科学魔法学園のニセ王子

猫隼

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Ch1・令嬢たちの初恋と黒の陰謀

1ー23・姫ふたり

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 アイテレーゼたちが入って行った、おそらく十階くらいのビルの、道路を挟んで向かい側の、朝と昼にはデパートとなる建物の屋上。
 夜なので人気はない。

「サギ王子」
「リリエッタ、事情はもう知ってるんだろ。今はとりあえず、いがみあわないで協力しあおう」
「ええ」
 頷きあうレイとリリエッタ。
「悪いが、ガーディも言ってた通り、わたしたちは当てにしないでくれ。立場上これ以上の手を貸す事は出来ないんだ」
 申し訳なさそうに告げるダリウス。
「いえ、ニセ王子を連れてきてくれただけでも大助かりよ」
「うん、そうですよ」
 ニーシャの言葉にエミィも頷く。

「ユイトくんはそんなに強いの?」
 尋ねたナタリーだけでなく、その場の全員が、アイテレーゼたちのビルの方を向いていたユイトを見た。
「おれは」
 転移具を具現化するユイト。風を取り込んでいるのだろう、その色は緑。
「地上世界では、力ずくで村の皆を守ってきたんだ。どんな悪党だろうと、おれの名前を聞いたら震えるくらい、そういう人たちを倒して」

 彼は確かに強い。
 しかしレイたちの前で、自らその事に言及したり、自信をはっきりと口にしたのは、この時が初めてだった。

「フィオナちゃんも必ず守るよ。おれが守る」
「あなたひとりで、ではないでしょ」
 笑みを見せたミユ。
「ああ、ぼくらがだよ、ユイト」
 彼の背中を叩いたレイ。
「うん」
 ユイトは頷き、自分を見ていた他の者たちの方に顔を向ける。

「それで、どう攻めるべきかな? どう思う?」
 空中世界の建物は、地上世界にはないセキュリティシステムなどもあるだろうから、ユイトは冷静に、詳しそうなニーシャやレイを順に見た。
 レイもそこはさすがに、完全にプロだろうニーシャを見た。
「多分ビルにわたしたちの誰かが触れた瞬間に、わたしたちが来た事はバレるようになってるはず。だから救出が最優先なら、ビルの上下から同時に侵入して、なるべく敵は後回しにしながら、まず何よりアルデラント嬢を見つけるべきね」と取るべき最善策をすぐ簡潔に説明したニーシャ。

 そして、とりあえずコンビなれしているレイとミユ、エミィとニーシャの4人が下から、ユイトとリリエッタが上からビルに侵入する事にした。

「ユイト、わかってるだろうけど、こうなったら正体バレるのとかどうでもいいからな、全力で戦え」
「うん、こうなったら、言われなくたってだよ」
 レイにそう返し、ユイトはリリエッタと一緒に、SIAシアの飛行船へと乗り込んだ。

ーー

「行くよ、レイくん、3、2、1」
 通信で、レイたちに伝えたタイミングで、ビルの屋上に、自動操縦状態の飛行船から飛び降りてきたユイトとリリエッタ。
 直後、予想通りセキュリティシステムが作動し、壁に擬態していたらしい数十ほどのマシンが、球体に重火器をトゲのように張り巡らせた形態に変形する。
「リリエッタちゃん」
 とっさに彼女を抱きよせ、自分たちの周囲に、とてつもない速度の風を巻き起こし、数十のマシンと、それらが放ってきた大量の弾丸をぶつけまくって、数秒ほどでそれらを破壊し尽くしたユイト。

「行こう」
 リリエッタを離し、何でもなかったかのようにユイトは言った。
「え、ええ」
 実際その目で見て、リリエッタも、彼の強さはその自信以上なのだと実感した。

ーー

 中心に四角い箱のような部屋がある、それよりさらに広い円状の部屋。そこに、アイテレーゼも合わせて、誘眠男カルントと、冷却男ヴィザ、それに襲撃の時にはいなかった垂れ目の少年と、短髪の女性、5人がいた。
 そして部屋にいたそれぞれの前に突然現れたスクリーン。
 他の4人のそれには、侵入者についてわかった様々な情報が表示されたが、アイテレーゼの前の画面だけはまったく違うものを映していた。彼女のそれに映されていたのは、破壊はされたが、破壊される前にセキュリティマシンが記録した、屋上でのユイトとリリエッタの画像。
(これは、ガーディ。ではないわよね)

 ガーディはなんだかんだプロのエージェント。
 多少、情にほだされたからといって、ユイトたちにここまで協力するとは考えにくい。
(いや、これは)
 ガーディはおそらく頼まれたのだろう。
「エマ、あなたね」
 彼の護衛対象である彼女に。

ーー

 ユイトたちの合図と同時にビルに入ったレイたちは、レイが解析アナライズで、セキュリティセンサーの位置を見抜いたので、それらを作動させる事なく、擬態したマシンもろとも破壊できた。

