぬ。この世でたった1人の家族である最愛の妹はあと3年でこの世からいなくなる。不治の病というやつだ。何度この世を呪ったか。その度に海に訪れ荒れた心を抑えていた。だがもう運命を受け入れようとしている自分がいる。手は尽くしたが、妹の未来を守ってやることはできそうにない。ダメな兄貴がしてやれることは少ないが…それでも…
いつか来る終わりの時まで、俺は懸命に妹を愛そう。
ーーーーーーーーーーーーーーー
「おい。起きろ。遅刻するぞ。」
「んー…?おはよーっ…ってやばっ!!なんでもっと早く起こしてくれなかったのよお~!」
「何度も起こしたさ。ほら準備しろ。朝飯は弁当箱に詰めてある。学院についてからゆっくり食べろ。前みたいに昼の分の弁当まで食って俺のとこに泣きついて来るなよ??」
「いやーいつも悪いねえ~。やっぱ持つべきものはできる兄だねえ!」
「いいから早く着替えろ。」
ドタバタと激しい音を立てながら出発の準備を整えていく妹。
「ん~。今日は右分けの方がいいかな~。いやいややっぱいつも通り左の方が~。うーん。」
「早くしろ。もうあいつが来るぞ。」
「先行ってていいよー!その方が私も邪魔しないで済むしー??学院でも2人のこと噂になってるよ~??」
「あいつはただの幼馴染だ。バカ言ってないで、、」
ピンポーン
「ほらきた。いくぞ。」
「えー!まだ髪型決まってないのに~!」
問答無用で妹をひこずる兄。
「おはよう。あら今日も寝坊したの??」
「おはよう!スズカさん!もーちょっと兄ちゃんが早く起こしてくれたらいいのにね~?」
「明日から覚悟しとけ。」
「うそうそ!!兄ちゃん優しく起こして!前みたいな起こし方だけはぁぁぁ!」
「どんな起こし方したのよ。」
クスッと笑うスズカ。確かにこいつは綺麗だが、今は妹が最優先だ。
「内緒だ。」
学院に着くや否や妹は友達を見つけ、軽く手を振りいなくなっていった。取り残された俺とスズカは、たわいない話をしながら一限の教室へ向かう。今日の一限は歴史の授業で、珍しく移動教室だった。そのため連絡を聞きそびれた同級生たちがちらほら遅刻をしていた。
「今日は創世記の復習をするぞー。それじゃあ前から順番に当てていくからしっかり答えろよ。」
俺の一つ前の席にはスズカが座っていた。相変わらず綺麗な振る舞いだ。
「ーだな。じゃーこの英雄と呼ばれるミュンヘンは歴史上でどのような功績を残した?次のやつ。」
「"終わりを告げる者"がシャトーを襲撃したとき懸命に戦って、自らの命と引き換えに撃退しました。」
スズカが品のある声で答えた。気づけばだいぶ進んでいたようだ。
「そうだな。じゃあこの撃退された"終わりを告げる者"はこの後どうなった?次のやつ。」
「ジークが追撃をし死闘の末、打ち滅ぼしました。しかし同時にジークも絶命してしまい、それを嘆いた恋人のリーシャが蘇生魔法ダルセーニョでジークを蘇らせました。しかしダルセーニョは自らの命を分け与えることで成り立つ魔法であり、蘇ったジークは傍に倒れる恋人を見て声が枯れるまで泣き叫んだといいます。」
「うむ。合ってはいるが答えすぎだ。」
「すみません。」
「まあいい。今日はここまでにしよう。次の授業も移動教室みたいだから遅刻しないように。」
スズカが振り返ってクスクス笑いながら話しかけてきた。
「授業潰しちゃダメじゃない。」
「そんな気はなかった。」
「次の授業では控えめにね?」
「次は実技だろ?こんなことは起きやしないよ。」
スズカは依然クスクスと笑いながら教室を後にした。何がそんなに面白いんだか。少し喋りすぎただけじゃないか。
そんなことを考えながら立ち上がると開けっ放しのドアから心地よい風が流れてきた。
パラパラパラッ
風でスズカの机の上に忘れられていたノートがめくれていく。
…あいつノート忘れてやがる。スズカも抜けてるところがあるんだな。…それにしても綺麗な字だな。授業の内容も細かく書かれているし……なんだこれは?こんなこと授業で習ったか?モジュレーション……?…………ダルセーニョ……………
キーンコーンカーン
しまった!スズカのノートに集中しすぎた!遅刻だ!
