時を転じて陰陽師は恋をする

舞々

文字の大きさ
15 / 42
第三章 鳥居の向こう側

鳥居の向こう側⑤

しおりを挟む
「うわ、我鷲丸、酒臭い」
「いちいちうるせぇなぁ。寺を漁っていたらいい酒が見つかったんだよ。ひよっこのお前が立派に戦えるようになってきたから、祝ってやってんだ。感謝くらいしろよ」


 そう言いながら縁側にドカッと腰を下ろす我鷲丸。かなり酔っているようだが、ひどく機嫌がいい。智晴の頭を乱暴に撫でてくれた。


「昔はよく、こうやって武尊と酒を飲んだもんだ」
「武尊と?」
「そうだ。酔ったあいつは本当に艶っぽくてな。普段は蝋みたいに白い肌がほんのりと桃色に染まり、唇はまるで紅をさしたかのように真っ赤になった。本当に、色っぽかったなぁ」


 まるで記憶を掘り返すかのように遠くを見つめる我鷲丸。だらしくなくはだけた着物姿が男らしくて、目のやり場に困ってしまった。


「我鷲丸は本当に武尊が大好きだったんだな」
「はぁ?」
「だって、いつもいつも武尊の話ばかりしてるじゃん。きっと、我鷲丸の頭の中は武尊でいっぱいなんだ」
「ふーん。で?」
「……で? って、なんだよ?」


 まるで悪戯を思いついたときのような顔で覗き込まれると、鼓動が段々速くなっていくのを感じる。こういった我鷲丸の一面を目の当たりにすると、いかに自分が子供かということを思い知らされてしまうのだ。
 我鷲丸の耳がピクピクと嬉しそうに動く。きっと、何かよからぬことを思いついたのだろう。


「お前は、武尊にヤキモチを妬いてるのか?」
「ヤ、ヤキモチ!? そんなわけないだろう!」
「ふふっ、天邪鬼だなぁ。武尊は絶世の美人だったけれど、俺はお前みたいに可愛い感じも好きだぜ?」
「な、なにを言ってんだよ! ちょ、ちょっと我鷲丸!」


 楽しそうに口角を上げる我鷲丸に突然その場に押し倒されて、背中を強く打った智晴は眉を顰める。硬い縁側に馬鹿力で押さえつけられてしまった智晴は、呼吸さえできなくなってしまった。


「離せ、我鷲丸!」
「いいだろう? ちょっとくらい……」
「嫌だ、離せ!」


 体を捩って振り払おうとしたが、貧弱な智晴が強靭な我鷲丸に敵うはずがない。恐る恐る薄目を開ければ、豊かな尻尾を揺らしながら目を細める我鷲丸と、視線が絡み合った。


 ――こいつ絶対俺をからかってやがる。
 悔しくて、それ以上に恥ずかしくて、涙が溢れ出しそうになった。


「いいぜ、別に相手してやっても。久しぶりに上等な酒にありつけたから、今日の俺は機嫌がいいんだ」
「……相手って?」
「はぁ? お前そんなんも知らないのか? よし、じゃあこの我鷲丸様が教えてやるよ」


 満面の笑みを浮かべた我鷲丸が舌なめずりをする。その瞬間、ようやく我鷲丸の言った意味が理解できた智晴の背中を寒気が走り抜けた。


「やめろよ、俺は武尊じゃないぞ」
「そんなのはわかってる」
「じゃあなんで?」
「なんでって、お前が可愛いから」
「は?」


 予想もしていなかった言葉に体が凍り付いたかのように動かなくなってしまう。それが余程面白かったのだろう……我鷲丸が首筋に舌を這わせてきた。
 生まれて初めて感じる舌の温もりに、ヒュッと喉が鳴る。


「この馬鹿狐め、離せよ」
「いてぇな、大人しくしてればいい思いさせてやるから」
「嫌だ、嫌だ、我鷲丸、怖い……!」
 思いきり片方の耳を引っ張れば、簡単にその手を振り払われてしまった。


「智晴も黙ってれば可愛いのにな」
「我鷲丸……」
「大人しくしてろよ。俺だって……人恋しい時だってあるんだからな……」
「え? ちょ、ちょっと……」


 突然我鷲丸が倒れ込んできたと思ったら、耳元で穏やかな寝息が聞こえてきた。


「嘘だろ……」
 散々人を弄んだ挙句寝てしまうなんて。沸々と怒りが込み上げてくるのを感じる。


「起きろ、このエロ狐!! 重たいんだよ!!」
「いってぇな!!」


 智晴が思いきり尻尾を引っ張れば、静かな蓮寺に我鷲丸の悲鳴が響き渡った。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

〔完結済〕この腕が届く距離

麻路なぎ
BL
気まぐれに未来が見える代わりに眠くなってしまう能力を持つ俺、戸上朱里は、クラスメイトであるアルファ、夏目飛衣(とい)をその能力で助けたことから、少しずつ彼に囲い込まれてしまう。 アルファとかベータとか、俺には関係ないと思っていたのに。 なぜか夏目は、俺に執着を見せるようになる。 ※ムーンライトノベルズなどに載せているものの改稿版になります。  ふたりがくっつくまで時間がかかります。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

聖獣は黒髪の青年に愛を誓う

午後野つばな
BL
稀覯本店で働くセスは、孤独な日々を送っていた。 ある日、鳥に襲われていた仔犬を助け、アシュリーと名づける。 だが、アシュリーただの犬ではなく、稀少とされる獣人の子どもだった。 全身で自分への愛情を表現するアシュリーとの日々は、灰色だったセスの日々を変える。 やがてトーマスと名乗る旅人の出現をきっかけに、アシュリーは美しい青年の姿へと変化するが……。

【完結】生まれ変わってもΩの俺は二度目の人生でキセキを起こす!

