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Episode5 溢れ出した思い
溢れ出した思い②
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「大変申し訳ありませんでした」
「水瀬、またお前か?」
「はい。すみません」
俺は再び、藤堂先生に向かい深々と頭を下げる。まさに今の俺は、蛇に睨まれた蛙だ。
今日、産婦人科の回診に同行し、俺は新生児の診察を担当していた。
新生児の治療に小児科医は携わっていかなくてはならないので、どうしても小児科と産婦人科の連携は必須になってくる。
その回診に藤堂先生がいたものだから、俺は軽くパニックになっていて……頭の中が真っ白だった。
手先が異常に冷たくて、なんだか息苦しい。足元がふわふわして、少しでも気を抜くと気を失ってしまいそうになる。
そんな俺は、病室のベッドサイドに置かれていた、マグカップを落として割ってしまったのだ。
あろうことに、藤堂先生の目の前で……。
「あのマグカップは、結婚式の記念に作った大切な物だったらしいぞ」
「はい。申し訳ありません」
「謝るなら、あの赤ちゃんのお母さんに謝ってください」
藤堂先生が吐き捨てように言い放つ。そのあまりにも冷たい口調に、俺は泣きたくなってしまう。
わざとじゃないんだ……そう言いたかったけれど、俺はその言葉を呑み込む。
きっと俺が何を言ったって、この人に通じるはずなんてないから。
「今から謝罪に行ってきます」
「まぁ、許してなんかもらえないと思うぞ? かなりお怒りだったから」
「わかりました。行ってきます……」
涙が込み上げてきたから、慌てて藤堂先生の前から立ち去ろうとした瞬間、温かな何かに抱きとめられる。
「……え?」
びっくりして顔を上げれば、そこにいたのは成宮先生だった。
「藤堂先生、うちの水瀬が大変申し訳ありませんでした」
「あ、これはこれは成宮先生!」
成宮先生は、穏やかな口調で藤堂先生に向かって丁寧に頭を下げる。俺は、そんな光景を呆然と見つめた。
「これから、僕も一緒に水瀬が割ってしまったコップの持ち主の方に、謝罪して参ります」
「そ、そんな! いや、ちょっと水瀬君に指導をしていただけですから!」
「それはそれは。産婦人科部長の藤堂先生にご指導をいただけるなんて、大変恐縮です」
成宮先生が営業用の笑顔を藤堂先生に向ければ、産婦人科部長さえも慌てふためき出す。
一体、この成宮千歳という男は、どこまですごい男なのだろうか。
「ただ……水瀬は真面目で繊細なので、あまり熱心なご指導になりますと、逆に萎縮してしまいます」
「そ、それは申し訳ありませんでした。これからは気をつけますから」
「いえいえ、とんでもありません。今度水瀬が何かしでかしましたら、僕に仰っていただけましたら幸いです。僕からきちんと指導をしますので」
「はい、承知しました」
引き攣った笑みを浮かべながら冷や汗を垂らす藤堂先生。こんな風に焦っている姿を見たことなんてなかったから、驚いてしまった。
「ほら、水瀬。行くぞ」
「あ、はい」
「では、藤堂先生。失礼します」
成宮先生が、最後に極上の笑みを残し、産婦人科の病棟に向かって歩き出す。
藤堂先生の周囲に、仄かに香るミントの香りを残して。
俺の彼氏はやっぱりかっこいい……胸がときめいて、甘く締め付けられた。
その足で、マグカップの持ち主に、成宮先生と謝罪に行った。
赤ちゃんのお母さんは、突然現れた白衣を纏った王子様の登場に、頬を赤らめながらも「お気になさらないでください」と、快く許してくださったのだった。
恐るべし、成宮千歳……。
本当にどこまですごい人なんだろうと、驚きを隠しきれない。
それでも、一生懸命庇ってくれるその姿に、俺は惚れ直してしまった。
◇◆◇◆
「ありがとうございました」
「あん?」
「千歳さん。ありがとうございます」
相変わらず俺の事なんて眼中に無いかのように、どんどん先を歩いて行く成宮先生の白衣を、俺は必死に掴んだ。
「あんまり迷惑かけんじゃねぇぞ」
ぶっきらぼうな口調とは正反対に、成宮先生は俺の頭をクシャクシャと優しく撫でてくれた。
俺はホッとして全身から力が抜けていくのを感じる。
グラッと地面が大きく揺れて、目の前が真っ白になる。
なんだこれ……。
それに耐えきれなくなった俺は、その場にしゃがみ込む。眩暈はなかなか治まらなくて、目をギュッと閉じて頭を抱えて蹲った。
「おい、水瀬、大丈夫か?」
「……はい。大丈夫です。多分……」
「お前、最近飯もちゃんと食ってないだろう? 痩せた気がする。顔色だって良くねぇし」
「だって、食欲がわかないから……」
成宮先生が俺の傍にしゃがみ込んで、心配そうに顔を覗き込んでくる。
あぁ、俺はどこまでこの人に迷惑をかけてしまうんだろうか?
