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第六章 一夜の過ち
一夜の過ち③
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「おい、馬鹿が! あいつは桂男だぞ!」
「……桂男?」
誰かが自分をきつく抱きとめている。
その声が忠告めいた色をするのに、それが今の智晴にはひどく耳障りだった。
「そんなの関係ない。俺はあの人の所に行きたいんだ。お願い、離して」
「ほら、言わんこっちゃねぇ! 既に術にはまってるじゃねぇか!? あんな奴の所に行けば殺されちまう。智晴、しっかりしろ!!」
それでも男の元へと行きたくて、その腕から逃げ出そうと体を捩れば、更に力を籠めてその腕の中に閉じ込められてしまった。
誰だ……そう思いながら顔を上げれば、そこには明らかに激昂した我鷲丸がいた。髪の毛が逆立ち牙を剥き出している。こんな風に感情を露わにした我鷲丸を、智晴は初めて見た。
「久しぶりだな、影千代。貴様、こいつにお得意の術をかけただろう?」
「我鷲丸よ、相変わらず不作法だな? それが久しぶりに会った竹馬の友に会ったときの態度か?」
「うるせぇよ。こいつに術をかけたかを聞いてるんだよ!」
怒り狂う我鷲丸が余程可笑しいのか、影千代と呼ばれた男は、形のいい唇を吊り上げてニヤリと笑う。その不敵な姿に、我鷲丸が舌打ちをした。
「私は昔からお前が気に入らなかった。だからその子を我がものとして、お前が悔しがる姿を見たかったのだ」
「なんだと?」
「その子には申し訳ないが、強制的に欲情させる呪いをかけさせてもらった」
「強制的に欲情だと? チッ、やっぱりな……姑息な術をかけやがって」
「武尊の生まれ変わり……なんていうからどれ程のものかと思ったけれど、簡単に術にかかってくれるんだもん。まだまだ子供で、可愛いったらないね?」
「貴様、舐めた真似を……」
「だからこそ、めちゃくちゃにしてやりたい……そう思うだろう?」
「ふざけるな!!」
我鷲丸が智晴を抱えたまま影千代に掴みかかろうとすると、懐から取り出した扇で簡単に防がれてしまう。智晴を庇いながらでは、さすがの我鷲丸も本気を出すことはできないのだろう。
「よせ、その子が怪我をする。今日は私も大人しく退散するから、お前たちも大人しく寺へ戻るがいい」
そう言いながら、影千代が空高くへと舞い上がる。いつの間にか高い杉の木の枝に腰を掛けていた。
「その子は今、私の術で欲情している。せいぜい楽しい夜を過ごすがいい」
「馬鹿か? 俺と淫魔である貴様を一緒にするな」
「もしかしてまだ手を出してないとか? ふふっ。なら余計に燃えるじゃないか?」
「ふざけるな!!」
怒り狂った我鷲丸が影千代に向かい狐火を放てば、ひらりとかわされてしまう。杉の葉の焦げた匂いが辺りに充満した。
「じゃあな、我鷲丸。今日は一旦退散するけど、その子は実に興味深い。機会があればまた会いに来るよ」
「うるせぇ! こいつは俺のもんだ! 手を出したらただじゃ済まさないからな!」
「あの我鷲丸がそんなに夢中になるなんて……本当に興味深い子だ。できれば、お相手願いたかった」
突然突風が吹き荒れたと思った瞬間、森中の木々がザワザワと音をたてて揺れ始める。目も開けていられない程の強風に、我鷲丸が智晴を抱いたまま身を硬くして必死に堪えた。
風がピタリ止んで、再び静寂が訪れる。
そこに影千代の姿はなく、夜空には三日月が浮かんでいた。
「……桂男?」
誰かが自分をきつく抱きとめている。
その声が忠告めいた色をするのに、それが今の智晴にはひどく耳障りだった。
「そんなの関係ない。俺はあの人の所に行きたいんだ。お願い、離して」
「ほら、言わんこっちゃねぇ! 既に術にはまってるじゃねぇか!? あんな奴の所に行けば殺されちまう。智晴、しっかりしろ!!」
それでも男の元へと行きたくて、その腕から逃げ出そうと体を捩れば、更に力を籠めてその腕の中に閉じ込められてしまった。
誰だ……そう思いながら顔を上げれば、そこには明らかに激昂した我鷲丸がいた。髪の毛が逆立ち牙を剥き出している。こんな風に感情を露わにした我鷲丸を、智晴は初めて見た。
「久しぶりだな、影千代。貴様、こいつにお得意の術をかけただろう?」
「我鷲丸よ、相変わらず不作法だな? それが久しぶりに会った竹馬の友に会ったときの態度か?」
「うるせぇよ。こいつに術をかけたかを聞いてるんだよ!」
怒り狂う我鷲丸が余程可笑しいのか、影千代と呼ばれた男は、形のいい唇を吊り上げてニヤリと笑う。その不敵な姿に、我鷲丸が舌打ちをした。
「私は昔からお前が気に入らなかった。だからその子を我がものとして、お前が悔しがる姿を見たかったのだ」
「なんだと?」
「その子には申し訳ないが、強制的に欲情させる呪いをかけさせてもらった」
「強制的に欲情だと? チッ、やっぱりな……姑息な術をかけやがって」
「武尊の生まれ変わり……なんていうからどれ程のものかと思ったけれど、簡単に術にかかってくれるんだもん。まだまだ子供で、可愛いったらないね?」
「貴様、舐めた真似を……」
「だからこそ、めちゃくちゃにしてやりたい……そう思うだろう?」
「ふざけるな!!」
我鷲丸が智晴を抱えたまま影千代に掴みかかろうとすると、懐から取り出した扇で簡単に防がれてしまう。智晴を庇いながらでは、さすがの我鷲丸も本気を出すことはできないのだろう。
「よせ、その子が怪我をする。今日は私も大人しく退散するから、お前たちも大人しく寺へ戻るがいい」
そう言いながら、影千代が空高くへと舞い上がる。いつの間にか高い杉の木の枝に腰を掛けていた。
「その子は今、私の術で欲情している。せいぜい楽しい夜を過ごすがいい」
「馬鹿か? 俺と淫魔である貴様を一緒にするな」
「もしかしてまだ手を出してないとか? ふふっ。なら余計に燃えるじゃないか?」
「ふざけるな!!」
怒り狂った我鷲丸が影千代に向かい狐火を放てば、ひらりとかわされてしまう。杉の葉の焦げた匂いが辺りに充満した。
「じゃあな、我鷲丸。今日は一旦退散するけど、その子は実に興味深い。機会があればまた会いに来るよ」
「うるせぇ! こいつは俺のもんだ! 手を出したらただじゃ済まさないからな!」
「あの我鷲丸がそんなに夢中になるなんて……本当に興味深い子だ。できれば、お相手願いたかった」
突然突風が吹き荒れたと思った瞬間、森中の木々がザワザワと音をたてて揺れ始める。目も開けていられない程の強風に、我鷲丸が智晴を抱いたまま身を硬くして必死に堪えた。
風がピタリ止んで、再び静寂が訪れる。
そこに影千代の姿はなく、夜空には三日月が浮かんでいた。
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