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Episode6 腐れ縁でも愛しい人
腐れ縁でも愛しい人①
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「なんかさ、ダルくね?」
「ダルいですか?」
「めちゃくちゃダリィ」
「そうですか……」
「あぁ? 葵のくせに生意気だぞ」
「それは申し訳ありませんでした」
俺は、明らかに機嫌の悪そうな恋人を見つめて、小さく溜息をつく。
成宮先生は年齢の割にはしっかりしてるし、滅多に怒ることのない出来た男だ。でも時々ある……今日みたいな不機嫌な日。
そんな日に限って、ずっと俺の傍にいて離れようとしない。さすがに俺も面倒くさくなって、どこかに逃げようと重い腰を上げれば、
「おい、どこに行くんだ?」
と、腰に腕を絡められ、それを阻止されてしまう。
「すみません、ちょっと出掛けようと思って……」
「駄目だ」
「はい?」
「珍しく休みが一緒になったんだ。今日一日は、俺の傍から離れるな」
「…………」
「わかったか?」
あまりにも傍若無人な振る舞いに、少しだけカチンときたけど、ここで同じ土俵に立ってしまえば大喧嘩になることだろう。
俺は深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。
「はいはい。あなたのお気に召すままに」
「わかってんじゃん?」
成宮先生が、口角を吊り上げて満足そうに笑った。
「ダリィ」
「めんどくせぇ」
「ふざけんな」
その後も、同じ事を何度も飽きることなく呟いては、仏頂面をしている。
少し、一人になって頭でも冷やしてくればいいに……って思うけど、ソファーに座ってパソコン作業をしている俺の背中に、成宮先生はずっとくっついているのだ。
「そんなにダルいなら寝室で寝てきたらどうですか?」
「あぁん?」
普段から忙しい成宮先生を気遣っての俺の言葉に、実に可愛くない天の邪鬼が牙を剥いた。
最近の成宮先生は、論文を書いたり、病院内に新しい委員会を設立したり……忙しい上に、更に輪をかけたような忙しさだ。
いつ寝てるんだろうか……と俺は心配にもなってしまう。
どこまでもストイックに生きている恋人の体が、いつか壊れてしまうのではないかと不安になってしまう。
でも、常に『完璧』を追い求め、一切の『妥協』を許さないこのスーパードクターは、きっと誰にも止めることなんてできないだろう。
「だーかーらー、疲れてるなら、寝室でゆっくり休んでくればいいじゃないですか?」
そう言いながら、まるで駄々っ子のような成宮先生を、自分の体から引き離そうと腕に力を籠めれば……逆にムキになってギュッとしがみ付いてくる。
「離してください!」
「嫌だ」
「なんで!?」
「疲れてるし眠いけど、ここにいる」
「だから何でですか?」
「だって……葵と一緒にいてぇもん」
拗ねた子供みたいに下唇を尖らせながら俯く仕草は、ふてぶてしいけど可愛らしいから悔しいのだ。怒ってしまった自分が、逆に嫌な奴にさえ思えてくる。
『はいはい、わかりました。一緒にいましょうね?ごめんなさい』
『わかればいいんだよ』
って甘やかしてしまうのが、いつものパターンだ。
こんなの良くないなんて分かりきっているんだけど、長年染み付いてきたこの習慣は、なかなか変わるものではない。
「わかりましたよ。ごめんなさい、千歳さん。一緒にいましょうね?」
「嫌だ。うっせぇよ」
「はぁ?」
せっかくご機嫌を取ってあげたのに、不貞腐れた表情は一向に治らないどころか、更に不満そうに俺を見つめてくる。
えぇ……この人めんどくさい……。
それでも成宮先生の頭を撫でてやれば、俺の手首を真面目な顔をして掴んでくる。
何かを言いたそうなのに、その形のいい唇が言葉を紡ぐことはなかった。
今度は何だよ……?
