科学魔法学園のニセ王子

猫隼

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Ch1・令嬢たちの初恋と黒の陰謀

1ー30・もうひとつの再会

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 オリヴィアからの緊急通信がきたのは、麗寧館を去ってすぐだった。そして発信場所であった学園の校舎裏で、何者かにひどい傷を負わされ、重体だった彼女をガーディは見つけた。

[「一命はとりとめたけど、かなりひどくやられちゃってる。意識が戻るのに、どのくらいかかるかはわからないよ」]
「了解した」
 通信機ごしにナタリーから、とりあえず彼女の命は助かったと聞き、ほっとするガーディ。
[「犯人の手がかりは?」]
 通信機を通して、今度はダリウスの問い。
「わからない。けど外部の奴じゃないと思う。学園内だからセキュリティがあるし。それに彼女は学園内の人間を探ってた」

 少し前にガーディに接触してきたオリヴィア。
 彼女の正体は、民間警備会社のエージェント。アズエルのような貴族の多い学校では、珍しい存在ではない。
 そして最近、一年、二年に経歴をごまかしている生徒が何人かいる事を知った彼女は、素性が唯一はっきりしていたガーディと接触。
 危険そうな者の情報を掴んでいるかを聞いてきたのである。
 ガーディは、とりあえずエマとエミィに関しては大丈夫だろう、とだけ伝えていた。

[「外部犯じゃないなら、わたしたちは手出し出来ないな。またSIAシアのお嬢さんや、サギ王子たちに協力を要請するか」]
「それしかないだろうな」
 ダリウスに言われなくとも、そもそもガーディはそうするつもりだった。

 潜入エージェントが瀕死の重症を負わされるなんて、かなり異常な事態だった。おそらくひとりでどうにかなんてできる状況ではない。

[「ガーディ、気をつけてよ」]
 心配そうなナタリー。
「ああ」
 そしてガーディは通信を終えた。

ーー

「何かよくない事が起きようとしてるのかもしれない」
 エマを連れて、麗寧館を訪ねてきたガーディ。
 エミィとニーシャも呼んでいた。

「とりあえず先に言っておく。おれの任務は学園内でのエマの護衛だ」

 それは万が一を考えての事だった。
 アズエル学園のセキュリティは、外敵に対して非常に強いとされるが、認証機能の関係上、経歴をごまかしている者にはあまり機能しない。
 エマは経歴を誤魔化しているのに加えて、その正体も知られたなら、多くの者に狙われる可能性があった。もしそうなった時、アズエルのセキュリティはむしろ、彼女を守る邪魔になる。

「だからアイテレーゼはおれを学園に置いた。いざって時に、エマを守るためだ」
「エマ、あなたはいったい?」
 エミィが問う。
「わたしは、アイテレーゼ・クレザード・ルルシアの妹なんです。といっても」
 アイテレーゼと直接血の繋がりはない、というエマ。

 そもそもルルシア家は代々、血の繋がった子を作らず、養子をとってきた家系であり、アイテレーゼも実は父アークと血の繋がりはない。

「とにかく、おれたちはそんな感じだ。それで今回の事だけど」
 オリヴィアが何者かに重症を負わされた事を話したガーディ。その少し前に彼女に呼び出された時のやりとりも、彼は話した。
 経歴偽装組で怪しい奴はいないか、と聞かれて、エミィとエマは心配ないと伝えた事。
「彼女がやられた理由は、何か掴んだからだろう。多分まだ本当の素性がわからないゲオルグかリンリーに関する何か。それで口封じにやられたんじゃないかと思う」
「ガーディ、その敵は、あなたが来て逃げたのだと思う?」
 唐突に問うニーシャ。
「だろうと思う。そうでなきゃ多分オリヴィアは殺されてた」
 その敵がコード能力者で、かつガーディの事を知っているなら、逃げるという選択をとったのはおかしくない。特にひとりなら、エレメントガンの一発でもくらってしまったら、もう万事休すなのだから。

「もしオリヴィアを殺せなかったのが、その敵の予想外なら、焦ってるだろうな」
 レイのその言葉を聞くまでもなく、ユイトも気づいていた。
 そう、オリヴィアが助かった状況を敵が気づいているとするなら、それは非常にまずい状況かもしれない。
 そしてまず間違いなく敵は気づいているはず。オリヴィアが襲われた件が隠されている時点で。
「もし彼女が殺されてたら隠せなかった。そうなったら学校は一時閉鎖だったはず」
 自分で言っておいて、かなり恐ろしそうなガーディ。
「一時じゃなかったかも、でもガーディ。とにかくあなた正解よ」
「うん、一般生徒たちにとっては、アズエルはむしろ一番安全くらいな場所だもんね」
 ニーシャに続いて、エミィが言う。
「ガーディくん」
「ユイト。アイテレーゼは確実に関わっていない。少なくともあいつは、関係ない人の命にまで危害が及ぶようなやり方は絶対しない」 
 ユイトの不安を、ガーディはすぐ砕いてくれる。
「それに、あいつとなぜか通信が通じない」
「アイちゃんと?」
 さっきとはまた別の理由で不安になるユイト。
「アーク・ヴィルゲズに、あいつが気をつけろって言ったんだろ」
「彼だと思うの?」
「黒幕はな」
 ニーシャの問いに、すぐ頷くガーディ。
「アイテレーゼがユイトに警告したのは、こうなる可能性を少しでも考えての事だと思う」

 父は自分のように甘くない。
 ユイトにそう言ったアイテレーゼ。

「それでとりあえず、エミィ。おれたちはそれぞれリンリーとゲオルグを見張ろう」
「うん、それが得策だよね」
 頷きあうエージェントふたり。
「で、ぼくらに代わりに、エマを守ってほしいってわけだね」とレイ。
「うん、任せて」
 ユイトも強く言う。
「とにかく、オリヴィアが意識を回復するまでは、絶対何事も起こさせないように」
 ガーディの言葉に全員が頷いた。

 そう、とにかくオリヴィアが、何者に襲われたのかが明らかになるまでは、それが先決。

ーー

 地上世界のアルケリ島。
 ユイトが空中世界へと旅立ってから。
 カナメは、家にいる時はいつでも、レイたちが用意してくれた通信機の置いた部屋で過ごしている。
 通信知らせがあったなら、それは兄から。そのはずだった。

[「カナメ、あなたカナメ?」]
 誰か。
 兄では確実にない。ミユでもない、女の人の声。
「う、うん、そうだけど。あなた、誰?」
 とりあえず問うカナメ。
[「ええっとねえ、鈍感お兄さんに、幼なじみと再会したって話聞いてないかしら?」]
「ア、アイちゃん? 嘘」
 まったく驚きだった。
 突然連絡をとってきたのは、もう二度と関われる事もないと思っていた相手。
[「嘘じゃないわ。それと、悪いけどじっくり話してる時間は今はないの」]
「う、うん、何か、急ぎ?」
[「ええ、ユイトに伝えてほしい事がある」]

 それは囚われの身になりながらも、なんとか誰にもバレない回路を繋ぎ繋ぎして、最後には、かつて地上で使っていて、そのまま放置していた電波回路を通して、カナメへと送ってきた通信。
 彼女にとっても大事な幼なじみからの助けを求める声だった。
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