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1.失くした日と得た日

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『帰って来たら、一緒に暮らそうね?約束だよ?』

『もう、仕方ないわね!あんただけじゃ心配だから、あたしも着いて行ってあげる!』

『クロも心配かも知れないけど、お姉ちゃんも心配なのよ?』

『お兄ちゃんは、もっとわたしを可愛がって!子供扱い禁止!』

 遠い日の思い出に浸りつつ、果て無き荒野を進む。ああ、なぜこんな事になったのか?

 始まりは三年前、勇者と共に旅に出てからだった。勇者のアルフレッド、皆からはアルフと呼ばれていた男。

 聖女のアニエス、俺と彼女は結婚の約束をしていた。平和になったら共に幸せになろうと、故郷の家で一緒に暮らそうと。

 剣聖のカティレア、カティとは幼馴染みだった、面倒見がよく、いつも気にかけてくれていた。

 賢者のエマ姉さん、血は繋がっていなくとも本当の姉のように心から心配してくれた。

 拳闘士のコレット、エマ姉さん同様血は繋がっていないけど、俺のかわいい妹だった。

 そして錬金術師の俺クロ、この国では珍しい黒髪黒目だったので、孤児院のシスターが着けてくれた名前それがクロだった。錬金術の腕はそれなりにあったと思う、勇者や剣聖の武器の手入れや、薬の調達等ちゃんと役割は果たしていたと思う。

 そのはずだったんだ。

 最初はみんな村に居る時と変わらなかった、俺達五人の輪に勇者が加わり直ぐに打ち解けた、でもそこからおかしくなっていったんだ。

 最初は挨拶しても無視される程度、虫の居所が悪いのかな?くらいにしか思ってなかった。

 だが徐々にそれは過激かしていった、罵詈雑言と暴力の数々、大量の荷物は一人で持たされる、気付いた時には遅く、俺は輪から弾かれ、一人になっていた。

 何かしてしまったのか?どうすればもう一度あの輪に入れる?彼女達は俺を憎んでいるのか?俺はどうすればいい?答えの出ない自問自答を繰り返し、結局何もできずに時間だけが過ぎて行く。

 そして事件は起きた。

「やめろ!やめてくれ!」

 身体を押さえつけられ右腕だけ伸ばされる。

「ふん、偉そうに、あんたが悪いのよ?あたし達とアルフの邪魔をしたから」

 ただ、会話に混ざろうとしただけなのに?会話する事すら許されないのか?そう思った瞬間、心の奥から湧き出したのは怒りか、それとも悲しみだろうか。

「俺が何したって言うんだよ!?教えてくれよ!?解らねぇんだよ!!」

「………はぁ、ここまでバカだったなんて」

 声を発したのは、アルフに腰を抱かれたアニエスだった。

「本当になぜこんな人を好きだったのか理解できません」

 理解できないのはこっちだ!何で勇者は腰を抱いてる?何で俺をゴミを見る目で見る?何で勇者を愛おしそうに蕩けた目で見る?

「ふふ、まだ解らないんですか?こう言う事ですよ」

 蕩けた目のアニエスがアルフの唇に自分のそれを重ねる。

「ちゅ………ん……ちゅっ……くちゅ……んはぁ」

 舌の絡み合う淫らな音と、アニエスの出す甘い吐息がやけに響いた。

「…………」

 頭が混乱した、俺は何を見ているんだ?何を見させられてるんだ?

「…………」

 蝕むような頭痛と吐き気に苛まれる中、自分を押さえている三人を見ると、アニエスと同じように惚けた目で二人、いや、アルフを見ていた。

「は、ははは」

 何故か、俺は笑っていた。

「ふっ、ははは、あははは、ひひひひ」

 何故か笑いが止まらなかった。笑いたい訳じゃないのに。

「ん………ふぅ、壊れちゃいましたか」

「ひひひひ、ひひひひ、あははは」

 こわれた?コワレタ?そうなんだろうか?いや、アニエスが言うならそうなんだろう、何て言ったって、俺の最愛の人ナンダカラ。

「まぁ、壊れても罰は受けてもらいますけど……」

 アニエスが目配せをすると、押さえつけられる力が増す。カティの振りかぶった剣がやけにキレイに見える。ああ、やっぱりカティの剣は綺麗だなぁ、そんな感想を持っていると、その剣は何の躊躇いもなく俺の右腕を切り落とした。

