時を転じて陰陽師は恋をする

舞々

文字の大きさ
29 / 42
第六章 一夜の過ち

一夜の過ち③

しおりを挟む
「おい、馬鹿が! あいつは桂男だぞ!」
「……桂男?」


 誰かが自分をきつく抱きとめている。
 その声が忠告めいた色をするのに、それが今の智晴にはひどく耳障りだった。


「そんなの関係ない。俺はあの人の所に行きたいんだ。お願い、離して」
「ほら、言わんこっちゃねぇ! 既に術にはまってるじゃねぇか!? あんな奴の所に行けば殺されちまう。智晴、しっかりしろ!!」


 それでも男の元へと行きたくて、その腕から逃げ出そうと体を捩れば、更に力を籠めてその腕の中に閉じ込められてしまった。


 誰だ……そう思いながら顔を上げれば、そこには明らかに激昂した我鷲丸がいた。髪の毛が逆立ち牙を剥き出している。こんな風に感情を露わにした我鷲丸を、智晴は初めて見た。


「久しぶりだな、影千代かげちよ。貴様、こいつにお得意の術をかけただろう?」
「我鷲丸よ、相変わらず不作法だな? それが久しぶりに会った竹馬の友に会ったときの態度か?」
「うるせぇよ。こいつに術をかけたかを聞いてるんだよ!」


 怒り狂う我鷲丸が余程可笑しいのか、影千代と呼ばれた男は、形のいい唇を吊り上げてニヤリと笑う。その不敵な姿に、我鷲丸が舌打ちをした。


「私は昔からお前が気に入らなかった。だからその子を我がものとして、お前が悔しがる姿を見たかったのだ」
「なんだと?」
「その子には申し訳ないが、強制的に欲情させる呪いをかけさせてもらった」
「強制的に欲情だと? チッ、やっぱりな……姑息な術をかけやがって」
「武尊の生まれ変わり……なんていうからどれ程のものかと思ったけれど、簡単に術にかかってくれるんだもん。まだまだ子供で、可愛いったらないね?」
「貴様、舐めた真似を……」
「だからこそ、めちゃくちゃにしてやりたい……そう思うだろう?」
「ふざけるな!!」


 我鷲丸が智晴を抱えたまま影千代に掴みかかろうとすると、懐から取り出した扇で簡単に防がれてしまう。智晴を庇いながらでは、さすがの我鷲丸も本気を出すことはできないのだろう。


「よせ、その子が怪我をする。今日は私も大人しく退散するから、お前たちも大人しく寺へ戻るがいい」
 そう言いながら、影千代が空高くへと舞い上がる。いつの間にか高い杉の木の枝に腰を掛けていた。


「その子は今、私の術で欲情している。せいぜい楽しい夜を過ごすがいい」
「馬鹿か? 俺と淫魔である貴様を一緒にするな」
「もしかしてまだ手を出してないとか? ふふっ。なら余計に燃えるじゃないか?」
「ふざけるな!!」


 怒り狂った我鷲丸が影千代に向かい狐火を放てば、ひらりとかわされてしまう。杉の葉の焦げた匂いが辺りに充満した。


「じゃあな、我鷲丸。今日は一旦退散するけど、その子は実に興味深い。機会があればまた会いに来るよ」
「うるせぇ! こいつは俺のもんだ! 手を出したらただじゃ済まさないからな!」
「あの我鷲丸がそんなに夢中になるなんて……本当に興味深い子だ。できれば、お相手願いたかった」


 突然突風が吹き荒れたと思った瞬間、森中の木々がザワザワと音をたてて揺れ始める。目も開けていられない程の強風に、我鷲丸が智晴を抱いたまま身を硬くして必死に堪えた。


 風がピタリ止んで、再び静寂が訪れる。
 そこに影千代の姿はなく、夜空には三日月が浮かんでいた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

〔完結済〕この腕が届く距離

麻路なぎ
BL
気まぐれに未来が見える代わりに眠くなってしまう能力を持つ俺、戸上朱里は、クラスメイトであるアルファ、夏目飛衣(とい)をその能力で助けたことから、少しずつ彼に囲い込まれてしまう。 アルファとかベータとか、俺には関係ないと思っていたのに。 なぜか夏目は、俺に執着を見せるようになる。 ※ムーンライトノベルズなどに載せているものの改稿版になります。  ふたりがくっつくまで時間がかかります。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

聖獣は黒髪の青年に愛を誓う

午後野つばな
BL
稀覯本店で働くセスは、孤独な日々を送っていた。 ある日、鳥に襲われていた仔犬を助け、アシュリーと名づける。 だが、アシュリーただの犬ではなく、稀少とされる獣人の子どもだった。 全身で自分への愛情を表現するアシュリーとの日々は、灰色だったセスの日々を変える。 やがてトーマスと名乗る旅人の出現をきっかけに、アシュリーは美しい青年の姿へと変化するが……。

【完結】生まれ変わってもΩの俺は二度目の人生でキセキを起こす!

