僕たちの世界は、こんなにも眩しかったんだね

舞々

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プロローグ

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「俺、お前の他にも付き合ってるΩがいて……その人と番になったんだ。でもさ、αは何人も番を持てるから、お前とだって……」
「…………」

 青天の霹靂とはこういうことを言うのだろう。思考のまとまらない頭で蒼汰は思った。
 別に「運命の番」なんて信じてはいなかったけれど、こんな結末はあんまりではないか。 


 確かに花村蒼汰はなむらそうたは、飛び抜けて器量がいいわけではないし、裕福な家庭に育ったものの、両親の能力など何一つ受け継いでなどいない。実に平平凡凡な大学生。
 しかも優秀なαの両親から生まれた、「社会的底辺の存在」と言われているΩだ。
 だからといって、こんなの酷すぎる。しかも、今日は蒼汰の二十歳の誕生日だというのに……。
 今目の前で、頭を掻きながら気まずそうに笑う男を、ずっとたった一人の恋人だと思っていた自分が情けなくなってきた。


「ずっと信じてたのに……」
 泣き叫びたいくらい悲しいのに、なぜだろうか? 涙が出てきてくれない。ポツリ呟いて、唇を噛み締めたまま俯いた。
 こんな男だって、蒼汰はずっと愛してきたのだ。いつか、番になれると信じて。ただの番ではない。その人のたった一人の番に、だ。
 この男の言う通り、αは何人もの番をもつことができる。Ωはたった一人の番しか持つことができないのに……この不平等な生態さえ、腹立たしく感じた。


「蒼汰、俺はお前が可愛いんだ。一生大事にするから、俺と番になろう?」
「……大事に、する?」
「あぁ。大事にするよ」
 こんな甘い言葉は、きっとこの場を取り繕うための出まかせだ。そんなことはわかりきっているのに、この嘘に縋りつきたくなる弱い自分もいる。


 ――一人は寂しい。


「ほら、蒼汰」
 差し出された手を静かに見つめる。この手を取れば、寂しい思いをせずにいられるのだろうか? 自分は幸せになれるのだろうか? 心が静かに葛藤を始める。
「蒼汰」
 もう一度名前を呼ばれて優しく髪を撫でられてしまえば、この手を振り払うことなんてできるはずがない。
 蒼汰は男に向かって、そっと手を伸ばした。


そうちゃん、俺たちが二十歳はたち になったら番になろう? 俺、二十歳の誕生日に、絶対蒼ちゃんを迎えに行くから!」


 ――なんだ、これ。
 突然記憶が詰め込まれていた箱の蓋が開いて、忘れていた思い出が溢れ出したのを感じる。


「蒼ちゃん、大人になったら番になろうね。俺、それまでに蒼ちゃんを守ることができるような強い男になるから。だから、俺のことを待っててね」


 幼い頃の甘酸っぱい思い出が、まるで走馬灯のように頭を駆け巡っていった。
 ――あぁ、俺はこんな風に純粋に恋をしていた頃があったんだ。


 それに気付かされた瞬間、今の自分がひどく汚れたものに感じられる。寂しいとか、ヒートを一人で乗り越えるのは辛いとか……そんなことに、思考を支配されてしまっていたのかもしれない。
 蒼汰は大きく息を吸ってから吐き出す。それから覚悟を決めて顔を上げた。


「俺は、俺は……その人の、たった一人の番になりたい」
「蒼汰、でも……!」
「さよなら」
 最後の最後まで言おうか悩んだ言葉を絞り出す。一人になることは怖かったけれど、これ以上惨めな思いはしたくはなかったから。
「さよなら」
 自分の腕を掴もうとする男の手を振り払い、蒼汰は走り出す。
「はぁはぁはぁ……」
 普段運動をしていない蒼汰は、少し走っただけで息が上がる。苦しくて肩で呼吸をしながら走り続けた。
 辛くて、苦しくて、心がバラバラになってしまいそうだ。今まで、蒼汰を支えてきたものがガラガラと音をたてて崩れていくのを感じる。
「畜生、畜生……!」
 悔しくて、悲しくて……今になって涙が溢れてくる。


 アパートの階段を駆け上がり、力任せに扉を閉めた。
 部屋の中には悲しいくらい、つい先程まで恋人だった男の私物と、楽しかった思い出で溢れている。また涙が溢れ出した。
「好きだったのにな……」
 リビングに置いてあるベッドに倒れ込んだ。呼吸が苦しいし、脱力してしまっていて、立っていることもできない。
 自分は、あの人のたった一人の番になるんだと、今日まで疑いもしなかった。心が爆発しそうになったから、綺麗に張られたシーツをギュッと握り締めた。溢れ出した涙は、二人で抱き合ったベッドのシーツに音もなく吸い込まれていって、たくさんのシミを作った。
「もう消えちゃいたい……」
 声を押し殺して泣くことしかできなかった。


 その日から、蒼汰は部屋のカーテンを閉めきって、自分の殻へと閉じ籠るようになる。
 明るい日差しも、他人が楽しそうに笑う顔も、幸せそうなカップルも、家族も……見たくなんてない。自分はあの男の子どもを身籠り、幸せな家庭を築くものだと疑いもしなかった。
 そんな蒼汰の夢が、あっけなく崩れ去ってしまったのだ。


「もう、これ以上傷つきたくなんてない」
 蒼汰は目を閉じて、耳も覆う。
 こんなにも心はボロボロなのに、もうすぐヒートを迎える体は少しずつ熱を帯び始めている。そんなΩの体が惨めで……再び涙が溢れ出した。




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