「ユイトたちは大丈夫かな?」
 エミィが心配そうに言う。
「全然平気だと思うぜ」
 即座に答えるレイ。
「レイ、以前のシミュレーションの時の事を?」

 ミユも見ていた。
 初めて会った彼の本気が見たいと言ったレイ。そしてユイトがシミュレーションの敵をあっさり倒した事。

「ああ、あいつ、能力もやばい強さだけど、それ以上にあの戦い方」
 それはレイが|解析(アナライズ)で見抜いていた事。
「本気の全力が見たかったんだけどな。でも、あれでもあいつはかなり抑えてた戦い方だった、敵を倒すための最小限。後で理由を聞いたんだけどさ、笑っちまったよ」
 空中世界のシミュレータなど使った事のなかったユイトは、自分が本気を出した場合に起こるかもしれない、ある事を危惧していたのである。
「シミュレータ、壊してしまわないか心配だったんだとさ」とそこまでレイが言った時だった。

「囚われの姫を助けに来たわけだな。小僧共」
 立ちはだかった誘眠スリープの男。隣には冷却クールの男と、垂れ目の少年。

「白衣の方が誘眠スリープ、クセ毛の方が冷却クールです。子供は知らないです」
 3人に気づくやミユが言った。
誘眠スリープは任せろ」とレイ。

 誘眠スリープは周囲の物質に特定の動きをさせ、五感に働きかける事で、対象を眠りに誘う能力。だが解析アナライズなら、誘眠効果に繋がりそうなあらゆる動きを察知できる。
 つまり、それらの動きを基本技能で妨害する事により、レイならその能力自体を無効化できる。

 そのレイにすかさず仕掛けてきた垂れ目少年。しかし彼がその特殊技能、"鋼鉄工スチールエンジニア"で形成した鉄の刀の攻撃は、ニーシャのプラスチックの剣で止められる。

「おねえさんが相手してあげるわ」
「おれよりおねえさんて歳なの?」
 確かに、実際はほぼ確実にニーシャの方が歳上でも、見かけだけなら2人は似たような年齢に見える容姿。

 続いてレイに仕掛けてきた冷却男の方もミユが吹き飛ばし、分身エミィが背後から蹴りを食らわそうとする。しかしミユの風は冷やして止められ、分身エミィは氷付けにされ消されてしまう。
「ふふ、さぶいが」
 不気味に笑った冷却男。

ーー

 同じ頃、ユイトとリリエッタには、短髪の女性と、少し前にアイテレーゼとも一緒でなかった白装束の男が立ちふさがっていた。
「キラー、あの小僧だよ、再創造リクリエイションの使い手、かなり強い」
「小娘の方を頼む」
「ああ」とそこで、手の平を合わせる短髪女性。

 彼女の特殊技能は、自らと他の誰かを擬似的に空間隔絶させてしまう、"監獄係プリズンスタッフ"。それにより、彼女とリリエッタは一時消え去り、その場にはユイトと、キラーと呼ばれた男だけとなる。

再創造リクリエイションか。久しぶりに面白そうだな」
 両手で、すぐ前の見えないボールを掴んで、それを回転させるような仕草をしたキラー。
「うっ、わああ」
 瞬間、横から強力な風圧をうけ、ユイトは吹き飛ばされ壁に叩きつけられた。

ーー

 ビル内で同時期に起きていた戦いに、アイテレーゼは参加しなかった。
 彼女は、円の部屋の中にある四角の部屋の中で、椅子に縛り付けられていたフィオナと会っていた。

「クロ姫、アイテレーゼ・クレザード・ルルシアね」
 フィオナも彼女を知っていた。というより、クロ姫の名はもはやサギ王子以上に有名であり、おそらくミューテアの貴族で、彼女を知らない者などいない。
「どうしてわたしを? わたしなんて大した家柄でもないのに」
 恐怖を必死に抑え、気丈に問うフィオナ。
「あなたは人質の予定だった」

 自分を人質。それだけでフィオナも理解できた。

「アルデラントじゃなくツキシロを? いえ、あなたの狙いはミューテアの貴族?」
「そういう事よ。ツキシロも、アルデラントもわたしは潰す気でいたわ」
 声を震わせるフィオナに、平然と返すアイテレーゼ。
「予定って?」
 アイテレーゼがそう言った事に今気づいたかのようなフィオナ。
「想定外の事が起きてね、ここの奴らじゃ、彼には勝てないだろうから」
「彼?」
 その彼について、フィオナにはまったく心当たりはない。
「さしずめナイトね、お姫様であるあなたを助けにきた」
「それって、レイの事?」
「フィオナ・アルデラント、あなたも案外鈍いのね」
 そうして、フィオナを困惑させたまま、アイテレーゼは部屋を出ていった。

「お似合いだわ。だからレイ・ツキシロはあなたを選んだのかな。ユイト」
 四角の部屋のドアを閉め、誰かいたとしても、その誰かに聞こえるか微妙なくらいの小声でアイテレーゼは呟いた。


──

"鋼鉄工スチールエンジニア"(コード能力事典・特殊技能15)

 鉄を操る特殊技能。
 鉄製品自体の利用が古くから行われているので、活用法がかなり確立されている。
 また、文明地域においては、かなり豊富に存在している。ただし、基本的に個体な物質の中で、鉄はかなり耐久性を強化しにくい。


"監獄係プリズンスタッフ"(コード能力事典・特殊技能95)

 空間を隔絶させ、疑似的な別空間を発生させる特殊技能。
 ただし、隔絶により個として固まった物質を切る事はできない。これは、実際には空間を切り裂いているのではなく、個体単位で情報を断絶しているにすぎないからと解釈されている。
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