「うあぁぁぁ!!」

 腕から血を吹き出しながら痛みに叫ぶ。

「あらあら、結構良い声で泣きますね」

「うわ、靴に血が付いちゃったよ、誰か何とかして!」

「仕方ないですね、このままですと死んじゃいますし」

 腕の切り口に火が灯る。

「うぎゃあああ!」

 腕の切り口を焼かれ、更なる激痛に苦しむ。

「あら、汚い火だこと」

「うわぁ、見てよ涙と鼻水で顔ぐちゃぐちゃ気分悪くなってきちゃった、アルフゥ介抱してぇ」

 余りの痛みに意識を手放す直前に見たのは楽しそうに笑う嘗ての仲間達だった。

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 …………どれくらい寝ていただろうか?いや、まだ夜が明けていないのだから、実際はそんなに経っていないのだろう。

「……………」

 俺はいったい何をしているんだ?何をしたんだ?何度目かになる答えの無い自問自答、しかし今回は違った。

『お前は何だ?』

 俺は?

『彼女達の腰巾着か?』

 何処か懐かしいような、始めて聞くような、声が聞こえる。

『彼奴らの荷物持ちか?玩具か?』

「違う、俺は、俺は!」

 錬金術師だ!

『…………』

 声は楽しそうに笑う雰囲気を感じさせ聞こえなくなった。何だったのだろうか?そんな疑問は直ぐに消えた。

「………」

 ふと、目を動かすとある物に止まった。それは切られた自分の右腕。

「…………」

 あの後散々おもちゃにされたのかボロボロになった右腕、しかしそれから目が離せない。

「………」

 ゆっくり起き上がり近づく。そして思い出す。禁忌を。

 昔、錬金術を学ぶ過程で学んだ最大の禁忌、その一節。

「……人体も素材……」

 この世で最も神秘的な物すなわち"人体"を素材にした錬成。

 いつの間にか地面に陣を書き始めていた。何故今それを思い出したのかは解らない、ひょっとしたら先程聞こえた声が亡き師の声だったからか?それともこの時本当に俺は壊れていたのだろうか?

「ふ、ふふふ」

 陣が書き終わり、その上に自分の右腕を置く。

「何ができるかな?」

 始めて錬金術を使った時のようなわくわくが胸を支配する。

「はぁぁ」

 意識を集中し、ありったけの生命力を注ぐ、それこそ死ぬんじゃないかと思うほどの。

ピシッピシシッ。

 右腕が姿を変える、失敗か?成功か?

「ははは」

 結果的に言えば大成功だった、右腕を媒介に作られたのは。

「アーティファクト……」

 完成したのは神話の遺物、錬金術の最高峰、心理の終着点、様々な言われ方をする錬成物質。

「美しい……」

 白銀に輝くガントレット、皮肉なことに右腕を媒介にして作り出したのは右腕に着けるための物だった。

「まぁ、何でもいいか……」

 あいつらにばれないように売ればかなりの金になる。そう思って手を伸ばした時。

「っ!?」

 ガントレットは独りでに右腕に飛んできた。

「ぐぁ!?」

 白銀のガントレットから無数の血管のような物が伸び腕に刺さる。痛みは一瞬のみで直ぐに違和感もなくなる。

「これは……」

 自由に動く。無いはずの右腕はまるで元通りになった様に動いた。

「ははは、さすがアーティファクト、ん?」

 腕の感触に驚いていると、視界におかしな映像が出てきた。

「全智?銀腕?」

 半透明な板?に書かれていたのは。

【全智の銀腕アガートラーム】(全てを知る全智の力を宿した白銀のガントレット、その力は世界を見透す)

「アガートラーム、それがこの腕の名前か?」

 全智とはいったい?そう思っていると有ることに気付く。

「へぇ、なるほど」

【消えた焚き火】(焚き火のあった場所、今は消えており使えない、もう一度使うためには火種と薪が必要)

 これは面白い。物の情報を見ることができる。確かに全智の力だ。

 その後夜が明けるまで実験を続けた。

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 夜が明けたその日、俺は大量の荷物を背負いながら、一番後ろを歩いていた。片腕だから中々に荷物をもちずらい。

