科学魔法学園のニセ王子

猫隼

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Ch1・令嬢たちの初恋と黒の陰謀

1ー29・ファーストキス

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 空中世界、少なくともミューテアではあまりない。
 カナメの趣味は手芸。

[「いいよ、お兄ちゃん、いい感じ」]
「うん、ほんと助かる」
 モニターを通して、妹の教えを受けながら、あるぬいぐるみを編んでいたユイト。
 休日の朝から、裁縫道具や材料などは骨董品店から購入し、後はひたすらそれに没頭していた。

「ユイト、入っていいか」
「うん」
 ユイトが頷くや、ドアを開けて入ってきたレイ。
 ミユも一緒にいた。

[「あ、レイさん、ミユさん、どうもです」]
 すぐに挨拶するカナメ。
「ああ」
「ご無沙汰してます」
 軽い雰囲気のレイに、丁寧なミユ。
「それでユイト、何やってるわけなの?」
「手芸、よね? それ」
 やはり空中世界出身であるふたりには、あまり馴染みがないようだった。

「これ、まだ作りかけなんだけど」
 作りかけといっても、もうほとんど見かけは完成してるような、リボンをつけたクマの人形を、ユイトはレイたちに見せる。
「あっ、かわいい」
「よかった。ちょっと不安だったんだ。おれたちのセンスは完全に地上世界のものだし」
 ミユの反応に、とりあえずユイトは安堵する。
「しかしどうしたんだよ、急に」とレイ。
「こいつ、"ユーキ"てキャラクターなんだ」
[「わたしたちの地域では、すっごく有名なんですよ」]

 兄妹は説明した。
 リボンがトレードマークのクマのユーキは、アルケリ島とその周辺の島々に伝わる昔話のキャラクター。
 勘がよくて、本当の自分を見てくれる。家族にも親友にも、誰にも言えない悩みを聞いてくれる。そんな秘密の友達。

「それ、フィオナに?」
「プレゼントを?」
 ユーキというキャラクターの説明を聞いて、レイもミユもすぐにピンときた。
「うん」
 考えた末に、ユイトがフィオナにしてあげられると結論した唯一の事だった。
「おれはフィオナちゃんの事、きっとレイくんたちよりずっと知らないけどさ。けど、なんかほんとの自分を抑え込んでるんだって気づいたよ。そうなんでしょう?」
 レイもミユも、とっさに何も答えない。
 しかし、否定しない事が肯定の証だった。
「おれにできるのって、こんなくらいしか思い浮かばなくて。でも少しでも楽になってくれたらいいなって」
「ユイト」
 また、いつかのごとく感動した様子で、彼の手を取ったミユ。
「な、何?」
 いつかの時からあまり成長ない感じのユイト。
「あの」
 そして少しだけ寂しげに彼女は問う。
「あなたはフィオナ様の事が、好きなの?」
「いや、えっと」
 ユイトにとって、完全にそれは予想外の質問だった。
「わかんないよ。それに違うんだ。そういうわけじゃなくて」
 そう、少なくともそういう気持ちからではなかった。
「みんな、その、レイくんも、ミユちゃんも、リリエッタちゃんも、みんなさ、きっとその、そういう気持ちと違くて、フィオナちゃんの事、好きなんだよね」
 その気持ちはユイトにだってわかった。恋愛には疎くても、友情なら彼にだってよくわかる。
「みんなだから、すっごく彼女の事心配してるのわかったよ。だからその、深い意味はなくて。おれも少しでも力になれたらって」
 ただそういうわけ。

[「お兄ちゃん」]
「ああ、ユイト」
 図らずも考えの一致していたカナメとレイ。
[「ちょっと席外して」]
「ちょっとこっちに」
 重なる声。

 そしてレイはユイトを連れて部屋を一旦出ていき、部屋にはミユだけになる。
[「ミユさんは、お兄ちゃんの事」]
「恥ずかしいですね、いろいろ」
 別にミユは、自分の気持ちを否定したりはしない。
 そんな事はしたくなかった。
[「そうかもしれないって思ってたけど」]
 ため息をつくカナメ。
[「その内、説教だね、あの鈍感バカ兄貴」]
 彼女の言葉に、ミユは頬を赤らめて笑うしかなかった。

ーー

 翌日の劇の練習。
 舞台ではガーディ演じる主人公カルの友人と、ソフィー演じるカルと組んでいたオペレーターが、裏切った彼について話し合うシーン。
 他のキャストメンバーは舞台裏。
「ふああっ」
「寝不足?」
 大きなあくびをする偽物レイのユイトに、セシリアが問う。
「ちょっとな」
 もう少し、もう少しと、結局ぬいぐるみをしっかり完成させたのはいいが、そのせいで彼はほとんど寝ていない。
「レイ、しっかりしてよ」とフィオナ。
「ああ、悪い」

 しかし、一応しっかり舞台では演技をこなし、そして練習が終わったら、ユイトはさっさとその日は帰った。

ーー

 待ってくれていたリリエッタと一緒に、教室に置いていた荷物を取りに来たフィオナ。

「なんかさ、サギ王子のやつ、急いでたみたいだけど」
「寝不足らしいわ。どうせろくでもない事よ」
「いや、そうとも限らないんじゃないかな」
 今や、学園に通うレイが偽物である事を知っているリリエッタ。
「でもレイだよ」
「まあそうなんだけどね」
 リリエッタの苦笑の意味が、まだフィオナにはわからない。

