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幕間 カティレアの場合

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 ザッザッザッ。

ちょっとクロ!みんなの前で変な話しないでよ!……え?ちょうど良かった?今あたしの話してたの?ふ、ふーん、ち、因みにどんな話?………うぇ、あの時の話?じ、じゃああたしはこれで………えぇ?あたしの話が聞きたい?いや、でも………わ、わかった、す、少しだけよ?

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 アニエス達と別れたあたしは、王都の次に栄えているアキナイの街に行くため乗り合い馬車に揺られていた。

 乗り合い馬車は、冒険者に登録していれば格安で乗る事ができるので良く利用している、格安の理由は簡単、もしもの時に馬車を守って貰うためである。

「いやぁ、かの有名な剣聖様に守って貰えるとは心強いです」

「いえ、こちらも助かりました」

 馬車の御者に社交辞令を返す。

「剣聖様はどうしてアキナイに?」

「少し探し物がありまして」

 王都のギルドにはクロの情報は無かった、なら、次に情報の集まるアキナイに行って、手掛かりが有ればよし、なければ………どうしようか?

 自分の無計画さに頭を抱えると、クロに良く注意されたのを思い出す。

「け、剣聖様!モンスターです!」

 考え事をしていると、馬車が停まり御者が叫ぶ。

「わかりました、皆さんは馬車の影に!」

 御者を馬車の影に隠し、あたしは馬車を降りて外を確認する。

「あれは、ゴブリンか」

 弱い低俗なモンスター、それもはぐれの一匹、これくらいなら御者でも倒せるだろうに。

「はぁ、仕方ない……」

 他に持ち合わせも無かったので私は愛剣を抜きゴブリンに近づく。

「ふっ!」

 ゴブリンを袈裟斬りにすると、肉を切った感触が手に伝わり、剣を落とした。

「え?なに?」

 手から嫌な感覚が伝わって来る、モンスターを切ったから?いや、違う、この感覚はそんなんじゃない。

「剣聖様?大丈夫ですか?」

 様子がおかしい事に気がついた御者が声を掛けるてくる。

「っ、何でもない、さぁ、先を急ぎましょう」

 何とか誤魔化し、馬車に戻る。

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 あの後何度かモンスターを退治したが、あの嫌な感覚は消えなかった、それどころかどんどん強く鮮明になっていった。

 そして、ようやく気づいた、これは、クロの腕を切り落とした感覚だ。

「くっ、消えない消えない消えない……」

 野営場所で桶に水を入れて、手を洗うが、その感覚は消えなかった、何度も何度も手を擦るが消えない、まるで手にまとわついて剥がれない。

「け、剣聖様!お手が!?」

 一緒に馬車に乗っていた女の子が叫ぶ、その声でようやく手の痛みに気づいた、どうやらいつの間にか皮がめくれていたらしい、桶の水が赤く染まっていた。

「手当てをしますからこちらに!」

 腕を引かれ、座れそうな岩ノ前まで連れていかれる。

「剣聖様、どうしてこんなことを……」

 心配そうに聞いてくる女の子、歳はあたしと同じくらいかな?

「………ねぇ、あなた好きな人は居る?」

「……え?なぜ今そのような」

「お願い答えて、聞きたい事があるの」

 女の子は一瞬呆けた表情をしたが、あたしの真剣な眼を見て息を飲んだ。

「……い、居ます」

「……あなたがもしその人を傷つけてしまったら、どうする?」

「謝ります」

「謝っても取り返しがつかなかったら?」

「っ、………それでも、謝り続けるしかできないと思います、わたしは剣聖様みたいに強くないから」

「あたしみたいに?」

 女の子のその言葉に引っかかった。

「はい、わたしが強ければ、もう彼が傷つかないように守れるのに」

「………でも、その傷をつけたのは自分よ?」

「なら、尚更、わたしは守りたいと思うと思います、たとえ拒絶されても、許されないと解っていても、側で守りたいと」

「はぁ、あなた強いのね、あたしはそんなに強くなれないよ」

 ため息を吐きながら、自分の手を見つめた。

「剣聖様?」

「ううん、何でもない、ありがとう参考になった」

 女の子は少し首を傾げていたが、手当てが終わると、迎えに来た男の子の方に駆けていった。

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 それから二日後、アキナイに着いた頃にはあたしは疲れきっていた。

