あなたのお気に召すままに

舞々

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第三章 出会いと別れ

出会いと別れ③

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「俺さ、子供の頃喘息持ちで、体も弱くて、入退院を繰り返してたんだ」
「そう……だったんですね」


 突然成宮先生がポツリポツリと言葉を紡ぎだしたから、俺は驚きながらも静かに耳を傾けた。


「俺の両親は忙しい人達だったから見舞いに来ることも稀で、俺はいつも一人だった。そんな俺に優しくしてくれたのが、雰囲気がお前に似ている研修医で……その人は寂しい思いをしていた俺を気遣って、ちょくちょく病室に遊びに来てくれた」
「俺に似た、研修医……」
「そう。その人はいつも『一人なのに偉いね。頑張ってるね』って頭を撫でてくれた。まだ子供だった俺はそれが嬉しくて、その人にだけは心を開くようになったんだ」


 あまりにも意外な成宮先生の子ども時代の話に、心がチクッと痛む。こんな辛い過去があったからこそ、この人は患者さんにこんなにも寄り添い、優しく接することができるのだと実感した。


「あの人と水瀬からは同じ匂いがする」
「え? 匂いですか? も、もしかして俺、臭いですか?」
「馬鹿、違うよ。その匂いじゃない」


 慌てて白衣の匂いを嗅ぎはじめた俺を見て、成宮先生がくすくすと笑っている。そんな普段は俺に見せることのない柔らかな表情に、頬が熱くなっていくのを感じた。


「あの人も水瀬も、傍にいるだけで安心するってことだ」
「そんな……恥ずかしいです」
「ただその研修医も、今思えば鈍くさかったけどな」
「ひどい」
「あの人もさ、よく俺の採血を失敗して、その度に泣きそうな顔をしながら謝ってくれた。そんなことくらい、別に大したことじゃねぇのに。子供の俺にむかって真剣に頭を下げるんだぜ? どこまで真面目なんだよって、子供なりに可笑しかった。だから俺は、別に腕に針を刺されることくらい、どうってことねぇんだ」
「だから、俺の採血の練習相手になってくれたんですね……」
「そう。必死に採血をしている水瀬を見てると、あの人のことを思い出す。あの人も、お前みたいにいつも一生懸命だった」


 当時のことを、思い出しているのだろうか。懐かしそうに目を細めている。


「水瀬を見てるとさ、あの人が優しい言葉をかけてくれたこと、一緒に遊んでくれたこと、寂しくないようにって会いに来てくれたこと、でも少しだけおっちょこちょいなところがあったこととかを思い出す。俺はあの人を見て、将来医者になれたら小児科で働こうって決めたんだ。でもさ……」


 成宮先生が一瞬言葉を詰まらせて俯く。長い睫毛が影を作り、その表情が実年齢よりもひどく幼く感じられた。


「俺はあの人みたいに子供たちに優しくしてやりたい、元気にしてやりたいっていう思いで患者と向き合ってきたけど、時々、あの人みたいにやれてるのかって不安に思うことがあるんだ」
「不安って……なんでそんなことを思うんですか? 成宮先生はいつだって一生懸命患者さんと向き合っていると思います」
「でもさ、水瀬を見てると内心すげぇなって思うんだ。それと同時に、自分自身の偽物じみた接し方に嫌気がさしてくる」
「……そんな……」


「俺はスーパードクターでも、小児科病棟の若きエースでもない。こんな風に劣等感だって抱えてるし、誰かに寄りかかりたいときだってある。本当の俺は、張りぼてでできた偽物のスーパードクタ―なんだ」


 少しだけ甘えた声を出しながら、俺の胸に額を押し付けてくる成宮先生。
 俺は、成宮先生が本音を吐露してくれたことが嬉しかった。それに、どんなに弱い一面を見せられたところで、俺が成宮先生に抱く尊敬の思いは変わることなんてないのだから。


「俺だって成宮先生の真似をしてます。だって、先生を尊敬しているから少しでも近づきたくて……。それを言うなら俺だって真似事ですよ。でも、俺にとっては成宮先生が本物なんです」
「……水瀬……」
「俺にとっては、命を救ってくれた成宮先生が神様なんです。だから、お願いですから泣かないでください」
「別に、俺は泣いてねぇ」
「俺は泣きそうです。だって、成宮先生がそんなことを考えていたなんて想像もしてなかったから。それに、成宮先生に褒められてすごく嬉しいです。嬉しくて、涙が出てきそうです……」


 鼻の奥がつんとなったから、思い切り鼻をすする。そのまま成宮先生を抱き締めた。今度こそ怒られるのではないかとびくびくしながらも、少しずつ腕に力を込める。


「あははは、水瀬は本当に面白い」
 声を出して笑いはじめた成宮先生を見て、俺は大きく息を吐く。よかった、成宮先生が笑ってる。最近はずっと眉間に皺を寄せているところしか見ていなかったから。


「あの……無理し過ぎて、体だけは壊さないでくださいね」
「んー、わかってる」
 大きな欠伸をしながら俺の胸に擦り寄る成宮先生は、とても可愛らしく見える。


「成宮先生、子供みたいですね……」
「うるせぇよ」
 まるで甘えるかのように、いつの間にか俺の腰に回されていた成宮先生の両腕。なんで腰に手が……これじゃ恋人同士みたいじゃん……。そう感じた瞬間、胸の昂りを感じた。


「な、なんで突然甘えたくなったんですか?」
「んー、わかんねぇ。ただ、お前を見てたら抱きつきたくなった。縫いぐるみ的な?」
「そ、そうですか……」
 不器用なりに甘えてくる成宮先生の体を、遠慮がちに抱き締め返す。


「あの……一緒に柊弥君の病気に立ち向かいましょうね」
「あぁ」
「やっぱり子供みたいで可愛いです」
「本当にうるせぇ」


 完璧な人間だと思っていた人の子供のような一面に、俺は愛おしささえ感じてしまった。

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