天白
BL
【あらすじ】バース性診断にてΩと判明した青年・田井中圭介は将来を悲観し、生きる意味を見出せずにいた。そんな圭介を憐れに思った曾祖父の陸郎が彼と家族を引き離すように命じ、圭介は父から紹介されたαの男・里中宗佑の下へ預けられることになる。 顔も見知らぬ男の下へ行くことをしぶしぶ承諾した圭介だったが、陸郎の危篤に何かが目覚めてしまったのか、前世の記憶が甦った。 「田井中圭介。十八歳。Ω。それから現当主である田井中陸郎の母であり、今日まで田井中家で語り継がれてきただろう、不幸で不憫でかわいそ~なΩこと田井中恵の生まれ変わりだ。改めてよろしくな!」 これは肝っ玉母ちゃん(♂)だった前世の記憶を持ちつつも獣人が苦手なΩの青年と、紳士で一途なスパダリ獣人αが小さなキセキを起こすまでのお話。 ※オメガバースもの。拙作「生まれ変わりΩはキセキを起こす」のリメイク作品です。登場人物の設定、文体、内容等が大きく変わっております。アルファポリス版としてお楽しみください。

ヤンデレ王子と哀れなおっさん辺境伯 恋も人生も二度目なら

音無野ウサギ
BL
ある日おっさん辺境伯ゲオハルトは美貌の第三王子リヒトにぺろりと食べられてしまいました。 しかも貴族たちに濡れ場を聞かれてしまい…… ところが権力者による性的搾取かと思われた出来事には実はもう少し深いわけが…… だって第三王子には前世の記憶があったから! といった感じの話です。おっさんがグチョグチョにされていても許してくださる方どうぞ。 濡れ場回にはタイトルに※をいれています おっさん企画を知ってから自分なりのおっさん受けってどんな形かなって考えていて生まれた話です。 この作品はムーンライトノベルズでも公開しています。

百戦錬磨は好きすぎて押せない

紗々
BL
なんと!HOTランキングに載せていただいておりました!!(12/18現在23位)ありがとうございます~!!*******超大手企業で働くエリート営業マンの相良響(28)。ある取引先の会社との食事会で出会った、自分の好みドンピシャの可愛い男の子(22)に心を奪われる。上手いこといつものように落として可愛がってやろうと思っていたのに…………序盤で大失態をしてしまい、相手に怯えられ、嫌われる寸前に。どうにか謝りまくって友人関係を続けることには成功するものの、それ以来ビビり倒して全然押せなくなってしまった……!*******百戦錬磨の超イケメンモテ男が純粋で鈍感な男の子にメロメロになって翻弄され悶えまくる話が書きたくて書きました。いろんな胸キュンシーンを詰め込んでいく……つもりではありますが、ラブラブになるまでにはちょっと時間がかかります。※80000字ぐらいの予定でとりあえず短編としていましたが、後日談を含めると100000字超えそうなので長編に変更いたします。すみません。

冷めない恋、いただきます

リミル
BL
生真面目なMR(29)×料理教室の美人講師(31) 同性に好かれやすく、そして自身の恋愛対象も同性である由衣濱 多希は、女性の主婦ばかりの料理教室で、講師として働いている。甘いルックスと柔らかな雰囲気のおかげで、多希は人気講師だった。 ある日、男の生徒──久住が教室の体験にやって来る。 MRとして働く久住は、接待と多忙で不規則な生活のせいで今年の健康診断はオールEだと言う。それを改善すべく、料理教室に通う決心をしたらしい。生真面目だが、どことなく抜けている久住に会うのが、多希の密かな楽しみになっていた。 ほんのりと幸せな日々もつかの間、ある日多希の職場に、元恋人の菅原が現れて……。

恋人ごっこはおしまい

秋臣
BL
「男同士で観たらヤっちゃうらしいよ」 そう言って大学の友達・曽川から渡されたDVD。 そんなことあるわけないと、俺と京佐は鼻で笑ってバカにしていたが、どうしてこうなった……俺は京佐を抱いていた。 それどころか嵌って抜け出せなくなった俺はどんどん拗らせいく。 ある日、そんな俺に京佐は予想外の提案をしてきた。 友達か、それ以上か、もしくは破綻か。二人が出した答えは…… 悩み多き大学生同士の拗らせBL。

処理中です...