「剣聖様!」

「……え?あ、君は」

 手当てをしてくれた女の子が挨拶に来た。

「道中守って頂いてありがとうございました」

「うん、じゃあこれからも気をつけて」

「はい!」

 手を振る女の子に手を降り返すが、その手にはあの感覚がまとわりつき、あたしの心を蝕んでいた。

 あたしはその場を後にするとギルドへ向かった、ギルドに着くと迷わずに受付カウンターに行った。

「おい、あれ剣聖だぜ」

「マジかよ、初めて見た」

 周りのざわめきなど耳障りでしか無かった。

「ようこそ剣聖様、本日は」

「……クエスト」

「はい?」

「討伐のクエストを頂戴!早く!」

 受付の女性が唖然としていた。

「え?えっと、剣聖様?」

「いいから、早くして!」

 自分でも驚く位の大きな声が出た、周りのざわめきが一層大きくなったがそれすら気づかない。

「は、はい、こちらになります」

「………」

 クエストの書かれている紙を引ったくり、ギルドを出た。

 ………え?何でそんなに焦ってたか?いや、その時のあたしホントにどうかしててね、モンスターを切り続けていれば、いつかクロの腕を切り落とした感触も無くなるはずって、思い込んでたの。

 それから数日間、あたしはモンスター狩りに明け暮れた、依頼が無い時は他の冒険者に着いていったりもした、剣聖っていう称号はかなり役にたった。

 そんなある時、大型モンスターの討伐依頼が入ったの。

「剣聖様!近くに大型モンスターが目撃され、その討伐の」

「受けるわ」

「え!?ちょっとまだ説明が」

 受付の言葉を途中で切り、依頼に記載されていた集合場所へ向かった。

「おぉ、剣聖様ではございませんか!これは心強い!」

「どうも……」

 よく聞くおべっかに軽く挨拶して、出発を待つ。

「………ご、ゴホン、えー集まってくれてありがとう、これから君達には街道脇の森へ行ってもらう、目的は二つ、後詰めの通る道を作る事と、大型モンスターの間引きだ、あくまでも数を減らすのが目的だ、無理はしないように」

 説明が終わり出発になると、あたしは先頭に行った。


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 森に入ってからしばらく、後から来る人達のために、草を刈りながら進む。

「…………」

 静かな森、まるで何も無いような気さえする静けさに少し恐怖を感じていたが。

ドンッ。

「ぐっ……」

 横からの衝撃を感じてあたしは尻餅を着く。

「おい、あれ!」

 冒険者が声を上げたので見ると、そこには。

「な、なんで……」

 そこにはクロが居た。

「なんでここに居るの?クロ!?」

 実際には大型モンスター(トリプルホーン)が居たんだけど、クロへの罪悪感に心を蝕まれていたあたしには、その姿がクロに見えていた。

 後からエマさんに聞いて解った事だけど、一種のトラウマを拗らせていたみたい、暗い森の中があの日の夜に似ていたからかな?

 しかも、あたしにはその姿が。

「いや、違うの、お願い来ないで……」

 ボロボロになった右腕を伸ばして近づいて来るクロに見えていたの、そう、あたしが切り落として、みんなでおもちゃにした右腕でね。

「いやぁぁぁ!」

 あたしは剣をめちゃくちゃに振り回していた、木を斬り倒し、地面をえぐった、剣聖って呼ばれているだけあって振り回すだけでもそれなりの威力はあるのよ、そのお陰か、モンスターは倒せたんだけど。

「あ、あぁぁ……」

 あたしはまたクロを切ってしまったと思い込んで、後はその連鎖。

がさがさ。

「っ、ひっ……」

 森の奥から出てきたトリプルホーンの群れ、あたしにはクロがいっぱい居るように見えた。しかも、斬り倒したクロを冷たい眼で見ていた。

「ち、違うの、お願い、話を聞いてクロ……」

ザザッザザッ。

 クロが森の奥へ逃げていく。

「待ってクロ、待って!」

 もう、周りからはあたしがおかしくなったように見えていたでしょうね。でもあたしは逃げていくクロを追いかけるので必死だった。

 気づいた時には、森の奥深くでクロに囲まれていた。

「ぐぅ……」

 何度も突進され、痛みに呻く。

「うぅ、あぁぁ……」

 剣を振るしかできなかった、だってクロは幾ら話掛けても答えてくれないし、前に居るクロに話をしたら、後ろのクロが突き飛ばすし、右のクロに話をしようとしたら、左のクロに押されるし。

(どうして、どうして話を聞いてくれないのクロ!)