急いで飛び出して廊下を走る。近道をするためにいつもは通らない校舎の抜け道を走っていると、途中でスズカが見えた。そこは今はもう使われていない古びた教室だった。
「おいスズー…。」
スズカの隣には校長の姿があった。授業はもう始まっているのに何故ここに校長と2人で?それにさっきのノートの内容…何かある。絶対に何かが。
咄嗟に身を隠しルドルフとスズカの話に聞き耳をたてる。
「すまんのう授業を休ませて。こうでもせんと誰かに聞かれそうじゃったからのう。」
「大丈夫です。継承の話ですよね?」
「そうじゃ。わしも老い先短いジジイとなってしまった今、このモジュレーションを継承せねばならぬ時が近づいてきたのじゃ。」
「ではすぐにでも継承するのですか?」
「いやいや、焦るでない。ジジイといってもまだまだピンピンしておるからのう。あと10年ほどはわしが所有するつもりじゃ。」
「10年?では今呼び出すのは時期尚早すぎではありませんか?」
「何事も早くに準備するに越したことはないのじゃよ。大切なことならなおさら、な?」
「そうですか。」
「今までこの学院で数多の生徒を見てきたが、ぬしほど適任はおらん。しかしこれを手にすれば危険も降りかかるじゃろう。普通の生活も送れんくなる。それでもやってくれるか?」
「はい。」
「ありがとう。」
ノートの内容を話している。やはり本当のことなのか?この現代でもダルセーニョを使うすべが残されているのか?あれは創世記の話だろ?今まで脈々と受け継がれてきたっていうのか?
心臓が激しく音を立てる。ルドルフやスズカに聞こえてしまうのではないかと心配になるほどに。
「それではスズカよ。以前に話したことを気をつけながら今後の学院生活を送ってくれ。卒業後は継承まである家で過ごしてもらう。俗世から少しばかり離れてもらうが堪えてほしい。そうせねば継承後の急激なフォニムの変化を怪しまれるからのう。出来るだけその10年は人と関わらずにいて欲しい。世話係として信頼できるものを側につける。ボブというのじゃが、まあそれはおいおいじゃ。そして継承後はここで教師を数年経験してもらい、この学院の校長となってもらう。」
「はい。わかりました。」
「あっさりしておるのう。恋などしたいとは思わんのか?」
「多少は。でも毎日楽しく過ごせてますので安心してください。」
「ふむぅ。しかしわしらのところまで届いておるぞ?幼馴染との恋の噂がのう?」
「そ、それは、、あくまで噂で、、その、、」
「ほっほっほ。精一杯今を楽しむのじゃ。それにの……」
バレる前に退散しよう。ノートもさっきの教室に置きっ放しにしておいた方が良さそうだ。
スッと音を立てずにその場を離れきた道を引き返していく。
それにしても、本当に蘇生魔法ダルセーニョがまだ使えるのなら、妹の命も………。一度は諦め、受け入れた運命もダルセーニョさえあれば抗える。そのためにはモジュレーションとやらを俺が継承しなければ。ノートに書かれた内容が本当ならば継承者に選ばれてない俺でもモジュレーションを奪うことはできる。だが一筋縄ではいかない。策を講じる必要があるな。それにスズカに継承する前にことを為さねば。猶予は10年。それまでに必ず…
ーーーーーーーーーーーーーーー
あの日から9年が経った。妹は俺の氷の中で今も深い眠りについており、肉体は当時のままだ。俺自身、力をつけた。協力者も得た。策も講じた。
俺がこれからすることは歪んでいる。わかってる。それでも俺は今日…
最愛の妹のために、ルドルフを殺す。
寄せては返す波の音は日々の疲れを洗い流してくれる…そんな気持ちにさせてくれる。
「ねー!兄ちゃんもこっちきて遊ぼーよー!!水気持ちーよ??」
「俺は海を眺める方が好きなんだ。見ててやるから思う存分遊べ。」
「連れないやつー。」
そう言った後、妹は海水を手に取るように操り水平線に向かって思いっきり飛ばして遊んでいた。
あいつは海に来ると必ずあれをするな。昔より随分と遠くに飛ばせるようになったものだ。…もう15歳か。…気づけば大人になって、彼氏でも連れて来るんだろうか。俺も今年で18。2年後からは学院を卒業して仕事を始められる。国の補助だけで送ってきた生活は決して裕福なものではない。今まで何もしてやれなかった分、たくさん外の世界に連れ出してやろう。たくさん美味いものを食べさせてやろう。他にもたくさんたくさん………だが………