俺は恐る恐る成宮先生の顔を覗き込んでみる。
「千歳さん……」
俺が口を開いた瞬間、ピリリリリ……成宮先生の職場用のスマホが着信を知らせた。
「あぁ?」
一瞬、成宮先生の顔が般若のような形相になったから、俺の背筋をゾクゾクっと寒気が走り抜けた。
成宮千歳様が怒ってらっしゃる。休日に電話をかけてこられたことに……。
俺が、恐る恐るテーブルに置かれていた成宮先生のスマホを差し出すと、
「なんなんだよ、こんな休日に電話をしてきやがる奴は……俺は呼び出されても、絶対に出勤しないからな」
まるで、地獄からの使者のように低い声で呟いた後、俺の手からスマホを奪い去る。
そして、スマホが壊れるのでないか……というくらいの力で、通話ボタンをタップした。
一体この後、この人はどんな対応をするのだろうか……。
想像しただけで、背筋を冷たいものが走り抜けていった。
「はい、成宮です。あ、全然大丈夫ですよ。どうされましたか?」
「……え……?」
あまりの変わり身に速さに、俺はポカーンと口を開いてしまった。『開いた口が塞がらない』とは、まさにこういうことを言うのだろう。
スマホを通して、慌てる看護師さんの声が聞こえてくる。恐らく、成宮先生の受け持ち患者さんの容態が急変したんだろう。
成宮先生は看護師さんの話を丁寧に聞いてから、実に的確な指示を出し始めた。
「そうですか。では、酸素を五ℓに上げてサチュレーションを九十%に保つようにしてください。それから点滴は……」
突然、部屋の中に広がった雲一つないブルースカイに、仄かに香るミントの香り……俺は、思わず辺りをキョロキョロと見渡してしまった。
ここは、南アルプスか……はたまた、忘れ去られた楽園か……。
恐るべし……成宮千歳……。
「はい、はい。そうなんですね? わかりました。素晴らしい対応してくださってありがとうございます。また何かありましたら、いつでも連絡しきてくださいね。はい、では失礼致します」
通話が終わった瞬間、先程までのブルースカイに一気に黒雲が立ち込め、雷鳴が轟き始める。今にも嵐が来そうな予感だ。
成宮先生は、手に持っていたスマホを絨毯の上に放り投げた。
「次に電話してきたら、ぶっ〇《ピーッ》す」
「ひぃ……」
恐怖で体を縮こまらせる俺の腰に腕を回し、再び駄々っ子モードに突入してしまった。
「ダルいですか?」
「めちゃくちゃダリィ」
「そうですか……」
「あぁ? 葵のくせに生意気だぞ」
「それは申し訳ありませんでした」
俺は、明らかに機嫌の悪そうな恋人を見つめて、小さく溜息をつく。
成宮先生は年齢の割にはしっかりしてるし、滅多に怒ることのない出来た男だ。でも時々ある……今日みたいな不機嫌な日。
そんな日に限って、ずっと俺の傍にいて離れようとしない。さすがに俺も面倒くさくなって、どこかに逃げようと重い腰を上げれば、
「おい、どこに行くんだ?」
と、腰に腕を絡められ、それを阻止されてしまう。
「すみません、ちょっと出掛けようと思って……」
「駄目だ」
「はい?」
「珍しく休みが一緒になったんだ。今日一日は、俺の傍から離れるな」
「…………」
「わかったか?」
あまりにも傍若無人な振る舞いに、少しだけカチンときたけど、ここで同じ土俵に立ってしまえば大喧嘩になることだろう。
俺は深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。
「はいはい。あなたのお気に召すままに」
「わかってんじゃん?」
成宮先生が、口角を吊り上げて満足そうに笑った。
「ダリィ」
「めんどくせぇ」
「ふざけんな」
その後も、同じ事を何度も飽きることなく呟いては、仏頂面をしている。
少し、一人になって頭でも冷やしてくればいいに……って思うけど、ソファーに座ってパソコン作業をしている俺の背中に、成宮先生はずっとくっついているのだ。
「そんなにダルいなら寝室で寝てきたらどうですか?」
「あぁん?」
普段から忙しい成宮先生を気遣っての俺の言葉に、実に可愛くない天の邪鬼が牙を剥いた。
最近の成宮先生は、論文を書いたり、病院内に新しい委員会を設立したり……忙しい上に、更に輪をかけたような忙しさだ。
いつ寝てるんだろうか……と俺は心配にもなってしまう。