天白
BL
【あらすじ】バース性診断にてΩと判明した青年・田井中圭介は将来を悲観し、生きる意味を見出せずにいた。そんな圭介を憐れに思った曾祖父の陸郎が彼と家族を引き離すように命じ、圭介は父から紹介されたαの男・里中宗佑の下へ預けられることになる。 顔も見知らぬ男の下へ行くことをしぶしぶ承諾した圭介だったが、陸郎の危篤に何かが目覚めてしまったのか、前世の記憶が甦った。 「田井中圭介。十八歳。Ω。それから現当主である田井中陸郎の母であり、今日まで田井中家で語り継がれてきただろう、不幸で不憫でかわいそ~なΩこと田井中恵の生まれ変わりだ。改めてよろしくな!」 これは肝っ玉母ちゃん(♂)だった前世の記憶を持ちつつも獣人が苦手なΩの青年と、紳士で一途なスパダリ獣人αが小さなキセキを起こすまでのお話。 ※オメガバースもの。拙作「生まれ変わりΩはキセキを起こす」のリメイク作品です。登場人物の設定、文体、内容等が大きく変わっております。アルファポリス版としてお楽しみください。

ヤンデレ王子と哀れなおっさん辺境伯 恋も人生も二度目なら

音無野ウサギ
BL
ある日おっさん辺境伯ゲオハルトは美貌の第三王子リヒトにぺろりと食べられてしまいました。 しかも貴族たちに濡れ場を聞かれてしまい…… ところが権力者による性的搾取かと思われた出来事には実はもう少し深いわけが…… だって第三王子には前世の記憶があったから! といった感じの話です。おっさんがグチョグチョにされていても許してくださる方どうぞ。 濡れ場回にはタイトルに※をいれています おっさん企画を知ってから自分なりのおっさん受けってどんな形かなって考えていて生まれた話です。 この作品はムーンライトノベルズでも公開しています。

百戦錬磨は好きすぎて押せない

紗々
BL
なんと!HOTランキングに載せていただいておりました!!(12/18現在23位)ありがとうございます~!!*******超大手企業で働くエリート営業マンの相良響(28)。ある取引先の会社との食事会で出会った、自分の好みドンピシャの可愛い男の子(22)に心を奪われる。上手いこといつものように落として可愛がってやろうと思っていたのに…………序盤で大失態をしてしまい、相手に怯えられ、嫌われる寸前に。どうにか謝りまくって友人関係を続けることには成功するものの、それ以来ビビり倒して全然押せなくなってしまった……!*******百戦錬磨の超イケメンモテ男が純粋で鈍感な男の子にメロメロになって翻弄され悶えまくる話が書きたくて書きました。いろんな胸キュンシーンを詰め込んでいく……つもりではありますが、ラブラブになるまでにはちょっと時間がかかります。※80000字ぐらいの予定でとりあえず短編としていましたが、後日談を含めると100000字超えそうなので長編に変更いたします。すみません。

冷めない恋、いただきます

リミル
BL
生真面目なMR(29)×料理教室の美人講師(31) 同性に好かれやすく、そして自身の恋愛対象も同性である由衣濱 多希は、女性の主婦ばかりの料理教室で、講師として働いている。甘いルックスと柔らかな雰囲気のおかげで、多希は人気講師だった。 ある日、男の生徒──久住が教室の体験にやって来る。 MRとして働く久住は、接待と多忙で不規則な生活のせいで今年の健康診断はオールEだと言う。それを改善すべく、料理教室に通う決心をしたらしい。生真面目だが、どことなく抜けている久住に会うのが、多希の密かな楽しみになっていた。 ほんのりと幸せな日々もつかの間、ある日多希の職場に、元恋人の菅原が現れて……。

恋人ごっこはおしまい

秋臣
BL
「男同士で観たらヤっちゃうらしいよ」 そう言って大学の友達・曽川から渡されたDVD。 そんなことあるわけないと、俺と京佐は鼻で笑ってバカにしていたが、どうしてこうなった……俺は京佐を抱いていた。 それどころか嵌って抜け出せなくなった俺はどんどん拗らせいく。 ある日、そんな俺に京佐は予想外の提案をしてきた。 友達か、それ以上か、もしくは破綻か。二人が出した答えは…… 悩み多き大学生同士の拗らせBL。

処理中です...