妹は死ぬ。この世でたった1人の家族である最愛の妹はあと3年でこの世からいなくなる。不治の病というやつだ。何度この世を呪ったか。その度に海に訪れ荒れた心を抑えていた。だがもう運命を受け入れようとしている自分がいる。手は尽くしたが、妹の未来を守ってやることはできそうにない。ダメな兄貴がしてやれることは少ないが…それでも…
いつか来る終わりの時まで、俺は懸命に妹を愛そう。
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「おい。起きろ。遅刻するぞ。」
「んー…?おはよーっ…ってやばっ!!なんでもっと早く起こしてくれなかったのよお~!」
「何度も起こしたさ。ほら準備しろ。朝飯は弁当箱に詰めてある。学院についてからゆっくり食べろ。前みたいに昼の分の弁当まで食って俺のとこに泣きついて来るなよ??」
「いやーいつも悪いねえ~。やっぱ持つべきものはできる兄だねえ!」
「いいから早く着替えろ。」
ドタバタと激しい音を立てながら出発の準備を整えていく妹。
「ん~。今日は右分けの方がいいかな~。いやいややっぱいつも通り左の方が~。うーん。」
「早くしろ。もうあいつが来るぞ。」
「先行ってていいよー!その方が私も邪魔しないで済むしー??学院でも2人のこと噂になってるよ~??」
「あいつはただの幼馴染だ。バカ言ってないで、、」
ピンポーン
「ほらきた。いくぞ。」
「えー!まだ髪型決まってないのに~!」
問答無用で妹をひこずる兄。
「おはよう。あら今日も寝坊したの??」
「おはよう!スズカさん!もーちょっと兄ちゃんが早く起こしてくれたらいいのにね~?」
「明日から覚悟しとけ。」
「うそうそ!!兄ちゃん優しく起こして!前みたいな起こし方だけはぁぁぁ!」
「どんな起こし方したのよ。」
クスッと笑うスズカ。確かにこいつは綺麗だが、今は妹が最優先だ。
「内緒だ。」
学院に着くや否や妹は友達を見つけ、軽く手を振りいなくなっていった。取り残された俺とスズカは、たわいない話をしながら一限の教室へ向かう。今日の一限は歴史の授業で、珍しく移動教室だった。そのため連絡を聞きそびれた同級生たちがちらほら遅刻をしていた。
「今日は創世記の復習をするぞー。それじゃあ前から順番に当てていくからしっかり答えろよ。」
俺の一つ前の席にはスズカが座っていた。相変わらず綺麗な振る舞いだ。
「ーだな。じゃーこの英雄と呼ばれるミュンヘンは歴史上でどのような功績を残した?次のやつ。」
「"終わりを告げる者"がシャトーを襲撃したとき懸命に戦って、自らの命と引き換えに撃退しました。」
スズカが品のある声で答えた。気づけばだいぶ進んでいたようだ。
「そうだな。じゃあこの撃退された"終わりを告げる者"はこの後どうなった?次のやつ。」
「ジークが追撃をし死闘の末、打ち滅ぼしました。しかし同時にジークも絶命してしまい、それを嘆いた恋人のリーシャが蘇生魔法ダルセーニョでジークを蘇らせました。しかしダルセーニョは自らの命を分け与えることで成り立つ魔法であり、蘇ったジークは傍に倒れる恋人を見て声が枯れるまで泣き叫んだといいます。」
「うむ。合ってはいるが答えすぎだ。」
「すみません。」
「まあいい。今日はここまでにしよう。次の授業も移動教室みたいだから遅刻しないように。」
スズカが振り返ってクスクス笑いながら話しかけてきた。
「授業潰しちゃダメじゃない。」
「そんな気はなかった。」
「次の授業では控えめにね?」
「次は実技だろ?こんなことは起きやしないよ。」
スズカは依然クスクスと笑いながら教室を後にした。何がそんなに面白いんだか。少し喋りすぎただけじゃないか。
そんなことを考えながら立ち上がると開けっ放しのドアから心地よい風が流れてきた。
パラパラパラッ
風でスズカの机の上に忘れられていたノートがめくれていく。
…あいつノート忘れてやがる。スズカも抜けてるところがあるんだな。…それにしても綺麗な字だな。授業の内容も細かく書かれているし……なんだこれは?こんなこと授業で習ったか?モジュレーション……?…………ダルセーニョ……………
キーンコーンカーン
しまった!スズカのノートに集中しすぎた!遅刻だ!
