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第三章 鳥居の向こう側
鳥居の向こう側⑤
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「うわ、我鷲丸、酒臭い」
「いちいちうるせぇなぁ。寺を漁っていたらいい酒が見つかったんだよ。ひよっこのお前が立派に戦えるようになってきたから、祝ってやってんだ。感謝くらいしろよ」
そう言いながら縁側にドカッと腰を下ろす我鷲丸。かなり酔っているようだが、ひどく機嫌がいい。智晴の頭を乱暴に撫でてくれた。
「昔はよく、こうやって武尊と酒を飲んだもんだ」
「武尊と?」
「そうだ。酔ったあいつは本当に艶っぽくてな。普段は蝋みたいに白い肌がほんのりと桃色に染まり、唇はまるで紅をさしたかのように真っ赤になった。本当に、色っぽかったなぁ」
まるで記憶を掘り返すかのように遠くを見つめる我鷲丸。だらしくなくはだけた着物姿が男らしくて、目のやり場に困ってしまった。
「我鷲丸は本当に武尊が大好きだったんだな」
「はぁ?」
「だって、いつもいつも武尊の話ばかりしてるじゃん。きっと、我鷲丸の頭の中は武尊でいっぱいなんだ」
「ふーん。で?」
「……で? って、なんだよ?」
まるで悪戯を思いついたときのような顔で覗き込まれると、鼓動が段々速くなっていくのを感じる。こういった我鷲丸の一面を目の当たりにすると、いかに自分が子供かということを思い知らされてしまうのだ。
我鷲丸の耳がピクピクと嬉しそうに動く。きっと、何かよからぬことを思いついたのだろう。
「お前は、武尊にヤキモチを妬いてるのか?」
「ヤ、ヤキモチ!? そんなわけないだろう!」
「ふふっ、天邪鬼だなぁ。武尊は絶世の美人だったけれど、俺はお前みたいに可愛い感じも好きだぜ?」
「な、なにを言ってんだよ! ちょ、ちょっと我鷲丸!」
楽しそうに口角を上げる我鷲丸に突然その場に押し倒されて、背中を強く打った智晴は眉を顰める。硬い縁側に馬鹿力で押さえつけられてしまった智晴は、呼吸さえできなくなってしまった。
「離せ、我鷲丸!」
「いいだろう? ちょっとくらい……」
「嫌だ、離せ!」
体を捩って振り払おうとしたが、貧弱な智晴が強靭な我鷲丸に敵うはずがない。恐る恐る薄目を開ければ、豊かな尻尾を揺らしながら目を細める我鷲丸と、視線が絡み合った。
――こいつ絶対俺をからかってやがる。
悔しくて、それ以上に恥ずかしくて、涙が溢れ出しそうになった。
「いいぜ、別に相手してやっても。久しぶりに上等な酒にありつけたから、今日の俺は機嫌がいいんだ」
「……相手って?」
「はぁ? お前そんなんも知らないのか? よし、じゃあこの我鷲丸様が教えてやるよ」
満面の笑みを浮かべた我鷲丸が舌なめずりをする。その瞬間、ようやく我鷲丸の言った意味が理解できた智晴の背中を寒気が走り抜けた。
「やめろよ、俺は武尊じゃないぞ」
「そんなのはわかってる」
「じゃあなんで?」
「なんでって、お前が可愛いから」
「は?」
予想もしていなかった言葉に体が凍り付いたかのように動かなくなってしまう。それが余程面白かったのだろう……我鷲丸が首筋に舌を這わせてきた。
生まれて初めて感じる舌の温もりに、ヒュッと喉が鳴る。
「この馬鹿狐め、離せよ」
「いてぇな、大人しくしてればいい思いさせてやるから」
「嫌だ、嫌だ、我鷲丸、怖い……!」
思いきり片方の耳を引っ張れば、簡単にその手を振り払われてしまった。
「智晴も黙ってれば可愛いのにな」
「我鷲丸……」
「大人しくしてろよ。俺だって……人恋しい時だってあるんだからな……」
「え? ちょ、ちょっと……」
突然我鷲丸が倒れ込んできたと思ったら、耳元で穏やかな寝息が聞こえてきた。
「嘘だろ……」
散々人を弄んだ挙句寝てしまうなんて。沸々と怒りが込み上げてくるのを感じる。
「起きろ、このエロ狐!! 重たいんだよ!!」
