アメリカ北部のJCが、イケメン探ししてたら南北戦争に巻き込まれた!

蜂蜜の里

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復讐はしない、自分の心を解放するために

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 アニーから少し離れた場所で、兵たちが立ち尽くしていた。ほんの一瞬の気の緩みが招いた悲劇に、誰一人として言葉を発することはなかった。

 数人の兵士が動き出した。まず、アニーから離れたトンプソン中尉が一歩前に出て、ウッド中尉に近づくと彼の腕を力強く押さえつけた。一人の北軍兵士が身体中をまさぐり、他に凶器がないかを取り調べる。その動きに呼応するようにして北軍兵士たちや捕虜たちも次々と彼の腕を押さえ、縛られた不自由な腕を動かしながらウッド中尉を取り囲んでいった。ウッド中尉が憎しみに満ちた目でアニーを睨み返しながらも、押さえられた体は抵抗を許さなかった。

 敵味方が手を取り合うようにしてウッド中尉を縛り上げるその光景は、戦場の緊張を超えた瞬間だった。

 全ての凶器を奪われたウッドは吐き捨てるように言い放った。
「こうして見ると、ただの醜い死体だな。当然の報いだ!」
 そうしてカミラの亡骸を、まるで汚らわしいものを見るかのように顔を歪める。

 どんどん冷たくなっていくカミラの体を抱きあげたまま、アニーは荒く息を切らす男の声を耳にしていた。ウッド中尉はカミラとアニーを見ながら、せせら笑っている。その表情に浮かぶのは、憎しみと勝ち誇ったような狂気の色だった。

 アニーの心は、絶望と怒りの狭間で激しく揺れ動いた。カミラが奪われただけでなく、その死までも侮辱されたのだ。

 美しく勇敢で誇り高かった姉の命が、この男の言葉一つで黒く塗りつぶされていく。

 アニーはふと、カミラがかつて彼女に語ってくれた言葉を思い出した。
「つまづいてもいい。何があっても生き抜いて」

 けれど、そのカミラは今冷たく動かない。ただ笑いものにされるままに罵られ、その命の痕跡がこの獣の憎悪によって踏みにじられている。

 エナペーイが静かに歩み寄るのが見えた。彼の表情は、まるで魂を抜かれたかのように茫然としていた。彼の足元が震えていることに気づいたアニーは、涙を拭うことも忘れて彼の動きを見守った。

 彼はカミラの冷たくなった体を抱くアニーの隣に膝をついた。彼の瞳には、生気が宿っていないように思えた。その手が恐る恐るカミラの頬に触れたとき、彼の唇から低い嗚咽が漏れた。

「どうして、こんなことに」

 彼の声は掠れ、戦場の冷たい風に消えていくようだった。その手が震えながらカミラの頬を撫でる。その仕草には、失われた命を取り戻そうとする必死の祈りのようなものが感じられた。

 エナペーイの肩が震え始め、彼は静かに顔を覆った。

「守ると……誓ったのに……!」

 彼は拳を固く握りしめ、地面に叩きつけた。その拳から血が滲み出ても気にも留めない。彼の叫びは誰にも向けられていなかった。ただその場に響き渡り、戦場の静寂をさらに重苦しいものに変えた。

 エナペーイの心が彼の体をも蝕むほどの痛みによって砕かれていく様子、それは誰よりも、アニーだけが彼と共有する絶望だった。

 エナペーイは、ついにカミラの亡骸を抱きしめた。その腕は彼女を傷つけないように慎重に、しかし決して離さないように力強く回された。彼の額が彼女の肩に触れたとき、彼は再び嗚咽を漏らし、肩を震わせながら涙をこぼした。

「なんだ、たかがでしゃばり女が死んだくらいで泣いてるのか、この女の腐ったやつめ! インジャンなど皆、能無しの卑怯者だ!」

 ウッド中尉の冷酷な笑いがアニーの耳に響き渡った。カミラの亡骸を嘲りエナペーイの慟哭を罵る彼の態度に、怒りが抑えきれないまでに燃え上がっていく。

 その時、遠くから響いてくる重い足音が徐々に近づいてきた。金属がこすれるような音と共に、戦場の喧騒が一瞬静まり返る。兵士たちは足音の主に気づき、自然と視線をそちらに向けた。

 やがて、光に反射して揺れる金髪が現れる。ケイドだ。彼は迷いのない足取りで、アニーとエナペーイがいる場所へと進んでいき、兵士たちは彼の迫力に息を飲んだ。

 ケイドがウッド中尉の前で立ち止まる。

「お前のその下劣な笑い声が、俺のところまで聞こえた」
 ケイドの言葉が鋭く戦場に突き刺さるようだった。
「お前のような人間が軍服を身にまとうこと、そのこと自体が俺たち全員への侮辱だ!」

