青い薔薇は恋を叶える

Ruon

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青い薔薇は恋を叶える

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三年に一度だけ、ある花がこの学園内に咲くらしい。
奇妙な事にその花を手にした者は絶対に恋が叶う、と云われている。
一体どのような方法で、どのぐらいの効力なのか、そしてどんな形をした花なのか、いずれもハッキリとしていない。
だが、都市伝説に似たその話はまことしやかに学園内に広く根付いているという事は分かっている。

一体どこの誰が広めたのか、今となって分からないが噂に聞けば青い花らしい。
そう、今目の前にあるような真っ青な薔薇のように見ているだけで吸い込まれてしまいそうなほど、不思議な魅力を持つ花らしい。

(まさか、これが……?)

見つけた場所は屋上に置かれているプランター。
どこの誰が栽培しているのか分からないが周囲に生えている花に比べて一際目立つべく背を高くして生えているようにさえ感じる青い薔薇。
本当にこの花を人に渡せば恋が叶うのだろうか。
そんなことを考えながら、気付いたらブチッと根元から引きちぎって手に持っていた。
ああ、自分はなんて哀れな男なんだ、と重たいため息をひとつ吐き出せばそれを持って屋上を後にした。

噂の花を引きちぎったこの男はこの学園の教師である黒鉄虎徹。
彼もまた、およそ一年前に片想いをしていた事があった。
相手は同じくこの学園の教師である数学を専門としている教師、千早楓。
同性でありながらまるで一目見た相手を虜にするような蠱惑的な魅力を秘めた不思議な男性だった。
彼とは同じ年にこの学園の教師として着任し、何年も仕事帰りには飲みに行ったりお互いに気遣ったりと付かず離れずの関係を続けていた。
激情家で騒々しい虎徹に比べて冷静で時折冷酷さを垣間見せる楓。二人はつくづく正反対だった。
だが、それでも楓に強く惹かれていた虎徹はおよそ一年前、勇気を振り絞って告白した。

結果は惨敗。
楓は汚い物を見るような冷たい眼で虎徹を見つめて激しく嫌悪してみせたのだ。
彼には同性を恋愛対象としてみる事はないようで、自分に対して恋愛感情を向けられていたのだと知って嫌悪感から手酷く振ったのだ。
流石に虎徹は目の前で吐き出される罵詈雑言に何も言い返せなかった。
告白したら今の関係性は終わるかもしれないという事は危惧していた。けれど伝えないまま、傍にいる勇気はなくて自分の想いを知ってほしくて口走ってしまった。
結果として激しい嫌悪と拒絶というあまりにも現実的すぎる結果に何かがプツンと途切れるような音が聞こえた。

[newpage]


今も変わらず、胸の内には彼に対する想いはある。だが、もはやその熱は冷めきったもので過ぎたる事だと捉えていた。
しかし、どうしてかこの花を手にした瞬間から胸の内側からふつふつと熱く滾る想いを感じていた。
もう一度、アイツの傍に居たい。

そう思えば虎徹は重い足取りだったはずがいつしか、軽やかになっている足取りで職員室に戻れば件の相手を探す。
彼は必要最低限しか職員室には立ち寄らない。
彼に告白した一年前から虎徹は彼の事を把握しきれていなかったのだ。それ故にいつも何処にいるのか分からない。
校内を捜し回っても見つからず、途方に暮れているとふと歩いていた廊下の先に三年生と思わしき女子生徒と並んで楽しげに話しているチャラついた教師が視界に入る。

「えー、千早センセーってそういうの好きなのー?」
「うんうん、好きだよ。今度、宇佐美ちゃんと一緒に食べに行きたいけど、どう?」
「うわっ、ナンパ?チョー嬉しいー!千早センセーって人気あるからウチ嬉しすぎるんですけどー」

女子生徒の腰に手を添えて耳元で優しく囁くその姿。
ああ、紛れもなくあの教師としてあるまじき行動をとっているのは千早楓だ。
一年前まであの隣には確かに虎徹の姿があった。周りからも仲がいいと言われるほどによく居たのだ。
表面的には仲良しに見えるが付かず離れず、程よい距離感だった気がする。
それがたった一言、好きだと伝えた瞬間、全てが終わった。

「……楓」

目の前を歩いてくる千早にそう名前を呼びかけると彼の視線は一度だけ虎徹を捉えるとすぐに真横にいる女子生徒に向けられて横を過ぎ去っていく。

「あれ、トラちゃんじゃーん!どったの、千早センセーに用事あんの?」

過ぎ去る寸前、そう言ったのは傍らに居た宇佐美という女子生徒だ。
確かに彼女からは虎徹ではなく、トラちゃんと呼ばれていた気がする。


『トラちゃん?ああ、可愛い呼び名だね。俺も呼んでみようかな、トラちゃん』
『よしてくれよ、楓』
『ハハハッ』


ふと、そんな苦く苦しい思い出と共にあぁ、そんな会話をした気がすると思い出してしまった。
宇佐美が足を止めてくれたおかげで千早も足を止めてくれたようだ。
手に持つ青い薔薇を背に隠すようにしながら彼を捉えると嫌な冷や汗を垂れ流し、やっとの思いで口を開ける。