どこまでもストイックに生きている恋人の体が、いつか壊れてしまうのではないかと不安になってしまう。
でも、常に『完璧』を追い求め、一切の『妥協』を許さないこのスーパードクターは、きっと誰にも止めることなんてできないだろう。
「だーかーらー、疲れてるなら、寝室でゆっくり休んでくればいいじゃないですか?」
そう言いながら、まるで駄々っ子のような成宮先生を、自分の体から引き離そうと腕に力を籠めれば……逆にムキになってギュッとしがみ付いてくる。
「離してください!」
「嫌だ」
「なんで!?」
「疲れてるし眠いけど、ここにいる」
「だから何でですか?」
「だって……葵と一緒にいてぇもん」
拗ねた子供みたいに下唇を尖らせながら俯く仕草は、ふてぶてしいけど可愛らしいから悔しいのだ。怒ってしまった自分が、逆に嫌な奴にさえ思えてくる。
『はいはい、わかりました。一緒にいましょうね?ごめんなさい』
『わかればいいんだよ』
って甘やかしてしまうのが、いつものパターンだ。
こんなの良くないなんて分かりきっているんだけど、長年染み付いてきたこの習慣は、なかなか変わるものではない。
「わかりましたよ。ごめんなさい、千歳さん。一緒にいましょうね?」
「嫌だ。うっせぇよ」
「はぁ?」
せっかくご機嫌を取ってあげたのに、不貞腐れた表情は一向に治らないどころか、更に不満そうに俺を見つめてくる。
えぇ……この人めんどくさい……。
それでも成宮先生の頭を撫でてやれば、俺の手首を真面目な顔をして掴んでくる。
何かを言いたそうなのに、その形のいい唇が言葉を紡ぐことはなかった。
今度は何だよ……?
俺は恐る恐る成宮先生の顔を覗き込んでみる。
「千歳さん……」
俺が口を開いた瞬間、ピリリリリ……成宮先生の職場用のスマホが着信を知らせた。
「あぁ?」
一瞬、成宮先生の顔が般若のような形相になったから、俺の背筋をゾクゾクっと寒気が走り抜けた。
成宮千歳様が怒ってらっしゃる。休日に電話をかけてこられたことに……。
俺が、恐る恐るテーブルに置かれていた成宮先生のスマホを差し出すと、
「なんなんだよ、こんな休日に電話をしてきやがる奴は……俺は呼び出されても、絶対に出勤しないからな」
まるで、地獄からの使者のように低い声で呟いた後、俺の手からスマホを奪い去る。
そして、スマホが壊れるのでないか……というくらいの力で、通話ボタンをタップした。
一体この後、この人はどんな対応をするのだろうか……。
想像しただけで、背筋を冷たいものが走り抜けていった。
「はい、成宮です。あ、全然大丈夫ですよ。どうされましたか?」
「……え……?」
あまりの変わり身に速さに、俺はポカーンと口を開いてしまった。『開いた口が塞がらない』とは、まさにこういうことを言うのだろう。
スマホを通して、慌てる看護師さんの声が聞こえてくる。恐らく、成宮先生の受け持ち患者さんの容態が急変したんだろう。
成宮先生は看護師さんの話を丁寧に聞いてから、実に的確な指示を出し始めた。
「そうですか。では、酸素を五ℓに上げてサチュレーションを九十%に保つようにしてください。それから点滴は……」
突然、部屋の中に広がった雲一つないブルースカイに、仄かに香るミントの香り……俺は、思わず辺りをキョロキョロと見渡してしまった。
ここは、南アルプスか……はたまた、忘れ去られた楽園か……。
恐るべし……成宮千歳……。
「はい、はい。そうなんですね? わかりました。素晴らしい対応してくださってありがとうございます。また何かありましたら、いつでも連絡しきてくださいね。はい、では失礼致します」
通話が終わった瞬間、先程までのブルースカイに一気に黒雲が立ち込め、雷鳴が轟き始める。今にも嵐が来そうな予感だ。
成宮先生は、手に持っていたスマホを絨毯の上に放り投げた。
「次に電話してきたら、ぶっ〇《ピーッ》す」
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恐怖で体を縮こまらせる俺の腰に腕を回し、再び駄々っ子モードに突入してしまった。
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