 現在俺の腕にはアガートラームは着いていない。いや、正確には着いているが見えない。アガートラームにはその存在を消す力があった、今はないが必要なときは直ぐに呼び出す事ができる。

 朝食は中々に大変だった、何せ片腕が無い状態で全員分の食事を作らないといけなかったからな。まぁ、誰も見ていないところでアガートラームを使ってたけど。

 さて、一人で一番後ろを歩いているのはいつもなら苦になるが、今は都合が良い、昨夜明けるまで色々試したが、唯一試せなかった事がある。それのせいでまだこいつらの後ろを歩くはめになったわけだが。まぁ、良いとしよう。

「さて、何が視えるかな?」

 出来なかったこと、それは生物を視ること。野営地には迷惑なことに、アニエスが魔物払いの結界を張っていたため生きている物を視れなかった。
 
 一番後ろを歩いていたコレットに視線を合わせ全智の力を発動する。

【拳闘士コレット】(ナガの村で育った少女、拳闘士スキルの使い手、勇者の仲間、魅了状態)

 …………何だと?少し整理しよう、ナガの村は俺達が育った村、コレットは拳闘士、俺達は勇者の仲間、ここまではいい、問題はこれだ、"魅了状態"これは何だ?

 疑問には直ぐに全智の力が答えを出してくれた。

【魅了状態】(拳闘士コレットは勇者アルフレッドにより魅了されている、幾重にも掛けられており、勇者を愛している状態、もはや傀儡に近い)

 御丁寧にどうも、なるほど、勇者がね。あの糞野郎。次は勇者を睨みながらその情報を視る。

【勇者アルフレッド】(グランセリアで育った青年、勇者スキルの使い手、魅了の力を最も使っている)

 勇者の力どこに使ってるんだよ?力注ぐ場所そこじゃないだろ!?こいつバカか?

 ようやくこの状況の原因がわかったのでスッキリしたような?脱力したような?感覚に襲われる、と同時に、酷く全てがどうでもよくなった。

(なんかもう全部放り出してもいい気がしてきた………)

 が、そこで一つの疑問が出てくる。この魅了って解けるのか?

【勇者の魅了】(勇者の力は女神より授けられており覆す事は困難)

 覆す事は困難、つまり出来なくはないと?

(唯一の方法は………)

 ほう、それはそれは、是非試したいね。

 俺は楽しみを見つけ、しかし、それを顔に出さないようにして夜を待った。

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 そして夜、例によって勇者達が一つのテントに入って行くのを見届け、俺は行動に移した。

 アガートラームに由ると、勇者の魅了を解く方法は一つ、それはアーティファクト。全ての状態異常を弾くアーティファクト"ウロボロスの腕輪"それをアニエス達に嵌めれば、魅了を解く事ができるらしい。

「さて、どうしたものか」

 作る物は解った、だが、それがアーティファクトとは。

「アガートラームである程度は作り方が解る、しかし、それと作れるのは別問題………」

 そこでまた、狂った答えにたどり着く、作れないなら作れるように成ればいい。

「アガートラーム、検索だ、知りたいのは……」

 その結果、俺はあるものを作る事にした、"左腕を使って"。

「ははは、我ながら狂ってるな、自分で自分の左腕を切り落とすなんて」

 上機嫌に笑いながら、陣を書いていた。

「おっと、急がないと血の出しすぎで死ぬ」

 ふらふらする頭に活を入れ、陣に生命力を流し込む。

「ふふふ、こりゃあいい」

 アガートラームの力によるものか?今回はそんなに大きく生命力を注ぐ事はしない、必要な分を流し込みそれで止める。腕も全ては使わず、皮、筋肉、神経、血管のみが形を変え、骨は残った。

「また、凄いのが出来たな……」

 アガートラームで視てみると。

【全能の金腕ガントラーム】(全てを成し遂げる全能の力を宿した黄金の腕、その力は全てを手に入れる)

 アガートラームと同じガントレット、同じように左腕に飛んできてくっつく。

「よしよし、問題なく動くな……」

 金腕の動きを確認して、次に進もうとすると。

(左腕の骨を元にアーティファクト"ウロボロスの腕輪"が製作可能です、製作しますか?)