 何度も突き飛ばされ、冷たい眼で見られ、自分の中から血の気が引き、身体が冷たくなる。

「カティ!」

 遠くで誰かがあたしを呼ぶ。

「あぁぁ!」

 でも、その声は直ぐに欠き消えてしまった。

トン。

 背中に何かが当たった、そこから暖かい温もりを感じ、冷たくなった身体に染み込んで行くのを感じた。

「カティ!落ち着けカティ」

 この声には聞き覚えが有った、ううん、忘れるはず無い、ずっと聴きたかった声。

「あ、あぁ、ク、クロぉ?」

「ああ、俺だクロだ!」
 
「あ、あれ?クロはあたしが切ったはずじゃあ……」

「何言ってるんだ?お前が切ってたのは、そこに転がってるトリプルホーンだよ」

「あ、そっか、そうだよね……」

 あたしはクロを切ってなんか無いんだ。いつの間にか幻は消え、目の前にはモンスターが居た。

 まだ少し頭がはっきりしない、クロと魔族が何か話していた。

「カティ、平気か?」

「う、うん、大丈夫……」

「なら、トリプルホーンを頼む、あいつは俺が殺る」

「え?でも……」

「平気だ、殺れる、だから背中は任せた」

「……うん!」

 クロが魔族と戦う為駆けていく、あたしは剣を持つ手に力を入れる、大丈夫まだ剣はしっかり持てる。

『ブモォォ!』

 トリプルホーンがクロに向かう。

「させない!」

 トリプルホーンの前に立ち行く手を遮る。

「クロの方には行かせない、クロの背中はあたしが守るんだ!」

 トリプルホーンに剣を振るう、突進を避け一太刀。

「はぁぁ!」

『ブモォォ……』

 大丈夫、動きは見える、倒せる。

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
 十数頭居たトリプルホーンを全て切り伏せた頃。

ドオォン。

 轟音がした方を見ると、森が抉れているのが見えた。

「クロ!」

 慌ててクロの名前を呼んだが、直ぐに奥から出てきた。

「流石だなカティ」

 倒れたトリプルホーンを見てクロが言う。

「……クロ、どうしてここに?」

「……たまたまアキナイに来たら、羽振りの良い依頼が有ったから参加しただけだ」

「………そう」

 やっぱりあたしを探しに来たんじゃないよね、淡い期待を持った自分が恥ずかしくなった。

 その後、トリプルホーンを回収して街に戻るとギルドで直ぐに宴が始まった、トリプルホーンを狩った功労者としてあたしは囲まれてしまい、クロを探すのに時間が掛かってしまった。

 やっと囲いを抜けたときにはすっかりクロを見失ってしまった、ギルド内を宛もなくさ迷っていると。

「あ、剣聖様……」

 受付の女性が居た。

「あ、えっと、前はごめんなさい怒鳴ったりして……」

「いえ、もう大丈夫なんですね?」

「う、うん、まぁ……」

 何となく気まずくなり、言葉が詰まってしまった。

「あ、そ、そうだ、人を探してるの、髪が真っ白で、金と銀のガントレットをした人なんだけど……」

「その方でしたら、先ほど報酬を受け取って出ていかれました、先を急ぐからと」

「そ、そうなんだ……」

 やっぱりもう会ってくれないのか、と気落ちしているあたしの耳に近くのテーブルの話が聞こえた。

「おい、聞いたか?とうとう国が魔王を倒した奴に賞金を掛けたってよ」

「賞金?じゃあそいつ連れていったら金貰えんのか!?」

「ああ、しかも、今日魔族と殺り合ってたのがそうなんだってよ」

「マジかよ、さっき出ていくの見たぜ、なんだったら今から……」

「辞めとけよ、魔王を倒した奴だぜ?敵うかよ」

「うっ、確かに……」

 国から賞金……あの魔族との話も広がってるみたい、この分だとクロを狙うやつが出てくるかもしれない。

「………ごめん受付さん、あたしも行かなきゃ」

「……はい、畏まりました、ギルドには私から報告しておきます、頑張って下さい」

「ありがとう」

 あたしは礼を言ってギルドを出た、まずは王都に戻らなきゃ、悔しいけどあたし一人じゃクロを守りきれない。あたし達でクロを守らなきゃ。あたしは腕に填められている銀の腕輪を見て決意した。

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
 い、以上よ!ほら、今日は解散!使った食器は自分で片付けなさい!ほらクロも!

 ………ふぅ、うっ、ちょっと気分悪いかも、エマさんなんかクスリ持ってないかな?
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