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俺のかわいい婚約者さま・続
2 すれ違う想い
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「楓君、今日は帰りは何時頃になりそう?」
「――えーと……遅くなると思うんで、その……先に寝ていて下さい」
楓君の泳ぐ視線と緊張した声音。
一緒にいた時間は短くても楓君が何かを隠しているのは分かった。
出勤していく楓君を笑顔で見送りながら、遠ざかっていくその背中がいつもと同じはずなのにどこか違って見えた――。
俺たちは愛し合っている。そう思うのに、楓君の不自然な様子と連日の遅過ぎる帰宅に心がざわざわとささめく。
楓君は入社してまだまだ日が浅く、覚える事も沢山あって大変なのは分かっている。俺だって経験した事だ。
だけどうちの会社はブラック企業ではない。身体を壊す程の超過労働は父さんが許すはずがなかった。
それに、俺が楓君を疑う理由は他にもあった。
ある時、俺は急ぎの用事があって邪魔して悪いと思いつつ楓君に連絡を入れた事があった。
『すみません……まだ仕事が……終わらなくて――』
スマホから聞こえてくる楓君の焦った声。歯切れ悪く言い淀む彼の背後からは会社ではないどこかの生活音と親しげな女性の声も――――。
心臓が動きをやめてしまったように感じた。
頭の中は真っ白で何も考えられない。
楓君の声が遠くで聞こえているのに言葉が耳から零れて、何を言っているのか分からない。
それからも続いた遅すぎる帰宅。
どういう事なのか本人に訊けば案外なぁんだって事なのかもしれないけれど、俺にはできなかった。
帰宅が遅く何かを隠してる事以外はいつも通りの楓君だったから。
訊いてしまう事でこの幸せを壊したくなかった。
俺を見つめる優しい瞳。
俺に語りかける優しい声。
ベッドでは俺の事を抱きしめてくれる優しい腕。
今更無かった事になんかできない。だから俺は見て見ないフリをしたんだ。
悲しいと叫ぶ俺の心を。全てを。
*****
この世界には男女の他にそれぞれにα、β、Ωと6種類の性が存在していた。
俺は男性のΩで、厳つくごつい。
細い切れ長のつり目に太い眉。薄い唇。煩いくらいの筋肉。熊のように大きな身体。俺を構成するそのすべてがおよそΩのそれとは違っていた。
Ωとはαにとって大事な番であり庇護対象なのだ。
こんな熊のように大きな男を庇護対象として見る事なんかできるはずがない。
いくらか予想していた父さんは、俺が18になるとすぐに各方面にお見合い写真をばら撒いた。だけど予想通りというかなんというかお見合いはひとつも成立せず、相手と会うことすらなかった。
そんな事が10年も続いて、いよいよとなったら父さんに養子をとってもらって、その人に跡を継いでもらおうと思っていたところで楓君との婚約が急遽決まったんだ。
当時楓君は14歳、俺が28歳と大分年の差もあったし楓君は王子さまのような天使のような素敵なαで、そんな楓君と婚約者になれて今すぐじゃないにしても将来結婚するって思った時は、こんな俺が相手でいいのかなって申し訳なく思ったけど、それでも嬉しかったんだ。夢の中にいるみたいで本当に幸せだった。
だけど楓君の事を好きな幼馴染の子が俺を訪ねてきて、俺は自分に自信がなかったから楓君の手を離してしまった。
夢はいつか必ず醒めるものだから、だから俺は――。
それから8年が過ぎても楓君への想いを忘れる事なんてできなかったけど、なんとかひとりでも前へ、前へとただ前を向いて進んで行くんだと自分に言い聞かせていた頃、同僚の上島から突然告白されたんだ。
俺の人柄を気に入ってくれたんだとか。
俺は突然の事に嬉しいというよりもただ驚いてしまった。
上島だったら俺の事を大事にしてくれるだろうし、父さんだって喜んでくれると思う。
分かってる。分かってるんだ。
――だけど、違うのだ。
俺には楓君しかいない。もし今目の前に楓君が現れて手を差し伸べてくれたなら、今度こそその手を掴みたい。掴んで二度と離したくない。
忘れなきゃと必死に抑え込んでいた楓君への『想い』が暴れ出す。
なんて身勝手な考えなんだと自嘲の笑みを浮かべると、信じられない事が起こった。俺の目の前に、恰好よく成長した楓君が現れたんだ。
俺は嬉しすぎて、36年生きてきて初めての本格的なヒートを起こした。
そのまま俺たちは番って結婚して、俺の年齢も年齢だし今までヒートらしいヒートもなかった俺に子どもは望めないって思ってた。
だけど奇跡が起きて、今俺のお腹の中で楓君と俺の子どもが確かに息づいている。
日に日に大きくなっていくお腹。
幸せなはずなのに、――最近の楓君の様子にどうしていいのか分からない。
もうどんな事があっても楓君の手を離さないって決めたのに――気持ちが揺らぐ。
こんな俺を選び、求めてくれた楓君。番になれた事だけでも幸せなのに楓君との子どもまで授かったんだ。俺はこれで満足しなくちゃいけないんじゃないのか?
俺と楓君の幸せが=(イコール)じゃなくなったのなら――――。
楓君の手を掴み続ける事は俺の我儘ではないのか?