そう思うと情けなくなってしまう。
本当なら、早く一人前の医師になって、成宮先生の負担を減らさなくちゃいけないのに……。
このままじゃ、俺はただのお荷物だ。
「大丈夫です。すみません。仕事に戻ります」
強がって勢いよく立ち上がれば、再び眩暈に襲われて尻もちをつきそうになってしまう。寸前のところで、成宮先生が俺の腕を掴み支えてくれた。
「いいから少し医局で休め」
俺は成宮先生に手を引かれ、引き摺られるように医局へと連れて行かれたのだった。
「水瀬、またお前か?」
「はい。すみません」
俺は再び、藤堂先生に向かい深々と頭を下げる。まさに今の俺は、蛇に睨まれた蛙だ。
今日、産婦人科の回診に同行し、俺は新生児の診察を担当していた。
新生児の治療に小児科医は携わっていかなくてはならないので、どうしても小児科と産婦人科の連携は必須になってくる。
その回診に藤堂先生がいたものだから、俺は軽くパニックになっていて……頭の中が真っ白だった。
手先が異常に冷たくて、なんだか息苦しい。足元がふわふわして、少しでも気を抜くと気を失ってしまいそうになる。
そんな俺は、病室のベッドサイドに置かれていた、マグカップを落として割ってしまったのだ。
あろうことに、藤堂先生の目の前で……。
「あのマグカップは、結婚式の記念に作った大切な物だったらしいぞ」
「はい。申し訳ありません」
「謝るなら、あの赤ちゃんのお母さんに謝ってください」
藤堂先生が吐き捨てように言い放つ。そのあまりにも冷たい口調に、俺は泣きたくなってしまう。
わざとじゃないんだ……そう言いたかったけれど、俺はその言葉を呑み込む。
きっと俺が何を言ったって、この人に通じるはずなんてないから。
「今から謝罪に行ってきます」
「まぁ、許してなんかもらえないと思うぞ? かなりお怒りだったから」
「わかりました。行ってきます……」
涙が込み上げてきたから、慌てて藤堂先生の前から立ち去ろうとした瞬間、温かな何かに抱きとめられる。
「……え?」
びっくりして顔を上げれば、そこにいたのは成宮先生だった。
「藤堂先生、うちの水瀬が大変申し訳ありませんでした」
「あ、これはこれは成宮先生!」
成宮先生は、穏やかな口調で藤堂先生に向かって丁寧に頭を下げる。俺は、そんな光景を呆然と見つめた。
「これから、僕も一緒に水瀬が割ってしまったコップの持ち主の方に、謝罪して参ります」
「そ、そんな! いや、ちょっと水瀬君に指導をしていただけですから!」
「それはそれは。産婦人科部長の藤堂先生にご指導をいただけるなんて、大変恐縮です」
成宮先生が営業用の笑顔を藤堂先生に向ければ、産婦人科部長さえも慌てふためき出す。
一体、この成宮千歳という男は、どこまですごい男なのだろうか。
「ただ……水瀬は真面目で繊細なので、あまり熱心なご指導になりますと、逆に萎縮してしまいます」
「そ、それは申し訳ありませんでした。これからは気をつけますから」
「いえいえ、とんでもありません。今度水瀬が何かしでかしましたら、僕に仰っていただけましたら幸いです。僕からきちんと指導をしますので」
「はい、承知しました」
引き攣った笑みを浮かべながら冷や汗を垂らす藤堂先生。こんな風に焦っている姿を見たことなんてなかったから、驚いてしまった。
「ほら、水瀬。行くぞ」
「あ、はい」
「では、藤堂先生。失礼します」
成宮先生が、最後に極上の笑みを残し、産婦人科の病棟に向かって歩き出す。
藤堂先生の周囲に、仄かに香るミントの香りを残して。
俺の彼氏はやっぱりかっこいい……胸がときめいて、甘く締め付けられた。
その足で、マグカップの持ち主に、成宮先生と謝罪に行った。
赤ちゃんのお母さんは、突然現れた白衣を纏った王子様の登場に、頬を赤らめながらも「お気になさらないでください」と、快く許してくださったのだった。
恐るべし、成宮千歳……。
本当にどこまですごい人なんだろうと、驚きを隠しきれない。
それでも、一生懸命庇ってくれるその姿に、俺は惚れ直してしまった。
◇◆◇◆
「ありがとうございました」
「あん?」
「千歳さん。ありがとうございます」
相変わらず俺の事なんて眼中に無いかのように、どんどん先を歩いて行く成宮先生の白衣を、俺は必死に掴んだ。
「あんまり迷惑かけんじゃねぇぞ」
ぶっきらぼうな口調とは正反対に、成宮先生は俺の頭をクシャクシャと優しく撫でてくれた。
俺はホッとして全身から力が抜けていくのを感じる。
グラッと地面が大きく揺れて、目の前が真っ白になる。
なんだこれ……。
それに耐えきれなくなった俺は、その場にしゃがみ込む。眩暈はなかなか治まらなくて、目をギュッと閉じて頭を抱えて蹲った。
「おい、水瀬、大丈夫か?」
「……はい。大丈夫です。多分……」
「お前、最近飯もちゃんと食ってないだろう? 痩せた気がする。顔色だって良くねぇし」
「だって、食欲がわかないから……」
成宮先生が俺の傍にしゃがみ込んで、心配そうに顔を覗き込んでくる。
あぁ、俺はどこまでこの人に迷惑をかけてしまうんだろうか?
そう思うと情けなくなってしまう。
本当なら、早く一人前の医師になって、成宮先生の負担を減らさなくちゃいけないのに……。
このままじゃ、俺はただのお荷物だ。
「大丈夫です。すみません。仕事に戻ります」
強がって勢いよく立ち上がれば、再び眩暈に襲われて尻もちをつきそうになってしまう。寸前のところで、成宮先生が俺の腕を掴み支えてくれた。
「いいから少し医局で休め」
俺は成宮先生に手を引かれ、引き摺られるように医局へと連れて行かれたのだった。
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