向日葵畑で手を繋ごう

舞々

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第二話 夕立ちとときめき

夕立ちとときめき②

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「え? ちょっと待って……」
「メエーメエー」
「もしかして秩父の犬って、メエーって鳴くのか?」
 何度か深呼吸を繰り返してから、そっと目を開く。きっとこれは何かの見間違いに違いない。


「でも、やっぱりそうかぁ……」
 俺の目の前には二匹のヤギがいた。一匹は真っ白で、もう一匹は白に茶色のブチ模様がある。まだ小さいし、角も生えていないから子ヤギなのだろう。真ん丸の瞳に小さな尻尾をフリフリと振る姿はとても愛らしい。
「でも俺、ヤギの散歩どころか犬の散歩だってろくにしたことないよ」
 俺はがっくりとその場にしゃがみ込み、頭を抱えてしまう。そんな俺を励ますかのように、メイとキイが優しく体を擦り寄せてくる。そんな姿はとても可愛らしかった。


「わかった。散歩に行ってみよう?」
「メエ―メエ―」
「でも、俺はヤギの散歩初心者だからお手柔らかにお願いね」
「メエ―メエ―」
「本当にわかってるのかな?」
 俺は不安を感じながらもリードを柱から外し、散歩に出掛けたのだった。


「わ! ねぇ、ちょっと待ってよ! とりあえず真っ直ぐ歩いて!」
 ヤギの散歩は俺の想像の何倍も過酷だった。
 メイとキイはそれぞれ行きたい方向へと進み、全く協調性なんてない。しかもこんなにも可愛らしいのに、物凄い力でリードを引くものだから、俺のほうが引き摺られてしまい、もはや誰の散歩かもわからない。


「やっぱり田舎生活なんて俺には無理だよ。帰りたい」


 つい先程から、道端の草を食べ始めてしまい全く動かなくなってしまった二匹を見て、俺は溜息を吐く。それにここは、悠介の家の畑から大分離れた場所だから、きっと誰も助けには来てくれないだろう。この二匹をなんとか説得して、自力で帰るしかない。


「なぁ、そろそろ帰ろうよ。お前たちの小屋の前にも同じような草がたくさん生えてたじゃん?」
「メエ―メエー」
「そんなに美味いの? はぁ、俺も腹が減ったなぁ」
 俺は二匹の傍にしゃがみ込み、その様子をジッと観察してみる。あまりにも一生懸命食べているものだから、段々可笑しくなってきてしまった。


「なぁ、もういい加減帰ろうって」
「ふふっ。可愛い三匹のヤギを見つけた」
「ふぇ? びっくりした。悠介か」
「琥珀がなかなか帰ってこないから、心配になって探しちゃったよ」
 俺がもう一度ヤギに声をかけたとき、頭上から楽しそうな声が聞こえてくる。その声の主がわかってしまった俺は、唇を尖らせながら軽く睨みつけてやった。


「なぁ、メイとキイがヤギだなんて、俺聞いてなかったぞ」
「だって、琥珀をびっくりさせたかったんだもん」
「びっくりさせ過ぎだよ! ヤギの散歩なんて生まれて初めてだったんだぞ」
「でも子ヤギが三匹じゃれてるみたいで、見てて可愛かったよ」
「はぁ⁉ お前もしかして……」
「ごめんね、しばらく遠くから眺めてた」
「最悪。性格悪過ぎだろう。マジで嫌いだ」
「だからごめんって。よし帰ろう。畑仕事も終わったから、朝ご飯にしよう。みんな琥珀のことを待ってるから」


 そう言うと「メイ、キイ、おいで」と悠介が二匹の名を呼ぶ。二匹は小さな耳をピクピクと動かした後、「メエー」と鳴いて悠介の後をついて行ってしまう。
 その光景を見た俺は、「なんだよ、その態度の違いは」と小さく舌打ちをしたのだった。


「琥珀君、お疲れ様。ヤギの散歩ありがとうね」
「い、いえ。俺は別に何も……」
「まぁまぁ、ご飯はたくさんあるからお腹いっぱい食べてね」
 千尋さんに呼ばれた俺は、悠介の家で朝ご飯をいただくこととなった。みんな朝の一仕事を終え風呂に入ったのだろう。清々しい顔をしている。
 時計を見るとまだ七時。一日は始まったばかりだ。


「都会の子の口に合うかわからないけど、これがナスを甘じょっぱく炒めたナスの油みそで、これはうちの畑で獲れたキュウリの糠漬け。ご飯におなめを乗せても美味しいから食べてみて」
「はい」
「琥珀くん華奢だから、いっぱい食べてね」
「はい、いただきます」
 千尋さんは俺の母親に似ていてとても明るい性格をしている。割とズケズケ物事を言うのだけれど、それが全然嫌味に感じられない。
 俺はテーブルに並べられたたくさんのおかずに感動してしまう。いつも遅くまで寝ている俺は、コーンフレークや菓子パンで朝ご飯を済ませてしまうことが多かった。


「ここにある野菜、みんな悠介たちが作ったのか?」
「そうだよ。どれも新鮮で美味しいから食べてみてよ」
「うん」
 そんな俺を横目に、悠介はもう三杯目のおかわりをしている。それは、見ていて気持ちよくなってしまう程だった。
 俺は目の前にあるキュウリの糠漬けを口に放り込む。
「悠介、これ凄く美味しい」
「だろう? いっぱい食いな」
「ありがとう」
 俺は遠慮しながらも、テーブルに並べられた料理を頬張ったのだった。


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