あなたのお気に召すままに

舞々

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第三章 出会いと別れ

出会いと別れ②

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「成宮先生」
「あ? まだ居たのか ?早く帰って休まないとバテちまうぞ」


 ナースステーションの隣にある処置室で、ずっと難しい顔をしながらパソコンを見ていた成宮先生に声をかけた。
 時計を見れば夜の九時。夜勤の看護師さんたちが、就寝時間にむけて慌ただしく病室を回っている足音がする。


「成宮先生は、まだ帰らないんですか?」
「あー、もう少しだけここにいる」
 大きな欠伸をしながら伸びをする成宮先生のパソコンを立ったまま覗き込むと、思った通り小児癌の論文だった。


「柊弥君ですか?」
「そう」
「でも、柊弥君はもう治らないって」
「治らないよ」
「じゃあなんで、柊弥君の病気のことを調べてるんですか?」
「だって、俺がここで立ち止まったら、本当に全てが終わっちまう気がして。こうやって足掻いてれば、まだ全てが終わっていない……そう思えるから」


 その意外過ぎる言葉に、俺は目を見開く。こんなスーパードクターも弱気になることなんてあるんだ……その言葉は、いつも自信に満ち溢れている成宮先生からは想像もつかないものだった。


「なんだよ、その顔は? 俺だって人の子だからな。恐怖心だってあるし、悩むことだってあるんだぞ?」
 クルリと椅子を回して俺の方を睨み付ける成宮先生は、子供が拗ねているかのように見えた。


「頑張ってて偉いですね」
「あ?」
「あ、す、す、す、すみません! つい癖で!」


 気が付いた時には、俺は成宮先生の手を握り締めていた。それは本当に無意識で……いつも自分が小児科病棟の患者さんにしてあげていたことだった。
 体が勝手に……無意識って怖い……。


 成宮先生が虎太郎君や日葵ちゃんといった年少の患者さんの手を握ったり、頭を撫でてあげているのを知って以来、俺はそれを真似していた。愛情を籠めて「いい子だね」「頑張ってるね」とタッチングをしてあげると、子供たちは幸せにそうに微笑む。その笑顔を見た俺まで、心が温かくなるのだ。


 そんな子供を扱うような言動を、俺はよりによって上司に……しかも、あの天下の成宮千歳様を相手にとってしまうなんて。俺はどこまで出来損ないなんだ! 


 一瞬で全身から血の気が引き、冷たい汗がドッと流れる。慌てて引っ込めようとした手を、成宮先生に掴まれてしまった。その瞬間、その場に倒れてしまいそうな程、俺の頭の中が真っ白になる。


「ご、ごめんなさい。成宮先生……! 本当にごめんなさい!」
 俺は、ただ謝ることしかできなかった。怖くて、顔を上げることもできない。張り詰めた空気がその場を流れた。


「別にいいよ……」
「え?」
「てか、水瀬の手あったけぇ。子供みたいだな」


 ぎゅっと俺の手を握り返してきた成宮先生が、俺の胸にそっともたれかかってくる。余程疲れているのだろうか。そのままそっと目を閉じた。


 え? う、うそ、なんで? もしかして成宮先生って可愛い……?


 普段の成宮先生からは想像もできないその姿に、頭の中が真っ白になり鼓動がどんどん速くなっていった。


 俺の胸に体を預ける成宮先生の顔を覗き込むと、うっすら隈ができている。成宮先生に何かしてあげたい……咄嗟にそう思った俺は、恐る恐る成宮先生の頭に手を置いた。


 痛いの痛いの遠くのお空へ飛んでいけ、そう心の中で願いながら。いつも患者さんたちの為に、たった一人で戦っている成宮先生の心が、痛くなくなりますように……。


 成宮先生がふと顔を上げた瞬間、心臓が止まりそうなほどびっくりしてしまう。
 ヤバイ、調子に乗り過ぎた……。


 俺の呼吸はどんどん浅くなり、酸欠で気を失いそうになってしまう。いっそのこと、この場から逃げ出してしまおうか必死に考えていると、成宮先生がポツリと呟いた。 


「だから別にいいって」
「え? でも……」
「ってか、もっと撫でろ」


 撫でやすいようにだろうか少しだけ頭を下げて、俺の手を自分の頭へと持って行く。普段こうやって他人に甘えることがないだろう成宮先生の意外すぎるおねだりに、戸惑いを隠しきれない。上司である成宮先生の頭を、部下の俺が撫でるなんて……そんなことありえないから。


「で、でも……」
「いいって言ってんだろう? お前に撫でられるのは気持ちいい」


 俺が恐る恐る頭を撫でると、不貞腐れたような顔をしながらもそっと目を閉じる。成宮先生の髪はサラサラしていて、フワリと髪を持ち上げればシャンプーの甘い香りがした。
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