「あ、ああ、その、楓と話したくて……な…」

今すぐにでも逃げたい。
千早が一切こちらを見ていない、振り返ることなく前を向いている事から嫌な予感がする。
腹の奥を掻き毟るような嫌な予感が渦巻いている。聞いてはいけない、けれど折角のチャンス、二人きりになれたら──。

「……名前で呼ばないでください、気持ち悪い」

そう吐き捨てられてコツン、コツンと靴音を響かせて先に行かれる。
その瞬間、何もかもが崩れ落ちた気がした。
膝から崩れ落ちて床に手をつけて涙を流す。そんな大袈裟に泣き崩れる姿に流石に宇佐美も心配してか、横で背中をさすってくれた。
けれど、千早はもうそこにはいなかった。いくら泣こうが宇佐美が心配し千早に「酷くない!?」と声をかけても帰ってこなかった。

涙を抑えるのにかなりの時間を要した。
多くの生徒や教師が駆けつけて心配してくれたがへたれ込んでしまった虎徹はどんな慰めの言葉をかけられてもそう簡単に再起しなかった。
胸を鷲掴まれ、拒む暇もなくプライドはズタズタに引き裂くだけ裂かれ、投げ捨てられたのだ。
項垂れて、世界一周するほど長く深いため息を吐き捨てて宙を見る。

「トラちゃんさー、もしかして千早センセーに恋してんの?」

いつまでも隣に座って心配そうに見てくれていた宇佐美が唐突にそう問いかけてきた。
手の内にあるくしゃくしゃの一輪の花を見てそう思ったのだろうか。顔を上げてバツの悪そうに口先を尖らせて「男を好きになって悪いかよ」と言い返せば宇佐美はニコニコと楽しそうに笑って首を横に振った。

「べっつに!アタシは同性愛とかそういうの良いと思ってるよ」
「じゃあ、なんだってんだよ」
「好きならその花、捨てた方がいいよ。トラちゃんの身の為に」

苛立ちを隠しきれずに言い返していると突如、冷静な顔で花を見て告げられた言葉。
何を言っているんだと目を丸くしていると宇佐美は何やら、知っている様子で頬杖を突きながら一つ、語った。

「トラちゃんも知ってるっしょ?三年に一度だけ咲く恋が叶うって噂の花。あれ事実なんだけど、結果として良くない事が起きるんだよね」
「良くない、事……?」
「そう、告白して一年以内に交通事故でお互い死んだとか失踪したとか、そーいうの。うちの兄貴もその花貰ってから失踪してさ、皆の記憶から消えちゃって……覚えてんの、アタシだけなんだよね」

存在自体が消える────その話を聞いて、他の教師と共有していた過去から現在までの生徒達の記録をつけていた日誌に見知らぬ名前が何人かいた事があったのを思い出した。
前任の記入ミスだろうかと思ったがそうではない事を改めて認識し直すと手の内でくしゃくしゃだった青い薔薇がピンッと背を反らすように真っ直ぐ綺麗に伸びているのを見て僅かだが恐怖を覚える。
まるで魔法でもかかっているかのような美しさは蠱惑的でかえって恐ろしさを感じる。

そんな恐ろしいものなら一刻も早く捨てなくては、と頭の中では考えた。
だがどうやって捨てればいいのか、本当に捨てていいのかと迷いが次々と生じていく事に手放す事すら出来なかった。

キンコーンカンコーン。

「やっば!戻んなきゃ!トラちゃんもそれ捨ててから戻っておいでよ!じゃーねー!」

音を立ててチャイムが鳴り響くと宇佐美は慌てて立ち上がっては教室に戻ろうとした。
戻るべく足を動かす前に釘を刺してきた宇佐美に「おう」と苦く笑いながらフラフラと手を弱々しく振ればいまだ手の内にある花を見てため息を吐く。
さてどうしたものか、と思いながら空っぽの頭のまま、しばらく何も考えずにぼんやりと廊下に座っていた。
そして暫くしてようやく意を決した虎徹は立ち上がると近くの窓を開けて外に向かって投げ捨てた。

投げ捨てるのは軽く、簡単なものだった。
そう、捨てるだけならば。

[newpage]

職員室に戻って迷惑をかけた事を謝りに回ると自分の仕事をこなして夕方まで授業するべく教室に向かったり、生徒の指導をしたりといつも通り忙しなく働いていた。
そんな事をしていたらすっかりとあの花の事を忘れていた。
そのぐらい、綺麗さっぱり忘れて仕事に勤しんでいた。
時刻は日が傾き、生徒達も帰り始めて教師も各々仕事が終わり次第に帰っていく頃合。
虎徹も他の人から少し遅れて仕事が終われば帰る前にトイレに行こうと席を立った。

