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第二章 貴方へと向かう新しい一歩
貴方へと向かう新しい一歩③
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今日一日、成宮先生に指導してもらい、実際の臨床現場で医療行為を学んだ。
しかし、そこでも俺の出来損ないぶりを遺憾無く発揮してしまった。
まず、四歳の女の子の内服介助に行ったところ、「あたしは、イケメンの先生にもらった薬しか飲まないの」と、病室前で門前払いされてしまう。
そして、ある中学生の男の子の採血に何度も失敗してしまった。
「あの……違う先生か看護師さんに代わってもらっていいですか?」
「はい。わかりました。すみません……」
さすがに三回失敗したところで、患者さんからクビ宣告を受けてしまう。俺は何度も何度も謝罪してから、成宮先生を呼びに行った。
その失敗が尾を引いて、次の点滴ではサーフロー針を持つ手がカタカタと震え出した。それを見た患者さんの母親に「成宮先生を呼んでください」と言われてしまう。俺は針を刺すこともなく、成宮先生を再び呼びに行ったのだった。
そんな俺が唯一まともにできた仕事は、鼻から入れられた栄養の管が気持ち悪いせいで、泣き続ける赤ちゃんを抱っこしながら病棟内を散歩することくらいだった。
小さな手足をバタバタさせながら必死に泣く姿は愛おしい。最初は大きな声で泣いていたのに、俺が抱っこしているといつの間にかスースーと穏やかな寝息をたてながら眠ってしまうのだった。
「可愛いね。ゆっくりねんねするんだよ」
俺は、時間の許す限りその子を抱っこしていた。
小児科の医局に着いたのは、日勤帯が終わる頃だった。
大きな溜息を吐きながら医局に戻ってきた成宮先生が、よろめきながらソファに倒れ込む。それから、疲れ果てた虚ろな目で俺を見つめた。
「お前、本当に要領が悪いのな? こんな研修医見たの、久しぶりだわ」
「すみません……」
夕方には、俺の力量を完全に見抜いていた成宮先生が、また大きく溜息をつく。
「水瀬さ、昼間採血に行ってくれたよな?」
「あ、はい。行きました。失敗しましたけど……」
「そんなん知ってる。だって、代わりに俺が呼ばれて採血に行ったんだから。あのさ、お前は採血もロクにできないわけ?」
「すみません、小児の採血は初めてで……」
「はぁ? 慶太君は十四歳で、しかも野球部だ。血管なんかボコボコ出てたろうに」
「はい。仰る通りです」
「ったく……」
せっかく楽しみにしていた小児科病棟の研修だったのに、成宮先生は初めて会った日のような優しい笑顔を見せてくれない。会う度に小言を言われ、怒られてばかりで、結局一度も褒められることはなかった。
ただ、周りに誰かがいる時は仏様のように優しい。あまりの豹変ぶりに、俺は泣きたくなった。
「あの、聞いていいですか? 成宮先生って、双子のご兄弟がいらっしゃるんでしょうか?」
「はぁ? いる訳ねぇだろうが」
「ご、ごめんなさい」
綺麗な切れ長の目で睨まれれば、冷や汗が出てきて体が小さく震え出す。とにかく、謝ることしか俺にはできなかった。
「はぁ……本当に仕方ねぇな。ほら」
成宮先生が腕まくりをしながら突然立ち上がったものだから、俺は思わず目を見開いた。
「くくっ。鳩が豆鉄砲食らったみたいな顔すんなよ。腕を貸してやるから、十回までなら採血の練習していいぞ? 不必要に患者に痛い思いはさせらんねぇからな。ほら、水瀬先生」
「あ、はい。すみません」
「お前はさ、見てて飽きないよな。ほら、ナースステーションに移動するぞ」
「はい。ありがとうございます」
きっと、成宮先生の心遣いに感動してしまい、子供のように目をキラキラさせていたであろう俺を見て、「ガキだな」と成宮先生が呆れたような顔で笑った。
その後、ナースステーションで汗をかきながら採血の練習をする俺と、そんな俺に付き合ってくれている成宮先生の姿を見て、「仲がいいんですね」と看護師さんたちが微笑ましく見守ってくれていたけれど、採血はなかなかうまくいかない。
