あなたのお気に召すままに

舞々

文字の大きさ
113 / 149
第一章 僕たちの始まり

僕たちの始まり④

しおりを挟む
 満開の桜の花弁が舞い散る四月。
 晴れて医師になった俺は、初期臨床研修医として、信頼される医師を目指し指導医の指導のもと二年間の研修を行うこととなる。
 ここからが、医師としての本当の第一歩なのだ。


 周りの同期は、まだどの科に行きたいか悩んでいたけど、俺の希望は小児科一択だった。


 俺が就職した病院は、日本でも数少ない最新の設備と、優秀な医師を抱える総合病院。
 芸能人御用達だし、あまりにも立派な造りからドラマの撮影にも使われるような病院でもある。


 色々な病院を渡り歩き、治療法がないと言われた患者が、藁にもすがる思いで辿り着く『最後の砦』。数多くのスーパードクターが、最高の医療を提供する日本最高峰の病院なのだ。


 そして、俺があの夜、緊急搬送された病院でもある。


 いつか成宮先生の元で、立派な小児科医を目指したい。俺の夢が、叶った瞬間だった。
 初期臨床研修医は色々な科を回り、指導医の元で様々な知識と技術を身につけていく。


 しかし、同期の初期臨床研修医が次々とステップアップしていく中、俺は新しい課題が出される度にいちいち躓いてしまい、指導医には、「またお前か……」と苦笑いを浮かべられてしまうのだ。


 それの繰り返しで、夢と希望に満ち溢れていた俺の心は風船のように一瞬でしぼんでしまった。医学部に合格したのも、ただ単に運がよかっただけなのかもしれない。


「はぁ。俺、医者に向いてないのかな。しんどいなぁ……」


 初期臨床研修医になってもうすぐ半年。耐えきれなくて、辞めて行く同期をもう何人も見てきた。それを見ると、俺も辞めてしまおうか……と正直心が揺らいでしまう。


 特に、今研修をしている産婦人科の病棟は精神的にキツかった。と言うのも、産婦人科部長の藤堂とうどう先生になぜか目をつけられてしまい、ことごとく辛く当たられてしまっているのだ。


 藤堂先生は産婦人科の部長で、この病院に長く勤務している主のような存在だ。手術の技術は成宮先生には適わないかもしれないが、患者からの信頼は厚い。その反面、スタッフからの評判はとことん悪く、若手医師にはとにかく厳しい指導をすることで有名だ。


 もともとできの悪い俺は、すっかり藤堂先生のターゲットになってしまっている。
「辞めたいなぁ」
 鼻の奥がツンとなり、ギュッと唇を噛み締めた。


 産婦人科病棟で研修をするようになってから、次は何を注意されるのかと憂鬱な毎日が続いた。極度のプレッシャーとストレスで夜は眠れないし、食事も喉を通らない。今日はなんだか頭がボーッとしてフラフラしているけど、藤堂先生は労りの言葉などかけてはくれない。


「こんなレポート、全然駄目だ。お前は医学部で何を勉強してきたんだ? 全部書き直してこい」
「え? 全部……ですか?」
「そうだ。文句があるなら辞めちまえ」
 そう言い残して藤堂先生は医局から出て行ってしまった。


「全部書き直しか……頑張ったのにな……」
 何十枚にも及ぶレポートを握り締めたまま呆然とする。


 このレポートは、少し前に自分が担当していた先天性心疾患のある新生児の、出産から今までの治療経過をまとめたもので、産婦人科病棟の研修をしめくくる課題でもあった。
 研修でヘトヘトになり、寝る間も惜しんで書いたレポートを大して読んでも貰えずに突き返され、俺は途方に暮れてしまう。
 俺はうなだれたまま医局を後にし、薄暗い廊下を行く当てもないままにとぼとぼと歩いた。


「どうしたらいいんだよ」


 二十四歳の男が泣くなんておかしいってわかってるけど、目の前が涙で滲んで見えなくなった。手に持っているレポートが、ズッシリと重く感じる。


「やっぱり辞めようかな……」


 俯いたままポツリと呟く。もう、心も体も限界だった。自分は医者に向いてない……そう思った瞬間、静かな廊下に聞き覚えのある声が響いた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

守り守られ

ほたる
BL
主治医 望月診療所の双子医師 患者 瀬咲朔 腸疾患・排泄障害・下肢不自由 看護師 ベテラン山添さん 準主人公 成海真幌 腸疾患・排泄障害・てんかん 木島 尚久 真幌の恋人同棲中

甘々彼氏

すずかけあおい
BL
15歳の年の差のせいか、敦朗さんは俺をやたら甘やかす。 攻めに甘やかされる受けの話です。 〔攻め〕敦朗(あつろう)34歳・社会人 〔受け〕多希(たき)19歳・大学一年

番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か

雪兎
BL
第二性が存在する世界。 Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。 しかし入学初日、彼の前に現れたのは―― 幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。 成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。 だが湊だけが知っている。 彼が異常なほど執着深いことを。 「大丈夫、全部管理してあげる」 「君が困らないようにしてるだけだよ」 座席、時間割、交友関係、体調管理。 いつの間にか整えられていく環境。 逃げ場のない距離。 番を拒みたいΩと、手放す気のないα。 これは保護か、それとも束縛か。 閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。

たとえば、俺が幸せになってもいいのなら

夜月るな
BL
全てを1人で抱え込む高校生の少年が、誰かに頼り甘えることを覚えていくまでの物語――― 父を目の前で亡くし、母に突き放され、たった一人寄り添ってくれた兄もいなくなっていまった。 弟を守り、罪悪感も自責の念もたった1人で抱える新谷 律の心が、少しずつほぐれていく。 助けてほしいと言葉にする権利すらないと笑う少年が、救われるまでのお話。

【完結】君の手を取り、紡ぐ言葉は

綾瀬
BL
図書委員の佐倉遥希は、クラスの人気者である葉山綾に密かに想いを寄せていた。しかし、イケメンでスポーツ万能な彼と、地味で取り柄のない自分は住む世界が違うと感じ、遠くから眺める日々を過ごしていた。 ある放課後、遥希は葉山が数学の課題に苦戦しているのを見かける。戸惑いながらも思い切って声をかけると、葉山は「気になる人にバカだと思われるのが恥ずかしい」と打ち明ける。「気になる人」その一言に胸を高鳴らせながら、二人の勉強会が始まることになった。 成績優秀な遥希と、勉強が苦手な葉山。正反対の二人だが、共に過ごす時間の中で少しずつ距離を縮めていく。 不器用な二人の淡くも甘酸っぱい恋の行方を描く、学園青春ラブストーリー。 【爽やか人気者溺愛攻め×勉強だけが取り柄の天然鈍感平凡受け】

病弱の花

雨水林檎
BL
痩せた身体の病弱な青年遠野空音は資産家の男、藤篠清月に望まれて単身東京に向かうことになる。清月は彼をぜひ跡継ぎにしたいのだと言う。明らかに怪しい話に乗ったのは空音が引き取られた遠縁の家に住んでいたからだった。できそこないとも言えるほど、寝込んでばかりいる空音を彼らは厄介払いしたのだ。そして空音は清月の家で同居生活を始めることになる。そんな空音の願いは一つ、誰よりも痩せていることだった。誰もが眉をひそめるようなそんな願いを、清月は何故か肯定する……。

【創作BL】溺愛攻め短編集

めめもっち
BL
基本名無し。多くがクール受け。各章独立した世界観です。単発投稿まとめ。

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

処理中です...