「ん、これ?」
 教室の各机は、プライバシー保護のためのサイバーシステムの特殊障壁で囲われていて、一部の[シークレット]と定義された物はある程度近づかないと視覚的に確認できない。例えば、まさにその時、フィオナの机の上に置かれていたシンプルな装飾のギフトボックスも。葬式に入った段階では気づけなかったが、近づいてみてわかった。
 差出人の名前はどこにも確認できない。
「これ」
「待って、家に帰ってから開けなよ。それ、フィオナへのプレゼントだよ」
「う、うん」
 リリエッタの言葉で、その場で箱を開けようとした手を止めるフィオナ。

「これ、誰からか知ってるの?」
「まあ、なんとなく推測でしかないけどね」
「そっか」
 リリエッタの返しに、納得してるような、してないような、そんな微妙なフィオナ。
 彼女としても心当たりはひとつしかない。

ーー

 そして家に帰ってから箱を開け、中の手作り感溢れるぬいぐるみを見て、自分の予想が当たってた事を確信する。
「レイ」
 かなり寝不足そうだった彼を思い出すフィオナ。
 さらに箱の中に入っていたのは、ぬいぐるみに関する簡単な説明を書いた紙。

(彼はユーキ。
 昔、悪い魔法使いに孤独になる呪いをかけられたお姫様がいて、彼女を知っていた人たちは次々彼女の事を忘れてしまった。
 けれど、姫を一番大好きだったクマのユーキは、彼女を忘れてしまう前に、自らにも呪いをかけた。
 それはずっと、彼女と親友でいないといけない呪い)

「何ですか、この設定」
 思わずひとり、ふきだすフィオナ。しかし、正直少し感動もしてしまった。
 そして冷静に考えると違和感も感じた。なんだか彼の創作にしては、あまり彼の好みらしくない感じがしたのだ。イメージ的に、つまりレイの創作なのだとしたら、やや重すぎる話に思った。

「クマのユーキ。呪い」
 部屋のパソコンを起動し、情報ネットワークで検索してみる。
「"ルッカ"」
 クマのユーキは、8つほどの島を中心とした、地上世界のルッカというエリアに伝わる昔話のキャラクター。特に伝統的に、アルケリという島と、その周辺で人気らしかった。

ーー

 そして数日が経って、いよいよ劇本番。

「カル、あなたの任務は」
「わかってるさ、わかってる」
 順調に進む話。
 きっちり練習通り。
「おれはおまえたちを止める」
「やってみろよ」
 特に誰もミスしたりはしない。
 そしてラストシーン。

「ずっと一緒に」
「ああ、ずっと一緒だ」
 向き合う偽物レイのユイトとフィオナ。
 息を飲む観客たち。
 実際にキスはしなくても、キスしてるように見せかけられる角度で、近づいていくふたりの顔。

(フィオナ、ちゃん?)
 劇が終わって、幕が下りて、別に他の誰にも見えやしないのに、ほんとに重なっていた唇を、放心状態のユイトから離したフィオナ。
「この前助けてくれたのと、あの、ユーキくんのお礼ね。あれ、嬉しかったよ」
 そして背中を向けて、彼女は口早に続けた。
「笑ったりしないでよ、わたしの初めてなんだから。その、あなたみたいな人には、こんなの大したものじゃないんだろうけど」
 ほとんど何を言っているのか、もはやユイトにはわからない。
 ただ、初めてと言ったのはわかった。
「わたしには、大事なものなんだからね。とっても大事な瞬間なんだからね」
 そして彼女はさっさとその場を去り、後には本当に魂がすっかり抜けてしまったかのような、哀れな少年が残されていた。

「おい」と、まだ三年と四年の劇もあるので、わりと強引に彼を舞台からどかしたガーディ。
「しっかり、しろ」
「あっ、う、うん。いや、ああ」
 軽く彼に腹を叩かれ、ようやく現実に戻ってきたユイト。

 一応、それからもなんとかユイトは平静を保てた。
 フィオナが、まるであんな事なかったかのように、いつもと変わりなかったのも、大助かりだった。おかげで冷静でいれたから。

ーー

 しかし全ての演目を終え、麗寧館に帰ると、緊張の糸もとけて、とりあえず自室にこもったユイト。

「実はな」
 ガーディがいたのは偶然それが見える位置だったから、フィオナがユイトに、ふりでなく本当にキスしたのが彼には見えていた。
 見えていたのだが、一応、単に偶然唇が当たってしまったようだった、とだけ彼はレイたちに伝えた。

「それで、ああなったわけか」
「レイ、真面目に、笑ってる場合じゃないって」
「そう、だな、立ち直ってもらわないとな。キスから」
 いろいろ複雑そうなミユに対し、レイは本当に、笑いをこらえるのにかなり必死そうだった。

ーー

 同じ頃。
 四年生は、劇後に食事会があったが、用事があると断ったオリヴィア。
「ねえ」
 学園の校舎裏にいたエマに彼女は声をかけた。
「あなた、誰よ。本物のエマ・フラティールじゃないんでしょう?」
「何を言っているのかしら。全然わからないわね」
 そう返し、エマのふりをした女は不気味に笑った。
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