「………はは、こりゃまた、便利になったな、勿論"はい"だ」

 こうして難なく?ウロボロスの腕輪を手に入れた。

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 さて、魅了を解く方法は手に入れた、問題はどうやって使うかだが。

「ん?あれは……」

 問題は解決したらしい。

「んーふぅ、アッツい!」

 額に少し汗をかいたカティが一人でテントの外に出てきた。外は少し肌寒い位なのに汗をかくなんて、いったいナニをしていたんでしょね?

「………まぁ、チャンスはチャンスか」

 少し離れた草むらに入って行くカティをなるべく気配を消して追いかける、……お花積みかな?

「よいしょ」

 しゃがみ込んでしばらく待ち、後ろに飛びかか……ろうとしてやめた、これじゃあただの強姦だ、普通に終わるのを待って出ていく。

「っ!!ビックリしたぁ、何あんた?まさかあたしを襲いにって、ぷっ、あはは何それイメチェン!?」

 カティに指差されて気付く、髪が真っ白に成っていた。錬金術とは魔法等と違い、己の命を削り万物を造り変える物、ガントラームを手に入れてからはその理を無視出来るようにはなったので、恐らくアガートラームとガントラームを創る際にこうなってしまったのだろう。

(あと何年生きられるかな……)

 まぁ、それより今は。

「ふぅ、あんたなんか幾らイメチェンしても無駄だよ、まぁ、面白いけど?そうだ!みんなも呼んで……」

「それは困るな」

 テントに戻ろうとするカティの前に立ち塞がる。

「………あんた本当にバカね?剣持ってなければあたしに勝てる気でいるの?」

 まぁ、無理だろうね、今までは。

「ふぅ、死ね!」

 本気で殺す気なのか、目で追うのがやっとの速さで拳を顔面に放つカティ。

(遅いな)

 ガントラームは全能の力、カティの拳は俺にはとてもゆっくりに見えた。

「なるほどこれが全能の力ね、本当に何でもできそうだよ」

 ゆっくり進むカティの腕を掴む。

「きゃあ!え?何?」

 カティは難なく腕を捕まれ驚く。

「うそ!?ちょっと、あんた何したの?」

「別に、ただ掴んだだけだよ」

「はぁ?そんなわけ無いでしょ!?この銀の変な腕何よ!?離しなさいよ!」

「いや、もういいよ、充分解ったし」

 懐からウロボロスの腕輪を取り出す。

「ちょっ、何その腕輪、あんたまさか、あたしを洗脳するつもり!?」

「………ぷっ、あははは!」

 奇しくも現在の自分の状態を言い当てたカティに吹き出す。

「何笑ってんのよ!離して!このクズ!」

「ハイハイ、文句ならこの腕輪嵌めてから聴いてやるよ」

 カティの腕に腕輪を嵌め込む。するとカティは糸が切れたように脱力した。

「んー?失敗か?」

「…………」

 しばらく微動だにせず、虚空を見つめていたカティ。

「もう精神が壊れてた?もしくはウロボロスの腕輪じゃあ対抗できなかった?」

 いよいよ全智と全能の力を疑い始めた時、覗き込んだカティの目と目があった。

「………うっぷ、おぇぇ、げえぇ」

 盛大に吐いた。俺の顔を見て吐いたと言うことは………ん?どっちだ?まだ魅了状態?それとも解けた?判断に困るリアクションは避けてもらいたいんだが?

「うっ、おぇ、おぇぇ」

「あー、ハイハイ、ゆっくり息して、深呼吸!」

 このままでは死にそうだったカティの背を擦りながら、介抱をする。全く何で俺がこんな事。

「う、うぅ、おぇぇ、く、クロ、あたし、あたしぃ、クロのうでをぉ、げえぇ……」

 あー、なるほど、俺の腕を切り落とした罪悪感?で、吐いてる分けか。はっ、何を今更。

「あー、うん、大丈夫だから、ゆっくり息して、水飲むか?」

 極力本心を出さずに、優しく介抱を続ける。

「うぅ、うぅ、ごめん、ごめんねクロォ」

 うわ、ゲロと鼻水と涙で汚い顔を服に擦り付けてくる。なんて罰ゲームだよ。

「わかった、わかったから、な?」

 飛び退きたいのを抑え、ゆっくり背中を擦る、知ってるか?これあと三回やるんだぜ?後悔する自分の感情に蓋をしつつ、カティの背を擦る。
    
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