あなたのお気に召すままに

舞々

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Episode5 溢れ出した思い

溢れ出した思い④

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「葵、葵!」
「ん、ん……」


 俺は優しく揺さぶられる感覚に目を覚ます。
 いつの間にかソファで眠り込んでしまっていたようだ。成宮先生に、そっと体を揺らされる。


「葵、こんなとこで寝てたら風邪をひくぞ?」
「あ、千歳さんだ。おかえりなさい」
「なんだ? 今日は甘えたか?」
「はい。成宮先生に会いたかったです」
「ふふっ。可愛い奴だな」


 俺は嬉しくなって、成宮先生に抱き着く。
 一人でいるときはあんなに寒かったし、不安でいっぱいだったのに……成宮先生が傍にいてくれるだけで、こんなにも心が穏やかになる。


 ずっと会いたかった成宮先生に、「好き」という思いが溢れ出した。


「会いたかったです」
「バカが。朝会ったじゃん?」
「この広い家に、一人は寂しすぎます」
 そんな俺を優しく抱き留めてくれて、まるで子供をあやすかのように頭を撫でてくれる。


 俺は、その慈しむかのような成宮先生の手付きに、うっとりと目を細めた。
「ごめんなさい。俺出来損ないで……成宮先生に迷惑をかけてばかりだ」


 プルルルル、プルルルル。


 その瞬間、仕事用のスマホが静かなリビングに鳴り響いたから、俺は体を強ばらせる。成宮先生の上着を、無意識にギュッと握り締めた。
「大丈夫だ」
 そう囁いた成宮先生が、俺の耳をそっと塞ぐ。


 プルルルル、プルルルル。


 両耳を成宮先生の大きな手で塞がれた俺は、スマホの着信音が遥か遠くで鳴っているように感じられた。
「大丈夫。俺が後で何とかしとくから」
 成宮先生が俺の耳から手を離した時には、着信音は鳴り止んで、再び静かなリビングに戻っていた。


「今日はゆっくり休め」
 優しく微笑む成宮先生の顔を見ただけで、情けないことに涙が溢れ出した。


「ごめんなさい、ごめんなさい」
 子供みたいに涙を流しながら、俺は成宮先生にしがみつく。そんな俺に、成宮先生がひどく優しい声で問いかけてきた。
「なぁ葵。お前、今でも一人前の医者になって、病気の子供を助けてあげたいって思うか?」
 その言葉に少しだけ躊躇いを感じながらも、俺は小さく頷く。


「俺は、早く成宮先生に迷惑を掛けないで済むような、一人前の医者になりたいです。そして、一人でも多くの子供を助けたい」
「じゃあさ……」
 成宮先生が俺の顔を覗き込んでくる。そのあまりにも整った顔立ちに、俺の鼓動がトクントクンと甘く高鳴った。


「葵は、俺の事が好きか?」
「え?」
「俺の事を、心の底から愛してくれてるか?」
「千歳さん……」


 この成宮千歳らしくない少しだけ不安そうな表情に、胸がギュッと締め付けられる。
 どうしてこのハイスペックなスーパードクターが、俺みたいな凡人のことで、こんな顔をするんだろうか。


 俺にしか見せないそんな表情を見せられたら、俺はもう……。
 好きって思いが溢れ出して、止まらなくなってしまう。


「大好き。千歳さんが大好き」
 成宮先生に抱き着く腕に更に力を込めて、そのまま彼の唇を奪い去る。チュウっと強く吸い付いて、静かに唇を離した。
「千歳さんを愛してます」
「そっか……」 
 俺の言葉を聞いた成宮先生が静かに笑う。それは、俺が大好きな笑顔だった。


「なら、お前のミスくらい、いくらでもカバーしてやるよ」
「え?」
「俺がついててやるから、これからも自信を持って好きにやってみろ」
 そう言いながら、クシャクシャと少しだけ乱暴に頭を撫でてくれた。


「葵には、俺がついてるよ」
「千歳さん……」
「だから、大丈夫だ」
「……はい。ありがとうございます……」


 こんなに優しい恋人を目の前にして、俺は思う。
 生けていれば色々な事がある。
 ましてや、仕事なんて人生の大半を注ぎ込む時間であって、多くの人がストレスを感じる要因だろう。
 ついさっきまでの俺は、そんな仕事という重圧に押し潰されそうになっていた。


 これから先も何とか心を奮い立たせて出勤した俺が、再びアクシデントレポートを書くことが、きっとこの先もあるだろう。
 それでも、きっと大丈夫。
 俺には、こんなにも最強の味方がいるのだから。
 だから、大丈夫だ。


「それよりさ、ちゃんと飯食って、ちゃんと寝て、早く元気になれよ」
「あ、はい。すみません」
「いつまで俺に禁欲させる気だよ。もうそろそろ、我慢の限界なんだけど?」
「え、えぇ!?」
「職業柄、弱ってる人間に無理させるわけにはいかねぇもん」
「なら、そーっやりますか?」
「はぁ? そーっと?」
「はい。そーっと」
「……ふふっ。じゃあ、そーっとやるか?」
「はい。そーっとね」


 二人で顔を見合わせて笑ってから、そっと唇を重ね合わせた。


  
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