あなたのお気に召すままに

舞々

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Episode4 ごめんね、大好き

ごめんね、大好き⑩

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 今の俺は、音信普通。そして、所在不明。
 またの名を、迷い犬。
 恋人の前から姿を消して、数日が経とうとしていた。


 成宮先生にとって、俺の存在なんてちっぽけな物だと思ってた。
 あんなにも完璧な存在なら、女でも男でも、誰でも簡単に彼の虜になってしまうことだろう。
 だから、俺みたいな『The普通男子』に成宮先生が執着する必要なんて全くないんだ。


 だから、俺は自棄になっていた。
 ううん、そうじゃない。
 俺が必要だって、あの人に全身で求めて欲しかったんだ。そんな子供みたいな我儘が、俺をどんどん天邪鬼にしてしまう。
 今の俺は、本当に可愛くない。


 あの、全米が震撼する程の超束縛男、「成宮千歳」の前から姿を消した俺は、正直成宮先生がどんな反応をするかなんて想像もつかなかった。
 いなくなった俺のことを心配して、探してくれるだろうか。それとも、あっさりと別れを受け入れて、案外ケロッとしているのだろうか。
 ただ、小児科の小山部長から、「こっちは大丈夫だから、ゆっくり体を休ませてください」と連絡が来て以来何の音沙汰もないから、きっと成宮先生が上手く処理してくれているのだろう。


 そんな中、成宮先生は必死に俺のことを探していてくれたらしい。
 成宮先生にできることは、俺の交遊関係を、手当たり次第当たることだけだったんだろう。でも、なかなか手かがりはなく、途方に暮れて……。
 

「俺が傷つけたんだから仕方ない」
 そう寂しそうに笑う先生を見れば、柏木の心がズキズキと痛む。それと同時に、どれくらい俺のことを思っているか……ということも伝わってきたって、後になって柏木が教えてくれた。
「お前、本当に愛されてんだな? あの、天下の成宮先生に」
 そう言いながら照れくさそうに笑っていた。

 
 久し振りに成宮先生のマンションに戻ると、室内は静まり返っていて、冷たい風が廊下に流れ込んでくる。
 いつも俺が帰宅したときには、室内は温かくなっていて、美味しそうな夕飯の匂いにフワッと包まれるのだ。
 そんな温もりと優しさに、俺の肩から力が抜けていく。


 でも……今日は、それがなかった。あんなに長い時間を過ごしたこの家が、なんだか他人の家のように感じる。


「なんだ、これ……」
 リビングに足を踏み入れた俺は、思わず言葉を失ってしまう。なぜなら、綺麗好きな成宮先生の家とは思えなないほど散らかっていたから。
 脱いだ洋服は洗濯されることもなく、床に投げ捨てられていて……シンクの中には、汚れたままの食器が置いてある。コンビニ弁当や、カップラーメンのゴミがキッチンに山積みになっていた。


「あの人……俺がいないとこんな風になっちゃうんだ……」
 俺はその光景に胸が痛む。
 一人ポツンと、ソファーに佇む成宮先生が目に浮かぶようだった。


「すげぇ荒れた部屋だね」
「うん。そうだね」
「兄貴の部屋とは思えない……」
 わざわざ俺を成宮先生のマンションまで送ってくれた智彰が、大きな溜息をつく。
「今、『葵さんを、兄貴ん家に送っていった』って連絡しといたから」
「あ、うん。ありがとう」
「速攻で既読になったから、飛んで帰ってくるよ」
 智彰がククッと笑っている。
「そうなら嬉しいな……」
 そう寂しそうに呟いた俺を、智彰が心配そうな顔で覗き込んでくる。


「もし、また兄貴と上手くいかなくなったら、いつでも俺の所においで」
「え?」
「俺、いつでも葵さんのこと待ってるから」
「ありがとう、智彰」
 最後まで俺を心配してくれた智彰を見送ってから、俺は部屋の中を見渡す。
 何日か家を空けただけだったのに、まるで知らない家に来たような……そんな居心地の悪さを感じた。


 それでも、俺はやっぱり不安になってしまう。
 成宮先生は、怒っているんだろうか。それとも、仕事まで投げ出して逃げまわっている俺に呆れて、愛想を尽かしてしまったのではないだろうか……。
 そう思えば思うほど、怖くて怖くて仕方がない。
 咄嗟に、智彰の後を追いかけたくなる衝動に駆られたけど、そんな勇気さえ俺にはない。どこまでも意気地なしで、最低な自分が嫌になった。


「怖い……でも会いたい。ごめんなさい。でも……俺は成宮先生が好き」


 いつからこんなに臆病者になってしまったのだろうか。
 俺は、成宮先生と付き合いだしてから、いつも不安だった。
 だって、俺の恋人は小児科の若きスーパードクターだ。そんな人と、俺が釣り合うはずなんてない。 
 だから俺は、成宮先生に嫌われなくない一心で、いつも最終的には彼の言いなりになって……今回みたいなトラブルが起きてしまった。


 そう、俺は成宮先生と釣り合うような人間ではないから、いつか捨てられるんじゃないかって怯え過ごしていた。
 ずっとずっと怖かった。
 だからこそ、先生から逃げ出すしか、俺できることは残されていなかったんだ。


「怖い……なんでこんなに怖くて、不安なんだろう……」


 俺は、いつも二人で仲良く眠っていたベッドに潜り込む。
「千歳さんの匂いがする……」
 クンクンと布団の香りを嗅いで、あまりの懐かしさに俺は布団に包まる。そうしていれば、まるで成宮先生に抱き締められているような……そんな錯覚に襲われた。


「千歳さん……」
 次に成宮先生に会った時、俺は素直になれるだろうか。
 鼻の奥がツンとなるのを感じる。
「怖いけど、会いたい」
 そのまま、枕に頬擦りした瞬間。


 ドアノブが動く無機質な音が静かな室内に響き渡って、扉が開いた。その瞬間、飛び跳ねるほどびっくりしてしまう。
 トクントクン……俺の鼓動が少しずつ速くなって、息ができなくくらい苦しい。
   怖くて、俺はギュッと目を閉じた。


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