――神さま、楓君の幸せの為に……俺はどうしたらいいですか?
「――えーと……遅くなると思うんで、その……先に寝ていて下さい」
楓君の泳ぐ視線と緊張した声音。
一緒にいた時間は短くても楓君が何かを隠しているのは分かった。
出勤していく楓君を笑顔で見送りながら、遠ざかっていくその背中がいつもと同じはずなのにどこか違って見えた――。
俺たちは愛し合っている。そう思うのに、楓君の不自然な様子と連日の遅過ぎる帰宅に心がざわざわとささめく。
楓君は入社してまだまだ日が浅く、覚える事も沢山あって大変なのは分かっている。俺だって経験した事だ。
だけどうちの会社はブラック企業ではない。身体を壊す程の超過労働は父さんが許すはずがなかった。
それに、俺が楓君を疑う理由は他にもあった。
ある時、俺は急ぎの用事があって邪魔して悪いと思いつつ楓君に連絡を入れた事があった。
『すみません……まだ仕事が……終わらなくて――』
スマホから聞こえてくる楓君の焦った声。歯切れ悪く言い淀む彼の背後からは会社ではないどこかの生活音と親しげな女性の声も――――。
心臓が動きをやめてしまったように感じた。
頭の中は真っ白で何も考えられない。
楓君の声が遠くで聞こえているのに言葉が耳から零れて、何を言っているのか分からない。
それからも続いた遅すぎる帰宅。
どういう事なのか本人に訊けば案外なぁんだって事なのかもしれないけれど、俺にはできなかった。
帰宅が遅く何かを隠してる事以外はいつも通りの楓君だったから。
訊いてしまう事でこの幸せを壊したくなかった。
俺を見つめる優しい瞳。
俺に語りかける優しい声。
ベッドでは俺の事を抱きしめてくれる優しい腕。
今更無かった事になんかできない。だから俺は見て見ないフリをしたんだ。
悲しいと叫ぶ俺の心を。全てを。
*****
この世界には男女の他にそれぞれにα、β、Ωと6種類の性が存在していた。
俺は男性のΩで、厳つくごつい。
細い切れ長のつり目に太い眉。薄い唇。煩いくらいの筋肉。熊のように大きな身体。俺を構成するそのすべてがおよそΩのそれとは違っていた。
Ωとはαにとって大事な番であり庇護対象なのだ。
こんな熊のように大きな男を庇護対象として見る事なんかできるはずがない。
いくらか予想していた父さんは、俺が18になるとすぐに各方面にお見合い写真をばら撒いた。だけど予想通りというかなんというかお見合いはひとつも成立せず、相手と会うことすらなかった。
そんな事が10年も続いて、いよいよとなったら父さんに養子をとってもらって、その人に跡を継いでもらおうと思っていたところで楓君との婚約が急遽決まったんだ。
当時楓君は14歳、俺が28歳と大分年の差もあったし楓君は王子さまのような天使のような素敵なαで、そんな楓君と婚約者になれて今すぐじゃないにしても将来結婚するって思った時は、こんな俺が相手でいいのかなって申し訳なく思ったけど、それでも嬉しかったんだ。夢の中にいるみたいで本当に幸せだった。
だけど楓君の事を好きな幼馴染の子が俺を訪ねてきて、俺は自分に自信がなかったから楓君の手を離してしまった。
夢はいつか必ず醒めるものだから、だから俺は――。
それから8年が過ぎても楓君への想いを忘れる事なんてできなかったけど、なんとかひとりでも前へ、前へとただ前を向いて進んで行くんだと自分に言い聞かせていた頃、同僚の上島から突然告白されたんだ。
俺の人柄を気に入ってくれたんだとか。
俺は突然の事に嬉しいというよりもただ驚いてしまった。
上島だったら俺の事を大事にしてくれるだろうし、父さんだって喜んでくれると思う。
分かってる。分かってるんだ。
――だけど、違うのだ。
俺には楓君しかいない。もし今目の前に楓君が現れて手を差し伸べてくれたなら、今度こそその手を掴みたい。掴んで二度と離したくない。
忘れなきゃと必死に抑え込んでいた楓君への『想い』が暴れ出す。
なんて身勝手な考えなんだと自嘲の笑みを浮かべると、信じられない事が起こった。俺の目の前に、恰好よく成長した楓君が現れたんだ。
俺は嬉しすぎて、36年生きてきて初めての本格的なヒートを起こした。
そのまま俺たちは番って結婚して、俺の年齢も年齢だし今までヒートらしいヒートもなかった俺に子どもは望めないって思ってた。
だけど奇跡が起きて、今俺のお腹の中で楓君と俺の子どもが確かに息づいている。
日に日に大きくなっていくお腹。
幸せなはずなのに、――最近の楓君の様子にどうしていいのか分からない。
もうどんな事があっても楓君の手を離さないって決めたのに――気持ちが揺らぐ。
こんな俺を選び、求めてくれた楓君。番になれた事だけでも幸せなのに楓君との子どもまで授かったんだ。俺はこれで満足しなくちゃいけないんじゃないのか?
俺と楓君の幸せが=(イコール)じゃなくなったのなら――――。
楓君の手を掴み続ける事は俺の我儘ではないのか?
――神さま、楓君の幸せの為に……俺はどうしたらいいですか?
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