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第二話 夕立ちとときめき
夕立ちとときめき③
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「はい、琥珀。これ昨日話したばあちゃんが作った梅ジュース」
「あ、サンキュー」
「美味いから飲んでみて」
「うん」
悠介から手渡されたグラスには氷がたくさん入っていて、オレンジ色をした梅ジュースが注がれている。その氷が溶けてカランと音をたてる。
一口飲むと甘酸っぱい爽やかな味が、口中に広がった。
「これ超美味い!」
「でしょ? 今年は梅が豊作だったからたくさん漬けてあるんだ。今がちょうど飲み頃だよ」
「へぇ。梅からこんなに美味しいジュースができるんだな」
「不思議だよね。梅と角砂糖だけなのにさ。昔の人の知恵って本当に驚かされるよ」
祖父母の家の縁側には山から涼しい風が吹いてきて、俺の癖っ毛をサラサラと揺らしていった。自分の家にいたときにはクーラーの効いた部屋に一日中いたけれど、こうやって自然の風を感じるのも悪くないかもしれない。
ふと、祖父母が営んでいる店のほうが騒がしくなってきたから、俺はそちらに視線を向けた。
「なぁ、もしかしてじいちゃんたちがやってる和菓子屋って、案外繁盛しているの?」
「え? 琥珀知らないの? 遠くからお客さんも来るくらいだし、今は天然氷のかき氷が大人気なんだから。すごいときには長蛇の列ができるくらいだよ」
「へぇ、知らなかった……」
俺は梅ジュースを飲み干しながら店のほうを眺める。
「今はテレビで秩父の特集をしていることが多いから、立派な観光スポットだよ。中でもやっぱり、天然氷を使ったかき氷は大人気だよね」
「そうなんだ」
「今度食べさせてもらおうよ? 俺は特にイチゴ味のかき氷に練乳をたっぷりかけたのが好きなんだ」
そう悠介は嬉しそうに笑う。
昨夜久しぶりに祖父母に再会したけれど、二人共腰が曲がっていて、前回会ったときに比べて小さく見えた。
そんな二人を見て、あぁ年をとったんだな……と、少しだけ寂しく感じた。
「こっちの生活に慣れたら、じいちゃんたちを手伝おうかな?」
「あ、それいいんじゃない? 琥珀綺麗な顔をしてるから、きっといい看板娘になるよ!」
「だから俺は女じゃないって。お前っていちいち勘に触ることを言うよなぁ」
「あははは! だってムキになる琥珀を見てると可愛くて」
「はぁ⁉」
「でも、本当にびっくりするくらい綺麗になってたっていうのは本当だよ」
「なぁ、お前いつもそうやって女を口説いてんのか?」
「そんなわけないじゃん。俺が口説くのは琥珀だけだよ」
「だからさぁ! お前どこまで本気で話してるのかがわからねぇよ」
「あははは! 可愛いなぁ」
照れくさそうに笑う悠介を見ていると、俺の鼓動がまた高鳴り出す。本当に気に食わないのに、気になって仕方がない。
きっとこの暑さにやられたせいだ――。俺は高鳴る鼓動にも、徐々に熱を帯びる頬にも気付かないふりをした。
◇◆◇◆
「ねぇ、琥珀。今日はさ、もう夕方までやることないからどっかに遊びに行かない?」
「はぁ? 遊びに行くって買い物とか映画でも見にいくってこと?」
縁側にゴロンと横になりながら悠介が声をかけてくる。さすがに日差しが強くなってきて、額に汗が滲んできた。
「そうだなぁ。今日は天気がいいから山に山菜取りか、川に釣りに行くか……どっちがいいかなぁ」
「ちょ、ちょっと待ってよ。俺は山にも川にも行かないぞ?」
「じゃあ、畑の草むしりでもする?」
「……あのさ、選択肢はそれしかないのかよ?」
「うーん、今日は暑くなりそうだから川に釣りにでも行こう! よし、そう決まったら準備しなきゃだね」
「ちょ、ちょっと待て! 俺は行くって言ってないぞ!」
「でも俺一人で行ってもつまんないもん。だから一緒に行こう! 二人で行ったらきっと楽しいよ」
「だから待って!」
「いいからいいから」
嬉しそうに俺の手を引く悠介に引き摺られるように、悠介の家の物置へと連れて行かれたのだった。
「釣り竿に、一応クーラーボックスも持っていこうかな」
「こんな気楽に行って魚なんか釣れるのかよ?」
「うん。この時期は案外釣れるんだよ。はい、琥珀も麦わら帽子被ってね。それから虫よけスプレーを全身にかけるよ」
「わぁ! このスプレー臭い……」
悠介は俺の頭に麦わら帽子を載せると、全身に虫よけスプレーをかけてくれる。そのスプレーはベトベトして気持ちが悪い。
「なんで俺がこんな目に合わないといけないんだよ」
「えー? 楽しいじゃん」
悠介は鼻歌を歌いながら釣り竿を持ち、俺に向って笑う。こいつは本当に気に食わない。だって俺の意見なんて全く尊重してくれないのだ。
ガキみたいに扱うし、ヤギの散歩もさせられた。それに今は行きたくもない釣りに連れて行かれようとしている。なんでこんな目に合わなければならないのだろうか。
でも、不思議とこいつの笑顔を見てしまうと何も言い返せなくなってしまう。俺はそれがすごく悔しかった。
「川の上流まで行くから、結構歩くよ。大丈夫?」
「大丈夫だって。だから馬鹿にすんなよ」