急いで飛び出して廊下を走る。近道をするためにいつもは通らない校舎の抜け道を走っていると、途中でスズカが見えた。そこは今はもう使われていない古びた教室だった。
「おいスズー…。」
スズカの隣には校長の姿があった。授業はもう始まっているのに何故ここに校長と2人で?それにさっきのノートの内容…何かある。絶対に何かが。
咄嗟に身を隠しルドルフとスズカの話に聞き耳をたてる。
「すまんのう授業を休ませて。こうでもせんと誰かに聞かれそうじゃったからのう。」
「大丈夫です。継承の話ですよね?」
「そうじゃ。わしも老い先短いジジイとなってしまった今、このモジュレーションを継承せねばならぬ時が近づいてきたのじゃ。」
「ではすぐにでも継承するのですか?」
「いやいや、焦るでない。ジジイといってもまだまだピンピンしておるからのう。あと10年ほどはわしが所有するつもりじゃ。」
「10年?では今呼び出すのは時期尚早すぎではありませんか?」
「何事も早くに準備するに越したことはないのじゃよ。大切なことならなおさら、な?」
「そうですか。」
「今までこの学院で数多の生徒を見てきたが、ぬしほど適任はおらん。しかしこれを手にすれば危険も降りかかるじゃろう。普通の生活も送れんくなる。それでもやってくれるか?」
「はい。」
「ありがとう。」
ノートの内容を話している。やはり本当のことなのか?この現代でもダルセーニョを使うすべが残されているのか?あれは創世記の話だろ?今まで脈々と受け継がれてきたっていうのか?
心臓が激しく音を立てる。ルドルフやスズカに聞こえてしまうのではないかと心配になるほどに。
「それではスズカよ。以前に話したことを気をつけながら今後の学院生活を送ってくれ。卒業後は継承まである家で過ごしてもらう。俗世から少しばかり離れてもらうが堪えてほしい。そうせねば継承後の急激なフォニムの変化を怪しまれるからのう。出来るだけその10年は人と関わらずにいて欲しい。世話係として信頼できるものを側につける。ボブというのじゃが、まあそれはおいおいじゃ。そして継承後はここで教師を数年経験してもらい、この学院の校長となってもらう。」
「はい。わかりました。」
「あっさりしておるのう。恋などしたいとは思わんのか?」
「多少は。でも毎日楽しく過ごせてますので安心してください。」
「ふむぅ。しかしわしらのところまで届いておるぞ?幼馴染との恋の噂がのう?」
「そ、それは、、あくまで噂で、、その、、」
「ほっほっほ。精一杯今を楽しむのじゃ。それにの……」
バレる前に退散しよう。ノートもさっきの教室に置きっ放しにしておいた方が良さそうだ。
スッと音を立てずにその場を離れきた道を引き返していく。
それにしても、本当に蘇生魔法ダルセーニョがまだ使えるのなら、妹の命も………。一度は諦め、受け入れた運命もダルセーニョさえあれば抗える。そのためにはモジュレーションとやらを俺が継承しなければ。ノートに書かれた内容が本当ならば継承者に選ばれてない俺でもモジュレーションを奪うことはできる。だが一筋縄ではいかない。策を講じる必要があるな。それにスズカに継承する前にことを為さねば。猶予は10年。それまでに必ず…
ーーーーーーーーーーーーーーー
あの日から9年が経った。妹は俺の氷の中で今も深い眠りについており、肉体は当時のままだ。俺自身、力をつけた。協力者も得た。策も講じた。
俺がこれからすることは歪んでいる。わかってる。それでも俺は今日…
最愛の妹のために、ルドルフを殺す。
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