練習相手が成宮先生だって意識してしまうと、自然と手が震え出した。そんな俺を見て、成宮先生が苦笑いをしている。
「お前、なんでそんなに緊張してるんだ?」
「だって……。いえ、なんでもないです。すみません」
看護師さんたちが夕食の介助に病棟内を慌ただしく動いている音が、廊下に響き渡っている。
こんなんじゃ、患者さん相手より緊張しちゃう。
口から心臓が飛び出そうになったから、深く深呼吸をする。そんなことを繰り返すうちに今度は過呼吸になってしまいそうだ。頭がクラクラして、ボーッとしてくる。その瞬間、俺は温かなものに突然手を握られた。
「おい、大丈夫か?」
「……ふぇ?」
ふと我に返ると、目の前には心配そうに自分の顔を覗き込む成宮先生。本当に何をやってるんだろう……と自分が情けなくなってしまった。
「いいか、水瀬。この血管に針を刺せば必ず成功する」
「必ず、ですか?」
「そう、必ずだ」
成宮先生が指さす血管は太くて柔らかそうで、採血にはもってこいの血管に思えた。でも「必ず成功する」なんて言われてしまうと、プレッシャーに感じてしまう。
結局、俺は何をやっても駄目なのかもしれない。
「大丈夫だ。お前は採血ができないわけじゃない。自分に自信がないから気持ちが負けちまうんだよ。絶対に外さない、そういう強い思いで挑まなきゃ、いつまでたっても上達なんかしないぜ」
「はい」
「よし、頑張れ」
そう言いながら、乱暴に頭を撫でてくれる。そんな成宮先生に、また勇気をもらった気がする。
「それと、もし失敗したら今度はラーメン奢れよ?」
「え? ラーメンですか?」
「そう。しかもチャーハンと餃子付きで」
まるで俺をからかうように笑う成宮先生を見ているうちに、自然と肩から力が抜けていくのを感じた。それと同時に、心の中が温かくなっていく。
「では、お願いします」
「おう、来い」
気合を入れて注射器を構える。絶対に外さない、そう自分に言い聞かせて。
結果、やっぱり出来の悪い俺は更にもう一度失敗してしまい、二度目で成功した。そんなに俺に向かって、
「じゃあ約束通り、ラーメン奢ってくれよ」
と、成宮先生が楽しそうに笑っていた。
しかし、そこでも俺の出来損ないぶりを遺憾無く発揮してしまった。
まず、四歳の女の子の内服介助に行ったところ、「あたしは、イケメンの先生にもらった薬しか飲まないの」と、病室前で門前払いされてしまう。
そして、ある中学生の男の子の採血に何度も失敗してしまった。
「あの……違う先生か看護師さんに代わってもらっていいですか?」
「はい。わかりました。すみません……」
さすがに三回失敗したところで、患者さんからクビ宣告を受けてしまう。俺は何度も何度も謝罪してから、成宮先生を呼びに行った。
その失敗が尾を引いて、次の点滴ではサーフロー針を持つ手がカタカタと震え出した。それを見た患者さんの母親に「成宮先生を呼んでください」と言われてしまう。俺は針を刺すこともなく、成宮先生を再び呼びに行ったのだった。
そんな俺が唯一まともにできた仕事は、鼻から入れられた栄養の管が気持ち悪いせいで、泣き続ける赤ちゃんを抱っこしながら病棟内を散歩することくらいだった。
小さな手足をバタバタさせながら必死に泣く姿は愛おしい。最初は大きな声で泣いていたのに、俺が抱っこしているといつの間にかスースーと穏やかな寝息をたてながら眠ってしまうのだった。
「可愛いね。ゆっくりねんねするんだよ」
俺は、時間の許す限りその子を抱っこしていた。
小児科の医局に着いたのは、日勤帯が終わる頃だった。
大きな溜息を吐きながら医局に戻ってきた成宮先生が、よろめきながらソファに倒れ込む。それから、疲れ果てた虚ろな目で俺を見つめた。
「お前、本当に要領が悪いのな? こんな研修医見たの、久しぶりだわ」
「すみません……」
夕方には、俺の力量を完全に見抜いていた成宮先生が、また大きく溜息をつく。
「水瀬さ、昼間採血に行ってくれたよな?」
「あ、はい。行きました。失敗しましたけど……」
「そんなん知ってる。だって、代わりに俺が呼ばれて採血に行ったんだから。あのさ、お前は採血もロクにできないわけ?」
