時を転じて陰陽師は恋をする

舞々

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第五章 我に力を

我に力を⑤

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「ガルルルル……」
「おい、モタモタしていると喰われちまうぞ。こいつは封印から目が覚めたばかりで腹が減ってるはずだ。それに 、話してわかる相手じゃないだろう」


「そ、そんな……それで、ここからどうしろって言うんだよ! 封印? どうやるんだ!?」
「何を寝ぼけたことを言ってやがる。律の護符があるだろうが。妖怪に会ったら護符を出して呪いを唱える、そんだけだ」
「そ、そんな適当過ぎるだろ!?」


 それでも我鷲丸の言葉にハッとして懐をギュッと掴めば、護符が微かに熱を帯びていた。


「これか……」


 護符を取り出し人差し指と中指の間に挟み、大きく息を吸う。今にも暴れ出しそうな犬神を目の前にすれば、自然と足がすくむ。あとは呪いを唱えるだけ……そう分かっているのに、言葉が出ない。無意識に体が逃げる方向へと向きを変えていく。


 どんなに奥歯を噛み締めても止まらない震えに、やはり自分が情けなくなってくる。


「くそ……くそぉ……!」
「大丈夫だ。いざとなれば俺がいる。お前のことは絶対に俺が守るから。だからお前はあいつを封印することに集中しろ」
「我鷲丸……」
「ほら、来るぞ」
「グワァァァァァ!!」


 両手を合わせ目を閉じ、大きく息を吐く。すぐ目の前には真っ赤な口を開けた犬神が迫ってきている。しかし隣に我鷲丸がいるせいか、不思議と今は落ち着いていた。
 我鷲丸がいれば大丈夫だ……そんな思いが智晴の心を奮い立たせた。


「眠りより覚めし悪霊よ。怒りを鎮め我が友となれ。急急如律令」


 呪いを唱えれば足元に五芒星が浮かび上がり、淡い光が智晴と犬神を包み込む。


「グォォォォ!!」
「やったか……え!? そ、そんな!」
「智晴!」


 一瞬力を失ったように見えた犬神だったが、雄たけびのような声を上げ再び智晴目掛けて突進してくる。それを見た我鷲丸が牙を剥き犬神に襲いかかろうとしたから、咄嗟にその腕を掴んだ。


「待って、我鷲丸、待ってくれ……」
「馬鹿が。何を言ってるんだ!」
「お願い、もう一度だけ……もう一度だけチャンスをくれ」
 あまりにも真剣な智晴の顔を見た我鷲丸が、力を抜く。


「ったく、好きにしろ」
 もう一度指に護符を挟み犬神を見上げる。深く息を吸って、そっと吐き出す。


 大丈夫だ。きっと今度はうまくいくはずだ。


「犬神よ、我が友となれ。急急如律令」
 その瞬間、眩しい光に犬神が包まれ、思わず目を細める。サラサラと音を立て護符が消えていった。


「クーンクーン」
「やったか……?」


 犬神は甘えた声を出しながら耳を垂らし、智晴の足元に蹲った。その姿は、まるで「ごめんなさい」と言っているように見えて、微笑ましい。こうなってしまえば、智晴の知っている犬のようだ。


「大丈夫だ。怒ってなんかないから」
「クーンクーン」
「あ、コラ。くすぐったいだろう。あははは!」


 ペロペロッと先程我鷲丸に噛み付かれた傷を舐めるものだから、くすぐったくて思わず笑ってしまう。
 そんな犬神の頭をそっと撫でた。


「こいつ……武尊でさえ手懐けられなくて封印した犬神を……」
「え、我鷲丸、なんか言った?」
「なんでもねぇよ。まぁ、今回はお前にしたら上出来なんじゃねぇの? まぐれかもしんねぇし、武尊にはまだまだ及ばねぇけどな」
「なんだよその言い方、いいけどさ……。 長い間、こんな所に閉じ込めてしまってごめんな。もうお行き。お前は自由だよ。あ、ちょっと待って!」


 フリフリと大きな尾を振りながら空に向かい飛び立とうとした犬神を、智晴は呼び止める。


「これ、俺の仲間が作ってくれたおにぎりなんだけど……ずっと寝てて腹が減ってるだろう? もしよかったら食べて」
 神楽に渡された包みを開けると、形のいいおにぎりが顔を出す。
「ほら、お食べ」
 そっと差し出せばパクッと一口で全て平らげてしまった。


「クーンクーン」
「あははは! 元気でな」
 自分に頬擦りをしてから大空に向かって飛び立って行った犬神を、その姿が見えなくなるまで見送る。
 何とも言えない満足感に包まれた。 


「全く危なっかしいったらありゃしない。見てらんねぇよ」
「ごめん。でも俺できたよ」
「まぁな。自信に満ち溢れた顔だけ、一丁前に武尊にそっくりだな」 
 フイッと背を向けられてしまったから、慌てて我鷲丸を追いかける。


「せっかく神楽に作ってもらった握り飯を、ワンコロなんかにあげやがって。お陰で腹が減ったじゃねぇか」
「ワンコロってなんだよ! 自分だって狐だろう?」
「うるさい、俺は高貴な狐なのだ」
「あー、はいはい。そうですか。すみませんでしたね」
「お前は本当に可愛くねぇな!」
「わッ!」


 突然腰を抱き寄せられ、首筋に口付けられる。跡がのこるのではないか……と不安になるくらい強く吸われて、ペロリと首筋を舐め上げられた。


 首筋に感じるザラザラとした温かい感触に、智晴の心臓が震えて、心拍数がどんどん上がっていく。背中をゾクゾクッと甘い電流が走り抜けていくのを感じた。


「ま、また我鷲丸は俺をからかいやがって……」
「ふふっ。まだ血が滲んでいたからな」
「このエロ狐め……」
「お前は本当に初心だな。からかうと面白い」
 二人で口論をしながら神楽の待つ蓮香寺へ向かう。


 それでも、言い合ったり助け合ったり、この不思議な関係が智晴は心地よかった。


 そして、我鷲丸に触れられたときに感じる胸の高鳴りと息苦しさ。いくら智晴が恋愛に奥手だと言っても、その正体が何なのか……ということくらい想像がつく。


「本当に勘弁してほしい」


 心臓がうるさいくらい高鳴っている。智晴は火照る頬を両手で冷やしながら、家路を急いだ。


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