誰もいない静かな職員室を出て暗くなる廊下を歩き、トイレに入ればズボンのチャックを下ろして用をたそうとする。

「ねぇ」

用をたす寸前で聞き慣れた声が聞こえてきた。
甘えたそうに出す撫で声。確か、これは奢ってほしい時によく出していた声だ。
まさか、と顔を上げるとそこには千早楓の姿があった。

「な、なんで……っ」

職員室には少しだけ顔を出しただけで、それっきり。てっきりもう帰ったのかと思っていた。
だからこそ、こんな場所でその姿を見るとは思ってもおらず、虎徹は驚きと動揺を隠せなかった。
用を足すつもりが恐怖から縮んでしまい、身を隠すように後ずさる。

「虎徹さん、久しぶりですね、こうやって話すの」

確かに久しぶりだが、虎徹を避けていたのは明らかに千早の方だった。
今更なんのつもりだと警戒しているとズリズリと近寄ってきて至近距離まで顔を寄せた千早は虎徹に微笑めば手に持つ"ある物"を見せた。

「僕の事、好きなんでしょう?いいですよ、虎徹さんが僕を好きなら僕も虎徹さんを好きになってあげる」

手元にある嫌なぐらい青い薔薇。
まるで全てを吸い込み閉じ込めてしまいそうな程に清々しく青く、そしてどこかおどろおどろしい雰囲気を持つその花に虎徹は目を見張る。
確かに捨てたはずだ、しかしどうして彼が持っているのか。

「……す、き…?そんな、楓はそんな事言わない……楓は……」

何かがおかしい。
不気味な程に口角を上げてねっとりと笑いかける千早の顔を見て強い恐怖心を抱く。
確かに何かがおかしい。それが何か分からない。
必死に頭の中でぐるぐると答えを探るために考えを巡らせているとふと、ある事に気づいた。

「楓は、トラちゃんって俺の事を呼ぶんだ!だから、虎徹なんて呼ばない……そうだ、お前は楓なんかじゃ───」

宇佐美がそう呼んだからトラちゃんと呼ぶようになった。
それ以前は"黒鉄さん"と呼びかけてくれていた。
千早は一見、チャラついて見えるが礼儀正しく、やや言動に相反して固いところがある。
だからこそ、同性愛を一般的な思想からズレた考えだとして受け入れる事が出来なかった。千早の考えもまた正しく、それを上手く消化できなかった虎徹も悪かった。
今になって、それに気付く。

「お前は楓じゃない……誰なんだ、お前は」

そう言って宙を切るように視界が歪み、プツンと意識が途切れる。

一体どうしてそうなったのか、分からない。
ただ、トイレには役目を果たした萎れた花が落ちているだけ。

[newpage]


「宇佐美ーおはよー!」

校門をくぐり抜ける寸前で仲の良い女友達に声をかけられた宇佐美は「おはよっ」と明るく返す。
今日は静かな登校だ。いつもなら此処に教師である黒鉄虎徹が生徒に挨拶をしているところだ。
門限まであと少しだというのに誰もいない。

「今日はセンセーいないって珍しいねー」

そう言って昇降口に向かっていると横に並んで歩いていた女友達は不思議そうな顔をしていた。

「え?いつもいないけど」
「へ?あ、あれ……いや、いつもトラちゃんがあそこに……」
「えっ、誰それ。トラちゃんなんて教師いた?」
「いやいや、トラちゃんだよ!ほら、いつも元気よくおはようって言ってくれる……そう!黒鉄虎徹!」

突然会話が噛み合わなくなった。
まるで抜け落ちたパズルのピースのように、今までいたはずの人がそこに居ない。

この現象に、酷く既視感がある。

「宇佐美、どうしたのさ。そんな人、うちの学校にいないよ」

なんとなく察してきた。
三年に一度咲く花は恋が叶う。虎徹はアレを、千早楓に渡したのだろうか。
兄はアレを貰ってから程なくして疾走した。
それから学校でも外でも兄の事も相手の事も誰も知る人は居なくなってしまった。ならば千早楓も消えたのか。

そう考えていると背後から「おはよう」と声がかかる。

「あっ、先生おはよー!……あー、カッコイイわ~千早先生」

女友達がそう言って頬を緩めているのを見てすぐに過ぎ去っていった方を見る。
スラッと背の高い黒髪の男性はこの春の時期に似つかわしくない黒のタートルネックを着ている。
名前を呼びかけるとこちらに振り返ってくれた。横顔は異様なほどに白く、ほんのりと赤みを帯びた唇が恐怖を感じさせる。

「……あ、あのさっ千早センセー。その、……トラちゃんって、覚えてる?」

上手く目は合わせられない。恐怖で声が上擦って仕方がない、だが聞いておかないといけない気がした。
問いかけて少し間を置いてから千早は小さく微笑んで答えた。

「知ってるよ、でも教えてあげない」

そう言ってコツン、コツンと靴音を立てて歩いていくのを見て宇佐美はドッと冷や汗が出た。
この日から黒鉄虎徹の名前は、世界中から消えてしまった。だが、この世界でたった二人だけが消されてしまったその名を、その人を覚えていた。


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