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5 あの人 ① @広瀬 涼
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俺は今まで家族以外から初対面で怖がられなかった事はなかった。自分では笑顔のつもりでも相手には怒っているように見えるようで、泣かれてしまったりけんかになってしまう事もあった。だから俺は人前で笑う事を止めた。まだ無表情の方がマシだったからだ。小さな頃からずっとそうで、どうやったって怖がられたり誤解されてしまうから、もう慣れっこになっていた。そう思っていた。
俺がバイトを始めたのは高校に入ってからで、いつもお客さんや一緒に働く人に怖がられてすぐにクビになるからどれも長く続いた事はなかった。
それでも諦めずに新しくバイトを探し、続けたのは父さんが10年前に亡くなってから女手ひとつで育ててくれた母さんに、少しでも楽をさせてあげたくての事だった。
だからこのコンビニでのバイトの初日、今度こそはと緊張して臨んだ不慣れなレジ打ちに、あの人が俺に微笑みかけて「ありがとう」って言ってくれた事がすごく嬉しくて、泣きそうになった。
どうやったらクビにならないで済むのか必死に考えて、お客さんとの無駄な接触を避け、目を合わせないようにした。
なぜかあの人の方も俯くようになってしまって、その理由が俺の事を怖がってじゃない事だけを祈っていた。
あの人は毎日のように通ってくれるし話しかけてみたかったけど、下手に話しかけて今度こそ怖がられたり嫌がられてしまうのが怖かったから、話しかける事はできなかった。表情もいつもより硬くなってしまっていたように思う。
そんな日が続き、このまま本当にクビにならずに済んだとしてあの人が来なくなったら――? 他に俺ができる事は? と悩む事が多くなって、心配した母さんに「無理にバイトをする必要なんてないのよ?」と言われ、「無理なんかしてないよ」って答えたら、今度は少し言いにくそうに、「あとね……新しいお父さんができるの嫌?」と言われた。きっとこっちが本題だ。
びっくりはしたけどそう言った時の母さんの顔が幸せそうで、良かったと思った。亡くなった父さんには悪いけど、母さんには幸せになって欲しいんだ。
数日後、俺のせいでこの結婚が壊れやしないかと恐る恐る会った新しい父さんになる人は少し豪快な人で、会うなり大きな身体で抱きしめてくれた。この年で公の場でのこういうのはかなり恥ずかしいけど、本当の父親のように優しく温かなぬくもりに胸の奥がじーんとなった。
*****
あの日は俺が広瀬 涼になる日で、何かと忙しい両親に合わせて平日だったけど、三人で役所に行き婚姻届けを出した後食事をする予定だった。大袈裟な結婚式なんかはせず家族だけで祝う事にしたのだ。
俺はこれまでただの一日も学校を休んだ事はなく、朝から休んでもいいと言われたけど午前中に小テストがある事が分かっていたから行く事にしたのだ。
そんな特別な日、約束の時間には少し余裕をもって昼過ぎに学校から帰る途中、あの人がコーヒースタンドで並んでるのが見えて思わず後ろに並んだ。
いつもより大分近い距離に胸がドキドキと煩く鳴った。
あの人の順番になって何だか様子がおかしい事に気づいた。ポンポンとポケットを叩いたり何かを探してるようで――、スタンドの人が告げていた言葉を訊いてあの人が支払うべきお金が足らないのだと分かった。
10円だ。あの人の焦り様は見ていて気の毒なくらいだけど、いきなり俺が声をかけたりしたら迷惑かもしれないと暫く悩んで、結局俺は10円を差し出した。あの人がびっくりし過ぎて何も言えない事をいいことに、さっさと自分の分のコーヒーを買って立ち去った。
もしかしたらこれがきっかけで仲良くなれるかもしれない。だけど、こんな事ぐらいで仲良くなるというのも何だか弱みにつけこんでる気がして気が引けた。
だからあの人から何か言って来ない限り俺の方からは言わない事にした。
俺がバイトを始めたのは高校に入ってからで、いつもお客さんや一緒に働く人に怖がられてすぐにクビになるからどれも長く続いた事はなかった。
それでも諦めずに新しくバイトを探し、続けたのは父さんが10年前に亡くなってから女手ひとつで育ててくれた母さんに、少しでも楽をさせてあげたくての事だった。
だからこのコンビニでのバイトの初日、今度こそはと緊張して臨んだ不慣れなレジ打ちに、あの人が俺に微笑みかけて「ありがとう」って言ってくれた事がすごく嬉しくて、泣きそうになった。
どうやったらクビにならないで済むのか必死に考えて、お客さんとの無駄な接触を避け、目を合わせないようにした。
なぜかあの人の方も俯くようになってしまって、その理由が俺の事を怖がってじゃない事だけを祈っていた。
あの人は毎日のように通ってくれるし話しかけてみたかったけど、下手に話しかけて今度こそ怖がられたり嫌がられてしまうのが怖かったから、話しかける事はできなかった。表情もいつもより硬くなってしまっていたように思う。
そんな日が続き、このまま本当にクビにならずに済んだとしてあの人が来なくなったら――? 他に俺ができる事は? と悩む事が多くなって、心配した母さんに「無理にバイトをする必要なんてないのよ?」と言われ、「無理なんかしてないよ」って答えたら、今度は少し言いにくそうに、「あとね……新しいお父さんができるの嫌?」と言われた。きっとこっちが本題だ。
びっくりはしたけどそう言った時の母さんの顔が幸せそうで、良かったと思った。亡くなった父さんには悪いけど、母さんには幸せになって欲しいんだ。
数日後、俺のせいでこの結婚が壊れやしないかと恐る恐る会った新しい父さんになる人は少し豪快な人で、会うなり大きな身体で抱きしめてくれた。この年で公の場でのこういうのはかなり恥ずかしいけど、本当の父親のように優しく温かなぬくもりに胸の奥がじーんとなった。
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あの日は俺が広瀬 涼になる日で、何かと忙しい両親に合わせて平日だったけど、三人で役所に行き婚姻届けを出した後食事をする予定だった。大袈裟な結婚式なんかはせず家族だけで祝う事にしたのだ。
俺はこれまでただの一日も学校を休んだ事はなく、朝から休んでもいいと言われたけど午前中に小テストがある事が分かっていたから行く事にしたのだ。
そんな特別な日、約束の時間には少し余裕をもって昼過ぎに学校から帰る途中、あの人がコーヒースタンドで並んでるのが見えて思わず後ろに並んだ。
いつもより大分近い距離に胸がドキドキと煩く鳴った。
あの人の順番になって何だか様子がおかしい事に気づいた。ポンポンとポケットを叩いたり何かを探してるようで――、スタンドの人が告げていた言葉を訊いてあの人が支払うべきお金が足らないのだと分かった。
10円だ。あの人の焦り様は見ていて気の毒なくらいだけど、いきなり俺が声をかけたりしたら迷惑かもしれないと暫く悩んで、結局俺は10円を差し出した。あの人がびっくりし過ぎて何も言えない事をいいことに、さっさと自分の分のコーヒーを買って立ち去った。
もしかしたらこれがきっかけで仲良くなれるかもしれない。だけど、こんな事ぐらいで仲良くなるというのも何だか弱みにつけこんでる気がして気が引けた。
だからあの人から何か言って来ない限り俺の方からは言わない事にした。
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