「わかったって。ごめんね。じゃあ行こうか」
俺に背を向けて歩き出す悠介の後を、俺は必死について行ったのだった。
「あ、サンキュー」
「美味いから飲んでみて」
「うん」
悠介から手渡されたグラスには氷がたくさん入っていて、オレンジ色をした梅ジュースが注がれている。その氷が溶けてカランと音をたてる。
一口飲むと甘酸っぱい爽やかな味が、口中に広がった。
「これ超美味い!」
「でしょ? 今年は梅が豊作だったからたくさん漬けてあるんだ。今がちょうど飲み頃だよ」
「へぇ。梅からこんなに美味しいジュースができるんだな」
「不思議だよね。梅と角砂糖だけなのにさ。昔の人の知恵って本当に驚かされるよ」
祖父母の家の縁側には山から涼しい風が吹いてきて、俺の癖っ毛をサラサラと揺らしていった。自分の家にいたときにはクーラーの効いた部屋に一日中いたけれど、こうやって自然の風を感じるのも悪くないかもしれない。
ふと、祖父母が営んでいる店のほうが騒がしくなってきたから、俺はそちらに視線を向けた。
「なぁ、もしかしてじいちゃんたちがやってる和菓子屋って、案外繁盛しているの?」
「え? 琥珀知らないの? 遠くからお客さんも来るくらいだし、今は天然氷のかき氷が大人気なんだから。すごいときには長蛇の列ができるくらいだよ」
「へぇ、知らなかった……」
俺は梅ジュースを飲み干しながら店のほうを眺める。
「今はテレビで秩父の特集をしていることが多いから、立派な観光スポットだよ。中でもやっぱり、天然氷を使ったかき氷は大人気だよね」
「そうなんだ」
「今度食べさせてもらおうよ? 俺は特にイチゴ味のかき氷に練乳をたっぷりかけたのが好きなんだ」
そう悠介は嬉しそうに笑う。
昨夜久しぶりに祖父母に再会したけれど、二人共腰が曲がっていて、前回会ったときに比べて小さく見えた。
そんな二人を見て、あぁ年をとったんだな……と、少しだけ寂しく感じた。
「こっちの生活に慣れたら、じいちゃんたちを手伝おうかな?」
「あ、それいいんじゃない? 琥珀綺麗な顔をしてるから、きっといい看板娘になるよ!」
「だから俺は女じゃないって。お前っていちいち勘に触ることを言うよなぁ」
「あははは! だってムキになる琥珀を見てると可愛くて」
「はぁ⁉」
「でも、本当にびっくりするくらい綺麗になってたっていうのは本当だよ」
「なぁ、お前いつもそうやって女を口説いてんのか?」
「そんなわけないじゃん。俺が口説くのは琥珀だけだよ」
「だからさぁ! お前どこまで本気で話してるのかがわからねぇよ」
「あははは! 可愛いなぁ」
照れくさそうに笑う悠介を見ていると、俺の鼓動がまた高鳴り出す。本当に気に食わないのに、気になって仕方がない。
きっとこの暑さにやられたせいだ――。俺は高鳴る鼓動にも、徐々に熱を帯びる頬にも気付かないふりをした。
◇◆◇◆
「ねぇ、琥珀。今日はさ、もう夕方までやることないからどっかに遊びに行かない?」
「はぁ? 遊びに行くって買い物とか映画でも見にいくってこと?」
縁側にゴロンと横になりながら悠介が声をかけてくる。さすがに日差しが強くなってきて、額に汗が滲んできた。
「そうだなぁ。今日は天気がいいから山に山菜取りか、川に釣りに行くか……どっちがいいかなぁ」
「ちょ、ちょっと待ってよ。俺は山にも川にも行かないぞ?」
「じゃあ、畑の草むしりでもする?」
「……あのさ、選択肢はそれしかないのかよ?」
「うーん、今日は暑くなりそうだから川に釣りにでも行こう! よし、そう決まったら準備しなきゃだね」
「ちょ、ちょっと待て! 俺は行くって言ってないぞ!」
「でも俺一人で行ってもつまんないもん。だから一緒に行こう! 二人で行ったらきっと楽しいよ」
「だから待って!」
「いいからいいから」
嬉しそうに俺の手を引く悠介に引き摺られるように、悠介の家の物置へと連れて行かれたのだった。
「釣り竿に、一応クーラーボックスも持っていこうかな」
「こんな気楽に行って魚なんか釣れるのかよ?」
「うん。この時期は案外釣れるんだよ。はい、琥珀も麦わら帽子被ってね。それから虫よけスプレーを全身にかけるよ」
「わぁ! このスプレー臭い……」
悠介は俺の頭に麦わら帽子を載せると、全身に虫よけスプレーをかけてくれる。そのスプレーはベトベトして気持ちが悪い。
「なんで俺がこんな目に合わないといけないんだよ」
「えー? 楽しいじゃん」
悠介は鼻歌を歌いながら釣り竿を持ち、俺に向って笑う。こいつは本当に気に食わない。だって俺の意見なんて全く尊重してくれないのだ。
ガキみたいに扱うし、ヤギの散歩もさせられた。それに今は行きたくもない釣りに連れて行かれようとしている。なんでこんな目に合わなければならないのだろうか。
でも、不思議とこいつの笑顔を見てしまうと何も言い返せなくなってしまう。俺はそれがすごく悔しかった。
「川の上流まで行くから、結構歩くよ。大丈夫?」
「大丈夫だって。だから馬鹿にすんなよ」
「わかったって。ごめんね。じゃあ行こうか」
俺に背を向けて歩き出す悠介の後を、俺は必死について行ったのだった。
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