 ケイドの言葉に場の空気が一変した。敵であるはずの南軍兵士たちでさえも、彼の言葉に深く頷くような表情を浮かべている。

 アニーは、そのケイドの姿を見て胸に何かが込み上げるのを感じた。彼の怒りには単なる憎悪ではなく、カミラへの深い敬意と友情が込められているのが伝わってくる。

 ウッド中尉は怒りに震え、ケイドに向かって声を荒げた。
「何だと……、貴様ごときが俺を侮辱する気か!」
「侮辱? お前がカミラ嬢にしたことに比べれば、まだまだ甘い言葉だ」

 その瞬間、アニーの中で押さえつけられていた感情が解き放たれた。
「見て、この光景! 敵も味方も、あんたを軽蔑している。カミラは英雄として記憶される。それが、あんたたちの敗北よ!」

 ウッドを見つめる周囲の視線。アニーとカミラの敵だったはずの捕虜たちの眼差しこそ、その答えだった。

 ウッドはその言葉に耐えきれず、アニーに向かってめちゃくちゃに腕を振った。彼の目には、もはや理性の欠片も残っておらず、押さえつける男たちから逃れようと暴れた。

「お前に、俺を侮辱する権利などない!」
 ウッドは叫んだ。その狂気に満ちた様子は、まるで彼自身の無力さを隠すために、怒りの中に逃げ込んでいるかのようだった。敗北したことに対する怒り、全てを失った哀れさを認めたくない気持ちが、彼の怒りをさらに激しく燃え上がらせていた。

 アニーは彼の怒りに怯むことなく、彼を見つめ続けた。ウッドは、その視線が自分の心の奥底に突き刺さるのを感じ、ますます怒り狂った表情を見せた。

 お前は何もわかっていない、と彼は怒りで声を震わせたが、どれだけ怒り狂おうとその言葉にはもはや力がなかった。彼の叫びが、虚しさを覆い隠すためのものでしかないとアニーは感じていた。

 アニーはウッドの姿を見つめ、胸の奥でわずかな満足感を感じていた。その顔は憤怒で歪み、理性を失ったまま自らの無力さに苛まれている。それは姉の命を奪ったこの男がついに自らの敗北を思い知らされ、もがき苦しんでいる姿だった。

 アニーの心に一瞬安堵が広がった。何もかも奪い去られた悲しみの中で、せめて少しでもカミラの敵を討てたのだと、彼女はわずかに胸を張った。

 だが、その安堵はすぐに、深い悲しみへと押し流されていった。冷たくなったカミラの体が腕の中で感じられ、目の前には再び、姉のいない現実が厳然と広がっていた。怒りと憎しみで心を満たそうとしても、カミラが帰ってくることはない。アニーがどれほどウッドを辱めても、カミラが再び微笑みかけてくれることは決してなかった。

 アニーは、ふと自分の胸に広がる虚しさを感じた。彼が惨めに怒りに囚われる姿を見ても、心は満たされることはなかった。
 カミラの温かな声や、優しい笑顔が思い出されるたび、彼女の中には深い喪失感が広がっていった。アニーは手が冷たくなっていく姉の体にしがみつくのをやめられず、涙が静かにこぼれ落ちていった。

 そこにはただ、カミラの不在が重く横たわっていた。どれほど敵を憎んでも、怒りをぶつけても、その痛みが癒されることはない。それを悟ったとき、アニーは自分がどれほど無力であるかを痛感し、喉の奥にこみ上げる涙を押しとどめることができなかった。

 アニーの視界は涙でかすみ、ウッド中尉の姿がぼんやりと遠くに滲んでいった。怒り狂う彼の叫びも、浴びせかけられる侮辱の言葉も、今や耳に入らず、ただの雑音のようにしか感じられなかった。アニーの心に残ったのは、無惨に失われたカミラへの悲しみと、取り返しのつかない現実への冷たい怒りだけだった。

「あんたみたいな、くだらない人間への憎しみで自分の心を汚したくはない。あんたの処刑には関わるつもりもないし、その資格もない。でも、ただ願う。一日でも早く、報いを受ける時が来ることを」

 アニーは静かに、しかし一語一語に怒りを込めて言い放った。その場にいる誰もが息を呑み、アニーの言葉に打たれるように黙り込んだ。

 アニーは震えながらカミラのそばに膝をつき、彼女の冷たくなった指を握りしめた。涙が止めどなく頬を伝い、彼女の叫び声は静まり返った戦場に虚しく響いた。
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