「すみません、小児の採血は初めてで……」
「はぁ? 慶太君は十四歳で、しかも野球部だ。血管なんかボコボコ出てたろうに」
「はい。仰る通りです」
「ったく……」
せっかく楽しみにしていた小児科病棟の研修だったのに、成宮先生は初めて会った日のような優しい笑顔を見せてくれない。会う度に小言を言われ、怒られてばかりで、結局一度も褒められることはなかった。
ただ、周りに誰かがいる時は仏様のように優しい。あまりの豹変ぶりに、俺は泣きたくなった。
「あの、聞いていいですか? 成宮先生って、双子のご兄弟がいらっしゃるんでしょうか?」
「はぁ? いる訳ねぇだろうが」
「ご、ごめんなさい」
綺麗な切れ長の目で睨まれれば、冷や汗が出てきて体が小さく震え出す。とにかく、謝ることしか俺にはできなかった。
「はぁ……本当に仕方ねぇな。ほら」
成宮先生が腕まくりをしながら突然立ち上がったものだから、俺は思わず目を見開いた。
「くくっ。鳩が豆鉄砲食らったみたいな顔すんなよ。腕を貸してやるから、十回までなら採血の練習していいぞ? 不必要に患者に痛い思いはさせらんねぇからな。ほら、水瀬先生」
「あ、はい。すみません」
「お前はさ、見てて飽きないよな。ほら、ナースステーションに移動するぞ」
「はい。ありがとうございます」
きっと、成宮先生の心遣いに感動してしまい、子供のように目をキラキラさせていたであろう俺を見て、「ガキだな」と成宮先生が呆れたような顔で笑った。
その後、ナースステーションで汗をかきながら採血の練習をする俺と、そんな俺に付き合ってくれている成宮先生の姿を見て、「仲がいいんですね」と看護師さんたちが微笑ましく見守ってくれていたけれど、採血はなかなかうまくいかない。
練習相手が成宮先生だって意識してしまうと、自然と手が震え出した。そんな俺を見て、成宮先生が苦笑いをしている。
「お前、なんでそんなに緊張してるんだ?」
「だって……。いえ、なんでもないです。すみません」
看護師さんたちが夕食の介助に病棟内を慌ただしく動いている音が、廊下に響き渡っている。
こんなんじゃ、患者さん相手より緊張しちゃう。
口から心臓が飛び出そうになったから、深く深呼吸をする。そんなことを繰り返すうちに今度は過呼吸になってしまいそうだ。頭がクラクラして、ボーッとしてくる。その瞬間、俺は温かなものに突然手を握られた。
「おい、大丈夫か?」
「……ふぇ?」
ふと我に返ると、目の前には心配そうに自分の顔を覗き込む成宮先生。本当に何をやってるんだろう……と自分が情けなくなってしまった。
「いいか、水瀬。この血管に針を刺せば必ず成功する」
「必ず、ですか?」
「そう、必ずだ」
成宮先生が指さす血管は太くて柔らかそうで、採血にはもってこいの血管に思えた。でも「必ず成功する」なんて言われてしまうと、プレッシャーに感じてしまう。
結局、俺は何をやっても駄目なのかもしれない。
「大丈夫だ。お前は採血ができないわけじゃない。自分に自信がないから気持ちが負けちまうんだよ。絶対に外さない、そういう強い思いで挑まなきゃ、いつまでたっても上達なんかしないぜ」
「はい」
「よし、頑張れ」
そう言いながら、乱暴に頭を撫でてくれる。そんな成宮先生に、また勇気をもらった気がする。
「それと、もし失敗したら今度はラーメン奢れよ?」
「え? ラーメンですか?」
「そう。しかもチャーハンと餃子付きで」
まるで俺をからかうように笑う成宮先生を見ているうちに、自然と肩から力が抜けていくのを感じた。それと同時に、心の中が温かくなっていく。
「では、お願いします」
「おう、来い」
気合を入れて注射器を構える。絶対に外さない、そう自分に言い聞かせて。
結果、やっぱり出来の悪い俺は更にもう一度失敗してしまい、二度目で成功した。そんなに俺に向かって、
「じゃあ約束通り、ラーメン奢ってくれよ」
と、成宮先生が楽しそうに笑っていた。
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