「いってぇな!!」
智晴が思いきり尻尾を引っ張れば、静かな蓮寺に我鷲丸の悲鳴が響き渡った。
「いちいちうるせぇなぁ。寺を漁っていたらいい酒が見つかったんだよ。ひよっこのお前が立派に戦えるようになってきたから、祝ってやってんだ。感謝くらいしろよ」
そう言いながら縁側にドカッと腰を下ろす我鷲丸。かなり酔っているようだが、ひどく機嫌がいい。智晴の頭を乱暴に撫でてくれた。
「昔はよく、こうやって武尊と酒を飲んだもんだ」
「武尊と?」
「そうだ。酔ったあいつは本当に艶っぽくてな。普段は蝋みたいに白い肌がほんのりと桃色に染まり、唇はまるで紅をさしたかのように真っ赤になった。本当に、色っぽかったなぁ」
まるで記憶を掘り返すかのように遠くを見つめる我鷲丸。だらしくなくはだけた着物姿が男らしくて、目のやり場に困ってしまった。
「我鷲丸は本当に武尊が大好きだったんだな」
「はぁ?」
「だって、いつもいつも武尊の話ばかりしてるじゃん。きっと、我鷲丸の頭の中は武尊でいっぱいなんだ」
「ふーん。で?」
「……で? って、なんだよ?」
まるで悪戯を思いついたときのような顔で覗き込まれると、鼓動が段々速くなっていくのを感じる。こういった我鷲丸の一面を目の当たりにすると、いかに自分が子供かということを思い知らされてしまうのだ。
我鷲丸の耳がピクピクと嬉しそうに動く。きっと、何かよからぬことを思いついたのだろう。
「お前は、武尊にヤキモチを妬いてるのか?」
「ヤ、ヤキモチ!? そんなわけないだろう!」
「ふふっ、天邪鬼だなぁ。武尊は絶世の美人だったけれど、俺はお前みたいに可愛い感じも好きだぜ?」
「な、なにを言ってんだよ! ちょ、ちょっと我鷲丸!」
楽しそうに口角を上げる我鷲丸に突然その場に押し倒されて、背中を強く打った智晴は眉を顰める。硬い縁側に馬鹿力で押さえつけられてしまった智晴は、呼吸さえできなくなってしまった。
「離せ、我鷲丸!」
「いいだろう? ちょっとくらい……」
「嫌だ、離せ!」
体を捩って振り払おうとしたが、貧弱な智晴が強靭な我鷲丸に敵うはずがない。恐る恐る薄目を開ければ、豊かな尻尾を揺らしながら目を細める我鷲丸と、視線が絡み合った。
――こいつ絶対俺をからかってやがる。
悔しくて、それ以上に恥ずかしくて、涙が溢れ出しそうになった。
「いいぜ、別に相手してやっても。久しぶりに上等な酒にありつけたから、今日の俺は機嫌がいいんだ」
「……相手って?」
「はぁ? お前そんなんも知らないのか? よし、じゃあこの我鷲丸様が教えてやるよ」
満面の笑みを浮かべた我鷲丸が舌なめずりをする。その瞬間、ようやく我鷲丸の言った意味が理解できた智晴の背中を寒気が走り抜けた。
「やめろよ、俺は武尊じゃないぞ」
「そんなのはわかってる」
「じゃあなんで?」
「なんでって、お前が可愛いから」
「は?」
予想もしていなかった言葉に体が凍り付いたかのように動かなくなってしまう。それが余程面白かったのだろう……我鷲丸が首筋に舌を這わせてきた。
生まれて初めて感じる舌の温もりに、ヒュッと喉が鳴る。
「この馬鹿狐め、離せよ」
「いてぇな、大人しくしてればいい思いさせてやるから」
「嫌だ、嫌だ、我鷲丸、怖い……!」
思いきり片方の耳を引っ張れば、簡単にその手を振り払われてしまった。
「智晴も黙ってれば可愛いのにな」
「我鷲丸……」
「大人しくしてろよ。俺だって……人恋しい時だってあるんだからな……」
「え? ちょ、ちょっと……」
突然我鷲丸が倒れ込んできたと思ったら、耳元で穏やかな寝息が聞こえてきた。
「嘘だろ……」
散々人を弄んだ挙句寝てしまうなんて。沸々と怒りが込み上げてくるのを感じる。
「起きろ、このエロ狐!! 重たいんだよ!!」
「いってぇな!!」
智晴が思いきり尻尾を引っ張れば、静かな蓮寺に我鷲丸の悲鳴が響き渡った。
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