おじさんと呼ばれて

ハリネズミ

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 僕みたいなおじさんが、彼らにとっての聖域ともいえる合コンに気軽に来てしまった事が悪いんだと、僕自身が一番分かってる。だけど知らなかったのだからしょうがないじゃないか……。この中で唯一の味方だと思えた中村に助けを求めようとしたけど、中村はこちらを一切見ておらず他の人と何やら一生懸命話をしていた。背を向けたその姿は大きな壁のように思えてより一層彼らとの溝を思わせた。

 ああ、そうか。もしかしなくても本当に僕の事が嫌いなんだ。
 だからこんな場所に僕を連れて来たんだ。
 みんなで笑い者にする為に……。

 理解できない事は多くあるものの、友好関係が築けていたと思っていた後輩から受ける悪意に、心が温度を失っていく。
 僕はもう後はただ俯く事しかできなかった。


*****

 時間が経ちお酒が進むと遠慮がなくなったのか、僕への直接の質問攻撃が始まった。

「おじ……小津さーん、恋人はいないんですかぁ?」

「いるわけねーじゃん。いたらこんなとこ来ねーだろ? あっと、さーせん」

「あれ? じゃあ、もしかして年齢=恋人いない歴だったりするのかな? やば~い」

 揶揄うような質問とも言えないような悪意が続く。中村は席を外していていない。まぁいたとしても助けてはくれない事は分かっていたけれど――。
 僕はもうどうにでもなれという気持ちで、笑いに変えようとした。

「そう、なんだよ。僕はモテなくてねぇ。寂しい毎日さ。僕みたいにならないようにきみたちも早目にいい人を見つけなきゃダメだぞー」

 と軽口をたたき、へらりと笑って見せた。
 それが僕の意図しない方の笑いを誘い、ますます居心地が悪くなるなってしまったわけだけど。
 本当にもうどうしていいのか分からない。

 早く、早く帰りたい。
 僕は確かにおじさんだけど、こんな風に揶揄われて傷つかないなんて事はないんだ。僕はきみたちの邪魔をするつもりなんかないんだから、こんなおじさんの事なんて放っておいてくれたらいいのに。

 じわりと涙が浮かぶが、泣いてしまってこれ以上みっともない姿をさらしたくはなかった。これは僕に最後に残されたプライド――。
 膝の上に置いた拳をぎゅっと握りしめる。

 沢山の笑い声と厭らしい視線と。もう何もかもが僕の事を責めて嘲笑っているように思えた。
 長年会社勤めをしてきて、そりゃあ嫌な場面もそれなりに体験してきた。
 だけどそれは仕事でミスをしたとか気が回らなかっただとかそういった事で、頑張ればどうにでもなったし納得もしていた。勿論時々は今回みたいにどうにもならない事で嫌な思いをした事もあったけど、でもそれはこちら側での事で、キラキラの向こう側とは無関係な事だった。だから僕は少しは落ち込みはしたけど、こんなにも惨めに思った事はなかった。
 キラキラの世界から追放された自分おじさん
 おじさんってそんなに悪い事なのかな……?

 この嫌な空間にもう一秒でも居たくなくて、今すぐにでも走り出してしまいたかった。それが一層自分を惨めにさせる事だと分かっていても構うもんか。
 限界が近いと思えたその時、襖を開けるガラリという大きな音が聞こえて、

さん、お待たせしました」

 と、凜とした声が響いた。

 襖の向こうから現れたのは、若く柔らかな雰囲気の見知らぬ青年だった。
 艶やかで柔らかそうな、少しだけくせのある黒髪。
 長い睫毛の下から覗くのは吸い込まれそうに澄んだ真っ黒な瞳。
 身体つきはほっそりとしているけど、決して頼りないとは思わせない。
 その存在だけで空気を変える。
 その佇まいはまるで――『王子さま』

 美咲? 僕であるはずがないので僕と同じ名前の子がいるのかな……。

 青年はキョロキョロと誰かを探しているような素振りを見せ、すぐにお目当ての『美咲さん』を見つけたのか、ぱぁっと輝く笑顔を見せた。
 そして彼の『美咲さん』めがけてズンズン歩いて行く。

 あれ? あれ? 彼がまっすぐ進むとしたら行きつく先は――――。
 キョロキョロと僕の周りを見てみても、その場に居た全員がぽかんと口を開けて彼の事を見ているだけで動かない。
 もしかして? と再び彼の事を見ると、彼の優しい微笑みが僕に向けられているように思えた。
 そんな事あるはずないのに、何かを期待してドキドキと胸が高鳴る。

 なんで? どうして? と思うのに夢にまで見た王子さまの出現にドキドキが止まらない。
 ふわふわと夢心地で思うのは、途中で足を止めないで? 一番奥の僕の元まで来て――?
 ただそれだけ。
 うっとりと見つめ、そしてすぐに現実を思い出す。

 自分はお姫さまなんかじゃない。ただのだって事。

 挨拶をされたと思って挨拶を返したら自分とは違う誰かに挨拶をしていたのだと分かった時の恥ずかしさ――。それと同じ。
 その事実に今すぐ消えてなくなりたかった。

 彼が王子さまだったとして、僕がお姫さまであるはずなんかないのに。今それを嫌っていう程分からされていたところじゃないか。彼はきっとすぐに足を止めて、僕じゃない誰かの元へ行く。
 俯く僕の耳は身の程知らずな羞恥に、きっと真っ赤に染まってしまっていただろう。

「迎えに来ました。待たせてしまってごめんなさい。恋人がいないだなんて――拗ねないで? もうは果たしたんでしょう? 俺と帰りましょう?」

 彼の声がすぐ近くで聞こえ、信じられない思いで顔を上げると、彼は僕に優しく笑いかけていた。

「ね? 美咲さん」

 今度こそ彼の言う美咲が僕の事だと疑いようがない距離で呼ばれた。
 僕はこくりと頷いて、彼から差し出された手を掴むと促されるまま居酒屋を後にした。
 彼と繋いだ手の温もりと、ドキドキと騒ぐ胸の高鳴りと一緒に。

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